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第二章
勝負の行方
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三つの雹の弾丸に対して、デスラーは鎌を横一閃に薙ぎ払う。
凄まじい威力の剣圧は空気を切り裂き、雹を砕いた。
しかし、魔法陣からはデスラーに息をつく暇も与えないように次々と雹が放たれていた。
デスラーはそれを鎌で砕き、捌き切れないものは半身で躱す。必要最低限の動作でいとも簡単にマルスの攻撃を喰らわず、彼との距離をジリジリと縮めるのであった。
そして遂にデスラーは見つけた。
雹と雹との切れ目を。
「ここだ!」
地面を蹴り、突進する。尋常じゃない速度で。デスラーは足裏に纏わせていた魔力を一点解放した。意図的に小規模な爆発を引き起こす。
迫り来る雹よりもコンマ一秒だけデスラーのスピードが上回った。
たったコンマ一秒、されどコンマ一秒。
強者にとってみればその僅かな時間で事足りるのだ。
瞬きをして、瞼が開けた時には既に眼前へと詰められていたマルス。
マルスのの瞳には驚愕の色が宿っている。
デスラーはそれを目にすると、嗤った。
「はっは!天下の氷魔法もこんなもんか?正直期待外れだぜ!」
後は自慢の鎌を振るうのみ。
それだけで勝敗は決する。
デスラーの意図しないところで生まれた余裕は、少しだけ彼の体のキレを鈍らせた。
そしてそれはマルスに次の一手を打つ猶予を与えたのだ。
「チェックメイト。邪神様に祈りながら死ねぇ!!⋯っ⋯!?」
突如、デスラーは後頭部に衝撃を受けた。
「なっ⋯!?ぐはぁっ!!」
次は横っ腹に。
その次は背中。
最後にはトドメとばかりに三発、腹部へと雹が直撃。
デスラーは最初の位置まで吹き飛ばされてしまった。
「ぺっぺっ!ふー、なんだってんだよ、今のはよぉ!」
死角からの攻撃に頭が混乱する。
口の端から垂れる血を拭って、口内に溜まったものを吐き捨てた。
腹を抑えながら周囲を見渡したデスラーはすぐに原因を突き止めた。
「はは、こりゃすげぇや」
素直に賞賛を送る彼が目撃したのは自分を取り囲むように宙に浮く九つの魔法陣。魔法陣からは雹の先端と思わしき透明感のある、青く鋭利な物体が発射の合図を待っていた。
「お前、俺の動き読んでたな?」
「うん」
デスラーの問いにマルスはごく普通に答えた。
「危機迫ったような顔しやがって⋯とんだ食わせもんだな。聞くまでもないが、ありやぁー演技だよな?」
「どうだろ。一応ヤバいとは思った」
「へっ!とぼけやがって。だが嫌いじゃねぇ。訂正する、氷魔法は良いな」
「お気に召されたのなら、なにより」
ただ台本を読み上げたような心の入っていないマルスの言葉にデスラーは苛立ちを覚えたが、即刻切り替える。
マルスの魔力の高まりを感知したのだ。
「今度は俺がチェックメイトだ!」
言い終えたと同時に全方位からの一斉射撃。
数多の雹がデスラーに襲いかかる。
しかし、デスラーはそれに対して薄く嗤った。
「魔法勝負はもう飽きた。次はその神器を使って殺り合おうぜ?」
足を開き、鎌を両手で握り構える。上体を限界まで捻って助走を付けると、一気に薙ぎ払った。
グシャッガコッ⋯⋯バキンッ!!
デスラーの魔力が乗せられた剣圧は黒く輝きを放ち、目に見える斬撃波となってマルスが放った雹は全て砕け散った。
勢いそのままに斬撃波は雹だけに留まらず魔法陣にまで到達すると、その雹の出処さえも粉砕したのであった。
「嘘でしょ⋯魔法が使えなかったんじゃ⋯」
呆気にとられるマルスに、デスラーは当たり前のように答える。
「だーかーらー、魔力は使えるって言ったろ?だったら体内で魔力を強固に練り上げて、鎌に乗せて飛ばせばいいだけだ。簡単な話だ」
簡単なわけがない。こんな人間離れの芸当ができるのは、マルスの知る中ではヘルメースぐらいだ。
つまりデスラーは人間族最強の存在と肩を並べる程に高度な魔力コントロールが可能とするのを意味する。
「邪魔なもんは消したぜ。ド派手にいこうじゃねぇか。お前には俺の本気を示すだけの価値がある」
根っからの戦闘狂発言なデスラーにマルスは冷や汗を流した。
「あ、まだ本気じゃなかったのね⋯」
こうして戦いは第三ラウンドへと移行するのであった。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
リーチの長い鎌使い相手にマルスは苦戦を強いられていた。
中途半端に距離を空けてはデスラーの鎌はドンピシャで迫る。ならば敢えて近付いてみるのも一つの手ではないか?
考えを逆転させ至近距離まで迫ってみる。
しかし、マルスが一歩詰めるよりも速くデスラーの鎌が真横から首を狩りにくるのだ。
マルスも攻撃を加えるが、難無くデスラーはいなす。鎌の柄で防がれてしまい、グランデルの刃はデスラーに届かなかった。
こうした攻防をかれこれ三十分は繰り返している。
疲労が蓄積する中で、先に限界を迎えたのはマルスの右脚であった。
「っ⋯!?」
デスラーの胸元へ踏み込もうと右脚を前に出したタイミングで、ガクッとマルスは沈んだ。
不意に訪れた絶好の好機をデスラーが逃すはずがない。
キィン、と甲高い音が響く。
咄嗟にグランデルを間に挟んだおかげで防御は間に合ったようだが、完全に勢いを殺せてはいない。
マルスは吹き飛ばされて、自らが敷いた硬い氷の床をバウンドしながら転がった。
「ちっ、腕一本かよ」
デスラーは唾を吐き捨てた。
ふらふらしつつも立ち上がったマルスの左腕は、ダランとだらしなくぶら下がっていた。
デスラーは最後の一撃を決める為に間合いを詰める。
がしかし、それを許さない者が。
《火炎風射》
灼熱の炎がデスラーへ放たれるが、横槍が入ってくるのを読んでいた彼は余裕を持って避けた。
行き場を失った炎は風に乗って天へと上り空を紅く染めた。
マルスの魔法で凍っていた地面は熱によって溶けてしまい、あちらこちらに水溜まりを成した。
「おいおい、いいのかよ。せっかくお前有利のフィールドにしたってのによぉ。全部溶けちまったぜ?」
半笑いで煽るデスラーを無視して魔法を放った張本人のアテーネはマルスの身を案じた。
「マルス様!?ご無事ですか!?」
アテーネが飛び出しかける。
「来るなアテーネ!!」
マルスは右手に剣を握った手でアテーネを制す。
「デスラー、お前に提案がある」
「なんだ言ってみろ」
「俺は見ての通りもう体力が限界だし、腕も片方折れてしまった。だからお互い死力を尽くして次の一撃で勝敗を決めよう」
「ほう⋯悪くない話だ」
「でしょ?」
合意に達した両者は構え直す。
東の空より太陽が顔を出し始める。太陽光は水溜まりに反射し煌めく。
マルスの額から流れ出た汗が頬を伝って顎先に向かう。
そして雫は地面へと落下。足元にある水溜まりに、ポチャンとした柔らかい水音を立てた。
水面には小さな波が波紋する。
それを合図に両者は動き出した。
マルスは体内で魔力を高密度に練り上げる。
そしてグランデルに練った魔力を流して薙ぎ払った。
《零斬波》
零度の斬撃波はデスラーの少し手前にぶつかり、衝撃によって砂埃が舞い上がった。
視界が奪われたデスラーは立ち止まって、マルスの出方を窺う。
砂煙に包まれた中で神経を研ぎ澄まし、相手の気配を感じ取る。
右隣でパキンッと音が鳴った。
デスラーは右を向いた⋯かのように見せて反転し、左に鎌を薙ぎ払った。
鎌が向かった先には丁度グランデルが振り下ろされ、デスラーの首を狙っていた。
砂煙から顔を出したのはマルス。先程の音はマルスがデスラーの意識を右に向けさせる為に出した陽動。
即座に対応したのは流石と言えるが、マルスの策はハマり、デスラーの意識は見事に右隣へ削がれていた。
若干弱まったデスラーの鎌をマルスは弾く。
胴ががら空きになったデスラーは息を呑み、脳裏には敗北の二文字がよぎった。
がしかし、マルスの振り下ろした剣はデスラーの鼻先を掠っただけでそのまま地面にたたきつけられたのだ。
この瞬間、デスラーは勝利を確信した。
「体力の限界だな?充分強かったぜ。邪神様もお喜びになりそうだ」
今度はデスラーが鎌を振り上げ勝負を終わらせに来る。
「あばよ、四英傑の一角。これより邪神様の裁きの時だ!最後の景色を脳に刻んでおけ!」
スローモーションに世界が時を進める。アテーネの目には、無情にもマルスの首筋に刃が触れる寸前の光景が映り込む。
アテーネは反射的に目を瞑った。
「がはっ・・・!!」
痛みに悶え、口から血を吐き出す声がした。
自分の失態で死なせてはいけない人を死なせてしまった。彼を慕うフレイやシャーレットに顔向けできない。
「女神様、目をお開けください。今の光景をしかと目に焼き付けておく義務があなた様にはあります」
テレンくんが穏やかな口調で諭す、がアテーネは躊躇していた。今、目を開ければ首を失ったマルスの姿が見えるのだろう。
普段から口論は絶えないが、なんだかんだ言って修行を共にし、自分のだらしなさをちゃんと知る上で付き合ってくれている男の子。
知らず知らずのうちにアテーネは彼を大切な友人と思えるようになるまで心を許していたのだ。
しかし、いつまで経ってもこうしているわけにはいかない。
アテーネは恐る恐る目を開く。すると彼女の目の前には予想外の光景が広がっていた。
マルスの首はちゃんと繋がっていた。
じゃあ、先程の声の主は誰だ。
「あっ⋯」
見慣れたマルスの背中越しに声の主はいた。
声の主はアテーネもよく知る彼の得意技・氷柱が地面から伸びて体中に突き刺さって、口や体の至る箇所から血を流すデスラーであった。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
デスラーは困惑していた。
「な・・・んでだ・・・!?」
デスラーが視線を地面へと落とすと、そこからは再三の注意を払っていた氷柱が伸びていたのだ。
瞬時に脳内で状況を読み解くデスラー。
思考を巡らせているうちに徐々に見えてきたものがあった。
「そうか・・・あれは俺の目を逸らす為の陽動か・・・一旦フィールドを全て氷で覆って俺の気を引く。んで、さっきの女の魔法で溶かす。そしてフィールド内の各所にできた水溜まりを俺が油断した隙を狙って凍らせて仕留めるのが真の目的か。結局俺はまんまと陽動に引っかかったつぅーわけ?。面白ぇ・・・」
四方八方より伸びてくる無数の氷柱が次々とデスラーの体を貫く。
「俺の勝ちだな」
マルスが近付いて言う。
右手にはグランデルが握られていた。
「ああ、右隣からの音は水溜まりが凍り付いた音かなるほど⋯」
自分の中で納得したかのように頷く。
「卑怯だと思うか?一撃で決めようって言っておいてさ」
「いんや、自分が使える力を全て使っただけだろ。咎らめられることなんざやってない。第一、俺も死兵を使ったしな」
笑って流し、マルスを咎める真似をしないデスラーには随分と余裕が感じられた。
ゾンビたちと同じ、血色で赤く染まった瞳がマルスを見つめる。
マルスがグランデルを振り上げた。
すっかり登った朝日が、洗練された美しい剣身を更に輝かせる。
「楽しかったわ。また・・・殺ろうぜ」
それを最後にデスラーの首は吹き飛んだ。
凄まじい威力の剣圧は空気を切り裂き、雹を砕いた。
しかし、魔法陣からはデスラーに息をつく暇も与えないように次々と雹が放たれていた。
デスラーはそれを鎌で砕き、捌き切れないものは半身で躱す。必要最低限の動作でいとも簡単にマルスの攻撃を喰らわず、彼との距離をジリジリと縮めるのであった。
そして遂にデスラーは見つけた。
雹と雹との切れ目を。
「ここだ!」
地面を蹴り、突進する。尋常じゃない速度で。デスラーは足裏に纏わせていた魔力を一点解放した。意図的に小規模な爆発を引き起こす。
迫り来る雹よりもコンマ一秒だけデスラーのスピードが上回った。
たったコンマ一秒、されどコンマ一秒。
強者にとってみればその僅かな時間で事足りるのだ。
瞬きをして、瞼が開けた時には既に眼前へと詰められていたマルス。
マルスのの瞳には驚愕の色が宿っている。
デスラーはそれを目にすると、嗤った。
「はっは!天下の氷魔法もこんなもんか?正直期待外れだぜ!」
後は自慢の鎌を振るうのみ。
それだけで勝敗は決する。
デスラーの意図しないところで生まれた余裕は、少しだけ彼の体のキレを鈍らせた。
そしてそれはマルスに次の一手を打つ猶予を与えたのだ。
「チェックメイト。邪神様に祈りながら死ねぇ!!⋯っ⋯!?」
突如、デスラーは後頭部に衝撃を受けた。
「なっ⋯!?ぐはぁっ!!」
次は横っ腹に。
その次は背中。
最後にはトドメとばかりに三発、腹部へと雹が直撃。
デスラーは最初の位置まで吹き飛ばされてしまった。
「ぺっぺっ!ふー、なんだってんだよ、今のはよぉ!」
死角からの攻撃に頭が混乱する。
口の端から垂れる血を拭って、口内に溜まったものを吐き捨てた。
腹を抑えながら周囲を見渡したデスラーはすぐに原因を突き止めた。
「はは、こりゃすげぇや」
素直に賞賛を送る彼が目撃したのは自分を取り囲むように宙に浮く九つの魔法陣。魔法陣からは雹の先端と思わしき透明感のある、青く鋭利な物体が発射の合図を待っていた。
「お前、俺の動き読んでたな?」
「うん」
デスラーの問いにマルスはごく普通に答えた。
「危機迫ったような顔しやがって⋯とんだ食わせもんだな。聞くまでもないが、ありやぁー演技だよな?」
「どうだろ。一応ヤバいとは思った」
「へっ!とぼけやがって。だが嫌いじゃねぇ。訂正する、氷魔法は良いな」
「お気に召されたのなら、なにより」
ただ台本を読み上げたような心の入っていないマルスの言葉にデスラーは苛立ちを覚えたが、即刻切り替える。
マルスの魔力の高まりを感知したのだ。
「今度は俺がチェックメイトだ!」
言い終えたと同時に全方位からの一斉射撃。
数多の雹がデスラーに襲いかかる。
しかし、デスラーはそれに対して薄く嗤った。
「魔法勝負はもう飽きた。次はその神器を使って殺り合おうぜ?」
足を開き、鎌を両手で握り構える。上体を限界まで捻って助走を付けると、一気に薙ぎ払った。
グシャッガコッ⋯⋯バキンッ!!
デスラーの魔力が乗せられた剣圧は黒く輝きを放ち、目に見える斬撃波となってマルスが放った雹は全て砕け散った。
勢いそのままに斬撃波は雹だけに留まらず魔法陣にまで到達すると、その雹の出処さえも粉砕したのであった。
「嘘でしょ⋯魔法が使えなかったんじゃ⋯」
呆気にとられるマルスに、デスラーは当たり前のように答える。
「だーかーらー、魔力は使えるって言ったろ?だったら体内で魔力を強固に練り上げて、鎌に乗せて飛ばせばいいだけだ。簡単な話だ」
簡単なわけがない。こんな人間離れの芸当ができるのは、マルスの知る中ではヘルメースぐらいだ。
つまりデスラーは人間族最強の存在と肩を並べる程に高度な魔力コントロールが可能とするのを意味する。
「邪魔なもんは消したぜ。ド派手にいこうじゃねぇか。お前には俺の本気を示すだけの価値がある」
根っからの戦闘狂発言なデスラーにマルスは冷や汗を流した。
「あ、まだ本気じゃなかったのね⋯」
こうして戦いは第三ラウンドへと移行するのであった。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
リーチの長い鎌使い相手にマルスは苦戦を強いられていた。
中途半端に距離を空けてはデスラーの鎌はドンピシャで迫る。ならば敢えて近付いてみるのも一つの手ではないか?
考えを逆転させ至近距離まで迫ってみる。
しかし、マルスが一歩詰めるよりも速くデスラーの鎌が真横から首を狩りにくるのだ。
マルスも攻撃を加えるが、難無くデスラーはいなす。鎌の柄で防がれてしまい、グランデルの刃はデスラーに届かなかった。
こうした攻防をかれこれ三十分は繰り返している。
疲労が蓄積する中で、先に限界を迎えたのはマルスの右脚であった。
「っ⋯!?」
デスラーの胸元へ踏み込もうと右脚を前に出したタイミングで、ガクッとマルスは沈んだ。
不意に訪れた絶好の好機をデスラーが逃すはずがない。
キィン、と甲高い音が響く。
咄嗟にグランデルを間に挟んだおかげで防御は間に合ったようだが、完全に勢いを殺せてはいない。
マルスは吹き飛ばされて、自らが敷いた硬い氷の床をバウンドしながら転がった。
「ちっ、腕一本かよ」
デスラーは唾を吐き捨てた。
ふらふらしつつも立ち上がったマルスの左腕は、ダランとだらしなくぶら下がっていた。
デスラーは最後の一撃を決める為に間合いを詰める。
がしかし、それを許さない者が。
《火炎風射》
灼熱の炎がデスラーへ放たれるが、横槍が入ってくるのを読んでいた彼は余裕を持って避けた。
行き場を失った炎は風に乗って天へと上り空を紅く染めた。
マルスの魔法で凍っていた地面は熱によって溶けてしまい、あちらこちらに水溜まりを成した。
「おいおい、いいのかよ。せっかくお前有利のフィールドにしたってのによぉ。全部溶けちまったぜ?」
半笑いで煽るデスラーを無視して魔法を放った張本人のアテーネはマルスの身を案じた。
「マルス様!?ご無事ですか!?」
アテーネが飛び出しかける。
「来るなアテーネ!!」
マルスは右手に剣を握った手でアテーネを制す。
「デスラー、お前に提案がある」
「なんだ言ってみろ」
「俺は見ての通りもう体力が限界だし、腕も片方折れてしまった。だからお互い死力を尽くして次の一撃で勝敗を決めよう」
「ほう⋯悪くない話だ」
「でしょ?」
合意に達した両者は構え直す。
東の空より太陽が顔を出し始める。太陽光は水溜まりに反射し煌めく。
マルスの額から流れ出た汗が頬を伝って顎先に向かう。
そして雫は地面へと落下。足元にある水溜まりに、ポチャンとした柔らかい水音を立てた。
水面には小さな波が波紋する。
それを合図に両者は動き出した。
マルスは体内で魔力を高密度に練り上げる。
そしてグランデルに練った魔力を流して薙ぎ払った。
《零斬波》
零度の斬撃波はデスラーの少し手前にぶつかり、衝撃によって砂埃が舞い上がった。
視界が奪われたデスラーは立ち止まって、マルスの出方を窺う。
砂煙に包まれた中で神経を研ぎ澄まし、相手の気配を感じ取る。
右隣でパキンッと音が鳴った。
デスラーは右を向いた⋯かのように見せて反転し、左に鎌を薙ぎ払った。
鎌が向かった先には丁度グランデルが振り下ろされ、デスラーの首を狙っていた。
砂煙から顔を出したのはマルス。先程の音はマルスがデスラーの意識を右に向けさせる為に出した陽動。
即座に対応したのは流石と言えるが、マルスの策はハマり、デスラーの意識は見事に右隣へ削がれていた。
若干弱まったデスラーの鎌をマルスは弾く。
胴ががら空きになったデスラーは息を呑み、脳裏には敗北の二文字がよぎった。
がしかし、マルスの振り下ろした剣はデスラーの鼻先を掠っただけでそのまま地面にたたきつけられたのだ。
この瞬間、デスラーは勝利を確信した。
「体力の限界だな?充分強かったぜ。邪神様もお喜びになりそうだ」
今度はデスラーが鎌を振り上げ勝負を終わらせに来る。
「あばよ、四英傑の一角。これより邪神様の裁きの時だ!最後の景色を脳に刻んでおけ!」
スローモーションに世界が時を進める。アテーネの目には、無情にもマルスの首筋に刃が触れる寸前の光景が映り込む。
アテーネは反射的に目を瞑った。
「がはっ・・・!!」
痛みに悶え、口から血を吐き出す声がした。
自分の失態で死なせてはいけない人を死なせてしまった。彼を慕うフレイやシャーレットに顔向けできない。
「女神様、目をお開けください。今の光景をしかと目に焼き付けておく義務があなた様にはあります」
テレンくんが穏やかな口調で諭す、がアテーネは躊躇していた。今、目を開ければ首を失ったマルスの姿が見えるのだろう。
普段から口論は絶えないが、なんだかんだ言って修行を共にし、自分のだらしなさをちゃんと知る上で付き合ってくれている男の子。
知らず知らずのうちにアテーネは彼を大切な友人と思えるようになるまで心を許していたのだ。
しかし、いつまで経ってもこうしているわけにはいかない。
アテーネは恐る恐る目を開く。すると彼女の目の前には予想外の光景が広がっていた。
マルスの首はちゃんと繋がっていた。
じゃあ、先程の声の主は誰だ。
「あっ⋯」
見慣れたマルスの背中越しに声の主はいた。
声の主はアテーネもよく知る彼の得意技・氷柱が地面から伸びて体中に突き刺さって、口や体の至る箇所から血を流すデスラーであった。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
デスラーは困惑していた。
「な・・・んでだ・・・!?」
デスラーが視線を地面へと落とすと、そこからは再三の注意を払っていた氷柱が伸びていたのだ。
瞬時に脳内で状況を読み解くデスラー。
思考を巡らせているうちに徐々に見えてきたものがあった。
「そうか・・・あれは俺の目を逸らす為の陽動か・・・一旦フィールドを全て氷で覆って俺の気を引く。んで、さっきの女の魔法で溶かす。そしてフィールド内の各所にできた水溜まりを俺が油断した隙を狙って凍らせて仕留めるのが真の目的か。結局俺はまんまと陽動に引っかかったつぅーわけ?。面白ぇ・・・」
四方八方より伸びてくる無数の氷柱が次々とデスラーの体を貫く。
「俺の勝ちだな」
マルスが近付いて言う。
右手にはグランデルが握られていた。
「ああ、右隣からの音は水溜まりが凍り付いた音かなるほど⋯」
自分の中で納得したかのように頷く。
「卑怯だと思うか?一撃で決めようって言っておいてさ」
「いんや、自分が使える力を全て使っただけだろ。咎らめられることなんざやってない。第一、俺も死兵を使ったしな」
笑って流し、マルスを咎める真似をしないデスラーには随分と余裕が感じられた。
ゾンビたちと同じ、血色で赤く染まった瞳がマルスを見つめる。
マルスがグランデルを振り上げた。
すっかり登った朝日が、洗練された美しい剣身を更に輝かせる。
「楽しかったわ。また・・・殺ろうぜ」
それを最後にデスラーの首は吹き飛んだ。
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