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運命の出会い
第2話
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三十分ほど歩いたところで、ゼノスは中立都市へ到着した。
グランレイヴ魔術学院は、広場の東外れに面して建っている。
ゼノスは魔族領と造りが違う建物を物珍しそうに眺めながら、通りを歩いていく。
――間近で見ると、確かに綺麗なもんだな。
魔族領の建物が汚いというわけではない。
ゼノスも魔王の息子として城で生活をしている。
ただ、建物にはこれといった装飾はなく、武骨な造りのものばかりであった。
能力至上主義である魔族が、そういったものにあまり興味がないのが最大の要因といえる。
ゼノスはほどなくして魔術学院に辿りついた。
白亜の城を想起させる建物。
中央には一際大きなドーム状の建物があり、それを囲むように三つの塔が建っていた。
建物の中に入ろうとしたゼノスであったが、入り口付近で何やら揉めている男女数人を発見する。
「お気持ちは嬉しいのですけれど、私は貴方とお付き合いするつもりはありません」
女は、鈴の音のように凛とした声ではっきりと告げた。
女の後ろにいたメイド服に身を包んだ女性が深く頷き同意している。
その言葉に、女に向かい立つ男たちが顔色を変えた。
「貴様! ヴァナルガンド帝国第一皇子であらせられる、ユリウス・アウグストゥス様の申し出を断るというのか!」
「今はっきりとそう申し上げたはずですが? それに、貴国とはつい最近まで戦争をしていたのですよ。その皇帝の息子である方とお付き合いするなんて考えられません」
「おのれ! ユリウス様に対してその不敬な態度、王国の姫といえど許すわけにはいかん!」
その声に反応して男たちが、一斉に剣を抜いた。
対する女は動じないどころか、ため息を吐く。
「――取り巻きの方はそう仰られていますが、よろしいのですか、アウグストゥス様?」
いきり立つ男たちのなか、ただ一人静観していた金髪の男に対し、女が問いかける。
「構わん。知っていよう、帝国は実力主義だ。この程度も切り抜けられぬような弱者など俺の妻に相応しくない。そうだろう、イリス・レーベンハイト」
「ですから、私はお付き合いをするとは一言も申し上げておりませんのに……」
イリスと呼ばれた女は、先ほどよりも大きなため息を吐いて頭を抱える。
――こういうところが本当に苦手なのよね。
帝国も王国も世襲制だ。
貴族や騎士、商人や平民といった様々な階級が存在している。
しかし、決定的に違うところが一つだけあった。
それは、帝国は先ほどユリウスが言った通り、実力主義だということだ。
王国は基本的に生まれた身分から違う身分へと変えることはできない。
それに比べ、帝国は実力さえあれば、平民でも騎士や貴族に取り立てられる。
生まれ持った能力次第で上を目指せる、それが帝国なのだ。
加えて、つい最近まで戦争をしていたということも大きい。
魔王という脅威に対抗するために一時的に停戦協定を結んだとはいえ、急に仲良くできるはずなどなかった。
取り巻きの男の一人が前に出て、剣の切っ先をイリスの顔に近づけようとした。
「おいおい、そんな物騒なもん、顔に向けちゃダメだろ」
急に現れた赤い髪の男に、その場にいた誰もが一瞬我を忘れる。
「貴様、何者だっ!」
「俺? 俺はゼノス。ゼノス・ヴァルフレア」
名前を答えたゼノスだったが、直ぐに後悔する。
――しまった、偽名でも考えとけばよかったか。
「聞いたことがないな。誰か、知っているか?」
男の言葉に、皆首を横に振る。
魔王バエルの名前は知られていても、その息子の名前までは知られていないようだ。
知られていないのは当然のことだった。
バエルは単独行動を好み、戦うときも配下を連れることはなく、常に一人。
ゼノスを連れていくことなど一度も無かったため、顔も名前も知られていない。
「ということは……アルカディア共和国の者か」
――お、うまい具合に勘違いしてくれてるじゃねーか。
ゼノスは内心ホッとする。
ここで肯定しておけば、この場にいる全員が自分のことを共和国の人間だと認識するからだ。
「ああ、そうだ」
「ここにいるということは貴様も入学希望者だろうが、何の真似だ!」
「いやいや、そりゃこっちのセリフだろ。試験前に問題なんておこしたらマズいんじゃねーの?」
「それがどうした! これだから中立を謳う共和国は嫌いなんだ!」
共和国は先の戦争で帝国、王国のどちらの味方もしていない。
ただし、それはどちらかと組めばバランスが崩れるという三国の思惑があり、開戦前に事前に不可侵条約を結んでいたからだ。
だが、それを知っているのは三国の中でも一握りの人間だけだった。
「いやいや、やめといたほうがいいと思うぜ。試験に影響するかもしれないし。それに——本当に力のある奴は、普段は力を誇示したりしないもんだ」
――自分の能力に自信を持つことは大事だけどな。
己に自信を持ってもいいが、決して自惚れることだけはするな。
それが油断を生むことを覚えておけ。
ゼノスがバエルから何度も言い聞かされてきた言葉だ。
しかし、ゼノスの一言で男の顔色が変わる。
「共和国の人間ごときが指図するんじゃない!」
激昂した男は剣を振り上げ、ゼノスに向けて斬りかかった。
――え、遅くね?
あまりの遅さにゼノスは呆気に取られてしまう。
――なんだこれ、本気でやってるんだよな?
親父だったら十回以上は攻撃してるぞ。
そんなことを思いながら、振り下ろされる剣を難なく避けたゼノスは、力を抑えた手刀を男の首に軽く放つ。
男は一言も発しないまま、顔から地面に倒れこんだ。
「なっ!?」
「何をした!!」
帝国側の男たちが声を荒げている。
――え? あれが見えないとかこいつらヤバくないか。
「落ち着け。今のは、奴がダインの首に手刀を当てたのだ」
――良かった、ちゃんと見える奴がいたよ。
確か、ユリウスだっけ。
取り巻きの一人が倒されたというのに、ユリウスは怒るどころか笑みを浮かべた。
「貴様、ゼノスといったな。どうだ、帝国に来る気はないか? 来るのであれば俺の側近にしてやってもいいぞ」
「なっ!?」
「ユリウス様、本気ですか!」
帝国の男たちが驚愕の声をあげる。
「もちろん本気だとも。俺は力のある者であれば出自は問わん」
「あー、悪いけど帝国に行く気はないぜ」
「そうか。まぁいい、気が変わったらいつでも来い。貴様であれば歓迎しよう――行くぞ」
そう言って、ユリウスは学院の中へ入っていった。
「お待ちください、ユリウス様っ」
「……くっ、覚えていろよ!」
帝国の男たちは地面に倒れている、ダインと呼ばれた男を抱きかかえると、ゼノスを睨みながらユリウスの後を追う。
「あの……危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
「ああ、あんなの全然大したことな――」
後ろから声を掛けられたゼノスが振り返り、イリスを一目見た瞬間、文字通り固まった。
――め、めちゃくちゃキレイじゃねーか。
さっきは後ろ姿だったから顔が見えなかったけど、こうして正面から見るとヤべえ……可愛いすぎる。
光り輝く金髪に、碧い瞳、そして淡いピンクの艶やかでぷっくりとした唇。
その姿は、水の女神かと見紛うばかりのような美しさだった。
イリスの姿を見たゼノスは、一瞬して心を奪われた。
――生まれて初めての一目惚れだった。
グランレイヴ魔術学院は、広場の東外れに面して建っている。
ゼノスは魔族領と造りが違う建物を物珍しそうに眺めながら、通りを歩いていく。
――間近で見ると、確かに綺麗なもんだな。
魔族領の建物が汚いというわけではない。
ゼノスも魔王の息子として城で生活をしている。
ただ、建物にはこれといった装飾はなく、武骨な造りのものばかりであった。
能力至上主義である魔族が、そういったものにあまり興味がないのが最大の要因といえる。
ゼノスはほどなくして魔術学院に辿りついた。
白亜の城を想起させる建物。
中央には一際大きなドーム状の建物があり、それを囲むように三つの塔が建っていた。
建物の中に入ろうとしたゼノスであったが、入り口付近で何やら揉めている男女数人を発見する。
「お気持ちは嬉しいのですけれど、私は貴方とお付き合いするつもりはありません」
女は、鈴の音のように凛とした声ではっきりと告げた。
女の後ろにいたメイド服に身を包んだ女性が深く頷き同意している。
その言葉に、女に向かい立つ男たちが顔色を変えた。
「貴様! ヴァナルガンド帝国第一皇子であらせられる、ユリウス・アウグストゥス様の申し出を断るというのか!」
「今はっきりとそう申し上げたはずですが? それに、貴国とはつい最近まで戦争をしていたのですよ。その皇帝の息子である方とお付き合いするなんて考えられません」
「おのれ! ユリウス様に対してその不敬な態度、王国の姫といえど許すわけにはいかん!」
その声に反応して男たちが、一斉に剣を抜いた。
対する女は動じないどころか、ため息を吐く。
「――取り巻きの方はそう仰られていますが、よろしいのですか、アウグストゥス様?」
いきり立つ男たちのなか、ただ一人静観していた金髪の男に対し、女が問いかける。
「構わん。知っていよう、帝国は実力主義だ。この程度も切り抜けられぬような弱者など俺の妻に相応しくない。そうだろう、イリス・レーベンハイト」
「ですから、私はお付き合いをするとは一言も申し上げておりませんのに……」
イリスと呼ばれた女は、先ほどよりも大きなため息を吐いて頭を抱える。
――こういうところが本当に苦手なのよね。
帝国も王国も世襲制だ。
貴族や騎士、商人や平民といった様々な階級が存在している。
しかし、決定的に違うところが一つだけあった。
それは、帝国は先ほどユリウスが言った通り、実力主義だということだ。
王国は基本的に生まれた身分から違う身分へと変えることはできない。
それに比べ、帝国は実力さえあれば、平民でも騎士や貴族に取り立てられる。
生まれ持った能力次第で上を目指せる、それが帝国なのだ。
加えて、つい最近まで戦争をしていたということも大きい。
魔王という脅威に対抗するために一時的に停戦協定を結んだとはいえ、急に仲良くできるはずなどなかった。
取り巻きの男の一人が前に出て、剣の切っ先をイリスの顔に近づけようとした。
「おいおい、そんな物騒なもん、顔に向けちゃダメだろ」
急に現れた赤い髪の男に、その場にいた誰もが一瞬我を忘れる。
「貴様、何者だっ!」
「俺? 俺はゼノス。ゼノス・ヴァルフレア」
名前を答えたゼノスだったが、直ぐに後悔する。
――しまった、偽名でも考えとけばよかったか。
「聞いたことがないな。誰か、知っているか?」
男の言葉に、皆首を横に振る。
魔王バエルの名前は知られていても、その息子の名前までは知られていないようだ。
知られていないのは当然のことだった。
バエルは単独行動を好み、戦うときも配下を連れることはなく、常に一人。
ゼノスを連れていくことなど一度も無かったため、顔も名前も知られていない。
「ということは……アルカディア共和国の者か」
――お、うまい具合に勘違いしてくれてるじゃねーか。
ゼノスは内心ホッとする。
ここで肯定しておけば、この場にいる全員が自分のことを共和国の人間だと認識するからだ。
「ああ、そうだ」
「ここにいるということは貴様も入学希望者だろうが、何の真似だ!」
「いやいや、そりゃこっちのセリフだろ。試験前に問題なんておこしたらマズいんじゃねーの?」
「それがどうした! これだから中立を謳う共和国は嫌いなんだ!」
共和国は先の戦争で帝国、王国のどちらの味方もしていない。
ただし、それはどちらかと組めばバランスが崩れるという三国の思惑があり、開戦前に事前に不可侵条約を結んでいたからだ。
だが、それを知っているのは三国の中でも一握りの人間だけだった。
「いやいや、やめといたほうがいいと思うぜ。試験に影響するかもしれないし。それに——本当に力のある奴は、普段は力を誇示したりしないもんだ」
――自分の能力に自信を持つことは大事だけどな。
己に自信を持ってもいいが、決して自惚れることだけはするな。
それが油断を生むことを覚えておけ。
ゼノスがバエルから何度も言い聞かされてきた言葉だ。
しかし、ゼノスの一言で男の顔色が変わる。
「共和国の人間ごときが指図するんじゃない!」
激昂した男は剣を振り上げ、ゼノスに向けて斬りかかった。
――え、遅くね?
あまりの遅さにゼノスは呆気に取られてしまう。
――なんだこれ、本気でやってるんだよな?
親父だったら十回以上は攻撃してるぞ。
そんなことを思いながら、振り下ろされる剣を難なく避けたゼノスは、力を抑えた手刀を男の首に軽く放つ。
男は一言も発しないまま、顔から地面に倒れこんだ。
「なっ!?」
「何をした!!」
帝国側の男たちが声を荒げている。
――え? あれが見えないとかこいつらヤバくないか。
「落ち着け。今のは、奴がダインの首に手刀を当てたのだ」
――良かった、ちゃんと見える奴がいたよ。
確か、ユリウスだっけ。
取り巻きの一人が倒されたというのに、ユリウスは怒るどころか笑みを浮かべた。
「貴様、ゼノスといったな。どうだ、帝国に来る気はないか? 来るのであれば俺の側近にしてやってもいいぞ」
「なっ!?」
「ユリウス様、本気ですか!」
帝国の男たちが驚愕の声をあげる。
「もちろん本気だとも。俺は力のある者であれば出自は問わん」
「あー、悪いけど帝国に行く気はないぜ」
「そうか。まぁいい、気が変わったらいつでも来い。貴様であれば歓迎しよう――行くぞ」
そう言って、ユリウスは学院の中へ入っていった。
「お待ちください、ユリウス様っ」
「……くっ、覚えていろよ!」
帝国の男たちは地面に倒れている、ダインと呼ばれた男を抱きかかえると、ゼノスを睨みながらユリウスの後を追う。
「あの……危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
「ああ、あんなの全然大したことな――」
後ろから声を掛けられたゼノスが振り返り、イリスを一目見た瞬間、文字通り固まった。
――め、めちゃくちゃキレイじゃねーか。
さっきは後ろ姿だったから顔が見えなかったけど、こうして正面から見るとヤべえ……可愛いすぎる。
光り輝く金髪に、碧い瞳、そして淡いピンクの艶やかでぷっくりとした唇。
その姿は、水の女神かと見紛うばかりのような美しさだった。
イリスの姿を見たゼノスは、一瞬して心を奪われた。
――生まれて初めての一目惚れだった。
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