呪鬼 花月風水~花の陽~

第九話 呪鬼

  「⋯志鷹⋯さん？」
　震える声で名前を呼ぶが志鷹は低く唸り声をあげ綾人に走りより鋭い爪がある手で綾人に切りかかった。左に身を引き志鷹の攻撃を綾人は避けた。
「やめてくれ志鷹さん！」
　綾人が叫ぶが志鷹は飛び上がると綾人の上にのりその牙で綾人の首を噛み切ろうとしたが、綾人は刀を志鷹の口入れ防いだ。カタカタと志鷹が力を入れるたびに刀が軋む音がした。
「どうしたんだよ！志鷹さん！」
　綾人はそう叫ぶと志鷹の腹を蹴った。痛みで志鷹が数歩下がった隙に綾人は立ち上がった。
「どうしたらいいんだよ⋯」
　呟くと綾人は噛みつこうする志鷹をかわした。しかし、横ならきた爪での攻撃はかわせず、その爪は驚きで顔を引き攣らせた綾人の服を切り裂き腕に深い傷をつけた。
「っ！」
　押さえた腕からは耐えず血が流れポタポタと地面に赤い小さなシミをつくった。
　(このままじゃ殺られる。⋯でも)
　綾人は顔を上げ志鷹を見た。鬼と化した志鷹の姿に今までの志鷹の姿がダブって見えた。
　(志鷹さんを殺したくない⋯)
　綾人は唇を噛んだ。
「どうしたらいいんだよ⋯」
　綾人の頼りない泣きそうな声に反応したかのように、ジーバンのポケットにほんのり熱を感じ、綾人はポケットに手を入れた。そこには、先程持ってきた勾玉が入っていた。
「⋯まさか」
　勾玉を見た綾人は志鷹に勾玉を見せると、「ウガァ」と悲鳴のような声をあげ一歩下がった。
「これが怖いのか？⋯もしかしてあの書類に書いてあったみたいにこいつを突きつけたら正気に戻る⋯のか？」
　まるで勾玉を警戒するように志鷹は綾人と距離をとっていた。
「試してみっか」
　ニヤリと綾人が笑うとそれを挑発と受け取ったのか、志鷹は綾人に再び爪で切り裂こうと走ってきた。綾人 は右に避けると勾玉で志鷹を触れようとするが、志鷹も身をかわし、後ろへと飛び退いた。
「⋯そう簡単にはやらせてくんないか」
　呟きしばらく睨み合いをしていると、志鷹は飛び上がり壁を蹴り綾人の頭上を飛び越え綾人の背後に回ると掴みあげぶん投げた。
「うわぁっ！」
　綾人はそのまま壁に叩きつけられた。
「ぐはっ！」
　体中に走る激痛に息もできなくなり綾人は一瞬、意識を手放しそうになるが、その間もなく志鷹の追撃の拳に綾人は焦りを浮かべ左に避けた。「バコン」と凄まじい音と共に今まで綾人がいた場所に大きな穴があいていた。
「怪力すぎんだろ⋯」
　綾人は思わず言うと肋あたりをおさえながらヨロヨロと立ち上がった。間をあたえないと再び志鷹が殴りかかってきた。綾人は志鷹の腕をとると地面に押しつけるようにした。バランスを崩した志鷹の背中に綾人は勾玉を押しつけた。
「ぐわぁぁぁぁ」
　悲鳴に似た雄叫びをあげた志鷹に綾人は叫んだ。
「志鷹さん！聞こえますか？！志鷹さんが持ってる紙の人形を俺にわたせ！」
　しかし志鷹は答えることなく、綾人の胸元を掴みあげた。
「⋯逃げろ」
　志鷹は言うと少し悲しそうな表情を浮かべ入口の方に綾人をほおり投げた。ゴロゴロと転がった綾人は体を起こしちらっと志鷹を見た。なぜか頭を抱えたまま動かなくなった志鷹に近寄るか綾人は迷うが、体が休めと警鐘を鳴らしているような気がしたためそのままゆっくり階段を上がり2つ目の部屋に入った。そこは倉庫のようで棚にはまたダンボールと、救急セットが置いてあった。綾人は中から包帯を出すと傷口の止血をした。
「とりあえず止血はしたが⋯息苦しいし体中痛ぇのは変わらないか。はぁ」
　綾人はため息をつくとその場には似つかない机に背を預け座ると天井を仰ぎみた。
「志鷹さん⋯正気に戻ってるかな」
　綾人が勾玉を見ると、勾玉にはヒビが幾重にも入り所々割れていた。
「これで第一段階、完了だが⋯ははは⋯限界⋯だわ⋯」
　ズルズルと綾人の意識は闇に引きずり込まれていった。
　
「⋯俺を殺せ」
　そんな声で綾人は目を覚ました。
　（この声は⋯志鷹⋯さん？）
　朦朧とする意識で聞いていると自分の前から別の声がした。
「本当にそれでいいんですか？」
　その声は低い声で尋ねた。
「俺は鬼だ。また誰かを襲っちまう前に殺せ」
「⋯それは⋯待って⋯ください」
　自分が思った以上に弱々しい声で綾人は言った。ハッとしたように志鷹と綾人を守るように前に立っていた人物が綾人を見た。それは⋯鴉飛だった。その横には甘美瑛もいた。
「気がついたのか」
　 どこかほっとした声で志鷹は声をかけた。綾人は頷いた。
「はい。志鷹さんも正気に戻ったんですね」
「おかげさまでな」
　ニヤリと志鷹は綾人に笑って見せた。
「鴉飛さんと甘美瑛さんはなぜここに？」
　綾人は鴉飛と甘美瑛に視線を向けた。
「月見里さんから連絡が来て志鷹さんの件を調べてお伝えしようとしたら電話が通じなくて」
「俺の件？」
　志鷹が聞くと鴉飛は頷いた。
「志鷹さんが約束の時間になっても警察署にいらっしゃらないので、自宅に伺ったんです。そしたら志鷹さんが一課に行ってるか調べるように俺に電話があったんでその結果を知らせようとしたんですが、電話が通じなくて。⋯はじめは研究所の方と話しているのかと思っていましたが、部長が嫌な予感がすると話していたので不安になって来たんです」
「間に合ってよかった。出血もかなりありましたが、なにより肋骨が折れてたみたいで恐らく肺に刺さっていたみたいで」
　そう甘美瑛が鴉飛の言葉を続け、綾人を見た。
「助かりました。ありがとうございます。これで志鷹さんを元に戻せます」
　綾人は志鷹を見た。志鷹は驚いた顔をし綾人を見た。志鷹は資料の話を掻い摘んで話た。
「まさかこのご時世で人体実験をしているなんて」
　鴉飛は顔を顰めながら言った。甘美瑛も無言で顔を顰めている。
　そう言い志鷹を見る頭を抑え顔を顰め立っていた。
「大丈夫ですか？志鷹さん」
「⋯あぁ」
　鴉飛が尋ねると志鷹は短く驚いた顔で答えた。
「まさか俺たちを喰いたいとか言わないですよね」
　苦笑いを浮かべ綾人が聞くと志鷹は顔を上げ綾人を見た。
「たしかにうまそうだな」
「えっ？！」
　全員が思わず声を漏らし一歩下がると、志鷹は声を出して笑いだした。
「で、俺はどうすればいいんだ？」
「たぶん、カタシロを持っているはずです」
　それを聞き鴉飛は頷いた。
「その記述が正しいなら志鷹さんが持っているカタシロにその刀を刺したら志鷹さんは元の人間に戻るんですね」
「んなこと言われてもなぁ⋯」
　困ったように言いパタパタと志鷹は体を叩いていたがワイシャツの胸ポケットに入れた手がハタと止まり志鷹は3人に視線を向けた。そして、スーッとポケットからカタシロを出した。
「それだ。志鷹さん」
　綾人は手を差し出したがその瞬間、頭を抑え数歩下がった。
「志鷹さん？」
「どうやら鬼もうひとりの俺は何がなんでもこれをわたしたくないらしい。今、お前たちを襲いたくてたまらない」
　綾人に自傷的な笑みを浮かべ志鷹は顔をおさえた。
「⋯探偵。その刀貸せ」
　綾人はジッと志鷹を見た。
「ダメです！何をするかわかりませんよ！」
　綾人は少し考えると志鷹に刀を投げた。
「月見里さん！」
　綾人を見て鴉飛は叫ぶが、綾人はニヤリと笑った。
「俺は⋯志鷹さんを信じます」
　志鷹は受け取った刀をゆっくり抜いた。それと同時に鴉飛に自分の刀を抜いた。
　志鷹は刀を振り上げ、鴉飛に切りつけることなく、カタシロを持っていた手に突き立てた。
「っ！月見里！」
　志鷹が叫ぶと綾人は志鷹が落とした血がついたカタシロと刀を走り取った。その時、志鷹のもう手が綾人に襲いかかったが、鴉飛が間に入り刀でその長い爪を受け止めた。
「力比べに自信は？」
　志鷹がイタズラっぽく笑うと鴉飛もニヤリと笑った。
「これでも異人なんでね。負けはしないと思いますよ」
「そりゃ頼もしい。ならしばらく付き合ってもらうぜ。やれ月見里！」
　綾人は頷くと地面にカタシロを置き、その胸に刀を突き立てた。
「ぐっ！」
　短く呻くと志鷹は胸を抑えた。そのまま倒れ込んだ。鴉飛が受け止め志鷹を床に寝かした。
「志鷹さん！」
　綾人が駆け寄ると甘美瑛がホッとした表情で綾人を見上げた。
「大丈夫です。気を失ってるだけです」
「よかった」
　一気に力が抜けた綾人はその場に座り込み頭を下げた。
「ひとまずここから出たいんですが、ドアが開かないみたいで」
　頭を上げ綾人は鴉飛を見た。
「おそらく、結界が張られていて張った本人を叩かない限りは出れないと思います」
「部長が「地下には注意しろ」と話していたので、たぶん地下にいるんじゃないんですか？」
　甘美瑛の言葉に綾人は驚いた顔をした。
　「そんなに鬼瓦さんの予感って当たるんですか？」
　すると鴉飛と甘美瑛は頷いて見せた。
「ほぼ90%ですが、酒を飲んでるとその確率はグンと上がります」
「⋯なんかそこはさすが酒呑童子って感じですね」
　綾人は苦笑いをすると、2人も苦笑いを浮かべた。
 その時、志鷹が身動ぎをした。振り返ると、志鷹が目を覚まし体を起こしていた。
「よかった。目が覚めたんですね」
「あぁ」
　志鷹はそう言うとスーツのポケットからタバコを取り出すとジッポで火をつけ「ふぅ」と煙を吐き笑みを浮かべた。
「やってくれてみたいだな。⋯ありがとうな」
　志鷹はふと笑みを浮かべ綾人を見上げると、握り拳を綾人に突き出した。綾人も笑みを浮かべその拳に自分の拳を軽くぶつけた。
「鴉飛さんも甘美瑛さんもありがとうございました」
「いえ、僕は何もしてないので」
　志鷹に視線を向けられ鴉飛は手を前に出しブンブンと首を振った。
「僕もだよ」
　甘美瑛は笑みを浮かべのんびりと言った。
「では役者は揃ったことだし、地下に行きますか」
「地下？」
　立ち上がった綾人の言葉を不思議そうに志鷹は繰り返し綾人を見た。鴉飛は先程の会話を掻い摘んで話した。
「あと、志鷹さん。これ」
　綾人はそう言うと自分の腰から下げていた拳銃入りのケースをわたし笑みを浮かべた。志鷹もニヤリと笑うとその拳銃ケースを慣れた手つきで腰につけた。
「さっ、行きますか」
　それを合図に立ち上がり入口に向かった。