15 / 30
中二病の男
しおりを挟む「……忠宏兄ちゃん、家の前に変な人がいる」
朝食後。リビングでお気に入りのテレビ番組を観ていると、七海が突然そんな事を言った。
「変な人?」
「うん、変な人。庭のところに入ってきてうろちょろしてる」
思わず問い返すと、七海は神妙に頷きながら言った。
勝手に庭に入ってうろちょろしてるって……それは変な奴だな。というか都会の方だと一発で通報ものだぞ。
まあ、うちには財産なんて大層なものはないし空き巣ではないだろう。誰かが用があってここに訪ねてきたのかもしれない。
七海はこちらにきてまだ日は浅いが、その持ち前の元気さと素直であっという間に近所の人と馴染んでいる。
だが、ちょっと離れた所に住む人のことはまだまだ知らないだろうからな。
「ちなみにどんな奴だ?」
「おかっぱ頭のひょろ長い男の人」
七海から不審者の特徴を聞いて思い出したのは昔の友人。
もしかしたら、あいつなのかもしれない。
「んー、ちょっと俺の知り合いかもしれないし見てくるよ」
「大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫」
男の特徴を聞く限り、そいつは多分知り合いなのだから。
リビングから出ると、不安がりながら七海もついてくる。
お互いにサンダルを履いて、俺は玄関の扉を開ける。
「うおっ!?」
すると、ちょうど目の前に男がおち、驚くように飛び跳ねた。
そのどこか見たことのある顔を見て、俺はため息を吐いた。
「……なにしてんだお前」
「くくく、久方ぶりだな友よ。混沌世界より脱却したと耳にしていたが本当のようだな」
俺が問いかけると、男はいずまいを正して不敵な笑みを浮かべながらそう言う。
この回りくどい中二的な言葉がかなり懐かしい。
大雑把に推測すると「よう、忠宏。社畜生活辞めて、こっちに帰ってきたっていうのは本当だったんだな」という辺りか。
「忠宏兄ちゃん、この人誰?」
「こいつは時田定晴。昔の――」
「違う! 我が名はスメラギ=ダークネスライザー。この世を闇で覆いし者なり!」
俺が名前を教えようとすると定晴がかぶせるように叫ぶ。
おお、定晴よ。お前は昔から少しアレな奴だと思っていたが、それは今も変わっていなかったというのか。
姿や言葉が変わらない昔の友人が懐かしく、安心する半面、どこか見ていて痛々しかった。
「す、すめらぎ? だーくねすかいざー?」
定晴の名乗りを聞いて、七海は目を丸くしながら呟く。
無理もない。中二病の台詞と心境を子供に汲み取れということが無理なのだ。
ましてや、七海はそういう知識とかほとんどないし。
「忠宏兄ちゃん、やっぱりこの人変だよ」
「ああ、こいつは中二病だからな」
「中二病ってなに?」
「……七海もあと四年くらいしたらかかるかもしれない病気だ」
「えっ! 病気なの!? よ、予防接種とか打ったら回避できる?」
俺が大分言葉を噛み砕いて説明すると、七海が予想外な言葉を返してくる。
「できる。漫画やゲームにのめりこまない事、現実を正しく見ることだ」
「な、なるほど。漫画やゲームは好きだけどほどほどにする。この人みたいに変になりたくないから」
「さっきから人を病人扱いして失礼だぞ!」
俺と七海が中二病を前にして好き放題に言っていたら定晴が怒った。
「悪い悪い、定晴。お前は何も変わらないんだな」
「ふん、人はそう簡単に変わるものか」
俺が懐かしむように言うと、腕を組みながらどこかカッコつけた風に言う定晴。
こいつは昔からゲームや漫画、ライトノベルといったものが大好きなオタクというやつだ。
田舎だと何分、都会のように娯楽施設が少ないもので娯楽となる漫画やゲームに詳しい定晴は、オタクでありながらかなりの人気を誇っていた。
俺も漫画やゲームをよく定晴から借りたり、いいのを教えてもらって買ったものだ。家の中にある棚のものは大概定晴のオススメだな。
「でも、礼司はチャラくなってたよ?」
「外面は変わっても中身は何も変わっていないだろ」
確かに外見は大きく変わっても性格や考え方といったものはそう変わっていないな。
ノリが良くて陽気なのも、へらへらしているようで実は思慮深いことも。
WEBコンサルタントという職種に驚きはしたが、礼司の考えややっていること自体は昔からそう大きく変わってはいないな。
「ところで、定晴。今日は何しにきたんだ?」
「最初に言った通り、忠宏が帰ってきたという噂を耳にしたから顔を見にきてやった」
噂って、尾持さんかな? もうご近所さんとかは結構知っているけど、ここから少し離れたところに住んでいる定晴の家まで広まっているとなるとそう思わざるを得ないな。
あれから数日しか経っていないというのに早いものだ。
「だからといって人の庭を不審者みたいにウロチョロするなよ。こっちは不審者が出たと思っただろ」
「僕だってそうしたかったさ! でも、いざ入ろうとしたら見知らぬ子供がいて、ビックリしたんだ。実は忠宏が
帰ってきたっていうのは間違いで、ただ親族が遊びにきていただけとか言われたら恥ずかしいだろ!?」
まあ、その気持ちはわからなくもないが、未だに続けている中二病発言の方が俺としてはよっぽど恥ずかしいと思うのだが。
定晴の恥ずかしさの基準がよくわからない。
「それで、さっきからいるこの生意気な小娘はなんなんだ?」
「小娘じゃないもん! 七海だもん!」
純粋な言葉で中二病をバカにされたからだろうか。定晴の言葉が少し辛辣だ。
礼司と違って穏やかとはいえないが、こうして定晴と七海は互いを知り合ったのである。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
146
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる