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七、亀裂
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「おい」
今にも降りそうな曇天の中で、始業の支度を終え、店におりてきた千夏の背中に、来たばかりの清隆は低い声で呼び止めた。
「この間の話の続きだ」
かけていたバックをはずし、カウンター席の椅子に奥の置くと、ドスの効いた声で清隆が言った。すると千夏はくるりと振り返り清隆を見た。
「この間?」
可愛らしく首を傾げる千夏に、清隆は眉を顰めた。
「何度でも言う。お前は千夏ちゃんじゃないだろ。お前は⋯誰なんだ?」
じっと清隆を見た千夏は、まるで笑顔のお面をかぶったようなあのニタァとした笑みを浮かべた。
「だーかーら何の話かわからないんです清隆さん」
言いようのない怒りが清隆の中に生まれ、ツカツカっと清隆は千夏に近づき腕を掴みあげ睨みつけた。
「その呼び方やめろ。気持ち悪い。千夏ちゃんの中に誰か別の奴がいるんだろ?誰だ!とっとと千夏ちゃんの中から出ていって本当の千夏ちゃんを返せ!」
清隆の怒鳴り声に千夏は先程の笑顔を引っ込め無表情で清隆を見つめ続けていたが、ちらっと階段の方に視線を向けた。
「なんだ」
眉をひそめる清隆にニヤリと千夏は嫌な笑みを浮かべた。
「ハタシテドチラノミカタヲ、ミンナハシテクレマスカネ」
「は?お前何を⋯」
ニヤニヤしながら慌てる清隆見ると千夏はスーッと息を吸った。
「痛い!清隆さん!やめてください!」
いきなり叫び出した千夏を清隆は驚き目を丸くしたまま固まった。
「何どうしたなっちゃん?っておい!」
階段からひょこりと顔を出したマスターは、慌てて二階からおりてきた。
「なに?どうしたの?」
騒ぎを聞き他の仲間たちもおりてくると、いつもは温厚な清隆とは思えない行動を見て呆然とした。
「清隆!お前、何やってんだ!」
千夏を清隆から引き離したマスターは清隆に詰め寄った。すると清隆はマスターをジーッと見つめ小さく疼いた。
「俺はなにもしてないですよ」
冷静な口調で清隆は言うとマスターを睨んだ。
「でもなっちゃんさっき痛いって言ってたぞ」
そう言いマスターは、背中で庇うように千夏の前に立った。
「千夏、怪我は?」
慌てておりてきた奈美はそう言うと、千夏の横にしゃがみ込み千夏を見た。
「大丈夫ですか?千夏さん?」
不安気な表情で千夏に近づくと覗き込み背中をさすった。
「女の子に暴力なんて見下げたもんねぇ清隆」
軽蔑の目で夢は清隆を見た。すると、清隆は両手を小さく上げた。
「だから俺はなにもしてませんって」
「そうだよ⋯きっと誤解なんだよ。そうだよね?キヨさん」
「ならなんで反論しないのよ?」
豊晶に詰め寄る夢に困ったように豊晶は清隆を見た。しかし、その様子に清隆は苦々しい表情を浮かべ、ため息を吐いた。
「なんでだよ⋯」
クシャクシャと髪をかき回すと清隆は両手を小さく上げた。
「俺は何もしてない。それに、明らかにコイツは千夏ちゃんじゃないだろが」
清隆は千夏を指さし静かに怒りを露わにした。
「あんた何言ってんの?どう見ても千夏でしょうが」
呆れたように夢に言われ清隆はクシャクシャと自分の髪をまた掻き回した。
「見た目はね。中身は明らかに別人じゃないですか」
「あんた頭大丈夫?」
嫌味を言う夢に清隆は片眉を上げた。
「夢。頭にくるのはわかるが、ちょっとは言い方考えろ」
マスターは夢を諌めると清隆に向き直った。
「清隆も。んなもん、なんの証拠もないだろ」
マスターは何を言ってるかわからないといった表情を浮かべ清隆を見た。
「あの電話とモカたちの反応が何よりの証拠だろ」
マスターを睨む清隆にマスターは眉間にシワを寄せた。
「電話はイタズラだってこともあるだろう」
「みんな聞いただろ!あの電話はどー聞いても千夏ちゃんだっただろ」
そう言い清隆は再び全員に顔を向けた。しかし、豊晶も奈美も知華も、夢すらも清隆から視線を逸らした。
「おい⋯」
呟く清隆に奈美は申し訳なさそうに清隆を見た。
「んー。あの時、雑音が多すぎて⋯絶対そうだとは⋯ごめんちょっと言い切れないかも⋯」
他の人たちも同意するように視線を逸らしたままだった。奈美の背中を軽く叩き、苦笑いを浮かべマスターは清隆を見た。
「それに、あの時なっちゃんは健人とキッチンで洗い物してただろう。そうだろ?健人」
そう言うとマスターは健人を見た。
「あ、はい。あの時千夏さんははずっと俺と一緒に洗い物をしてました。携帯もロッカーでしたし、電話するのは不可能だと思います」
健人は頷くとマスターから千夏に視線をうつした。
「だとよ。モカたちだって、なっちゃんと何かあったってこともあるだろ」
「何か⋯。⋯なぁ奈美、知華」
眉間に皺を寄せた清隆はマスターに視線を向けたまま二人を呼んだ。いつもとは違う呼び方に二人は怯えたように清隆を見た。
「な⋯なに?」
「はい⋯」
少し怯えたような様子に視線をむける奈美と知華にを清隆は苦笑いを一瞬浮かべたがすぐに真面目な表情に戻り続けた。
「今日、モカとリン、あとハルは来てるか?」
奈美と知華は店を見渡すと首を横に振った。
「リンはあからさまに来るのを嫌がってた。無理に連れて来るのは可哀想だし、私が呼べば店には来るから家に置いてきたよ」
奈美は清隆をまっすぐ視線をむけながら言った。
「そっか。知華」
ビクッと肩を震わせ少し怯えたような表情を一瞬、浮かべ知華は清隆を見た。
「リンは一緒か?」
すると知華は首を横に振った。
「なんでかわかるか?」
その様子に苦笑いし清隆は少し口調を和らげ知華に聞いた。
「それが⋯嫌なんだそうです」
知華は戸惑ったような表情で答えた。
「何が嫌なんだ?」
清隆の言葉に知華と奈美が思わず顔を見合わせた。
「ん?どうした?」
清隆に聞かれた知華は戸惑いながら口を開いた。
「それが⋯」
そう言うと、奈美と知華は二人の側にいる千夏を見た。
「⋯千夏さんが⋯」
「それ⋯リンも」
奈美と知華は顔を見合わせ、その場にいた誰もが千夏を見た。全員の視線を受け、今までは涼しい顔をしていた千夏だったが、二人に言われ思わず顔を顰めた。逆に二人の言葉を聞きニヤリと笑うと清隆は続けた。
「そっか。それから、リンもモカも、人間みたいに喧嘩したから店に来づらいって気持ちになるか?」
二人は考えまたチラッと目配りをすると清隆を見た。
「ハッキリは言えないけど、少なくても今まではなかったよ」
奈美の言葉に知華も頷いた。
「ちなみに、ハルはいるのか?」
清隆に聞かれた二人は首を横に振った。
「ハルちゃん、千夏さんをひっ掻いたあの日から、ずっと見かけてないです」
清隆は知華の話を聞きニヤリと笑うと、ポンポンと二人の背中を叩き再びマスターを見た。
「だとさ。モカたちが千夏ちゃんを嫌がるのは、アレが千夏ちゃんじゃないからだろ」
そう言い清隆は『千夏であろう人』を再び指差した。
「それと、その千夏ちゃんが遅刻しそうになったあの前後から電気系統がイカレだしたのも偶然か?」
食ってかかる清隆にマスターはイライラし少し声を荒らげた。
「そうだろ」
「んな偶然なんぞ、重なりませんよ。重なるのはなんかあるからだろ。あれは千夏ちゃんに取り憑くために前もって店の中にでも潜んでたんじゃないのか?」
「なんでそうなる。それなら、夢や奈美たちが気がつくだろ。ちょっとは冷静になれ清隆」
「俺は冷静ですよ。冷静でないのはマスターたちだろ」
そう言うと清隆は全員を見わたした。
「何言ってんだ?俺は至って冷静だろうが」
清隆の怒りを含んだ声にマスターは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「まぁまぁまぁ。落ち着いて二人とも」
ヒートアップする二人の間が苦笑いしながら豊晶が割って入ると二人の顔を交互に見た。
「トモさんは黙っててください」
間に入った豊晶を清隆はマスターを睨みつけながら横に押しのけ言った。
「清隆、豊晶は関係ないんだから噛みつかないの」
詰め寄る夢に清隆は一歩思わず下がった。
「あんたも!ちょっと落ち着きなさいよ」
マスターの方をくるりと向くと、夢は立つと腰に手を当て言った。
「うるさい。黙ってろ夢」
夢にマスターは、ドスの効いた声で制し夢をギロリと睨み横に押しやった。二人のいつもと違い圧がある口調にその場にいた誰もが思わず押し黙り、店内には重い空気が立ち込めた。
「はぁ⋯」
清隆はため息を吐くと頭をグシャグシャと掻き回した。
「もういい」
清隆は、低い声で言うと、エプロンの入った手提げカバンをマスターに叩きつけた。
「·····俺はもう知らない。それならそいつを信じて勝手にすればいい」
そう言いカウンターの椅子に置いておいた自分のバッグを取りツカツカと入口に歩いて行き、勢いよく戸を開けた。ガランガランと大きな音でカウベルがなり、そのまま勢いよく戸を閉めて今にも降りそうな空の下へと消えて行った。
「キヨさん!」
「追うな!」
慌てて後を追おうと一歩踏み出した豊晶の背中を指すように圧のある声でマスターが呼び止めた。
「···店開けんぞ」
そう言いきび返すと、店の奥に歩いていった。
異様に重苦しい空気の中で、パタパタと降り始めた雨粒が地面叩く音が静かな店内に響いた。
全員が俯いていると、夢がパンパンと手を叩いた。
「ほーら!そんな顔しない!さっ!仕事するわよ!」
不安を払拭するように無理矢理笑つくったような笑顔を浮かべ夢が言うと、全員がその重い足を動かして持ち場へと消えていった。
マスターは裏口でタバコをくわえ、携帯を片手に大粒の雨が降る空を見上げていた。
「さーて⋯どうなるか⋯」
そう言うとタバコを吸いフーっと白い煙を吐いた。
「てかあいつ傘持ってたんか?」
「あの⋯マスター」
マスターが眉間に皺を寄せた時、戸を少し開け千夏が顔を出し声をかけた。マスターは振り返るとじっと呼びに来た千夏を見つめた。
「なんで⋯すか?」
千夏はマスターの視線に一歩後退りをした。
「いや、なんでもない。すぐ行く」
そう言うとタバコの火を消し、すぐに千夏を追って店の中に入っていった。
今にも降りそうな曇天の中で、始業の支度を終え、店におりてきた千夏の背中に、来たばかりの清隆は低い声で呼び止めた。
「この間の話の続きだ」
かけていたバックをはずし、カウンター席の椅子に奥の置くと、ドスの効いた声で清隆が言った。すると千夏はくるりと振り返り清隆を見た。
「この間?」
可愛らしく首を傾げる千夏に、清隆は眉を顰めた。
「何度でも言う。お前は千夏ちゃんじゃないだろ。お前は⋯誰なんだ?」
じっと清隆を見た千夏は、まるで笑顔のお面をかぶったようなあのニタァとした笑みを浮かべた。
「だーかーら何の話かわからないんです清隆さん」
言いようのない怒りが清隆の中に生まれ、ツカツカっと清隆は千夏に近づき腕を掴みあげ睨みつけた。
「その呼び方やめろ。気持ち悪い。千夏ちゃんの中に誰か別の奴がいるんだろ?誰だ!とっとと千夏ちゃんの中から出ていって本当の千夏ちゃんを返せ!」
清隆の怒鳴り声に千夏は先程の笑顔を引っ込め無表情で清隆を見つめ続けていたが、ちらっと階段の方に視線を向けた。
「なんだ」
眉をひそめる清隆にニヤリと千夏は嫌な笑みを浮かべた。
「ハタシテドチラノミカタヲ、ミンナハシテクレマスカネ」
「は?お前何を⋯」
ニヤニヤしながら慌てる清隆見ると千夏はスーッと息を吸った。
「痛い!清隆さん!やめてください!」
いきなり叫び出した千夏を清隆は驚き目を丸くしたまま固まった。
「何どうしたなっちゃん?っておい!」
階段からひょこりと顔を出したマスターは、慌てて二階からおりてきた。
「なに?どうしたの?」
騒ぎを聞き他の仲間たちもおりてくると、いつもは温厚な清隆とは思えない行動を見て呆然とした。
「清隆!お前、何やってんだ!」
千夏を清隆から引き離したマスターは清隆に詰め寄った。すると清隆はマスターをジーッと見つめ小さく疼いた。
「俺はなにもしてないですよ」
冷静な口調で清隆は言うとマスターを睨んだ。
「でもなっちゃんさっき痛いって言ってたぞ」
そう言いマスターは、背中で庇うように千夏の前に立った。
「千夏、怪我は?」
慌てておりてきた奈美はそう言うと、千夏の横にしゃがみ込み千夏を見た。
「大丈夫ですか?千夏さん?」
不安気な表情で千夏に近づくと覗き込み背中をさすった。
「女の子に暴力なんて見下げたもんねぇ清隆」
軽蔑の目で夢は清隆を見た。すると、清隆は両手を小さく上げた。
「だから俺はなにもしてませんって」
「そうだよ⋯きっと誤解なんだよ。そうだよね?キヨさん」
「ならなんで反論しないのよ?」
豊晶に詰め寄る夢に困ったように豊晶は清隆を見た。しかし、その様子に清隆は苦々しい表情を浮かべ、ため息を吐いた。
「なんでだよ⋯」
クシャクシャと髪をかき回すと清隆は両手を小さく上げた。
「俺は何もしてない。それに、明らかにコイツは千夏ちゃんじゃないだろが」
清隆は千夏を指さし静かに怒りを露わにした。
「あんた何言ってんの?どう見ても千夏でしょうが」
呆れたように夢に言われ清隆はクシャクシャと自分の髪をまた掻き回した。
「見た目はね。中身は明らかに別人じゃないですか」
「あんた頭大丈夫?」
嫌味を言う夢に清隆は片眉を上げた。
「夢。頭にくるのはわかるが、ちょっとは言い方考えろ」
マスターは夢を諌めると清隆に向き直った。
「清隆も。んなもん、なんの証拠もないだろ」
マスターは何を言ってるかわからないといった表情を浮かべ清隆を見た。
「あの電話とモカたちの反応が何よりの証拠だろ」
マスターを睨む清隆にマスターは眉間にシワを寄せた。
「電話はイタズラだってこともあるだろう」
「みんな聞いただろ!あの電話はどー聞いても千夏ちゃんだっただろ」
そう言い清隆は再び全員に顔を向けた。しかし、豊晶も奈美も知華も、夢すらも清隆から視線を逸らした。
「おい⋯」
呟く清隆に奈美は申し訳なさそうに清隆を見た。
「んー。あの時、雑音が多すぎて⋯絶対そうだとは⋯ごめんちょっと言い切れないかも⋯」
他の人たちも同意するように視線を逸らしたままだった。奈美の背中を軽く叩き、苦笑いを浮かべマスターは清隆を見た。
「それに、あの時なっちゃんは健人とキッチンで洗い物してただろう。そうだろ?健人」
そう言うとマスターは健人を見た。
「あ、はい。あの時千夏さんははずっと俺と一緒に洗い物をしてました。携帯もロッカーでしたし、電話するのは不可能だと思います」
健人は頷くとマスターから千夏に視線をうつした。
「だとよ。モカたちだって、なっちゃんと何かあったってこともあるだろ」
「何か⋯。⋯なぁ奈美、知華」
眉間に皺を寄せた清隆はマスターに視線を向けたまま二人を呼んだ。いつもとは違う呼び方に二人は怯えたように清隆を見た。
「な⋯なに?」
「はい⋯」
少し怯えたような様子に視線をむける奈美と知華にを清隆は苦笑いを一瞬浮かべたがすぐに真面目な表情に戻り続けた。
「今日、モカとリン、あとハルは来てるか?」
奈美と知華は店を見渡すと首を横に振った。
「リンはあからさまに来るのを嫌がってた。無理に連れて来るのは可哀想だし、私が呼べば店には来るから家に置いてきたよ」
奈美は清隆をまっすぐ視線をむけながら言った。
「そっか。知華」
ビクッと肩を震わせ少し怯えたような表情を一瞬、浮かべ知華は清隆を見た。
「リンは一緒か?」
すると知華は首を横に振った。
「なんでかわかるか?」
その様子に苦笑いし清隆は少し口調を和らげ知華に聞いた。
「それが⋯嫌なんだそうです」
知華は戸惑ったような表情で答えた。
「何が嫌なんだ?」
清隆の言葉に知華と奈美が思わず顔を見合わせた。
「ん?どうした?」
清隆に聞かれた知華は戸惑いながら口を開いた。
「それが⋯」
そう言うと、奈美と知華は二人の側にいる千夏を見た。
「⋯千夏さんが⋯」
「それ⋯リンも」
奈美と知華は顔を見合わせ、その場にいた誰もが千夏を見た。全員の視線を受け、今までは涼しい顔をしていた千夏だったが、二人に言われ思わず顔を顰めた。逆に二人の言葉を聞きニヤリと笑うと清隆は続けた。
「そっか。それから、リンもモカも、人間みたいに喧嘩したから店に来づらいって気持ちになるか?」
二人は考えまたチラッと目配りをすると清隆を見た。
「ハッキリは言えないけど、少なくても今まではなかったよ」
奈美の言葉に知華も頷いた。
「ちなみに、ハルはいるのか?」
清隆に聞かれた二人は首を横に振った。
「ハルちゃん、千夏さんをひっ掻いたあの日から、ずっと見かけてないです」
清隆は知華の話を聞きニヤリと笑うと、ポンポンと二人の背中を叩き再びマスターを見た。
「だとさ。モカたちが千夏ちゃんを嫌がるのは、アレが千夏ちゃんじゃないからだろ」
そう言い清隆は『千夏であろう人』を再び指差した。
「それと、その千夏ちゃんが遅刻しそうになったあの前後から電気系統がイカレだしたのも偶然か?」
食ってかかる清隆にマスターはイライラし少し声を荒らげた。
「そうだろ」
「んな偶然なんぞ、重なりませんよ。重なるのはなんかあるからだろ。あれは千夏ちゃんに取り憑くために前もって店の中にでも潜んでたんじゃないのか?」
「なんでそうなる。それなら、夢や奈美たちが気がつくだろ。ちょっとは冷静になれ清隆」
「俺は冷静ですよ。冷静でないのはマスターたちだろ」
そう言うと清隆は全員を見わたした。
「何言ってんだ?俺は至って冷静だろうが」
清隆の怒りを含んだ声にマスターは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「まぁまぁまぁ。落ち着いて二人とも」
ヒートアップする二人の間が苦笑いしながら豊晶が割って入ると二人の顔を交互に見た。
「トモさんは黙っててください」
間に入った豊晶を清隆はマスターを睨みつけながら横に押しのけ言った。
「清隆、豊晶は関係ないんだから噛みつかないの」
詰め寄る夢に清隆は一歩思わず下がった。
「あんたも!ちょっと落ち着きなさいよ」
マスターの方をくるりと向くと、夢は立つと腰に手を当て言った。
「うるさい。黙ってろ夢」
夢にマスターは、ドスの効いた声で制し夢をギロリと睨み横に押しやった。二人のいつもと違い圧がある口調にその場にいた誰もが思わず押し黙り、店内には重い空気が立ち込めた。
「はぁ⋯」
清隆はため息を吐くと頭をグシャグシャと掻き回した。
「もういい」
清隆は、低い声で言うと、エプロンの入った手提げカバンをマスターに叩きつけた。
「·····俺はもう知らない。それならそいつを信じて勝手にすればいい」
そう言いカウンターの椅子に置いておいた自分のバッグを取りツカツカと入口に歩いて行き、勢いよく戸を開けた。ガランガランと大きな音でカウベルがなり、そのまま勢いよく戸を閉めて今にも降りそうな空の下へと消えて行った。
「キヨさん!」
「追うな!」
慌てて後を追おうと一歩踏み出した豊晶の背中を指すように圧のある声でマスターが呼び止めた。
「···店開けんぞ」
そう言いきび返すと、店の奥に歩いていった。
異様に重苦しい空気の中で、パタパタと降り始めた雨粒が地面叩く音が静かな店内に響いた。
全員が俯いていると、夢がパンパンと手を叩いた。
「ほーら!そんな顔しない!さっ!仕事するわよ!」
不安を払拭するように無理矢理笑つくったような笑顔を浮かべ夢が言うと、全員がその重い足を動かして持ち場へと消えていった。
マスターは裏口でタバコをくわえ、携帯を片手に大粒の雨が降る空を見上げていた。
「さーて⋯どうなるか⋯」
そう言うとタバコを吸いフーっと白い煙を吐いた。
「てかあいつ傘持ってたんか?」
「あの⋯マスター」
マスターが眉間に皺を寄せた時、戸を少し開け千夏が顔を出し声をかけた。マスターは振り返るとじっと呼びに来た千夏を見つめた。
「なんで⋯すか?」
千夏はマスターの視線に一歩後退りをした。
「いや、なんでもない。すぐ行く」
そう言うとタバコの火を消し、すぐに千夏を追って店の中に入っていった。
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