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月桂樹の花を抜く
忘れてほしくて
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「2人とも、時間よー」
連絡先を交換した2人は、お互い目の前にいるにも関わらず、まるで初めてスマホを買い与えられた学生のように着信を入れたりメッセージを送り合った。リリーは電話番号を登録したら勝手にアプリにあざみが出現した事に驚き、あざみはそれを見て笑い。あざみはメッセージアプリでリリーとのトークルームを開いた後、即座にスタンプのギフトが送られてきた事に飛び跳ねて喜ぶ。その後もあざみは定期的にスマホを胸に抱き留めニマニマとし、リリーは無意識にか、ポケットの中のスマホの存在をズボンの上から確かめ続けた。
連絡先の交換が終わった後はリリーが海外の話の続き、ブラジルで食べた塊肉を焼いて表面を削ぎ落としながら食べる料理が美味しかったと話せば、近くで食べられないか2人で検索して見つけてみたり。そのお店へ、いつか2人で食べに行こうと約束したりもしていた。
時を忘れてそんな会話を続けていたら時刻は既に午前1時。店内には1組だけ別のお客が居るが、帰り支度をしている。1時を過ぎるお客が複数組居るなら営業を続けるものの、リリーのみとなるなら閉店したいのがたんぽぽの本音だ。
他のキャストが片付けを進める中、あざみはリリーから離れずに付いている。その目には期待の色が浮かんでおり、もちろんリリーも何を期待されているかはわかっている。連絡先も交換したことだし、ここで断るというのも気が引けた。地下鉄も既に止まっていて、時間を理由に断るというのも変な話だ。それに、相手は男なのだから、解散した後に夜道を1人で歩いても問題はないわけで。
そんな自分に対する言い訳を一つ一つ積み上げながら、リリーは次の言葉を口にする。
「ラーメン食べに行く?」
「行く行く! 行きたい!」
食い気味でもたらされたあざみの返事。
「準備してくるから待ってて!」
帰っちゃダメだよ! あざみはそう付け足すと、カウンターの奥へと急ぎ足で消えていった。
「あの子、自分が店員だって忘れたのかな?」
たんぽぽは満面の笑みを浮かべて去ったあざみを見送ると、軽く頭を振りながらリリーの前へ。愚痴をこぼしながら伝票を見ると、金額を計算しはじめる。ほぼ席代しか掛からなかった前回と比べたら遥かに大きい金額だが、開店から閉店まで居たのだからさもありなん、だ。リリーとしては、前回分の借りも含めた貢献、といった感覚か。
「いつもあんな感じ?」
「まさか、全然違うよー!」
普段の接客、もっとちゃんと見せてあげたいわ! そんな会話をしながら会計をする。そして、お釣りを渡すたんぽぽの口から、こんな言葉が零れ落ちた。
「……出来れば、傷つけないであげてね。」
あざみが満面の笑みを浮かべて戻ってきたため、その言葉の真意を聞くことは、出来なかった。
「えーっと、こっちのほうが近いかな?」
お店を後にした2人は、あざみの案内でラーメン屋へと向かう。あざみは白いパンプスにベージュのトレンチコート、ボタンは全て留めて黒い幅広のベルトもしっかり結んでいる。リリーは白いデニムパンツに黒いハイネックのニットを合わせて、ワインレッドのダウンコートを羽織っている。
背の高い2人が横並びになって歩く。その距離は、お互いの手の甲と甲が触れ合うほど。話しながら、頻繁に目を合わせながら歩く。その足の運びは徐々に同調していき、殆ど手の甲も触れ合ったままとなっていく。
お互い何方からともなく、自然と歩みも遅くなり、その手と手が次の居場所を探し始めたところで、
「あ……ここだ。」
ラーメン屋へと到着した。
「いらっしゃいませー!」
「わ、まだ結構いるね。」
リリーがドアを開けてあざみを先に店内へ入れると、中の様子を見たあざみはそう漏らした。夜中の1時を回っているというのに半分以上の席が埋まっている。その客層は、男性1人だったり、男性複数のグループだったり、男女の2人組だったりと様々だ。
テーブル席に案内された2人は向かい合わせに座ってお互いにメニューを見る。醤油、味噌、塩、豚骨とオーソドックスなラーメン屋のようだ。
「豚骨にしようかなー?」
「俺は醤油かな。あざみは豚骨好き?」
「うん、あの細い麺好きだよー」
美味しかったら替え玉頼むかも! そうにこやかに話すあざみ。お互いにメニューを決めた事を確認すると、リリーは店員に目を合わせて手を挙げる。あざみは引き続きメニューに目を通している様子だ。
「お決まりですかー?」
「はい、豚骨ラーメン一つと、醤油ラーメン一つで。」
「あ、やっぱり豚骨やめて、塩ラーメン、もやしトッピングで!」
塩にモヤシと、醤油ですねー。そう続けて、店員は去っていく。
「豚骨じゃなくて良かったの?」
「うん、塩の気分になったの。」
再度見たメニュー表には、このように載っていた。
醤油:鯛と鰹の出汁が効いた焼豚醤油
味噌:八丁味噌と特製ラー油の濃厚味噌
塩:牡蠣、アサリ、煮干出汁のあっさり塩
豚骨:焦ネギ油とニンニクたっぷり豚骨
「あざみは今の所で働いて長いの?」
「2年経ってないくらいだよー」
ラーメンを待っている間、2人は取り留めのない話を続ける。
「私みたいな人は正規の雇用は難しいからね、挑戦した事は有るんだけど。」
面接までは結構いくんだけどね、その先に行けない。そう続けるあざみ。
あざみの話では、接客業だとサイズが合う女性用ユニフォームがない。生産業だと、トイレや更衣室が対応していない。事務仕事だと、長続きしないと思われる。このような理由で外されるようだ。アパレル業なら、まだ就職出来たかもしれないが、残念ながらあざみが着られる服は限られる。
「たしかに、あざみが男子トイレ入ってきたらビックリするよねー。」
二度見する自信あるわ、とリリー。あざみの見た目はかなり女性寄りのために、何か騒ぎが起きるのは想像に難くない。働く人数が多ければ、世代も考え方も様々で、色んな人が居るものだ。
「毎日あざみに会えるなら嬉しいけどね、俺は。」
「私も毎日リリーに会えるなら頑張れるよー。」
そんな会話をしていると、2人の元にラーメンが届く。
「わー、美味しそう!」
後で少し交換しよう? リリーは、あざみのそんな申し出に少しドギマギしながら、2人同時に手を合わせて食べ始めた。
「煮卵残しておくね?」
「じゃあ私チャーシュー残しておく!」
そんな会話をした後、美味しい美味しいと言いながら半分程度食べ勧めたところで、2人同時に水を飲む。丁度2人の箸が止まったところなので、お互いのラーメンを交換し、
(どうしよう……)
リリーは、ラーメンを見つめて少し困った。
流石に箸はお互い渡さなかったものの、あざみがレンゲごとラーメンを渡してきたために、リリーもレンゲを渡してしまった。このままレンゲを使うと、間接キスになってしまう。
いい大人が間接キスを気にするのも可笑しな話だと思う反面、あざみが嫌がったらどうしようとも考えてしまう。でも嫌ならレンゲごと渡してこないよな、とも。
そんな事を考えていると、あざみがラーメンを食べる音が聞こえてきて、
(……考えすぎか)
リリーも目の前の塩ラーメンを食べ進めることにした。
あざみは、ニヤける顔を隠すために極力下を向き続けた。
「わ、息真っ白。」
ありがとうございましたー、そんな声に送られて2人は店を出る。時刻は夜中の2時、冷え切った夜空の下、アルコールとラーメンで熱った息は普段より長くその足跡を残す。
街灯があるため真っ暗ではないが、流石に街の喧騒はその形を潜めている。
「公園で少し話してから帰る?」
「そうだね。」
ラーメン屋からすぐ近くには大きな公園があった。特徴的なプラネタリウムがある博物館が隣接するその公園は、中央には大きな噴水が聳え、遊歩道も整備され、日中は子供や家族連れが多数訪れる。しかし、流石にこの時間は人の気配は無い。
「階段、気をつけて。」
だから、だろうか。公園の入り口に差し掛かったリリーは、階段を登る前にあざみへと手を伸ばし。
「あ……ありがとう。」
あざみは、その手をしっかりと握りしめて、2人でベンチへと歩いていった。
「寒いはずなんだけど、暖かいね。不思議。」
「そうだね、俺もダウン要らないかも。」
2人は手を繋いだまま、ベンチへと腰掛ける。リリーが手を引こうとすれば、あざみは何気なく手を握る力を強め。あざみが手を緩めれば、リリーが両手を使ってあざみの手を暖める。
会社でトランスジェンダーの事を調べている時、あざみの事を女性扱いしようと決めたリリー。しかしそれは裏を返せば、本当は男性だけど、という前提に立った言葉。こうして手を繋いで隣同士座っている今、リリーは、男とか女とかではなく、ただ可愛くて背が高くて、ずっと一緒に話していられる『あざみ』という人間を見つめている。
あざみはリリーとの距離を詰めてくっつくように座り直すと、リリーは右手であざみの右手を繋ぎ直し、左腕であざみの体を抱き寄せた。
「私ばっかり聞いて不公平かなって思うから、私も言うんだけど。」
「うん、何?」
そして。あざみは、自身の過去を話し始めた。
「前のパートナーの話なんだけどね。」
あざみが以前付き合っていたパートナーは、いつもあざみのことを引っ張ってくれる男性だった。デートの場所、プランも決めてくれる。食事も彼の食べたいものを食べにいく。夜も、彼のしたい事をする。
あざみは、そういうものか、という思いで特に疑問は抱かなかった。自分と付き合ってくれる時点で嬉しかったし、彼が喜ぶのは好きだった。
ただ、いつからかすれ違い始める。初めは小さな違和感からだった。
仕事が忙しいから、という理由で日中会うことが無くなった。夜に会っても、ショッピングセンターやスーパーに行くことが無くなった。コンビニに一緒に入ることが無くなった。彼の家に行く事が無くなった。彼の仕事中にメッセージ来ることが無くなった。
そして、最後の日。あざみは、彼の車に乗った時、助手席のドアポケットに黒色のヘアゴムが有るのを見つけた。
「付き合ってる人いる? って聞いちゃったんだ。そしたら、うん、だって。」
結婚を考えている女性がいる。そう伝えられたあざみ。
「……親に紹介できないのが理由……なんだって。それ聞いたら、私何も言わずに車降りて、それっきり。メッセージすら来なかった。」
結局、真剣じゃなかったって事だよね。そう締め括った後、2人の間に沈黙が訪れる。
リリーは、言いたい事は沢山有った。それこそ多すぎて、何から言えば良いか分からなくなるほどに。
ただ、そんな沈黙を受け取ったあざみは、離れようと身を捩る。月明かりの下、その目に光る物を見つけたリリーは、
「え、」
極々軽く。触れるか触れないかの、粉雪のようなキスをした。
連絡先を交換した2人は、お互い目の前にいるにも関わらず、まるで初めてスマホを買い与えられた学生のように着信を入れたりメッセージを送り合った。リリーは電話番号を登録したら勝手にアプリにあざみが出現した事に驚き、あざみはそれを見て笑い。あざみはメッセージアプリでリリーとのトークルームを開いた後、即座にスタンプのギフトが送られてきた事に飛び跳ねて喜ぶ。その後もあざみは定期的にスマホを胸に抱き留めニマニマとし、リリーは無意識にか、ポケットの中のスマホの存在をズボンの上から確かめ続けた。
連絡先の交換が終わった後はリリーが海外の話の続き、ブラジルで食べた塊肉を焼いて表面を削ぎ落としながら食べる料理が美味しかったと話せば、近くで食べられないか2人で検索して見つけてみたり。そのお店へ、いつか2人で食べに行こうと約束したりもしていた。
時を忘れてそんな会話を続けていたら時刻は既に午前1時。店内には1組だけ別のお客が居るが、帰り支度をしている。1時を過ぎるお客が複数組居るなら営業を続けるものの、リリーのみとなるなら閉店したいのがたんぽぽの本音だ。
他のキャストが片付けを進める中、あざみはリリーから離れずに付いている。その目には期待の色が浮かんでおり、もちろんリリーも何を期待されているかはわかっている。連絡先も交換したことだし、ここで断るというのも気が引けた。地下鉄も既に止まっていて、時間を理由に断るというのも変な話だ。それに、相手は男なのだから、解散した後に夜道を1人で歩いても問題はないわけで。
そんな自分に対する言い訳を一つ一つ積み上げながら、リリーは次の言葉を口にする。
「ラーメン食べに行く?」
「行く行く! 行きたい!」
食い気味でもたらされたあざみの返事。
「準備してくるから待ってて!」
帰っちゃダメだよ! あざみはそう付け足すと、カウンターの奥へと急ぎ足で消えていった。
「あの子、自分が店員だって忘れたのかな?」
たんぽぽは満面の笑みを浮かべて去ったあざみを見送ると、軽く頭を振りながらリリーの前へ。愚痴をこぼしながら伝票を見ると、金額を計算しはじめる。ほぼ席代しか掛からなかった前回と比べたら遥かに大きい金額だが、開店から閉店まで居たのだからさもありなん、だ。リリーとしては、前回分の借りも含めた貢献、といった感覚か。
「いつもあんな感じ?」
「まさか、全然違うよー!」
普段の接客、もっとちゃんと見せてあげたいわ! そんな会話をしながら会計をする。そして、お釣りを渡すたんぽぽの口から、こんな言葉が零れ落ちた。
「……出来れば、傷つけないであげてね。」
あざみが満面の笑みを浮かべて戻ってきたため、その言葉の真意を聞くことは、出来なかった。
「えーっと、こっちのほうが近いかな?」
お店を後にした2人は、あざみの案内でラーメン屋へと向かう。あざみは白いパンプスにベージュのトレンチコート、ボタンは全て留めて黒い幅広のベルトもしっかり結んでいる。リリーは白いデニムパンツに黒いハイネックのニットを合わせて、ワインレッドのダウンコートを羽織っている。
背の高い2人が横並びになって歩く。その距離は、お互いの手の甲と甲が触れ合うほど。話しながら、頻繁に目を合わせながら歩く。その足の運びは徐々に同調していき、殆ど手の甲も触れ合ったままとなっていく。
お互い何方からともなく、自然と歩みも遅くなり、その手と手が次の居場所を探し始めたところで、
「あ……ここだ。」
ラーメン屋へと到着した。
「いらっしゃいませー!」
「わ、まだ結構いるね。」
リリーがドアを開けてあざみを先に店内へ入れると、中の様子を見たあざみはそう漏らした。夜中の1時を回っているというのに半分以上の席が埋まっている。その客層は、男性1人だったり、男性複数のグループだったり、男女の2人組だったりと様々だ。
テーブル席に案内された2人は向かい合わせに座ってお互いにメニューを見る。醤油、味噌、塩、豚骨とオーソドックスなラーメン屋のようだ。
「豚骨にしようかなー?」
「俺は醤油かな。あざみは豚骨好き?」
「うん、あの細い麺好きだよー」
美味しかったら替え玉頼むかも! そうにこやかに話すあざみ。お互いにメニューを決めた事を確認すると、リリーは店員に目を合わせて手を挙げる。あざみは引き続きメニューに目を通している様子だ。
「お決まりですかー?」
「はい、豚骨ラーメン一つと、醤油ラーメン一つで。」
「あ、やっぱり豚骨やめて、塩ラーメン、もやしトッピングで!」
塩にモヤシと、醤油ですねー。そう続けて、店員は去っていく。
「豚骨じゃなくて良かったの?」
「うん、塩の気分になったの。」
再度見たメニュー表には、このように載っていた。
醤油:鯛と鰹の出汁が効いた焼豚醤油
味噌:八丁味噌と特製ラー油の濃厚味噌
塩:牡蠣、アサリ、煮干出汁のあっさり塩
豚骨:焦ネギ油とニンニクたっぷり豚骨
「あざみは今の所で働いて長いの?」
「2年経ってないくらいだよー」
ラーメンを待っている間、2人は取り留めのない話を続ける。
「私みたいな人は正規の雇用は難しいからね、挑戦した事は有るんだけど。」
面接までは結構いくんだけどね、その先に行けない。そう続けるあざみ。
あざみの話では、接客業だとサイズが合う女性用ユニフォームがない。生産業だと、トイレや更衣室が対応していない。事務仕事だと、長続きしないと思われる。このような理由で外されるようだ。アパレル業なら、まだ就職出来たかもしれないが、残念ながらあざみが着られる服は限られる。
「たしかに、あざみが男子トイレ入ってきたらビックリするよねー。」
二度見する自信あるわ、とリリー。あざみの見た目はかなり女性寄りのために、何か騒ぎが起きるのは想像に難くない。働く人数が多ければ、世代も考え方も様々で、色んな人が居るものだ。
「毎日あざみに会えるなら嬉しいけどね、俺は。」
「私も毎日リリーに会えるなら頑張れるよー。」
そんな会話をしていると、2人の元にラーメンが届く。
「わー、美味しそう!」
後で少し交換しよう? リリーは、あざみのそんな申し出に少しドギマギしながら、2人同時に手を合わせて食べ始めた。
「煮卵残しておくね?」
「じゃあ私チャーシュー残しておく!」
そんな会話をした後、美味しい美味しいと言いながら半分程度食べ勧めたところで、2人同時に水を飲む。丁度2人の箸が止まったところなので、お互いのラーメンを交換し、
(どうしよう……)
リリーは、ラーメンを見つめて少し困った。
流石に箸はお互い渡さなかったものの、あざみがレンゲごとラーメンを渡してきたために、リリーもレンゲを渡してしまった。このままレンゲを使うと、間接キスになってしまう。
いい大人が間接キスを気にするのも可笑しな話だと思う反面、あざみが嫌がったらどうしようとも考えてしまう。でも嫌ならレンゲごと渡してこないよな、とも。
そんな事を考えていると、あざみがラーメンを食べる音が聞こえてきて、
(……考えすぎか)
リリーも目の前の塩ラーメンを食べ進めることにした。
あざみは、ニヤける顔を隠すために極力下を向き続けた。
「わ、息真っ白。」
ありがとうございましたー、そんな声に送られて2人は店を出る。時刻は夜中の2時、冷え切った夜空の下、アルコールとラーメンで熱った息は普段より長くその足跡を残す。
街灯があるため真っ暗ではないが、流石に街の喧騒はその形を潜めている。
「公園で少し話してから帰る?」
「そうだね。」
ラーメン屋からすぐ近くには大きな公園があった。特徴的なプラネタリウムがある博物館が隣接するその公園は、中央には大きな噴水が聳え、遊歩道も整備され、日中は子供や家族連れが多数訪れる。しかし、流石にこの時間は人の気配は無い。
「階段、気をつけて。」
だから、だろうか。公園の入り口に差し掛かったリリーは、階段を登る前にあざみへと手を伸ばし。
「あ……ありがとう。」
あざみは、その手をしっかりと握りしめて、2人でベンチへと歩いていった。
「寒いはずなんだけど、暖かいね。不思議。」
「そうだね、俺もダウン要らないかも。」
2人は手を繋いだまま、ベンチへと腰掛ける。リリーが手を引こうとすれば、あざみは何気なく手を握る力を強め。あざみが手を緩めれば、リリーが両手を使ってあざみの手を暖める。
会社でトランスジェンダーの事を調べている時、あざみの事を女性扱いしようと決めたリリー。しかしそれは裏を返せば、本当は男性だけど、という前提に立った言葉。こうして手を繋いで隣同士座っている今、リリーは、男とか女とかではなく、ただ可愛くて背が高くて、ずっと一緒に話していられる『あざみ』という人間を見つめている。
あざみはリリーとの距離を詰めてくっつくように座り直すと、リリーは右手であざみの右手を繋ぎ直し、左腕であざみの体を抱き寄せた。
「私ばっかり聞いて不公平かなって思うから、私も言うんだけど。」
「うん、何?」
そして。あざみは、自身の過去を話し始めた。
「前のパートナーの話なんだけどね。」
あざみが以前付き合っていたパートナーは、いつもあざみのことを引っ張ってくれる男性だった。デートの場所、プランも決めてくれる。食事も彼の食べたいものを食べにいく。夜も、彼のしたい事をする。
あざみは、そういうものか、という思いで特に疑問は抱かなかった。自分と付き合ってくれる時点で嬉しかったし、彼が喜ぶのは好きだった。
ただ、いつからかすれ違い始める。初めは小さな違和感からだった。
仕事が忙しいから、という理由で日中会うことが無くなった。夜に会っても、ショッピングセンターやスーパーに行くことが無くなった。コンビニに一緒に入ることが無くなった。彼の家に行く事が無くなった。彼の仕事中にメッセージ来ることが無くなった。
そして、最後の日。あざみは、彼の車に乗った時、助手席のドアポケットに黒色のヘアゴムが有るのを見つけた。
「付き合ってる人いる? って聞いちゃったんだ。そしたら、うん、だって。」
結婚を考えている女性がいる。そう伝えられたあざみ。
「……親に紹介できないのが理由……なんだって。それ聞いたら、私何も言わずに車降りて、それっきり。メッセージすら来なかった。」
結局、真剣じゃなかったって事だよね。そう締め括った後、2人の間に沈黙が訪れる。
リリーは、言いたい事は沢山有った。それこそ多すぎて、何から言えば良いか分からなくなるほどに。
ただ、そんな沈黙を受け取ったあざみは、離れようと身を捩る。月明かりの下、その目に光る物を見つけたリリーは、
「え、」
極々軽く。触れるか触れないかの、粉雪のようなキスをした。
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