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第二章

救済、動け死兵!

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 デスラーはゆっくりと信徒から離れる。

「うがぁぁぁぃぁ!ぎょうぞぉさばぁ!!あづいぃぃぃぃ!?!?」

 炎に包まれた男は倒れ込み、地面をのたうち回る。

「教祖様がご乱心だ!だ、誰か水を!」

 もがき苦しむ同胞を助けようと、すぐさま他の信徒たちは動き出した。

「あっーはっはっは!邪神様の救済第一号だぁ!感謝しろよぉ?」

 それをステージの上から眺め、嘲笑うのはデスラー。

 狂気に満ちた奴の表情。心の底からこの状況を楽しんでいる様子だ。

 デスラーは今なにをした?

 まず、わかるのは奴が信徒の肩に触れた。その直後に信徒の体には火がつき、たちまち全身に広かった。

 俺は顎に手を当て探偵風に思考を巡らせる。

 ・・・まったくわからん!

 いや、わかんないよ無理無理。あまりにも情報が少なすぎる、決して俺の頭が悪いわけじゃないはずだ。

「火が消えたぞ!!」

 どうやら信徒の消火活動が終わったらしい。

「大丈夫か?今すぐに手当てをする!」

 駆け寄って安否の確認を行う。

「どうしてだ?教祖様・・・」 

 そう言って項垂れるのはモブ信徒。

 自分たちが信じていた教祖の蛮行に動揺している彼らは、まだ気付いていない。 

 俺とテレンくん。おっ、珍しくアテーネもだ。

 この広場にいる三百名弱の者達の中で、恐らく俺たち三人だけがそれに気付いている。

 燃えたはずの信徒の体には、なに一つとして火傷の跡が見当たらないってことに・・・

「おお!意識が戻ったか?」

 喜びの声を上げる信徒たち。

 だけど彼らは未だに気付いていないんだ。

 ゆらりと伸びた手が介抱中の男の首元を掴む。

「おい、どうしっ・・・!?ぐぎゃぁぁぁやべでぇ!!」

 問いには答えずに、飢えた獣の如く両の手でがっしりと捕まえ、勢い良く首筋にかぶりついたのであった。

「グァァァァァァ!!」

 肉を噛みちぎって雄叫びを上げて咀嚼する元信徒。

 渇いた欲求を満たすように必死に肉に喰らい、引きちぎっては飲み込む。

 数秒の沈黙。

 そして・・・

「に、逃げろぉぉぉお!」

 一人の声を皮切りに信徒らは一目散に駆け出した。

 我先にと広場からの脱出を図る彼らは、自分の進路を妨げる同胞達を殴ったり蹴ったりして、なりふり構わない。

 たった今、俺も横っ腹を蹴られたところだ。

「じ、邪魔だァ!どけッ・・・ぐはぁッ!!」

 次の獲物に定められた者に飛びかかった人ならざる化け物。

 喰われていく男越しに化け物と目が合った。

 そいつの瞳は血のように赤く、餌から溢れた血で更に赤く染まった口内には鋭い牙が生えている。

 明らかに人間のそれではない風貌に俺の直感が下す見解。

 うん、ゾンビってやつだな。

 映画でよく観た死して尚、動き生を求める化け物によく似ている。

 その証拠に一番最初に噛み付かれた男が立ち上がって・・・あっ、女の人を組み敷いた。

「マルス様!剣を抜いてくだせぇ!!」

 テレンくんは俺に言った傍から女の元へ走り出す。

「この化け物めぇぇぇ!!」

 大剣を振り下ろして背中を斬りつける。

 しかし、化け物は口から血を噴き出すが動きは止まらない。

「ぬ!?死なないだと!?」
 
 目を見開き驚愕するテレンくんは中々の演技派だ。
  
 まぁね、ゾンビなんだから当然だよね。

「今度こそっ!!ていゃあ!」

 首を跳ね飛ばす。

 頭部は宙を舞ってコロコロと転がると、切り離された体の動きが止まった。

 だけど、少し遅かった。

 女は既に事切れていた。

「ちくしょう!!許さぬ・・・許さぬぞデスラー!!」

 剣を叩きつけ地面に亀裂を作る。

 全身で悔しさを表現するテレンくんはデスラーを睨むのであった。


 混乱は深まる一方の広場。

「おいおい、救済の最中だっつぅのに・・・逃げてんじゃねぇよ!!」

 ステージから飛び降りたデスラーが、逃げ惑う信徒の胸ぐらを掴む。

「もう一気にやっちまうか・・・」

 片手で信徒を宙に浮かせながら、広場を見回す。 

「ぎ、教祖!どうなされたのですか!?我々を騙していたというので!?」

「ああ?騙しちゃいねぇよ。俺は正真正銘の邪教を信仰する身だぜ?嘘なんてつくわけねぇだろ」

「だったら、なぜです!?」

「だからー、救済って言ってんだろ?一度死ぬことで己の魂を邪神様に捧げんだよ」

 信徒を適当に放り投げるデスラー。

 そして指を鳴らす。

 するとその音に呼応して積み上げられていた棺桶が、ガタガタと震え始めた。

 バランスを崩して倒壊する棺桶の壁。

 ゆっくりと開く蓋から覗くのは真っ赤に染まった瞳。


「増えちゃいましたね」

 背中を預けあっているアテーネが言う。

「だね。これ信徒は全滅するんじゃない?」

 逃げ道は塞がれた。

 至る所で悲鳴が上がり、血飛沫が舞う。

 デスラーはというと再びステージに上がって、声高に邪教の教えを唱えていた。

 注意深くそれを見ていると、唱え終わったデスラーと目が合った。

 デスラーは目を細め笑うと、背負っていた鎌を手にして、ステージ上に信徒たちの血を使って魔法陣を描いた。

「邪神様ぁ!見ててください。俺がメインデッシュを捧げる勇姿を!!!」

 大きく両手を広げるデスラー。

死霊活屍しれいかっし
 
 怪しげな呪文を口にした途端。

 逃げ回っていた信徒たちは苦しみだす。

 膝から崩れ落ちて地面に伏した。

 そして・・・全身が燃えた。

 慌ててテレンくんが地面に転がる信徒たちへ、その剣先を向ける。

 グランデルを右手に構えた俺。

 組み立て式杖を両手で握るアテーネ。

 俺たち二人の傍まで移動したテレンくんと三人で背中を預け合って、取り囲む化け物たちと対峙する。

「マルス様、今の不気味な技はデスラーの禁術です」

「禁術?」

「ええ、数年前に奴が成功させたのでさぁ。成功を境に邪教は一気に飛躍して、奴自身もリターンズの幹部にまで成り上がったのです」

 禁術か。宗教関連の人って禁止系の技好きだよね。

 俺も好きだけど。

 男なら、ダメって言われてるけどついついやっちゃうよな。

「ただし付け入る隙はありますぜ。奴には弱点があるんでさぁ」 

「まじで?教えてよ」

「デスラーは禁術の影響で魔法を使えないんです。これは大きなアドバンテージになりますぜ!」

 得意気に語るテレンくん。彼はそこに僅かながらの勝機を見出している。

 弱点としてはインパクトが弱い気がしないでもないが、彼の燃え盛る瞳の色を見たらなにも言わないのが正解だろう。

「おっと、無駄話もこのくらいにしときやしょう」

 テレンくんの視線の先には、火が収まったかつての信徒だった者達が充血したその目で僕ら獲物を見据えていた。

「ウガァァァァア!!」

 咆哮をあげて化け物が一斉に襲いかかってくる。

「死ぬなよ!アテーネ、テレンくん!」

「はい!」

「おう!」

 二人の声を聞いて俺は化け物の群れの中へと、飛び出した。
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