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第二章
リターンズ幹部・十焉星
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強固な石造りの壁で作られし大きな部屋。
窓は一つも存在せず、まるで外界との接触を拒むかのように閉ざされている。光が遮断された部屋の中央には一本の蝋燭。それだけがこの部屋を照らす唯一の光源。
蝋燭を囲み並べられる十の椅子。
その一席には男が座っていた。
「十、九、八・・・」
唐突に開始されたカウントダウン。
男の低く地を這う声が漆黒の闇に溶けてゆく。
「・・・三、二、一」
男のカウントダウンが終了しようか、という間際。
誰も座っていない椅子に八つの影が浮かび上がる。
「遅いぞ、オウラル」
男は右隣の影を睨み言う。その眼光は鋭く、並大抵の者ならば腰を抜かし怯えてしまうだろう。
「えっ、オイラっすかぁ?勘弁してくださいよ、クロースさん。ったく・・・こっちはこっちで”神器”回収したばっかなんすからね」
そんな威圧に臆することなくオウラルと呼ばれる男は飄々と答えた。
彼らは実体を持たない影。
遠く離れた各々の活動地域より念を飛ばし、この会議に参加しているのだ。
「貴様・・・口答えできる立場だと思っているのか?」
募る苛立ちを包み隠さず言葉に乗せてオウラルを威圧する。
「失敗は許されないぞ。もし、前回のように俺がわざわざ尻拭いしに行くような事態に陥るならば・・・その時はわかっているだろうな?」
「おぉ、怖い怖い。そんな凄まなくたって今度こそちゃんとやりますよ。今回は新入りもいますしね」
オウラルの発言にクロースの眉がピクリと動く。
「あいつの姿が見えないがもう向かったのか?」
「ええ、そっすよ。前回はちょっと準備不足感が否めなかったんでね。さすがのオイラも対策するってわけっす!」
オウラルが妙に高いテンションで答える。
「・・・そうか」
納得したのかクロースはそれ以上の追求をしなかった。
「では、始めるぞ」
クロースは静かに開始の合図を告げる。
足を組み、左手で頬杖をつき、右手を掲げる。
そしてその右掌に青紫の魔力を集め、宙に放った。
青紫の光は部屋の中央。蝋燭の真上まで昇ると光は形を変え、人型の幻影へと形を成した。
「やあ、リターンズ幹部【十焉星】の諸君。久しぶりだね。こうして一堂会するのもいつぶりかな?」
幻影が発する室内の重苦しい雰囲気とは似合わない綺麗な声が響く。
「一年ぶりっすね、旦那」
オウラルは自ら率先して会釈し、幻影の問いに答えた。
先程のクロースに対する態度とはえらい違いを見せる。それをクロースは指摘せず。ただ黙って話を聞いているだけだ。
一連の流れを踏まえ、このリターンズ内の序列で頂点に君臨するのがこの幻影なのは明白であった。
「そうか、もうそんなに経ったんだね。あ、オウラルくん、【時の王笏・レーヴァテイン】の回収お手柄だったね。でも、あの魔物を使うのは君の好きにしたらいいけど・・・もう少し制御できるようにはしといてね」
「・・・っす」
今度は素直に自分の落ち度を認めるオウラル。
幻影に対する絶対的服従心がそうさせるのだ。
「では、本題に移ろう。次の標的はアースガルズ魔法学院で行われる武闘大会の優勝商品になっている神器だ。学院側も警備を厳重に敷いてくるだろうけど、オウラルくんならきっと────」
「一つよろしいか?」
それまで黙っていた他のメンバーの男が挙手をし、幻影は話を中断した。
「なんだい?」
「神器などの国宝級の物をどうして学院は優勝商品なんかに定めたのか。吾輩には理解しかねる。もしや、貴殿が関わっておられるのか?」
「それに関しては俺が答えよう」
「カーライゴ・・・」
幻影に代わりカーライゴが名乗りをあげた。
この男はリターンズの財政管理から神器回収計画の立案まで。多岐にわたって組織を支える、リターンズの中心メンバーである。
「学院の三年から今年入学する新入生までの代は歴代でも群を抜いて優秀な人材が集まっているようだな。それで学院は優勝した者に神器を与えることで、俺たちリターンズに対抗する戦力を構築するというのが真の目的と俺は睨んでいる」
「ああ、そういやぁ、あそこの生徒会長やけに強かったなぁ・・・」
懐かしむように呟くのはデスラー・ハウンド。
比較的新参のメンバーである彼はとある宗教団体の教祖を務め、信者たちから巻き上げた献金はリターンズの活動資金源ともなり組織の運営に大きく貢献しているのだ。
「デスラー。君は彼女と戦ったことあったんだね」
「ええ、少し刃を交えただけですが。あれの剣は重いですね」
「うん、そうだね。あの子は強いよ。それに・・・鋭い」
なにが、とは言わない幻影。だが概ねメンバーには彼の意図は伝わっているようだ。
「あっ、思い出した。デスラーに連絡があるんだった」
「なんですか」
「そう遠くないうちに君のとこにマルスって子がくるんだけど、彼のことを知ってるかい?」
「マルスってのは、あのエルバイス家の跡取りですか。まさか俺に忠告してるんですかい?」
デスラーは目を細める。
「そうだね。忠告みたいなものかな」
「へぇー、あんた・・・俺を馬鹿にしてんのか?」
デスラーは自身の主である幻影を睨む。
「あれ?僕は何かおかしなことを言ったかな」
「とぼけんな!俺がガキ一人相手に手こずると思ってんだろ?」
「念の為だよ」
「念の為も糞もあるかってんだ!結局は腹の奥で俺が弱いと思ってんじゃねぇか!?」
デスラーが吐き捨てるように言った。
この粗相に黙っていられないのは十焉星・リーダーであるクロースだ。
「おい、デスラー。口を慎め」
「クロースは黙ってな。これは俺のプライドに関わる問題だ。負けてこの組織には入ったが、心を許した覚えはねぇぞ」
「貴様、殺されたいのか?」
「はん!俺は殺せねぇよ!」
クロースの目が吊り上がる。交わった視線は火花が散り、一触即発のバチバチに張り詰めた空気が漂い始めた。
他のメンバーは我関せずと誰も口を挟まない。
室内にクロースの魔力が充満し、いよいよ壁に亀裂を生み出した頃。
静観していた他のメンバーからの仲裁が入った。
「まぁまぁ、落ち着きなさい二人とも。主様の御膳よ」
彼らを窘めるのはリターンズ幹部の紅一点、暴風の魔女の異名を持つマザーラだ。
「そうだよ、仲間割れはよしてくれ。マザーラ、ありがとう」
「いえ!わたしは当然のことをしたまでです!主様、馬鹿な男共が大変お見苦しいところをお見せしまして申し訳ございません!」
敬愛する主に礼を言われた は目をうっとりとさせ、恍惚の表情を浮かべる。彼女が主に向ける情は真の敬愛かそれとも────
「とにかく、デスラー。君のとこに保管してある神器はとても大切な物だからね」
「・・・はい」
クロース以上の威圧感を放つ幻影に、さすがのデスラーも背筋が凍ったのか反発するのを諦めた。
「警戒はしといてね。スカイムの二の舞になるつもりかい?」
幻影の言い放った今は亡き人物の名前にメンバー全員の表情が強ばる。
スカイム。マルスが倒した男は本人の興味の有無を問わず、リターンズ幹部に一番近い男とされていた組織の戦力であった。
が、しかし。
彼は五年前に命を落としたのだ。
スカイムの死を組織は重く受け止め、すぐさま調査隊を送り込んだ。そして現場検証をした結果、洞窟に微かに残っていた魔力からスカイムを倒した者の使用属性が氷魔法だと判明した。
幼少期に伝承で耳にしただけの、その全容は今も尚謎に包まれる最強の属性と称される魔法。この件が明るみに出れば、全世界を揺るがしかねないほどの衝撃が波紋するだろう。
新たに芽生えた脅威によって組織の今後の計画は大きく見直される事態となり、クロースとカーライゴが頭を悩ませていたのは記憶に新しい。
「了解です」
「他の者は報告する要項はあるかい?」
幻影の問い掛けに誰も答えない。
幻影はそれを確認すると頷いた。
沈黙は肯定の意と、とったのだ。
「僕からは以上だ。君たちの働きには期待してるよ。じゃあ、また次の定期報告会で」
幻影は最後にそう言うと、光の粒子となり、雲散してその気配は消失した。
その間際にクロースは言った。
「承知しました。必ずやご期待に応えてみせます────────ロキ様」
窓は一つも存在せず、まるで外界との接触を拒むかのように閉ざされている。光が遮断された部屋の中央には一本の蝋燭。それだけがこの部屋を照らす唯一の光源。
蝋燭を囲み並べられる十の椅子。
その一席には男が座っていた。
「十、九、八・・・」
唐突に開始されたカウントダウン。
男の低く地を這う声が漆黒の闇に溶けてゆく。
「・・・三、二、一」
男のカウントダウンが終了しようか、という間際。
誰も座っていない椅子に八つの影が浮かび上がる。
「遅いぞ、オウラル」
男は右隣の影を睨み言う。その眼光は鋭く、並大抵の者ならば腰を抜かし怯えてしまうだろう。
「えっ、オイラっすかぁ?勘弁してくださいよ、クロースさん。ったく・・・こっちはこっちで”神器”回収したばっかなんすからね」
そんな威圧に臆することなくオウラルと呼ばれる男は飄々と答えた。
彼らは実体を持たない影。
遠く離れた各々の活動地域より念を飛ばし、この会議に参加しているのだ。
「貴様・・・口答えできる立場だと思っているのか?」
募る苛立ちを包み隠さず言葉に乗せてオウラルを威圧する。
「失敗は許されないぞ。もし、前回のように俺がわざわざ尻拭いしに行くような事態に陥るならば・・・その時はわかっているだろうな?」
「おぉ、怖い怖い。そんな凄まなくたって今度こそちゃんとやりますよ。今回は新入りもいますしね」
オウラルの発言にクロースの眉がピクリと動く。
「あいつの姿が見えないがもう向かったのか?」
「ええ、そっすよ。前回はちょっと準備不足感が否めなかったんでね。さすがのオイラも対策するってわけっす!」
オウラルが妙に高いテンションで答える。
「・・・そうか」
納得したのかクロースはそれ以上の追求をしなかった。
「では、始めるぞ」
クロースは静かに開始の合図を告げる。
足を組み、左手で頬杖をつき、右手を掲げる。
そしてその右掌に青紫の魔力を集め、宙に放った。
青紫の光は部屋の中央。蝋燭の真上まで昇ると光は形を変え、人型の幻影へと形を成した。
「やあ、リターンズ幹部【十焉星】の諸君。久しぶりだね。こうして一堂会するのもいつぶりかな?」
幻影が発する室内の重苦しい雰囲気とは似合わない綺麗な声が響く。
「一年ぶりっすね、旦那」
オウラルは自ら率先して会釈し、幻影の問いに答えた。
先程のクロースに対する態度とはえらい違いを見せる。それをクロースは指摘せず。ただ黙って話を聞いているだけだ。
一連の流れを踏まえ、このリターンズ内の序列で頂点に君臨するのがこの幻影なのは明白であった。
「そうか、もうそんなに経ったんだね。あ、オウラルくん、【時の王笏・レーヴァテイン】の回収お手柄だったね。でも、あの魔物を使うのは君の好きにしたらいいけど・・・もう少し制御できるようにはしといてね」
「・・・っす」
今度は素直に自分の落ち度を認めるオウラル。
幻影に対する絶対的服従心がそうさせるのだ。
「では、本題に移ろう。次の標的はアースガルズ魔法学院で行われる武闘大会の優勝商品になっている神器だ。学院側も警備を厳重に敷いてくるだろうけど、オウラルくんならきっと────」
「一つよろしいか?」
それまで黙っていた他のメンバーの男が挙手をし、幻影は話を中断した。
「なんだい?」
「神器などの国宝級の物をどうして学院は優勝商品なんかに定めたのか。吾輩には理解しかねる。もしや、貴殿が関わっておられるのか?」
「それに関しては俺が答えよう」
「カーライゴ・・・」
幻影に代わりカーライゴが名乗りをあげた。
この男はリターンズの財政管理から神器回収計画の立案まで。多岐にわたって組織を支える、リターンズの中心メンバーである。
「学院の三年から今年入学する新入生までの代は歴代でも群を抜いて優秀な人材が集まっているようだな。それで学院は優勝した者に神器を与えることで、俺たちリターンズに対抗する戦力を構築するというのが真の目的と俺は睨んでいる」
「ああ、そういやぁ、あそこの生徒会長やけに強かったなぁ・・・」
懐かしむように呟くのはデスラー・ハウンド。
比較的新参のメンバーである彼はとある宗教団体の教祖を務め、信者たちから巻き上げた献金はリターンズの活動資金源ともなり組織の運営に大きく貢献しているのだ。
「デスラー。君は彼女と戦ったことあったんだね」
「ええ、少し刃を交えただけですが。あれの剣は重いですね」
「うん、そうだね。あの子は強いよ。それに・・・鋭い」
なにが、とは言わない幻影。だが概ねメンバーには彼の意図は伝わっているようだ。
「あっ、思い出した。デスラーに連絡があるんだった」
「なんですか」
「そう遠くないうちに君のとこにマルスって子がくるんだけど、彼のことを知ってるかい?」
「マルスってのは、あのエルバイス家の跡取りですか。まさか俺に忠告してるんですかい?」
デスラーは目を細める。
「そうだね。忠告みたいなものかな」
「へぇー、あんた・・・俺を馬鹿にしてんのか?」
デスラーは自身の主である幻影を睨む。
「あれ?僕は何かおかしなことを言ったかな」
「とぼけんな!俺がガキ一人相手に手こずると思ってんだろ?」
「念の為だよ」
「念の為も糞もあるかってんだ!結局は腹の奥で俺が弱いと思ってんじゃねぇか!?」
デスラーが吐き捨てるように言った。
この粗相に黙っていられないのは十焉星・リーダーであるクロースだ。
「おい、デスラー。口を慎め」
「クロースは黙ってな。これは俺のプライドに関わる問題だ。負けてこの組織には入ったが、心を許した覚えはねぇぞ」
「貴様、殺されたいのか?」
「はん!俺は殺せねぇよ!」
クロースの目が吊り上がる。交わった視線は火花が散り、一触即発のバチバチに張り詰めた空気が漂い始めた。
他のメンバーは我関せずと誰も口を挟まない。
室内にクロースの魔力が充満し、いよいよ壁に亀裂を生み出した頃。
静観していた他のメンバーからの仲裁が入った。
「まぁまぁ、落ち着きなさい二人とも。主様の御膳よ」
彼らを窘めるのはリターンズ幹部の紅一点、暴風の魔女の異名を持つマザーラだ。
「そうだよ、仲間割れはよしてくれ。マザーラ、ありがとう」
「いえ!わたしは当然のことをしたまでです!主様、馬鹿な男共が大変お見苦しいところをお見せしまして申し訳ございません!」
敬愛する主に礼を言われた は目をうっとりとさせ、恍惚の表情を浮かべる。彼女が主に向ける情は真の敬愛かそれとも────
「とにかく、デスラー。君のとこに保管してある神器はとても大切な物だからね」
「・・・はい」
クロース以上の威圧感を放つ幻影に、さすがのデスラーも背筋が凍ったのか反発するのを諦めた。
「警戒はしといてね。スカイムの二の舞になるつもりかい?」
幻影の言い放った今は亡き人物の名前にメンバー全員の表情が強ばる。
スカイム。マルスが倒した男は本人の興味の有無を問わず、リターンズ幹部に一番近い男とされていた組織の戦力であった。
が、しかし。
彼は五年前に命を落としたのだ。
スカイムの死を組織は重く受け止め、すぐさま調査隊を送り込んだ。そして現場検証をした結果、洞窟に微かに残っていた魔力からスカイムを倒した者の使用属性が氷魔法だと判明した。
幼少期に伝承で耳にしただけの、その全容は今も尚謎に包まれる最強の属性と称される魔法。この件が明るみに出れば、全世界を揺るがしかねないほどの衝撃が波紋するだろう。
新たに芽生えた脅威によって組織の今後の計画は大きく見直される事態となり、クロースとカーライゴが頭を悩ませていたのは記憶に新しい。
「了解です」
「他の者は報告する要項はあるかい?」
幻影の問い掛けに誰も答えない。
幻影はそれを確認すると頷いた。
沈黙は肯定の意と、とったのだ。
「僕からは以上だ。君たちの働きには期待してるよ。じゃあ、また次の定期報告会で」
幻影は最後にそう言うと、光の粒子となり、雲散してその気配は消失した。
その間際にクロースは言った。
「承知しました。必ずやご期待に応えてみせます────────ロキ様」
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