戯曲「サンドリヨン」

黒い白クマ

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第二幕

第十一場面:城、王子の執務室

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 ノックの音がする。あたりを見れば、そこは王子と部下が以前話していたのと同じ窓のない部屋だった。机に座りペンを走らせていた王子が、顔を上げてノックにこたえる。

「入れ。」

 ドアは開かない。片眉を上げて、王子は椅子から立ち上がった。途端に、ハッとしたように机から離れる。

「貴様、どこから入った!」

 彼が壁に向かって叫ぶ。いや、壁にではない。先ほどまで無人だったはずのそこには、人影が佇んでいた。いつの間にか己の真後ろにいた影に向かって、王子は叫んだ。

「杖を取られても、移動くらいは出来るわ。あーあ、でも気が付かれちゃったわね。やっぱり誰かさんのせいで弱っているのかしら。」

 王子はそこに立つ魔法使いから目を離さずに、剣と共に下げていた杖を構えた。魔法使いは目尻を吊り上げて王子を睨みつける。

 先ほど散ったはずの魔法使いがいるということは、これも過去の出来事か。

「私の忠告を無視したわね。魔法に頼るなと言ったでしょう!」
「……はっ、貴様に言われる筋合いはない。貴様だって、魔法を私欲のために使っただろう。」
「なんのことかしら。」

 魔法使いが目をすいと細めた。腕を組んだその手に、ナイフが握られている。少しでも魔法使いに気がつくのに遅れていれば、王子はあれに刺されていたのだろう。

 王子は杖を構えたまま続ける。

「そもそも貴様が私をこうするしかない状況に追い詰めたんだ。貴様から忠告を受ける義理などない。」
「あら、責任転嫁?呆れたものね、私が貴方に杖を渡さなければ良かったとでも言うつもり?騙された私が悪いって?」

 魔法使いの言葉に、王子はそうではない、と叫んだ。

「私の飢えそのものが貴様によるものだろう。貴様なのだろう、物語られている妖精……九年前、日照りから助かった村に富をもたらしたという妖精の正体は!」
「……それ、ただのお話でしょ。私となんの関係があるの?」

 魔法使いはわざとらしく首を傾げた。王子の顔が歪む。

「物語といってもたかだか数年前の話だからな。物語化していても話の筋は割合克明だ。当時の記録と合わせればすぐに貴様だと分かった。」

 魔法使いは何も言わない。

「九年前の飢饉、私が孤児になったあの時。我が国の東部がひどい被害を受ける中、ひとつだけ貯蔵を徹底して助かった村があった。妖精に助けられた村……飢饉の前に訪れた妖精が、日照りを予知したという物語が残った村がな。私の住んでいた村のすぐ近くだ、そうだろう?」

 魔法使いは、まだ何も言わない。ただ、その表情が段々と笑みを帯びていく。

「そもそも、あの時期あの地域で日照りが起こったことはなかった。記録上で一度もだ!私はあれが異常気象だったとは思わない。あの後から今までもずっと、何も対策をしていないにもかかわらず日照りは起こっていないじゃないか!あの年だけ起きるような要因があったか?いや、見つからない、何もないはずなんだよ!」

 王子が叫ぶのを、魔法使いが愉快そうに眺める。王子が一際大きい声で吼えた。

「言えよ、本当のことを!」

 杖が光を帯びた。魔法使いはケラケラと笑って、王子の座っていた椅子に腰かける。

「後にも先にもない出来事だからといって人為的なものと結論付けるのは少し愚かじゃない?ま、今回に限ってはお見事な勘だけどね。貴方の考える通り、『村に富をもたらした妖精』として語られたのは私よ。」
「なんの、ために。」

 予想通りの答えだっただろうに、王子の声は震えていた。魔法使いがあげた笑い声が部屋に響いた。

「予想はついているんでしょ、お坊ちゃん。」

 王子の大声にも、誰一人この部屋に駆けつけてこない。奇妙な静けさが、二人の間に横たわる。

「……物語では、妖精は随分とたくさんの礼を貰ったらしい。」

 何か言葉を続けようとして、王子は眉を寄せた。魔法使いは王子の言葉を待たずに、分かっているじゃない、と笑った。

「そういうこと。手っ取り早く稼ぐには良い方法だと思わない?自分で起こす災害の予言なんてなーんにも難しくないんだもの。」
「魔法など幻ではなかったのか。多くの人を騙すなと語った同じ口で、戯言を!」

 王子は杖を握りしめたまま吼えた。その足は震えている。魔法使いは対照的に、ひどく楽しそうに笑った。ナイフが照明の光を受けて光る。

「あはは、やーね、私はあんたと違って誰も騙していないわよ。貴方と違って過去を変えたんじゃない、未来を変えただけ。全部、本当のことしか言っていないもの。己のために己の力を使って未来を変えることの、何が悪いの?」
「そのために何人が犠牲になったと思っている!」
「でも何人かは救われたわ。そういうものでしょ。」

 悪びれる様子のない魔法使いに、王子は目を吊り上げた。

「いつか、いつか私も貴様も破滅する!天罰が下るに違いない!」
「破滅?天罰?あっはは、面白いことを言うわね、ハリボテの王子様!」

 立場は王子の方が余程有利であるはずだ。それでも、場の空気は魔法使いが支配していた。

「魔法に代償なんて必要ないのよ。必要なのは想像力と欲望だけ!」

 笑みをひどく意地の悪いものに変えて、魔法使いは王子の方に一歩近づいた。

「だから安心しなさいよ、貴方にも私にも天罰なんてものは下らないわ。」

 知っているわよ、と魔法使いは笑う。言い聞かせるように、ゆっくりと続きを王子に囁く。

「日照りを呼んだ、私たち、に。」
「……戯言を。」
「あの後から今までもずっと、何も対策をしていないにもかかわらず日照りは起こっていなかった。でもまさに今、もっと広範囲で、日照りが起きている。この国はなぜか、この日照りを予期していたみたいねぇ?」

 王子が下唇を噛んだ。青白い顔のまま、魔法使いを睨みつける。

「貴方も同罪でしょ。それとも天罰を望んでいるって訳?責任の取り方まで他人任せでほんと笑っちゃう。そんな都合のいいもの、存在しないってご存知ないのかしら。」

 不意に笑みを消して、魔法使いはじとりと王子の目を睨んだ。

「でもねぇ……絶対に、私は貴方を許さない!あんたに私を殺す勇気が無くても、私にはあんたを殺す気があるのよ!」

 届かないナイフを王子に向けて、魔法使いは叫ぶ。

「いつか殺してやる、私の魔法を取り返してやる!あんたに下るのは天罰じゃない、ただの死だよ!」
「っ出ていけ悪魔め!二度とこの城に入るんじゃない!」

 王子が目を閉じ叫んだ。振り上げた杖が魔法使いに向く。
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