4 / 22
第一幕
第三場面:どこかの村、畑道
しおりを挟む
気づけば景色が少し移ろっていた。人の気配はなく、視界一面を枯れた植物が埋めていた。自然に生えたにしてはやけに規則正しい並びに、ここが畑であることが見て取れる。対照的に道端の雑草が青く茂っているのは、少しは雨が降ったためだろうか。
人の生活の跡はあるが、どれも時間が経っているように見えた。例えば、手押し車には蜘蛛の巣が張っている。それに人の足跡はどれも薄い。随分と長く畑には人が来ていないのかもしれなかった。
不意にどこかから、がさりと音がする。音のほうを見れば、枯れ草を振り回しながら、少年が一人とぼとぼと歩いていた。五、六歳ほどだろうか。時折しゃがみこみ、別の枯れ草を拾っては放り捨てている。何をしているのだろうか。
「これは?駄目だな……あ、あれ……も食べられそうにないし。」
食べ物を探しているらしかったが、あたりにあるのは雑草だけだ。少年は手押し車に両手をかけて、必死に身体を持ち上げた。覗き込んで、中が空であることに落胆の声を上げる。
「ちぇ、空っぽだ。」
少年はまた数歩進んで、雑草の中にある花を見て足を止めた。
「これ、食べられるかなぁ。」
少年の呟きに、突然返事が寄越される。
「こんにちは、お坊ちゃん。それは毒があるから食べない方が良いわよ。」
確かに誰もいなかったはずの場所。立っているのは、あの、人ではない何か。足音もしなかったが、少年は気にする様子もなく元気よく挨拶を返した。
「こんにちは!」
「あら、元気なお返事。」
それは笑って少年の頭を撫でてから、しゃがんで少年と目線を合わせた。よく見れば少年の頬は少しこけている。
「お坊ちゃん、お名前は?」
「ジョン!貴方はだあれ?」
「私は……そうねぇ、魔法使いよ。」
それは名乗らずにそうこたえて微笑んだ。ジョンと名乗った少年は特に気にする様子もなく、ふぅんと頷く。それ――名乗りに合わせて魔法使いと呼ぼう――はちょっと首を傾げてから、立ち上がってあたりを見回した。ジョンの他に人の気配はない。
「お坊ちゃんは一人でどうしたの?もしかして迷子?」
「迷子じゃないよ、僕、お家ないの。」
ジョンは少し俯いてこたえた。すぐに顔を上げて、明るい声で言う。
「あのね、僕のお父さんとお母さんはもういないんだ。僕を置いて、どっか行っちゃってさ。帰ってくるかなって思ったんだけど、逃げ出したんだってお隣のおじちゃんが言っていたから……お出かけってわけじゃないって僕にも分かった。だから、一人なんだ。」
「そう……ここもひどい飢饉だったからね。備えがなければ無理もないわ。」
だんだんと尻すぼみになったジョンの答えに、魔法使いと名乗ったそれは眉を下げた。まわりを見渡して、荒れた畑を見る。
「仕方のないことなのだけれど。必要なことだったからね。」
「キキン、って何?」
村の人も言っていた、と少年が首を傾げる。言葉を選ぶように目を泳がせてから、魔法使いは口を開く。
「作物が……食べ物が取れなくて皆が困ることよ。これから大変だね、お坊ちゃん。」
「そうかな?」
「だって、お坊ちゃんはこれからどうするのよ。一人で暮らしていくんでしょう?」
魔法使いの質問に、ジョンは二、三度瞬く。ええとね、と少し考え込んでから、ジョンは笑顔でこたえた。
「お隣のおじちゃんは食べ物を探して来いって。僕一人ならきっと何とかなるってさ!」
だからきっと大丈夫だよ、とジョンが頷く。魔法使いの目に、申し訳なさのような色が浮かんだ。
「誰かの家には置いてもらえなかったの?」
「おじちゃんの所には置けないって言っていたよ。」
そこで言葉を切って、ジョンはちょっと首を傾げた。
「おじちゃん、何で泣いていたんだろうね。」
「……そのおじちゃんもきっと、自分のことで精一杯なのよ。本当は貴方を引き取ってあげたいんでしょうけど。」
魔法使いは憂いを帯びた顔で目を伏せた。ジョンはよく分からないといった表情でしばし魔法使いを見つめていたが、何か思いついたのか魔法使いの服の裾を引いた。
「魔法使いさんは?どこに行くの?」
「私?そうねぇ。特にあてはないわ。もう前にいた場所では目的も果たしてしまったし。次の居場所を探して歩いているところ。」
「ふぅん……ついてっちゃダメ?」
「ダメ。子どもの身体じゃ移動が多くて疲れちゃうわよ。」
「そっかぁ。」
苦笑いを浮かべて魔法使いがジョンの誘いを断る。残念そうに少年は眉を寄せたが、すぐに興味がそれたのか目を見開いた。
「ねぇ、魔法使いさんが持っているその棒は何?」
くい、ともう一度服を引いてジョンが魔法使いの手の中を指さす。手に持ったステッキのようなそれを、魔法使いは少年に見えやすいように持ち上げた。
「ああ、これね。私はね、これがあると魔法が楽に使えるのよ。いわゆる魔法使いの杖ってやつ。」
「魔法?それってなんだって出来るの?」
「えぇ、大体のことはね。」
魔法使いの言葉に、ジョンは目を輝かせた。
「じゃあさ、僕でも動物になったり、空を飛んだり、そうだ、王子様になれる?」
彼の言葉が予想外だったのか、魔法使いは目を見開いた。ジョンは期待に満ちた目で魔法使いを見つめる。
「王子様に、なりたいの?」
「うん!」
「どうして?」
「どうしてって……」
その疑問自体の意図が分からなかったらしく、ジョンは首を傾げた。当たり前じゃないか、とばかりに説明する。
「だってさ、王子様って、美味しい食べ物をたくさん食べられて、たくさんの人が言うことを聞いてくれるんでしょう?僕、聞いたことあるよ。ねぇ、出来る?」
ジョンの言葉に、魔法使いは苦しげな表情を浮かべた。少しの間の後、魔法使いは再びしゃがんで少年と目線を合わせる。
「出来……る、わよ。少し骨の折れることではあるでしょうけれど。」
「ほんとに?やった!やってみてよ、お願い!」
無邪気に嬉しげな声をあげて、ジョンが飛び跳ねた。魔法使いは首を横に振る。
「いいえ、だめ。やめておいたほうが良いわ。」
「どうして?」
ジョンが途端に目を潤ませた。魔法使いは黙って目を伏せる。言葉を選ぶように、魔法使いはぽつぽつと言葉を重ねた。
「だって、魔法でたくさんの人を騙すことになるのよ。例えば王様とかね。本当に王様の息子にはなれないから、王様にお坊ちゃんが自分の息子だって思い込ませなきゃならないわ。過去を変えることは出来ないの。」
魔法使いの言葉の意味が、いまいち分からなかったのだろう。少年は不満げに頬を膨らませた。
「でも、そうすれば僕はこの先、ずーっと元気に暮らせるよ?そうすれば村の人だって、おじちゃんだって困らないでしょ?」
魔法使いはただ首を横に振る。
「魔法に頼っちゃだめよ。」
「何で?」
「魔法なんて、幻なの。辻褄が合わなくなるたびに過去を誤魔化していれば、いつか襤褸が出るものよ。」
「でも……」
「駄目なものは駄目。この話はもうおしまい。」
年端もいかない少年相手に説得は難しいと踏んだのか、魔法使いはただきっぱりと言い切った。ジョンはまだ不満ありげだったが、しぶしぶといった様子で頷いた。
「分かったよ。」
その様子を見て、少し可哀想になったのだろう。魔法使いはジョンの機嫌を取らんとばかりに声色を明るくして尋ねる。
「他にお坊ちゃんのしたいことはないの?一個なら叶えてあげるわよ。」
魔法使いの提案に、ジョンが目を輝かせた。ちょっと待って、と言って少年は一生懸命悩み始める。魔法使いは彼が考え終わるのを微笑ましそうに待った。ジョンがぱっと顔を上げて、魔法使いをじっと見た。
「ねぇ、僕に一回で良いからその杖を貸してよ!」
「え?何がしたいの?」
「空を飛んでみたいんだよ。」
鳥みたいにさ、とジョンが両手をパタパタと動かした。
「あら、私がその魔法をかけてあげるわよ。」
ジョンは魔法使いの提案に、ふるふると首を横に振る。頬を膨らませて、彼は訴えた。
「自分でやってみたいんだよ。僕にはその杖は使えない?」
「誰にでも使えるけど……だからこそ危ないわよ。」
「すぐ返すから!ねぇお願い。」
魔法使いは少し躊躇ったようだった。しかし少年に邪気があるようには見えない。逡巡の末、魔法使いは微笑んだ。手に持った杖を、少年の前に差し出す。
「仕方ないわね。空を飛ぶだけよ?」
「うん!」
「じゃあ、どうぞ。」
「ありがとう、魔法使いさん!」
魔法使いが差し出した杖を、ジョンは嬉しそうに受け取る。杖をクルクルと回して眺め、少年は顔を上げて首を傾げた。
「どうやって使うの?」
「頭の中で、強く願って杖を振ってごらん。」
ジョンは杖と魔法使いを交互に見た。ひどく嬉しそうに笑ったその顔が、どこか歪んで見えた気がした。彼はギュッと目を瞑る。
「こうかな?」
ジョンが杖を振った瞬間、魔法使いは目を見開いた。呻きながら、魔法使いは頭を抱えてしゃがみ込む。ジョンが顔を輝かせた。まるで、そう、悪戯が成功したような顔で。
「う、あ……ちょ……と、なに……」
「やったぁ、上手くいった!ごめんね、魔法使いさん。僕、貴方が少しの間動けなくなりますように、ってお願いしたの。」
「駄目、よ、返して、」
「嫌だよ。僕、これでまたご飯が食べられるんだもの!」
ジョンはキャッキャと実に子どもらしい笑い声をあげた。それから、呻く魔法使いから離れようと走り出す。途中で立ち止まって、魔法使いを振り返った。
「本当にありがとうね、魔法使いさん!この杖、僕ちゃんと大切にするから!さようなら!」
ジョンは元気よくそう言って、杖を持ったまま走り去った。呻き続ける魔法使いを、その場に残して。
「あ、あぁ……情けなんてかけ、るんじゃなかった、う……飢えて、当然だ、人如きが……私に……!」
恨めし気な魔法使いの声だけが、誰もいない道に落ちる。もうジョンの背中は見えなくなっていた。
あたりが暗くなり魔法使いの姿が見えなくなっても、呪詛じみた呻きだけはいつまでも残り続けた。
人の生活の跡はあるが、どれも時間が経っているように見えた。例えば、手押し車には蜘蛛の巣が張っている。それに人の足跡はどれも薄い。随分と長く畑には人が来ていないのかもしれなかった。
不意にどこかから、がさりと音がする。音のほうを見れば、枯れ草を振り回しながら、少年が一人とぼとぼと歩いていた。五、六歳ほどだろうか。時折しゃがみこみ、別の枯れ草を拾っては放り捨てている。何をしているのだろうか。
「これは?駄目だな……あ、あれ……も食べられそうにないし。」
食べ物を探しているらしかったが、あたりにあるのは雑草だけだ。少年は手押し車に両手をかけて、必死に身体を持ち上げた。覗き込んで、中が空であることに落胆の声を上げる。
「ちぇ、空っぽだ。」
少年はまた数歩進んで、雑草の中にある花を見て足を止めた。
「これ、食べられるかなぁ。」
少年の呟きに、突然返事が寄越される。
「こんにちは、お坊ちゃん。それは毒があるから食べない方が良いわよ。」
確かに誰もいなかったはずの場所。立っているのは、あの、人ではない何か。足音もしなかったが、少年は気にする様子もなく元気よく挨拶を返した。
「こんにちは!」
「あら、元気なお返事。」
それは笑って少年の頭を撫でてから、しゃがんで少年と目線を合わせた。よく見れば少年の頬は少しこけている。
「お坊ちゃん、お名前は?」
「ジョン!貴方はだあれ?」
「私は……そうねぇ、魔法使いよ。」
それは名乗らずにそうこたえて微笑んだ。ジョンと名乗った少年は特に気にする様子もなく、ふぅんと頷く。それ――名乗りに合わせて魔法使いと呼ぼう――はちょっと首を傾げてから、立ち上がってあたりを見回した。ジョンの他に人の気配はない。
「お坊ちゃんは一人でどうしたの?もしかして迷子?」
「迷子じゃないよ、僕、お家ないの。」
ジョンは少し俯いてこたえた。すぐに顔を上げて、明るい声で言う。
「あのね、僕のお父さんとお母さんはもういないんだ。僕を置いて、どっか行っちゃってさ。帰ってくるかなって思ったんだけど、逃げ出したんだってお隣のおじちゃんが言っていたから……お出かけってわけじゃないって僕にも分かった。だから、一人なんだ。」
「そう……ここもひどい飢饉だったからね。備えがなければ無理もないわ。」
だんだんと尻すぼみになったジョンの答えに、魔法使いと名乗ったそれは眉を下げた。まわりを見渡して、荒れた畑を見る。
「仕方のないことなのだけれど。必要なことだったからね。」
「キキン、って何?」
村の人も言っていた、と少年が首を傾げる。言葉を選ぶように目を泳がせてから、魔法使いは口を開く。
「作物が……食べ物が取れなくて皆が困ることよ。これから大変だね、お坊ちゃん。」
「そうかな?」
「だって、お坊ちゃんはこれからどうするのよ。一人で暮らしていくんでしょう?」
魔法使いの質問に、ジョンは二、三度瞬く。ええとね、と少し考え込んでから、ジョンは笑顔でこたえた。
「お隣のおじちゃんは食べ物を探して来いって。僕一人ならきっと何とかなるってさ!」
だからきっと大丈夫だよ、とジョンが頷く。魔法使いの目に、申し訳なさのような色が浮かんだ。
「誰かの家には置いてもらえなかったの?」
「おじちゃんの所には置けないって言っていたよ。」
そこで言葉を切って、ジョンはちょっと首を傾げた。
「おじちゃん、何で泣いていたんだろうね。」
「……そのおじちゃんもきっと、自分のことで精一杯なのよ。本当は貴方を引き取ってあげたいんでしょうけど。」
魔法使いは憂いを帯びた顔で目を伏せた。ジョンはよく分からないといった表情でしばし魔法使いを見つめていたが、何か思いついたのか魔法使いの服の裾を引いた。
「魔法使いさんは?どこに行くの?」
「私?そうねぇ。特にあてはないわ。もう前にいた場所では目的も果たしてしまったし。次の居場所を探して歩いているところ。」
「ふぅん……ついてっちゃダメ?」
「ダメ。子どもの身体じゃ移動が多くて疲れちゃうわよ。」
「そっかぁ。」
苦笑いを浮かべて魔法使いがジョンの誘いを断る。残念そうに少年は眉を寄せたが、すぐに興味がそれたのか目を見開いた。
「ねぇ、魔法使いさんが持っているその棒は何?」
くい、ともう一度服を引いてジョンが魔法使いの手の中を指さす。手に持ったステッキのようなそれを、魔法使いは少年に見えやすいように持ち上げた。
「ああ、これね。私はね、これがあると魔法が楽に使えるのよ。いわゆる魔法使いの杖ってやつ。」
「魔法?それってなんだって出来るの?」
「えぇ、大体のことはね。」
魔法使いの言葉に、ジョンは目を輝かせた。
「じゃあさ、僕でも動物になったり、空を飛んだり、そうだ、王子様になれる?」
彼の言葉が予想外だったのか、魔法使いは目を見開いた。ジョンは期待に満ちた目で魔法使いを見つめる。
「王子様に、なりたいの?」
「うん!」
「どうして?」
「どうしてって……」
その疑問自体の意図が分からなかったらしく、ジョンは首を傾げた。当たり前じゃないか、とばかりに説明する。
「だってさ、王子様って、美味しい食べ物をたくさん食べられて、たくさんの人が言うことを聞いてくれるんでしょう?僕、聞いたことあるよ。ねぇ、出来る?」
ジョンの言葉に、魔法使いは苦しげな表情を浮かべた。少しの間の後、魔法使いは再びしゃがんで少年と目線を合わせる。
「出来……る、わよ。少し骨の折れることではあるでしょうけれど。」
「ほんとに?やった!やってみてよ、お願い!」
無邪気に嬉しげな声をあげて、ジョンが飛び跳ねた。魔法使いは首を横に振る。
「いいえ、だめ。やめておいたほうが良いわ。」
「どうして?」
ジョンが途端に目を潤ませた。魔法使いは黙って目を伏せる。言葉を選ぶように、魔法使いはぽつぽつと言葉を重ねた。
「だって、魔法でたくさんの人を騙すことになるのよ。例えば王様とかね。本当に王様の息子にはなれないから、王様にお坊ちゃんが自分の息子だって思い込ませなきゃならないわ。過去を変えることは出来ないの。」
魔法使いの言葉の意味が、いまいち分からなかったのだろう。少年は不満げに頬を膨らませた。
「でも、そうすれば僕はこの先、ずーっと元気に暮らせるよ?そうすれば村の人だって、おじちゃんだって困らないでしょ?」
魔法使いはただ首を横に振る。
「魔法に頼っちゃだめよ。」
「何で?」
「魔法なんて、幻なの。辻褄が合わなくなるたびに過去を誤魔化していれば、いつか襤褸が出るものよ。」
「でも……」
「駄目なものは駄目。この話はもうおしまい。」
年端もいかない少年相手に説得は難しいと踏んだのか、魔法使いはただきっぱりと言い切った。ジョンはまだ不満ありげだったが、しぶしぶといった様子で頷いた。
「分かったよ。」
その様子を見て、少し可哀想になったのだろう。魔法使いはジョンの機嫌を取らんとばかりに声色を明るくして尋ねる。
「他にお坊ちゃんのしたいことはないの?一個なら叶えてあげるわよ。」
魔法使いの提案に、ジョンが目を輝かせた。ちょっと待って、と言って少年は一生懸命悩み始める。魔法使いは彼が考え終わるのを微笑ましそうに待った。ジョンがぱっと顔を上げて、魔法使いをじっと見た。
「ねぇ、僕に一回で良いからその杖を貸してよ!」
「え?何がしたいの?」
「空を飛んでみたいんだよ。」
鳥みたいにさ、とジョンが両手をパタパタと動かした。
「あら、私がその魔法をかけてあげるわよ。」
ジョンは魔法使いの提案に、ふるふると首を横に振る。頬を膨らませて、彼は訴えた。
「自分でやってみたいんだよ。僕にはその杖は使えない?」
「誰にでも使えるけど……だからこそ危ないわよ。」
「すぐ返すから!ねぇお願い。」
魔法使いは少し躊躇ったようだった。しかし少年に邪気があるようには見えない。逡巡の末、魔法使いは微笑んだ。手に持った杖を、少年の前に差し出す。
「仕方ないわね。空を飛ぶだけよ?」
「うん!」
「じゃあ、どうぞ。」
「ありがとう、魔法使いさん!」
魔法使いが差し出した杖を、ジョンは嬉しそうに受け取る。杖をクルクルと回して眺め、少年は顔を上げて首を傾げた。
「どうやって使うの?」
「頭の中で、強く願って杖を振ってごらん。」
ジョンは杖と魔法使いを交互に見た。ひどく嬉しそうに笑ったその顔が、どこか歪んで見えた気がした。彼はギュッと目を瞑る。
「こうかな?」
ジョンが杖を振った瞬間、魔法使いは目を見開いた。呻きながら、魔法使いは頭を抱えてしゃがみ込む。ジョンが顔を輝かせた。まるで、そう、悪戯が成功したような顔で。
「う、あ……ちょ……と、なに……」
「やったぁ、上手くいった!ごめんね、魔法使いさん。僕、貴方が少しの間動けなくなりますように、ってお願いしたの。」
「駄目、よ、返して、」
「嫌だよ。僕、これでまたご飯が食べられるんだもの!」
ジョンはキャッキャと実に子どもらしい笑い声をあげた。それから、呻く魔法使いから離れようと走り出す。途中で立ち止まって、魔法使いを振り返った。
「本当にありがとうね、魔法使いさん!この杖、僕ちゃんと大切にするから!さようなら!」
ジョンは元気よくそう言って、杖を持ったまま走り去った。呻き続ける魔法使いを、その場に残して。
「あ、あぁ……情けなんてかけ、るんじゃなかった、う……飢えて、当然だ、人如きが……私に……!」
恨めし気な魔法使いの声だけが、誰もいない道に落ちる。もうジョンの背中は見えなくなっていた。
あたりが暗くなり魔法使いの姿が見えなくなっても、呪詛じみた呻きだけはいつまでも残り続けた。
0
あなたにおすすめの小説
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
悪役令嬢は手加減無しに復讐する
田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。
理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。
婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。
恩知らずの婚約破棄とその顛末
みっちぇる。
恋愛
シェリスは婚約者であったジェスに婚約解消を告げられる。
それも、婚約披露宴の前日に。
さらに婚約披露宴はパートナーを変えてそのまま開催予定だという!
家族の支えもあり、婚約披露宴に招待客として参加するシェリスだが……
好奇にさらされる彼女を助けた人は。
前後編+おまけ、執筆済みです。
【続編開始しました】
執筆しながらの更新ですので、のんびりお待ちいただけると嬉しいです。
矛盾が出たら修正するので、その時はお知らせいたします。
離婚した彼女は死ぬことにした
はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる