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第三十三話『昇級試験受験資格』

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 三日後。
 空を見上げると気持ちのいい程の晴天だった。
 ここ数日は天候が安定しているのか、ヴェルスタットは雲一つない快晴が続いている。
 大通りには、ちらほらと姿を見せ始める住民達が行き交っていた。
 俺達は今冒険者ギルドに向かっていた。
 昨晩俺達が泊まっている宿屋に冒険者ギルドの使いの者がやってきて、野盗二十一人の確認が取れたので報酬を受け取りに来て欲しいと連絡があったからだ。

「野盗二十一人分かぁ、どれくらいの功績ポイントと報酬になるんだろうな?」
「どうかしらね? ゴブリンより少ないってことはないと思うけど……」
「まぁ行ってみれば分かるさ」

 エルザとエルリックから返事が返ってくるが、アニエスは眠いのか頭を上下にしながら覚束ない足取りをしている。
 エルザが「危なっかしいわねっ」と言いつつも、アニエスの手を握って連れて行く。
 リルはというと俺の肩に乗り、足をブラブラさせている。
 緊張感の欠片も感じられないが、王都内ではこんなものだろう。
 上空から優しい日差しが降り注ぐ中、冒険者ギルドの前に到着する。

「……こんなに功績ポイントが入るんですか?」
「そうよ? なあに、お姉さんを疑ってるのかしら?」
「いえ、そういうわけではないんですが……」

 ジーナはくすりと笑みを零すと、依頼用紙を指先でつまみブラブラさせている。
 そこには『功績ポイント千二百六十、報酬金額金貨二十一枚』と書かれていた。
 俺達は目を見開いて何度も確認するが、何度見ようと書かれている内容に間違いはない。
 ジーナの方に目をやると、彼女は俺に向けてにっこりと微笑んだ。

「貴方達が捕まえた野盗はね。ワール村以外でもかなり悪さを働いてたみたいなのよ。
 魔物と違って、野盗や咎人はその罪の重さで功績ポイントや報酬額が大きく変わるの。
 それでこの功績ポイントってわけ」
「へぇ~、そうなんですね」

 俺に「そうなのよ」とジーナは頷いて、ウィンクをする。
 今まで魔物ばかり倒してきたからな……。
 貰えるものはもらっておくに限る。
 俺達はジーナから登録証と報酬の金貨二十一枚の入った袋を渡された。
 アニエスの登録証は鉄から一気に銀に変わっていた。
 俺やエルザ、エルリックは銀のままだが、名前の横に星マークがついている。何だ?

「ジーナさん。この名前の横にある星マークはなんです?」
「あぁ。それね。それはね、金等級昇級試験を受ける資格がある冒険者を示すマークよ」

 ジーナは何が嬉しいのか、にこにことした様子でペンで書面に何かを記入している。
 書き終えるとそれを俺に手渡した。
 中身を読んでみると『金等級昇級試験』の内容について書かれており、試験内容の欄には『グリフィンの爪』と記載されている。
 グリフィンは鷲の翼と上半身に獅子の下半身を持つ魔物で大きさはキマイラと同程度、鋭い鈎爪で牛や馬をまとめて数頭掴んで飛べる程の力を持つという、キマイラ並に厄介な魔物だ。
 
「あの、グリフィンってどこにいるんです? そもそもヴェルスタットにいるなんて聞いたことがないんですが……」
「そういう事を調べるのも試験に含まれているんだけどね。まぁ、いいわ。
 カーマイン君だから特別よ」

 ジーナはそう言って笑った。

「グリフィンはね、グリフィンシェル帝国の北部の何処かに棲息していると言われてるわ。
 かなり難易度の高い試験ではあるけど、キマイラを倒したカーマイン君達ならきっと大丈夫よ」

 グリフィンシェル帝国か。確かバルフレア大陸の中で最大の軍事力を誇る国だったな。
 と、帝国と聞いたエルザが食いついた。

「試験で帝国に行く必要があるなら、ちょうどいい機会だし、お姉様の足取りも少しは追えそうねっ。
 カーマイン、もちろん直ぐに受けるわよね?」
「あ、あぁ。もちろんだ。ジーナさん、試験を受けたいんですがこれって期限は決まってるんですか?」
「期限? いえ、期限はないわ。どれだけ時間がかかってもいいから試験内容をクリアして、冒険者ギルドに提示すれば昇級出来るわよ」

 期限はないのか。それは有難い。余裕を持って旅に臨めるというものだ。
 ジーナに昇級試験を受けることを告げた俺達は、冒険者ギルドを後にすると雑貨屋などに立ち寄り、旅の支度を進める。
 だがそこまで買い込む必要はない。
 何故ならグリフィンシェル帝国に行くには必ずシリウスを通るからだ。
 シリウスで補充が可能なので、まずはシリウスまでの食料などを準備しておく。



 翌日の早朝、俺達は王都を出る。
 昨日の内に色々と準備を進めておいたので、抜かりはない。
 いつもであれば定期馬車を利用するんだが、今回は国と国をまたぐ旅だ。
 商業ギルドに寄って馬車を借りて荷造りを済ませる。
 馬には水がかなり必要なので借り賃込みでかなりの出費となってしまったが、そこは野盗で稼いだ金があるので問題なかった。
 あまりにエルザが急かすので、日の出とともに王都を出発したのだが、そのせいでアニエスは馬車の中でスゥスゥと小さな寝息をたてて寝ている。
 それなりに仕立ての良い馬車を借りたとはいえ、木で出来た馬車は四人も乗ればかなり窮屈だ。
 その上、王都を離れるに連れて舗装は悪くなっていくので、走る車輪の衝撃は全身を揺らすほどなのだが、起きる気配はまるでない。
 ちなみに御者台にはエルリックが乗っている。
 いつの間にやらミルノに手ほどきを受けていたようで、拙いながらも手綱を操っていた。
 


 護衛任務の時と同じ行程だったが、森の中ではもちろん戦闘など起きるはずもなく、その分だけ早くシリウスに到着した。
 シリウスで水や食料を買い足した俺達は、宿で一泊して身体を休める。
 ベッドで休める時は休んでおいた方が精神的にもいいからな。
 翌朝、シリウスから更に北に向けて俺達は馬車を走らせる。
 シリウスの北部は平野が続き、緑一色の草原が何処までも広がっていた。
 こちら側の道の方がよく舗装されており、段差が少ない造りになっている。
 
 シリウスはグリフィンシェル帝国にも近いんだよな? だったら帝国から物資を届けることも可能のはずだが、国が違うと物資の移動にも制約があるんだろうか?
 俺は疑問に思ったことをエルザに聞いてみることにした。

「ええとね。ヴェルスタットが面している国の中でウェーレストやヴェノム、それにスレインは割と物資の移動は自由なんだけど、グリフィンシェルだけはかなり厳しい制約がかけられているのよ」
「そうなのか?」
「えぇ。帝国は『帝国第一主義』っていうのを掲げていてね。
 自国のものは自国で消費せよっていうのが基本的にあるみたい。
 自国のものを他国に出さない代わりに、他国のものを自国に入れるのを認めていないわ。
 あ、少量なら問題ないようだけどね。纏まった量は規制されているのよ」
「へぇ~」

 エルザの言葉に俺は相づちを打つ。
 今は戦時中でも無ければ緊張状態というわけでもないんだし、お互い助け合えればそれが一番だと思うんだが、俺の考えがおかしいんだろうか?



 シリウスを出発してから三日。
 俺達の目の前にはヴェルスタット王国とグリフィンシェル帝国とを結ぶ【ネイラーン砦】に到着していた。
 ヴェルスタット王国は四方を山に囲まれた国で西はアルメリア渓谷、東はウルス山、南をケルブ山脈となっている。
 そして北であるこの場所にはヴァルミエ渓谷があり、そこにネイラーン砦が置かれているというわけだ。
 このネイラーン砦だが管理しているのはヴェルスタット王国ではなく、何故かグリフィンシェル帝国側で行っているらしい。
 お互いの国境に面しているのだから、共同にするべきなんじゃないかと思うのだが、ヴェルスタット以外の国境でも、グリフィンシェル帝国が砦を管理しているそうだ。疑い深いというか何というか……。

 渓谷、なんていうからもっとゴツゴツしてるのかと思ったら、そんな事はなく一面が樹木で覆われていた。
 樹木は総じて樹高が凄まじく、幹も太い。良質な材木が採れそうだ。
 そんな事を考えながら、検問の順番を待っていると俺達の順番になったので、全員馬車を下りる。

 検問の兵士は四人いたのだが、兵士に混じって一人だけ明らかに身分が違う鎧を纏った騎士がいた。
 白磁のような鎧は美しく光り輝いており、両肩にはグリフィンシェル帝国の象徴でもあるグリフィンを象った紋章が施されている。
 他者を圧倒する鎧を身に纏っている騎士も、鎧に見劣りしない美しい女性だった。
 白銀色の美しい長髪に黄金色に輝く双眸にスラリとした体型。
 女性騎士の腰には同じように白い長剣がぶら下がっている。
 その女性騎士は一歩一歩ゆっくりと、だが一分の隙もなく俺達の方へと歩み寄ると、柔かに笑いかけてきた。

「ようこそ、ネイラーン砦へ。私が皇帝陛下よりこのネイラーン砦を任されている【栄光ある五色の将ペンタクル・ナイツ】の一人、イライザ・ミッシェルリンクよ」
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