偽りの魔導士は闇に潜む

あまとり

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第2話 無色の序列

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翌朝、教室に集まった生徒たちの前に、ぴしゃりとした足音が響いた。
現れたのは、引き締まったスタイルに、きりっとした雰囲気を纏った女性教官だった。

「……さて、昨日は入学式でバタバタしていたからな。改めて自己紹介、やり直すぞ。」

教官は腕を組み、生徒たちを見渡す。
名札に書かれている名前は――風間 理沙(かざま りさ)。

「私は担任の風間教官だ。基本的に、甘えは許さない。覚悟しておけ。」

彼女は冷たく言い放ち、続けて説明を始めた。

「このクラスは、現時点で下位クラスに分類されているが――」
「一年間の実績と、二月に行われる実技試験によって、上位クラスへの編入も可能だ。」
「逆に、上位クラスの者も成績が悪ければ、即座に落ちる。それだけだ。」

生徒たちの間に、ぴりっとした緊張感が走る。

「勘違いするなよ。貴族だろうが平民だろうが、結果だけがものを言う。ここではな。」

風間教官は鋭く言い切ると、教卓に教科書を叩きつけた。

「さて、午前は“魔法理論”の座学だ。最初の講義、寝る奴は置いていくぞ。」

別の講師――丸眼鏡をかけた中年男性が教室に入ってくる。
彼はおっとりとした口調で話し始めた。

「えー、みなさんこんにちは。私が“基礎魔法理論Ⅰ”を担当する水野先生です。」

「魔法とは、“血統に宿るエネルギーの発現”です。魔術との違い、わかりますか? ……いいですね? 魔術は魔石の力、魔法は生まれ持った力。これが基本です。」

黒板に「魔法=血統」「魔術=石の力」と大きく書き、
やたらと丁寧に説明を続ける水野先生。

「では、魔法が発動する原理……すなわち『起動式』についてですが……」

生徒たちの中から、早くもあくびが漏れた。

(……長くなりそうだな)

主人公、田村隆晴はため息をこっそりついた。

午後。
教室を出た生徒たちは、学院の訓練場に集合していた。広々とした土のグラウンド、周囲には魔力障壁が張られ、魔法の訓練に備えた作りになっている。

風間教官が鋭い声で指示を飛ばす。

「午後は魔法の実技、基礎演習だ。座学で学んだ知識を、実際に体で叩き込め!」

生徒たちがざわめく中、隆晴も列の後ろに並ぶ。
午前中の授業では、魔法の基本理論――火、水、風、土等といった魔法属性は、ほとんどが血統によって受け継がれているという話を聞かされたばかりだ。

ただし、生まれ持った属性に限れば、簡単な魔法なら血統に関係なくほとんどの人間が扱える。
それでも、魔力そのものを持つ者は少なく、わずかな魔法でも使えれば、この学院の下位クラスには入れる。
そして、生まれ持った属性以外の魔法は基本的に使えないことも、改めて教えられた。

この世界では、生まれ持った血に宿る魔法が、実力を大きく左右する。
特に御三家――氷室家、翠嶺家、雷狼家
煌家ーー焔谷家、潮見家、土岐家、赤羽家、緑園家、金剛家は、特別な属性魔法を受け継いでいると言われている。その力は他とは比較にならないほど強大で、彼らの存在が、貴族社会の序列を決定づけたのだ。

「まずは手始めに、自分の属性で簡単な魔法を発動しろ!」

風間教官の号令とともに、実技が始まる。

最初に前に出たのは、大木 竜樹。
彼は黙って手を前に伸ばすと、指先に小さな火球を生み出した。
ぼっと、控えめな炎が浮かび上がる。しかし、それは風に揺れるようにふらつき、威圧感に欠ける。

続いて原 建人。
彼は軽く息を吐き、掌からそよ風のような気流を生み出した。
魔力の制御は悪くないが、勢いは弱く、的にまともに当てるには至らない。

(やっぱり、下位クラスは……こんなもんか)

隆晴は静かに思う。
同時に、周囲からも自嘲気味の笑いが漏れていた。
皆、血統も後ろ盾もない。ここにいるのは、選ばれなかった者たちばかりだ。

「次、田村!」

名前を呼ばれ、隆晴は一歩前に出た。

小さく息を吸い、手を掲げる。
本来なら水属性――。
だが。

何も、起きなかった。

掌を広げたまま、隆晴は静かに立ち尽くす。
魔力の気配すらない。

「……は?」

しばし、訓練場に沈黙が落ちる。
すぐに、どこからか笑い声が上がった。

「おいおい、今のなに? 魔法って言っても、空振りかよ?」

「下位クラスでもひでぇなぁ……」

嘲りに、周囲の空気が一瞬ざわめく。

だが、そのとき。

「うるせぇよ! 最初はみんなこんなもんだろ!」

原 建人が、ぴしゃりと怒鳴った。

「笑うなら、てめえが見本見せろってんだ!」

さらに、大木 竜樹も隆晴の肩を軽く叩きながら、低く言う。

「気にすんな。俺も最初は火花しか出せなかった」

隆晴は、そんな二人に助けられ、少しだけ口元を緩めた。

「……ありがとな」

ぎこちない笑みを浮かべながら、彼は再び列に戻ったが、その心の奥には、無の感情が広がっていた。
だが、その無感情の中に、確かな計算が潜んでいる。

放課後

講堂の扉を押し開けると、湿った空気と微かなざわめきが押し寄せた。
生徒会主催のクラブ紹介。
この学校では毎年恒例の、半ば儀式のような行事だ。

隆晴は無言のまま、講堂後方の空いた席へと足を運ぶ。
椅子に腰を下ろし、足を組みながら、何気なく天井を見上げた。

(……大木も原も、もういないか)

ふと思う。
大木は火属性魔法の鍛錬を目的とした「火魔法研究会」、
原は風属性魔法を追求する「風魔法研究会」に、それぞれ早々と所属を決めた。
だから、今日のような紹介行事に顔を出す必要もない。

この学園に存在するクラブは、すべて魔法に関するものだ。
たとえば──

魔石研究会、魔術研究会、魔法研究会、火魔法研究会、防御魔法学会、飛行術応用研究会……
その数は多岐にわたり、名前だけで圧倒されそうなものばかりだった。

壇上。
左右に並ぶ生徒会役員たち。
彼らが発する静かな威圧感が、講堂全体に漂っている。

壇中央では、各クラブの部長たちが一人ずつ登壇し、マイクを握っていた。

「──魔石研究会では、失われた魔石文明の解析と、魔力応用技術の開発に取り組んでいます」
「──火魔法研究会は、今年から実戦訓練を中心に、対抗試合への参加も予定しています」
「──防御魔法学会では、魔法を応用した障壁魔法の研究を行います」

次々に続く発表。
誰も彼も、自分たちの活動を誇るように語るが、隆晴の耳にはただの雑音にしか聞こえなかった。

(……退屈だな)

ぼんやりと壇上を眺めていると──
ふと、視線が絡んだ。

壇上、最も高い席。
生徒会長、氷室と一瞬だけ、目が合った気がする。

隆晴の表情は変わらない。
だが、胸の奥に微かな違和感が灯った。

(……あれは、)

何かを思い出しかけた。
だが、記憶はすぐに霧に包まれる。
周囲の誰も、その一瞬には気づいていないようだった。

──どこかで、あの目を見た。
そんな確信だけが、静かに残った。



帰宅後

部屋のドアを閉め、無造作に制服のネクタイを緩める。
ベッドの縁に腰を下ろしながら、隆晴は考えていた。

(……氷室。あの女、どこで……)

思い出せない。
だが、胸に残ったあの妙な感覚は、紛れもないものだった。

意識する間もなく、携帯端末を手に取り、短い文章を打ち込む。

「異常なし」

送信先は、誰にも知られていないアドレス。
内容を問う者も、詮索する者もいない。

端末を伏せ、目を閉じる。
隆晴の口元に、かすかな笑みが浮かんだ。

──何かが、動き出している。

そんな確信だけが、静かに胸に灯った。
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