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第三章

描く男とぼっち飯

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 午前の授業が終わり、みんながお待ちかねの昼休憩の時間が訪れた。

 友達同士で仲良さげに食べたり、恋人同士でラブラブオーラ全開で食べさせ合いっこをする。

 恋人とは縁のない男子生徒たちは血の涙を流しながら弁当と共に悔しさも胃袋へと流し込むのだ。

 しかし、それもまた青春で微笑ましいよね。

 彼らは俺の置かれている状況に比べるとまだマシだろう。

 そうだ、俺はこのままだとぼっち飯。

 どのグループにも属さない・・・というか属せなかった俺は一人寂しく弁当箱を持って校内を散策中である。

 素直に教室で食べてればよかったのだ。

 見栄なんか張らずに「別クラスの友達と食べてきます」アピールを実行した過去の自分を恨む。

 廊下を曲がった先に偶然居合わせたモーガン。

 奴を視界に入れた俺の脳はフル稼働で状況整理をして、この危機を乗り越える最適解を導き出す。

 そして、その最適解というのが。

 直ちに逃げるべし、であった。

 厄介で嫌味ったらしい悪役貴族に一々構ってられるか。

 こっそりと立ち去ろうとする俺。
 
 あと少しで退散成功となるところで、不運にも奴は振り返った。

 目が合う俺とモーガン。

 俺のテンションは急降下。

 対してモーガンはわざとらしく口角を上げた。 

 結局俺はモーガンに絡まれるのであった。

「おお、エルバイス。俺になにか用か?」

「いや、特にないかな」

「嘘つけ。顔に書いてあるぞ、俺に会いにきたってなぁ!」

 モーガンが俺の前に立つ。

 その距離僅か十センチ。

「近いよ」

「お前も魔闘祭に出るらしいじゃねぇか。ちょっと功績挙げてしょぼい出世してくらいで勘違いしてんだろ?」

「その通りです!」

「モーガンさんには遠く及びませんがね!」

 俺を取り囲むモーガンの取り巻きが合いの手を入れる。

 一応現在の俺の地位は取り巻きの君らより上なんだから言動には気をつけた方が身の為なんだけどな。

「そんなつもりはないけどな。あと近いよ」

「俺はお前が嫌いなんだ。顔、性格、言動、お前の存在全てが気に食わねぇ」

「なるほど」

 言い過ぎだと思う。

 俺の豆腐メンタルが砕けちゃっても知らないからな?

「だからな、今度の魔闘祭は丁度良い機会だ、俺は────」

 ペラペラと達者に動くモーガンの口を眺めつつ、俺はどうやってこの三人組の輪から脱出するかを考えていた。

 で、思いついた。

 俺はモーガンの背後を指差す。

「あ、あれはアイリン先輩だ!」

 俺かその名を口にした瞬間、彼らは首をグリンッと回転させて俺の指差す方向を凝視する。

 アイリン先輩とは学院三大美女の一人に数えられる三年の先輩だ。学院三大美女の他にも、アースガルズ四大女神とか美少女ナンバーズなんて呼称もあって、美女たちのインフレが凄いことになっているようだ。

 彼らの反応を見るに、恐らく三人共に彼女へ好意を抱いているのは容易に読み取れる。

 アイリン先輩に三人組が見惚れている隙に俺は取り巻き二人の腹に高速フックをぶち込んだ。

 突如襲ってきた腹痛に腹を抱える。

「ぐえっ!き、急にお腹が・・・!?」

「ぶほっ!と、トイレ・・・」

 取り巻きが気持ち悪い呻き声を出して、一目散にトイレへと向かうがモーガンは気付かない。

 彼はアイリン先輩に夢中なのだ。

「じゃあ、またね」

 できれば今生の別れであれと願いながら俺は校内散策を再開した。

✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼

 なんとかモーガン一行をまいた俺は人気の少ない中庭を歩く。

 今日は朝方から雨が降り続いているせいか、いつもは賑わっているはずのここは、ただ静かに雨音が鳴り響くだけで、どこか寂しく感じた。

 でも、俺はこの雰囲気は嫌いじゃない。雨音に耳を澄ませていれば、心地よい雨音と時々肌に触れる雨水が負の感情を全て洗い流してくれる気がするからだ。

 うん、気がするだけ。プラセボだよ、プラセボ。

 中庭をぶらついているうちに、なんとなく中庭の屋根付きベンチを目指していると、ベンチには先客がいた。

 目覚えのあるもっさり髪のシルエット。

 俺は迷わず声をかけた。

「やあ、ワイドくん」

 俺のイーセカイでの同性友達第一号のワイドくんがベンチに座り、なにやら熱心な様子で黙々と筆を走らせていた。

「わぁ、びっくりしたァ~。マルスくんか。どうしたんですか?」

「うん、なに描いてんのかなって思ってさ」

「よかったら見ます?下手くそですけど」

 ワイドくんがキャンパスを差し出す。

「ありがと」

 俺をそれを受け取ってしばしの間眺めた。

「ふむ、これは・・・」

 てっきり風景がでも描いてんのかと思ったが、彼が描いていたのは全くの別物であった。

 黒・紫・赤の三色で構成されるのは一言で表すのなら”怪物”だ。

 目と鼻がない大きく裂けた口だけの怪物が、天高く浮かぶ杖のような棒を手中に納めるべく手を伸ばしている。その怪物を囲うように幾重にも重なり合った魔力が、螺旋の如く渦を巻く。波紋する魔力は絵を鑑賞しているだけの俺にも伝わってくる程に力強く、そして細部まで丁寧に描かれており、一目で上手い人だとわかる絵だった。

 芸術ってのは絵が上手ければ評価されるとは一概に言えない。その人がなにを捉えて、なにを表現したいか。また、その芸術品が作られた時代や芸術品から読み取る歴史的背景によって価値が生まれるらしい。

 どっかの美術の先生が言ってた。

 感性は人それぞれだからね。みんな違ってみんなが尊いんだよ。

「なかなか独創的な絵だね。いいと思う」

 俺は結構好きだ。

「そう・・・ですか。嬉しいです」

 ワイドくんは照れくさそうに笑った。

「みんなは滅多に僕の絵を認めてくれないんです。だからたまに落ち込んじゃう時がありまして」

 まぁね、感性は人それぞれだ。

「大変だね」

「ええ、先日も馬鹿にされました」

「誰に?」

「ウルガンド公爵家長男のモーガンです。僕の絵を見るなり鼻で笑って捨てられました。無理矢理奪ったくせに・・・」

 まじかよ、モーガン最低だな。

 彼の目からはモーガンに対する並々ならぬ憎悪の念が宿っていた。

「そっか」

「うん」

「でもね」

「ん?」

「マルスくんがそう言ってくれて救われました。馬鹿にする人もいるかもしれませんが、君のように褒めてくれる人も必ずいるって知れました。ありがとうございます」

 ワイドくんは気持ちのいい笑顔で言った。

 それからの俺たちは軽く世間話やお互いに苦労させられているモーガンの悪口を言い合ったりしてわかれた。ワイドくんはまだまだ絵を描くようで午後の授業はサボるみたいだ。

 羨ましくなった俺は彼を真似て授業をサボり、最近ハマっている自分なりの修行をするため、人目のつかないよう細心の注意を払いながらお気に入りの修行スポットの雑木林へと向かった。
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