17 / 22
第三幕
第十四場面:サンドリヨンの屋敷
しおりを挟む
サンドリヨンたちの住まう屋敷は、いつにも増して静かであった。掃除をするサンドリヨンの姿は見当たらない。代わりに、エントランスのそばに夫人が腰掛けているのが見えた。その目はどこか虚ろだ。
誰かがドアを叩いた。響いたノックの音に、珍しくサンドリヨンではなく夫人が立ち上がってドアに向かう。無表情のまま、彼女がドアを引いた。ドアを開けた先には王子と彼の部下が立っていた。部下の手にある台座には、片方だけの靴が置かれている。
あの靴だ。サンドリヨンが靴を落としたと語った時に、彼女の片足に残っていた靴と同じ柄。王子がその後、庭の入口で拾った物。
「……どなたでしょう。」
来客を前に、夫人の表情はあまり動かない。部下が一礼してから口を開いた。
「城からの使いだ。この屋敷に、この靴に足の合う者がいないか確かめさせてもらう。娘がいれば、全員を連れてきていただきたい。」
夫人は部下の顔と、台座に乗った靴とに視線を投げる。覇気のない様に、少し部下がたじろいだ。
「ご夫人、何か、問題がおありか?」
「……いいえ。少し中でお待ちください。今部屋から、娘を呼んできますから。」
二人を客間に通してから、夫人はドアを閉めた。しばし彼女が階段を上る足音が聞こえたが、じきにそれも遠ざかる。詰めていた息を吐き出して、部下が王子を仰ぎ見た。
「あぁ驚いた。彼女、具合でも優れないんですかね?」
「城から使いが来れば驚くのは自然かもしれぬ。事前の連絡を確認しそびれたのかもしれないな。まぁ何にせよ、あまり明らかに不信がるのは礼に欠けるぞ。」
「はっ、失礼致しました。」
王子の言葉に、部下が慌てて一礼をする。王子が腕を振った。
「私に謝ってどうする。この後気をつければ良い。」
「はい、殿下。思慮に欠けておりました。」
それに謝罪を重ねてから、部下は椅子を引きながら王子に尋ねる。
「それにしても……先ほどから思っていたんですけど。殿下、貴方は名乗らなくていいんですか?使いの一人みたいな顔で私の後ろに立っていますけどね。本来ならちゃんと敬われるべきでしょう。」
引かれた椅子に座ってから、部下の言葉に王子は首を横に振った。
「どうせ国民は私の顔をろくに覚えていやしないさ。この間の舞踏会にも出なかったからな。」
ぺろりと言ってのけた王子に部下が眉を寄せる。そう反応されると分かっていたのか、王子はくすくすと笑った。部下がますます眉を顰める。空いた椅子を自分のために引きながら、部下が文句を垂れた。
「あのねぇ殿下。貴方、出なかったんじゃなくてサボったんでしょう。」
「はは、結果は同じようなものだ。」
「過程も大切なんですよ、陛下にとっては。殿下がこの靴で花嫁を探すと言ったから良かったものの、それまで不機嫌な陛下の機嫌を取っていたこちらの身にもなって下さい。」
呆れ顔の部下にただ笑って、王子は背もたれに身体を預ける。
「兎も角、わざわざ名乗って相手を萎縮させる趣味はない。それに黙っていても私に反応すれば、探し人の可能性が上がるからな。」
「なるほ、ど?あれ?でも、王子だってお相手の顔を見ているんですよね。」
なら顔見りゃ王子も分かるんじゃないですかと部下が首を捻る。まぁな、と頷いてから王子は片眉を持ち上げた。
「見てはいるが、月明かりだったからな。確信はない。向こうもそんなものだろうから、あまり期待は出来ぬかもしれないな。」
「確かに。見て確信を持てれば、一番確かなんですけどね。」
一度会話が途切れる。黙ってみるとこの屋敷がいやに静かであることが目立ったからか、二人は顔を見合わせた。王子が言うべきか迷う様子を見せながらも口を開く。
「ここはやけに静かだな。今までの屋敷とは随分と様子が違う。主人は今何処にいるんだ?」
「あぁ、家主は確か、今は家を留守になさっているんですよ。舞踏会にも来られないと伝達を受けています。」
それは知っているんですけど、と前置いてから部下はぐるりとあたりを見回した。
「いや、しかし……夫人に加えて、家主と前妻、ええと、病気で亡くなった前夫人の子どもと、今の夫人の連れ子がいると聞いているんですがね。使用人の一人も見ないなんて、ちょいと妙です。」
「あぁ、珍しいことは確かだ。」
「今のところ夫人の姿しか見ていませんよ……おや、噂をすれば夫人が戻ってきましたかね。」
足音が響いて、二人は口を噤んだ。客間のドアを開けたのは、部下の予想とは異なりサンドリヨンであった。紅茶の入ったトレーを持って客間に顔を出した彼女は、夫人の言いつけ通りに、いつもの襤褸ではなく控えめなドレスを着ている。
「お待たせしてすみません。母もすぐに戻ってくると思いますわ。姉を呼びに行っただけですから。」
「あぁありがとう……おや、ということは貴方もここの娘ではないのか?」
母と姉という呼び名と、使用人にしては立派な服を見てそう考えたのだろう。首を傾げた部下に、サンドリヨンは頷いた。
「はい。父と前妻の娘です。」
お辞儀をしたサンドリヨンに、王子が片眉を持ち上げた。何か気にかかっているのか、サンドリヨンをじっと見る。
「そうか。ならば貴方の姉を待つ間、先に貴方から試して貰う方がいいかもしれない。良ければこちらに座って……」
トレーを受け取りながらこたえた部下の提案は、何者かが叫んだ音でかき消された。突如響いた悲鳴に驚いて、全員が空いたドアの方を振り返る。
皆がドアを凝視する中、何かが割れる音が響いて景色が消えた。
誰かがドアを叩いた。響いたノックの音に、珍しくサンドリヨンではなく夫人が立ち上がってドアに向かう。無表情のまま、彼女がドアを引いた。ドアを開けた先には王子と彼の部下が立っていた。部下の手にある台座には、片方だけの靴が置かれている。
あの靴だ。サンドリヨンが靴を落としたと語った時に、彼女の片足に残っていた靴と同じ柄。王子がその後、庭の入口で拾った物。
「……どなたでしょう。」
来客を前に、夫人の表情はあまり動かない。部下が一礼してから口を開いた。
「城からの使いだ。この屋敷に、この靴に足の合う者がいないか確かめさせてもらう。娘がいれば、全員を連れてきていただきたい。」
夫人は部下の顔と、台座に乗った靴とに視線を投げる。覇気のない様に、少し部下がたじろいだ。
「ご夫人、何か、問題がおありか?」
「……いいえ。少し中でお待ちください。今部屋から、娘を呼んできますから。」
二人を客間に通してから、夫人はドアを閉めた。しばし彼女が階段を上る足音が聞こえたが、じきにそれも遠ざかる。詰めていた息を吐き出して、部下が王子を仰ぎ見た。
「あぁ驚いた。彼女、具合でも優れないんですかね?」
「城から使いが来れば驚くのは自然かもしれぬ。事前の連絡を確認しそびれたのかもしれないな。まぁ何にせよ、あまり明らかに不信がるのは礼に欠けるぞ。」
「はっ、失礼致しました。」
王子の言葉に、部下が慌てて一礼をする。王子が腕を振った。
「私に謝ってどうする。この後気をつければ良い。」
「はい、殿下。思慮に欠けておりました。」
それに謝罪を重ねてから、部下は椅子を引きながら王子に尋ねる。
「それにしても……先ほどから思っていたんですけど。殿下、貴方は名乗らなくていいんですか?使いの一人みたいな顔で私の後ろに立っていますけどね。本来ならちゃんと敬われるべきでしょう。」
引かれた椅子に座ってから、部下の言葉に王子は首を横に振った。
「どうせ国民は私の顔をろくに覚えていやしないさ。この間の舞踏会にも出なかったからな。」
ぺろりと言ってのけた王子に部下が眉を寄せる。そう反応されると分かっていたのか、王子はくすくすと笑った。部下がますます眉を顰める。空いた椅子を自分のために引きながら、部下が文句を垂れた。
「あのねぇ殿下。貴方、出なかったんじゃなくてサボったんでしょう。」
「はは、結果は同じようなものだ。」
「過程も大切なんですよ、陛下にとっては。殿下がこの靴で花嫁を探すと言ったから良かったものの、それまで不機嫌な陛下の機嫌を取っていたこちらの身にもなって下さい。」
呆れ顔の部下にただ笑って、王子は背もたれに身体を預ける。
「兎も角、わざわざ名乗って相手を萎縮させる趣味はない。それに黙っていても私に反応すれば、探し人の可能性が上がるからな。」
「なるほ、ど?あれ?でも、王子だってお相手の顔を見ているんですよね。」
なら顔見りゃ王子も分かるんじゃないですかと部下が首を捻る。まぁな、と頷いてから王子は片眉を持ち上げた。
「見てはいるが、月明かりだったからな。確信はない。向こうもそんなものだろうから、あまり期待は出来ぬかもしれないな。」
「確かに。見て確信を持てれば、一番確かなんですけどね。」
一度会話が途切れる。黙ってみるとこの屋敷がいやに静かであることが目立ったからか、二人は顔を見合わせた。王子が言うべきか迷う様子を見せながらも口を開く。
「ここはやけに静かだな。今までの屋敷とは随分と様子が違う。主人は今何処にいるんだ?」
「あぁ、家主は確か、今は家を留守になさっているんですよ。舞踏会にも来られないと伝達を受けています。」
それは知っているんですけど、と前置いてから部下はぐるりとあたりを見回した。
「いや、しかし……夫人に加えて、家主と前妻、ええと、病気で亡くなった前夫人の子どもと、今の夫人の連れ子がいると聞いているんですがね。使用人の一人も見ないなんて、ちょいと妙です。」
「あぁ、珍しいことは確かだ。」
「今のところ夫人の姿しか見ていませんよ……おや、噂をすれば夫人が戻ってきましたかね。」
足音が響いて、二人は口を噤んだ。客間のドアを開けたのは、部下の予想とは異なりサンドリヨンであった。紅茶の入ったトレーを持って客間に顔を出した彼女は、夫人の言いつけ通りに、いつもの襤褸ではなく控えめなドレスを着ている。
「お待たせしてすみません。母もすぐに戻ってくると思いますわ。姉を呼びに行っただけですから。」
「あぁありがとう……おや、ということは貴方もここの娘ではないのか?」
母と姉という呼び名と、使用人にしては立派な服を見てそう考えたのだろう。首を傾げた部下に、サンドリヨンは頷いた。
「はい。父と前妻の娘です。」
お辞儀をしたサンドリヨンに、王子が片眉を持ち上げた。何か気にかかっているのか、サンドリヨンをじっと見る。
「そうか。ならば貴方の姉を待つ間、先に貴方から試して貰う方がいいかもしれない。良ければこちらに座って……」
トレーを受け取りながらこたえた部下の提案は、何者かが叫んだ音でかき消された。突如響いた悲鳴に驚いて、全員が空いたドアの方を振り返る。
皆がドアを凝視する中、何かが割れる音が響いて景色が消えた。
0
あなたにおすすめの小説
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
悪役令嬢は手加減無しに復讐する
田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。
理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。
婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。
恩知らずの婚約破棄とその顛末
みっちぇる。
恋愛
シェリスは婚約者であったジェスに婚約解消を告げられる。
それも、婚約披露宴の前日に。
さらに婚約披露宴はパートナーを変えてそのまま開催予定だという!
家族の支えもあり、婚約披露宴に招待客として参加するシェリスだが……
好奇にさらされる彼女を助けた人は。
前後編+おまけ、執筆済みです。
【続編開始しました】
執筆しながらの更新ですので、のんびりお待ちいただけると嬉しいです。
矛盾が出たら修正するので、その時はお知らせいたします。
離婚した彼女は死ぬことにした
はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる