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不法侵入をしている自覚はある

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 廊下を走るアルベルトは奇妙な感覚に襲われていた。
 屋敷にはアルベルト子飼いの兵士が100人近くいたはずだ。

 侵入者が現れたというのであれば、もっと騒々しいはず。
 にもかかわらず、叫び声どころか、剣の交わる音一つすら聞こえてこない。

 ただ、アルベルトの足音だけが聞こえるのみだった。

 まさか、侵入者に恐れをなして兵士たちが逃げ出したのか、という考えが頭をよぎったアルベルトだったが、すぐに間違いであることに気づく。

 アルベルトの足が歩みを止めた。

「これは、どういうことだ……!」

 屋敷の1階ホール。
 大きな窓から降り注ぐ月の光の下、そして魔石灯の輝きに照らされた場所には、倒れこむ多くの兵士の姿があった。

「面会の約束もなしに、突然訪れましたことをここに謝罪いたします」

 倒れこむ兵士たちの中央、執事服に身を包んだ男がよく通った声で恭しく頭を下げる。

 男は笑顔の表情をした、奇妙な仮面を付けていた。
 まるでカーニバルの仮装で使用するようなデザインで、相貌をうかがうことはできない。
 
「貴様らがやったのか……!?」

 アルベルトが睨みつける視線の先には、執事服の男のほかに、メイド服に身を包んだ女と、質素な装いの金髪の少女がいた。

 メイドの女は執事服の男の仮面とは別の、怒りの表情をした仮面を付けていたが、少女は違った。

 息を呑むほどに整った容姿の少女だ。

 容姿の端麗さは言うまでもなく、姿勢の正しさ、圧倒的な存在感、すべてが研がれ、極まっている。

 服など関係ない、まるでこの少女自体が、一つの完成した芸術品であるかのように。
 
 この場において、唯一美麗な彼女は特異な存在だった。

 アルベルトは貴族の顔は一通り覚えているが、目の前の少女は見覚えがなかった。
 これほど美しい顔立ちをしているのだ、一目見れば忘れるはずなどないのだが。

「皆さん、問答無用でかかってこられるものですから、少々強引な手を取らせていただきました。命までは奪ってはおりませんので、ご安心ください」

 執事の男の言葉通り、倒れている兵士たちに目立った外傷はない。
 
 ただ、意識を刈り取られていた。

 そのことにアルベルトは恐怖を覚える。

 近衛に匹敵する兵士たちをたった3人で、しかも素手で無力化してしまう実力者だ。

「何者かは知らんが、ここが誰の屋敷か知っているのだろうな?」

 アルベルトは動揺を抑えて言った。

「もちろんでございます。アルベルト伯爵様のお屋敷で合っておりますでしょうか?」

 対して、執事服の男は淡々と答えるのみだった。

「貴様……分かっていながら無断で侵入し、ここまでのことをやったのだ。ただで済むと思っておらぬだろうな!」

 貴族の屋敷に無断で侵入したばかりか、私兵を倒したのだ。
 普通なら重罪である。

 が、しかし。

 執事服の男は首を傾げた。

「はて、私どもはこの屋敷にある御方が囚われていると知り、やってきただけなのですが」

「……っ⁉」

 どこでそれを……!

 アルベルトに動揺が走る。

「どちらにいらっしゃるか教えていただけないでしょうか?」

「……何のことを言っているのか、分からんな」

 アルベルトは何とか落ち着きを取り戻すと、少しでも時間を稼ごうとした。

 戦うのは無謀だ。

 隙を見て、この場を離れなくてはならない。

 だが、そのような時間を与えてくれるほど、目の前の侵入者はやさしくなかった。

「貴方たち。ここはいいから行きなさい。王女様は、あそこにいる」

 少女の瞳が見据えるのはアルベルトの足下、すなわち地下である。

 アルベルトが驚愕の表情を浮かべる。

 「かしこまりました」と一礼し執事服の男と、メイド服の女がアルベルトの横を通り過ぎる中、彼は一歩も動けなかった。

 こつこつ、と。

 アルベルトのもとに少女が歩みを重ねていたからだ。

 アルベルトの限界まで見開いた瞳は一歩、また一歩と近づいてくる少女の姿から、一瞬も逸らすことができなかった。

「少しだけ、遊んでくださるかしら?」

「くっ……!」

 早く2人を追いかけなければならない。

 王女を助け出されてしまっては、今までの計画が全て無駄になってしまう。

 幸い、目の前にいるのは得体のしれない少女1人だけだ。
 
 3人まとめて相手にすることを思えば、まだ勝機はある。

「死ねええい!!」

 アルベルトは腰に携えていた剣を抜き、少女に斬りかかった。
 流れるような剣閃が少女へと襲い掛かる。

 少女は何をするでもなく、ただ微笑む。

 次の瞬間、標的たる美身は跡形もなく消えていた。

「なっ……!?」

 予想外の空振りに目を剥いてたたらを踏むアルベルト。

「まあ、怖いですわ」

 勢いよく振り返ると、そこには笑みを崩さない少女の姿があった。

 あの一瞬で後ろを取られただとっ!?

 少女の動きがまったく見えなかったことにアルベルトは驚愕する。

 ありえん、きっと偶然に決まっている。

「おあああああッ!!」

 先ほどよりも強く踏み込み剣を振るうが、アルベルトの鋭剣は虚しく空を切っていた。

 今度は即座に振り返る。
 やはり、少女が微笑んでいた。

 アルベルトの背中から嫌な汗が滴り落ちる。

 もったいぶっている場合ではない。

 そう悟ったアルベルトは懐から小瓶を取り出す。
 中身は赤黒く染まっていた。

 少女が目を細める。

「あら? それって――」

 言い終える前にアルベルトは小瓶を口に含み、飲み干した。
 すると、すぐに変化が現れた。
 
 アルベルトの皮膚の一部が硬質の鱗状に変わり、筋肉が膨張し、目の色が真っ赤に染まる。

 亜人の国から入手した狂化薬だ。
 
 身体能力と魔力を爆発的に高めてくれる。
 
 アルベルトの体からは膨大な魔力が噴き出していた。

 それを目の当たりにした少女はどうなのか。
 余裕か、それとも驚いているのか、未だ同じ場所に留まっている。

「これで、終わりだあっ!」

 一足飛びに迫ったアルベルトは、己の剣の間合いへ侵入した。
 同時に放たれた一閃が、少女の心臓を串刺しにするべく唸りをあげる。

 人では反応することなどできるはずがない。
 命を刈り取る必殺の一撃となるはずだった。

「な……!?」
 
 しかし、目論見はもろくも崩れ去る。

 少女はアルベルトの鋭剣を片手で難なく受け止めたのだ。

 ば、馬鹿なっ!?

 常人を超える力を手に入れたアルベルトの一撃を、少女の細腕でどうやって止めたかなど、アルベルトには知る由もない。

「これで終わりかしら?」

 小首を傾げる仕草は可愛らしい少女そのものだが、アルベルトは得体のしれない恐怖に襲われた。

「うぅおおおおおおおおおおおおおお!!」

 アルベルトが吠声を上げる。

 剣を手放し、獣じみた形相で襲い掛かろうとするアルベルトに対し、少女は。

 アルベルトが目の前に迫った瞬間、姿を消した。

「!? どこだっ――がぁッ!?」

 背後から手刀を食らったアルベルトは、ドサッとその場に倒れこんだ。

 少女は残酷な表情で笑みをこぼす。

「大したことはなかったけれど面白いものが見れたわ、ありがとう。後は、そうね。せっかくだし、貴方には彼の役に立ってもらおうかしら」

 くすり、と一笑し、金髪の少女は2人の後を追った。
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