魔王の息子、潜入した勇者養成学校で王女様に一目惚れをする〜彼女のために勇者を目指します〜

洸夜

文字の大きさ
39 / 54
勇者を目指せ!?

第39話

しおりを挟む
 その日の夜。

 イリスは王国寮のソファに一人腰かけてくつろいでいた。
 頭に浮かぶのは昼間の出来事だ。
 思い出しては「うふふ」と笑みを浮かべる。
 イリスの表情は恋する乙女そのものだ。

 イリスは魔術学院に入学して以来、いや、生まれてから一番といってよいほど上機嫌になっていた。

 ゼノスとの関係をまた一歩進めることができたのだ。
 兄であるオーヴェルと侍従であるロゼッタの協力を得られたのは非常に心強い。
 特にロゼッタは常に傍にいるので、二人の関係がバレないか内心気が気ではなかった。

 実際にはバレていたし、オーヴェルに告げられていたのだが、今となってはどうでもいいことだ。
 そのおかげで、ゼノスとイチャイチャするための最大の障害であったロゼッタが協力してくれるのだから。

 ――ふふ、これでもっとゼノスとお話しできるわね。
 それにもっと触れ合うことも……。

 あまり度が過ぎるとロゼッタが暴走してしまうかもしれないので注意は必要だ。
 王女として厳格に育てられてきたし節度はわきまえているつもりだが、ゼノスは初めてできた大切な彼氏だ。
 ゼノスとイチャイチャできる時間はイリスにとって至福といえるだろう。
 想像するだけで自然と頬が緩んでしまうのは仕方のないことだった。

「……ねえねえ、イリス様、どうしたんだと思う?」
「オーヴェル様が帰られてから……よね。とても幸せな顔をされていらっしゃるけど」

 王国の女子生徒たちは、少し離れた場所でひそひそと耳打ちを交わしていた。
 視線の先にはソファでくつろぐイリスの姿。
 美少女ということでただでさえ絵になるのに、時折ほんのりと頬を赤らめ、とろりと湿った瞳でぼうっと天井を見上げるのだ。

 年頃の男子にはクるものがあるのだろう。
 男子生徒たちは居心地が悪そうにそわそわとした様子で、頬を赤くしている。
 男女関係なく、室内の視線は全てイリスに注がれていた。
 
「何かあったのは間違いないよね……ねえ、ロゼッタは知ってる?」
「いえ……」

 ロゼッタはそう答えるしかなかった。
 
 ――お手伝いをすると言ってしまいましたが……早まったかもしれません。

 ロゼッタは内心ため息を吐く。

 今のイリスの姿は非常に危ういものだ。
 王女として培ってきた素養があるからこそまだ気品を感じさせているものの、色気も溢れ出ている。
 
 イリスとゼノスは婚約したわけではない。
 国王が許可しない限り、本当の意味で結ばれることはないのだ。
 にもかかわらず、オーヴェルとロゼッタが応援するといっただけでこれだけ喜ぶということは――。
 
 ゼノスが戦っている姿は何度か見ている。
 この魔術学院の生徒の中でも、抜きんでた実力を持っているのは疑いようがない。
 今すぐということはないだろうが、いずれ勇者に選ばれるだろう、とロゼッタは思っている。

 優秀な人材は国の宝だ。
 勇者に選ばれれば、国王も二人の仲を認めるだろう。
 
 そこでロゼッタは考える。
 誰からも祝福される状況――枷が外れたイリスがどんな行動をとるのか、と。

 二人の触れ合い方は、今でさえ付き合っていると思われても仕方がない距離感なのだ。
 ということは、まず間違いなくもっと酷くなるのは目に見えている。

 ロゼッタは頭を振り、イリスに視線を向ける。
 実に幸せそうな笑顔だ。
 
 ――姫様が幸せであれば、それが一番。
 
 ロゼッタにとって大事なことはイリスの笑顔だ。
 それがロゼッタの喜びでもある。
 
 昼間に聞いたゼノスの言葉からは偽りを感じなかった。
 彼ならイリスの笑顔を守ってくれるだろう。
 
 ただし、ゼノスが勇者に選ばれるまでは節度ある行動をすべきだ。
 ならば、侍従である私が心を鬼にして二人を監視――もとい、支えよう。
 
 ロゼッタは人知れず誓うのだった。



「姫様、妄想にふけっているところ申し訳ございません。そろそろお時間です」
「……はっ!! あ、あれ? ロゼッタ……?」
「はい、ロゼッタでございます」

 イリスの目の前にはロゼッタがいた。
 周りを見渡すと、他の生徒たちは自室に戻っているようだ。
 時計の針は消灯の時間を示そうとしていた。
 そこでようやくロゼッタの「お時間です」の意味に気づく。

「そうか、今日は私が見回りをするんだったわね」

 イリスはソファから立ち上がると、軽く背伸びをした。

「教えてくれてありがとう。貴女は自分の部屋に戻ってちょうだい」
「ご一緒しなくてもよろしいのですか?」
「見回りは一人でって決まっているでしょ」
「それはそうですが……」

 廊下の所々に明かりが設置されているとはいえ、昼間の明るさに比べればやはり心もとない。
 それにイリスは王国の姫君だ。
 魔術学院の中だといっても不安は残る。
 ロゼッタの表情は渋いものになっていた。

「心配してくれるのは嬉しいけど大丈夫よ。ただの見回りなんだから」

 イリスはそう言って、ロゼッタに部屋へ戻るように促す。
 ロゼッタは渋々頷きながらも「何かあれば大声で助けを呼んでください」と言い、その場を後にした。

 ――本当に心配性なんだから。

 ロゼッタの気持ちは嬉しいが、学院内を軽く見回るだけなのだ。
 何も危ないことなどない。
 
「さて、行きましょうか」

 イリスは部屋を出た。

 夜空を見上げれば大きな月が輝いていた。
 ぼんやりした明かりを頼りに、廊下を歩く。
 消灯時間を過ぎているということもあり、辺りは静まり返っていた。
 
 見回りといっても学院内をぐるっと確認して回るだけだ。
 軽く見るだけならそこまで時間はかからない。
 
 カツ、カツ、とイリスの足音だけが響く。
 教室の扉を開けて中を確認するが、もちろん誰もいない。

「ここも異常なし、と。次は――あら?」

 教室から廊下に出たところでイリスは立ち止まり、窓を見た。
 動く人影を視界に捉えたからだ。
 生徒であればウィリアム先生に連絡する必要がある。
 だが、人影の正体は生徒ではなかった。

 ――ウィリアム先生……?

 こんな時間にウィリアム先生がいること、それ自体は別に不思議なことではない。
 なぜなら、ウィリアム先生とオルフェウス学院長もこの魔術学院で寝泊まりをしている。
 イリスが気になったのは、ウィリアム先生が人目を気にしながら歩いているということだ。

 彼は生徒ではないし、門限や消灯時間も関係ない。
 だが、魔術学院の外へ出ていくウィリアム先生の姿が何故か気になったイリスは、いけないと思いつつ彼の後を追いかけてしまった。



 ――ここは……教会、よね? なんでこんなところに?

 イリスは首を傾げる。
 ウィリアム先生は大きな教会の中に入っていった。

 彼が敬虔な信徒なんて聞いたことがない。
 いや、もしかしたら誰にも話していないだけなのかもしれないが。
 仮にそうだとしても、真っ暗な教会に一人で入るというのは違和感がある。

 だからだろう。
 イリスは教会の中に入るようなことはせず、入り口の扉に耳を当て、意識を集中させる。
 微かだが声が聞き取れた。

 ただし、声は一人だけではない。
 一人はウィリアム先生の声で間違いない。
 もう一人は初めて聞く声だ。
 そのことがイリスの警戒心を引き上げる。
 
『……ダインは失敗したか』
『はい』
『ヒュドラを与えたというのに……使えん奴だ』
『全くです』

 イリスは「ええっ!?」、と仰天の声を上げるのを必死で耐えた。
 もちろん、ダインとヒュドラという言葉に驚いたということもある。

 これまでの魔族の件について、イリスはゼノスから話を聞いていた。
 実行者はダインだが、彼が何者かにそそのかされていたということも。
 恐らく教会の中にいる人物こそ、ダインを唆した者に違いない。
 問題なのはウィリアム先生が中にいて、話をしているということだ。
 
 ――ダインだけじゃなく、ウィリアム先生も協力していた?
 でも、ゼノスはそんなこと一言も言っていなかったけど……。

『所詮は駒の一つに過ぎんしな。……それよりも、だ』
『どうかなさいましたか?』
『いや、なに。よくやった、と貴様を褒めねばならんなと思ってな』
『私を褒める?』
『そうだ。我の望みがようやく叶うのだ』

 バンッ、と勢いよく教会の扉が開かれる。
 扉に耳を当てていたイリスはバランスを崩し、地面に膝をつく。
 
「歓迎しよう、イリス・レーベンハイト」

 顔の上半分を仮面で隠した男の口が、歪んだ弧を描いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...