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勇者を目指せ!?
第12話
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魔術学院は帝国、王国、共和国の生徒たちに分かれているが、半円形の大教室に集まって授業を受けている。
付き合うことになった翌日。
ゼノスは教室に入ると、いつものように共和国の生徒たちと挨拶を交わす。
席に着き、周囲に視線を巡らせてみると、今まではなかった光景を目にする。
他国の生徒同士で、ぎこちないながらもお互いに挨拶を交わしている者が数名いた。
少なくとも昨日までは見ることのなかった出来事だ。
どうやら、昨日の合同課外授業で組んだ者と話をしているらしい。
今まではどちらかといえば、国同士で固まって張り合う傾向にあった。
初心者向けのダンジョンとはいえ、お互い協力して潜ったことで多少なりとも関係が良くなっているということなのだろう。
——まてよ? これは俺にとってもチャンスなんじゃ?
イリスとペアを組んでダンジョンに潜ったことは、この魔術学院の生徒であれば誰もが知っている。
今の教室内の雰囲気であれば、挨拶程度であれば不審がられることはないはずだ。
イリスは九十人いるこの広い教室の中でも際立って目立つ容姿をしているので、すぐに発見できる。
遠目ながら視線が合うと、イリスの口許にはほんの微かだが小さな笑みが浮かんだ。
その可憐な笑みを見たゼノスも思わず笑みがこぼれる。
さりげなく席を立ち、イリスに近づく。
「おはようございます。先日はありがとうございました。貴方のおかげで助かりました」
先に口を開いたのはイリスだった。
挨拶の内容としてはごくごく普通で、何ら怪しまれる要素はない。
「おう、体に異常はないか?」
「特には。ゼノ……貴方は大丈夫ですか?」
「俺はほら、この通り何の問題もねえよ」
右手を上げて軽く力こぶを作る仕草を見せる。
ミノタウロスごときで怪我をするようなやわな鍛えられ方をされていない。
物心つく頃からゼノスを鍛えてきた相手は、魔王と四天王なのだから。
「それなら良かったです」
イリスは目を細めて微笑んだ。
今度の笑みは遠くからでもはっきりと認識できる笑顔だったせいか、周囲がざわついた。
「聖女が微笑んだ!?」「俺、お姫様が笑ってるところなんて初めて見た」「俺もだよ」と、主に男子生徒の反応が多い。
イリスは入学してから人前で笑顔を見せていない。
第一王女としての矜持があるのか、それとも他に理由があるのか。
とにかく普段は表情一つ変えることなく、授業を受けていた。
そんな彼女が微笑んだのだ。
彼らが沸き立つのも無理はないと言えなくもない。
——ただし、俺に向けた笑みだけどな!
ゼノスは内心自慢したくて仕方がなかった。
こんなにも超絶可愛い美少女が俺の彼女なんだぞと。
だが、それをするにはイリスが言っていたように、勇者に選ばれる必要がある。
勇者に選ばれて王国の爵位をもらった後に、イリスと付き合っていることを公言することで、ようやく人目を気にせずイチャイチャできるのだ。
それまでは我慢だ、と自慢したい衝動を抑えつつイリスを見る。
非常に端正な顔立ちに、癖のない艶やかなストレートの金髪。
肌もハリと艶があり、均整のとれたプロポーションをしている。
「……そんなに見つめられると恥ずかしいのですが」
「す、すまねえ……」
イリスの頬が赤らんでいた。
人目があるというのに凝視しすぎたようだ。
恥ずかしがるイリスの表情も可愛いなと思っていると、イリスの奥から無機質な声が聞こえてきた。
「姫様、ゼノス様と随分仲がよろしいようですが、昨日のダンジョンで何かあったのでしょうか?」
声の主は、イリス付きのメイド兼お目付役であるロゼッタだ。
幼いころからいつも傍にいた彼女は、イリスのことであれば些細なことでも把握している。
そのイリスの変化を敏感に感じ取っていた。
「え!? 何もなかったに決まっているでしょう。そうよね?」
「そ、そうだぜ! 二人でダンジョンに入って魔族を倒して戻ってきた。ただそれだけだ」
イリスは同意するようにこくこくと頷いているが、ロゼッタは冷ややかな視線をゼノスに向けている。
「本当ですか? それにしては戻ってこられるまでに時間がかかっていましたし、戻ってこられた後の姫様の様子もどこか上の空だったと、ロゼッタは覚えております」
優秀な侍従というものは主のちょっとした変化にも気づくというが、ロゼッタも間違いなく当てはまるのだろう。
「いい、ロゼッタ。昨日はたまたまくじ引きで同じ組になって一緒に行動しただけなの。それに入学して一週間程度で何か起こるはずもないでしょう?」
「何か、というのは具体的に何を指しておいでなのでしょうか」
「えっ? それは、その……」
イリスが返答に困っていると、ロゼッタがとんでもないことを口にする。
「そうでございますね。例えば、ゼノス様が洞窟でつまづいて姫様に向かって倒れてしまい、その豊満な胸に顔をうずめられてしまっただとか、倒れまいと踏ん張るために姫様のお尻を掴んでしまっただとか。そういうことが起きたのではないかと、ロゼッタは心配しているのでございます」
「そんなことがあるわけないでしょう!」
顔を真っ赤にしたイリスは、ロゼッタを怒鳴りつけた。
若干似たようなことが発生してはいるものの、ロゼッタの言うようなラッキースケベ的なことは起きていない。
だが、やはりというべきか、このメイドは勘が鋭い。
勇者に選ばれるまでの間の最大の障害は、ロゼッタで間違いないだろう。
「とにかく! 一緒にダンジョンに潜ったからちょっと挨拶をしただけよ。いいわね」
「姫様がそう仰られるのでしたら、ロゼッタはそれに従うのみでございます」
ロゼッタはゼノスへ体を向けると恭しく頭を下げた。
「ゼノス様も疑って申し訳ございませんでした」
「い、いや、別に気にしてねえから」
「そう仰っていただけると助かります。男に免疫のない姫様をお守りするという使命がロゼッタにはございます。今後も似たようなことがあるかとは思いますが、どうかご容赦ください」
「使命って……ロゼッタ、少し大げさではないですか」
「大げさではございません! 姫様の体がその辺にいる男どもの毒牙にかからないように命をかけてお守りするのが、このロゼッタの役目でございます!」
ロゼッタの息は心なしか荒く、目つきも変わっていた。
あ、こいつはヤバい奴だ。
そう思ったのはゼノスだけではないだろう。
勇者に選ばれたくらいでロゼッタは俺たちの仲を認めてくれるんだろうか、とゼノスは深い溜め息を吐いた。
付き合うことになった翌日。
ゼノスは教室に入ると、いつものように共和国の生徒たちと挨拶を交わす。
席に着き、周囲に視線を巡らせてみると、今まではなかった光景を目にする。
他国の生徒同士で、ぎこちないながらもお互いに挨拶を交わしている者が数名いた。
少なくとも昨日までは見ることのなかった出来事だ。
どうやら、昨日の合同課外授業で組んだ者と話をしているらしい。
今まではどちらかといえば、国同士で固まって張り合う傾向にあった。
初心者向けのダンジョンとはいえ、お互い協力して潜ったことで多少なりとも関係が良くなっているということなのだろう。
——まてよ? これは俺にとってもチャンスなんじゃ?
イリスとペアを組んでダンジョンに潜ったことは、この魔術学院の生徒であれば誰もが知っている。
今の教室内の雰囲気であれば、挨拶程度であれば不審がられることはないはずだ。
イリスは九十人いるこの広い教室の中でも際立って目立つ容姿をしているので、すぐに発見できる。
遠目ながら視線が合うと、イリスの口許にはほんの微かだが小さな笑みが浮かんだ。
その可憐な笑みを見たゼノスも思わず笑みがこぼれる。
さりげなく席を立ち、イリスに近づく。
「おはようございます。先日はありがとうございました。貴方のおかげで助かりました」
先に口を開いたのはイリスだった。
挨拶の内容としてはごくごく普通で、何ら怪しまれる要素はない。
「おう、体に異常はないか?」
「特には。ゼノ……貴方は大丈夫ですか?」
「俺はほら、この通り何の問題もねえよ」
右手を上げて軽く力こぶを作る仕草を見せる。
ミノタウロスごときで怪我をするようなやわな鍛えられ方をされていない。
物心つく頃からゼノスを鍛えてきた相手は、魔王と四天王なのだから。
「それなら良かったです」
イリスは目を細めて微笑んだ。
今度の笑みは遠くからでもはっきりと認識できる笑顔だったせいか、周囲がざわついた。
「聖女が微笑んだ!?」「俺、お姫様が笑ってるところなんて初めて見た」「俺もだよ」と、主に男子生徒の反応が多い。
イリスは入学してから人前で笑顔を見せていない。
第一王女としての矜持があるのか、それとも他に理由があるのか。
とにかく普段は表情一つ変えることなく、授業を受けていた。
そんな彼女が微笑んだのだ。
彼らが沸き立つのも無理はないと言えなくもない。
——ただし、俺に向けた笑みだけどな!
ゼノスは内心自慢したくて仕方がなかった。
こんなにも超絶可愛い美少女が俺の彼女なんだぞと。
だが、それをするにはイリスが言っていたように、勇者に選ばれる必要がある。
勇者に選ばれて王国の爵位をもらった後に、イリスと付き合っていることを公言することで、ようやく人目を気にせずイチャイチャできるのだ。
それまでは我慢だ、と自慢したい衝動を抑えつつイリスを見る。
非常に端正な顔立ちに、癖のない艶やかなストレートの金髪。
肌もハリと艶があり、均整のとれたプロポーションをしている。
「……そんなに見つめられると恥ずかしいのですが」
「す、すまねえ……」
イリスの頬が赤らんでいた。
人目があるというのに凝視しすぎたようだ。
恥ずかしがるイリスの表情も可愛いなと思っていると、イリスの奥から無機質な声が聞こえてきた。
「姫様、ゼノス様と随分仲がよろしいようですが、昨日のダンジョンで何かあったのでしょうか?」
声の主は、イリス付きのメイド兼お目付役であるロゼッタだ。
幼いころからいつも傍にいた彼女は、イリスのことであれば些細なことでも把握している。
そのイリスの変化を敏感に感じ取っていた。
「え!? 何もなかったに決まっているでしょう。そうよね?」
「そ、そうだぜ! 二人でダンジョンに入って魔族を倒して戻ってきた。ただそれだけだ」
イリスは同意するようにこくこくと頷いているが、ロゼッタは冷ややかな視線をゼノスに向けている。
「本当ですか? それにしては戻ってこられるまでに時間がかかっていましたし、戻ってこられた後の姫様の様子もどこか上の空だったと、ロゼッタは覚えております」
優秀な侍従というものは主のちょっとした変化にも気づくというが、ロゼッタも間違いなく当てはまるのだろう。
「いい、ロゼッタ。昨日はたまたまくじ引きで同じ組になって一緒に行動しただけなの。それに入学して一週間程度で何か起こるはずもないでしょう?」
「何か、というのは具体的に何を指しておいでなのでしょうか」
「えっ? それは、その……」
イリスが返答に困っていると、ロゼッタがとんでもないことを口にする。
「そうでございますね。例えば、ゼノス様が洞窟でつまづいて姫様に向かって倒れてしまい、その豊満な胸に顔をうずめられてしまっただとか、倒れまいと踏ん張るために姫様のお尻を掴んでしまっただとか。そういうことが起きたのではないかと、ロゼッタは心配しているのでございます」
「そんなことがあるわけないでしょう!」
顔を真っ赤にしたイリスは、ロゼッタを怒鳴りつけた。
若干似たようなことが発生してはいるものの、ロゼッタの言うようなラッキースケベ的なことは起きていない。
だが、やはりというべきか、このメイドは勘が鋭い。
勇者に選ばれるまでの間の最大の障害は、ロゼッタで間違いないだろう。
「とにかく! 一緒にダンジョンに潜ったからちょっと挨拶をしただけよ。いいわね」
「姫様がそう仰られるのでしたら、ロゼッタはそれに従うのみでございます」
ロゼッタはゼノスへ体を向けると恭しく頭を下げた。
「ゼノス様も疑って申し訳ございませんでした」
「い、いや、別に気にしてねえから」
「そう仰っていただけると助かります。男に免疫のない姫様をお守りするという使命がロゼッタにはございます。今後も似たようなことがあるかとは思いますが、どうかご容赦ください」
「使命って……ロゼッタ、少し大げさではないですか」
「大げさではございません! 姫様の体がその辺にいる男どもの毒牙にかからないように命をかけてお守りするのが、このロゼッタの役目でございます!」
ロゼッタの息は心なしか荒く、目つきも変わっていた。
あ、こいつはヤバい奴だ。
そう思ったのはゼノスだけではないだろう。
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