ロイヤル・カンパニー ~元第三王子の英雄譚~

洸夜

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第三十話『朝の一幕』

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 次の日。目を覚ますと、物凄く身体が重かった。
 久しぶりの王都で夕食をしっかり食べ、柔らかいベッドで眠った。
 ここ最近はミノタウロスやキマイラといった魔物から、魔族であるマモンも含めて連戦が続いていた……疲れが出たというか、溢れたのだろう。
 【生命癒術】を使っても身体の疲れが取れないとはよっぽどだな、と俺は考えていた――のだが、どうやら違うことに直ぐ気付く。何故なら……

「……ん……ぅ」

 声を漏らしながらシーツの中で身じろぎしたのは、アニエスだ。
 俺に抱きついている為、その柔らかな膨らみは俺の身体に押し付けられた状態になっている。
 エルザと同じ部屋で寝ているはずのアニエスが何故?
 いやそれも気になるが、アニエスは何故――何も着ていないんだ?
 俺は慌ててベッドから這い出て、アニエスにシーツをかけ直す。
 こんな場面をもしエルザに見られたら――。
 バンッと大きな音を立てて扉が開く。
 現れたのはもちろん――。

「お早う、カーマイン。アニエスが見当たらないんだけど、知らない?」
「お、お早う、エルザ。いや、知っているといえば知っているし、知らないといえば知らないというか……」

 エルザの瞳が鋭く光る。

「あら? 貴方のベッドが膨らんでいるような気がするのだけれど、誰がいるのかしらね」
「そ、それは……」

 俺の背中から冷や汗がダラダラと流れ落ちる。
 必死で理由を考えるが何も思いつかない。
 そんな俺に追い打ちをかけるように、シーツからアニエスが這い出てきた。

「……んぅ……? お早う。カーマイン、エルザ」

 ベッドから這い出たアニエスは、瞼を擦り、大きく伸びをする。
 もちろん裸の状態でだ。

「ちょっと!? アニエス! 貴女、服は! せっかく買った下着や服はどうしたのっ!?」
「……寝るには邪魔だったから、脱いだ」

 アニエスが指差す先には脱ぎ捨てられた服と下着が。

「ああ、もぅ! 早く着なさいよっ! カーマインは外で待つ!」
「わ、分かった!」

 俺はエルザの言葉で直ぐに外に出る。
 扉を閉めると廊下の奥からエルリックが現れた。

「やぁ、カーマイン。お早う。よく眠れたようだね」
「……お早う、兄さん。兄さんは、その、アニエスに気づいてたのかい?」
「そりゃもちろん。夜中にゴソゴソ音がするから何事かと目を凝らしたらアニエスで、しかも服を脱ぎ始めたんだからね。
 直ぐに見えないフリをしてベッドに潜ったよ」

 苦笑しながら答えるエルリックに俺は口を大きく開く。

「気づいてたんなら、すぐ起こすなりエルザに知らせるなりしてくれればいいじゃないかっ!」
「あはは、いや、ごめんごめん。あまりにアニエスから敵意や害意といったものが感じられなかったからね。
 カーマインに危険がないならいいかな、と」
「~~~~ッッ」

 エルリックの言葉に俺は声にならない声を上げ、ガックリと頭を垂れる。
 仮にも元・護衛騎士の言葉とは思えない。
 と、そこで扉が開き、部屋からエルザとアニエスが出てきた。

「お待たせ。もういいわよ。あら? エルリックじゃない、お早う」
「あぁ、お早う。それと、アニエスもお早う」
「……お早う」

 アニエスはまだ眠いのか「……くぁ」と可愛らしい声で欠伸をしながら、しなやかな身体を大きく伸ばした。
 美しい翡翠色の髪は寝癖がついており、髪をくしゃくしゃと掻き回しながら、時折口からは意味不明な声を漏らす。
 どうやらアニエスは朝が弱いようだ。
 俺は眉間を押さえつつアニエスに問いかける。

「アニエス……なんで俺のベッドに潜り込んできたんだ?」
「……何となく?」
「何となくって、あのな……男性と女性は同じベッドで寝ちゃダメなんだ」
「……何で?」
「何でって……それは、だな……くっ、エルザ! 任せた!」
「へっ!? 私!?」

 急に話を振られたエルザが目をパチクリと瞬かせる。
 俺はエルザから目を逸らし、曖昧に返事をした。

「そうだ。そう! 女性同士の方が説明もしやすいだろう?」
「それは、そうかもしれないけど……あぁ、もう! アニエス! ちょっとこっちに来なさいっ」

 エルザがアニエスを引き連れて再度部屋の中に入っていく。
 エルリックが呆れ顔で俺の方を見ているが、この手の説明は俺がするよりもエルザの方がいいに決まっている。 
 俺は視線に気づかないフリをした。

 暫くするとアニエスを伴ってエルザが部屋から出てきた。
 エルザは何だか疲れた表情をしているが、アニエスは細い小首を傾げている。
 そこはかとなく不安を感じ、俺はエルザに問いかけた。 

「エルザ……アニエスは理解してくれたのか?」
「はぁ……一応ね。……そうよね、アニエス?」
「……多分?」

 エルザは額に手を当て天を仰ぐ。
 俺は大きく溜め息を吐きつつ、アニエスに諭すように話しかける。

「アニエス。エルザが言った事を理解しなくてもいい。
 但し、今度から俺のベッドに潜り込まないようにしてくれ。
 それなら出来るだろ?」
「……カーマインは一緒に寝るの、イヤ?」

 ひょいっと上目遣いをして、下から俺の顔を覗き込んでくるアニエス。
 無表情ながら俺の顔を映し出す、純粋な翡翠色の瞳に思わず唸り声を上げる。 

「ぅ……イヤではないんだ。ただ、恥ずかしくてな。
 ……誰かと一緒に寝たいのであれば、エルザにしてくれないか?」
「……カーマインが困る?」

 俺がそう呟くと、一拍置いてアニエスが問い返してきたので、小さく頷くことで答える。

「……分かった。気をつける」
「そうか……。助かるよ」

 アニエスの一言でその場に居た俺達は皆ホッと息を吐く。
 そこに飛んでくる人影が――。

「あれ~? 皆どうしたの?」

 全てが終わった後に現れて間の抜けた声を出すリルに、俺達全員が肩を落としたのは言うまでもない。
 ――そんな朝の一幕だった。
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