戯曲「サンドリヨン」

黒い白クマ

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第三幕

第十四場面:サンドリヨンの屋敷

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 サンドリヨンたちの住まう屋敷は、いつにも増して静かであった。掃除をするサンドリヨンの姿は見当たらない。代わりに、エントランスのそばに夫人が腰掛けているのが見えた。その目はどこか虚ろだ。

 誰かがドアを叩いた。響いたノックの音に、珍しくサンドリヨンではなく夫人が立ち上がってドアに向かう。無表情のまま、彼女がドアを引いた。ドアを開けた先には王子と彼の部下が立っていた。部下の手にある台座には、片方だけの靴が置かれている。

 あの靴だ。サンドリヨンが靴を落としたと語った時に、彼女の片足に残っていた靴と同じ柄。王子がその後、庭の入口で拾った物。

「……どなたでしょう。」

 来客を前に、夫人の表情はあまり動かない。部下が一礼してから口を開いた。

「城からの使いだ。この屋敷に、この靴に足の合う者がいないか確かめさせてもらう。娘がいれば、全員を連れてきていただきたい。」

 夫人は部下の顔と、台座に乗った靴とに視線を投げる。覇気のない様に、少し部下がたじろいだ。

「ご夫人、何か、問題がおありか?」
「……いいえ。少し中でお待ちください。今部屋から、娘を呼んできますから。」

 二人を客間に通してから、夫人はドアを閉めた。しばし彼女が階段を上る足音が聞こえたが、じきにそれも遠ざかる。詰めていた息を吐き出して、部下が王子を仰ぎ見た。

「あぁ驚いた。彼女、具合でも優れないんですかね?」
「城から使いが来れば驚くのは自然かもしれぬ。事前の連絡を確認しそびれたのかもしれないな。まぁ何にせよ、あまり明らかに不信がるのは礼に欠けるぞ。」
「はっ、失礼致しました。」

 王子の言葉に、部下が慌てて一礼をする。王子が腕を振った。

「私に謝ってどうする。この後気をつければ良い。」
「はい、殿下。思慮に欠けておりました。」

 それに謝罪を重ねてから、部下は椅子を引きながら王子に尋ねる。

「それにしても……先ほどから思っていたんですけど。殿下、貴方は名乗らなくていいんですか?使いの一人みたいな顔で私の後ろに立っていますけどね。本来ならちゃんと敬われるべきでしょう。」

 引かれた椅子に座ってから、部下の言葉に王子は首を横に振った。

「どうせ国民は私の顔をろくに覚えていやしないさ。この間の舞踏会にも出なかったからな。」

 ぺろりと言ってのけた王子に部下が眉を寄せる。そう反応されると分かっていたのか、王子はくすくすと笑った。部下がますます眉を顰める。空いた椅子を自分のために引きながら、部下が文句を垂れた。

「あのねぇ殿下。貴方、出なかったんじゃなくてサボったんでしょう。」
「はは、結果は同じようなものだ。」
「過程も大切なんですよ、陛下にとっては。殿下がこの靴で花嫁を探すと言ったから良かったものの、それまで不機嫌な陛下の機嫌を取っていたこちらの身にもなって下さい。」

 呆れ顔の部下にただ笑って、王子は背もたれに身体を預ける。

「兎も角、わざわざ名乗って相手を萎縮させる趣味はない。それに黙っていても私に反応すれば、探し人の可能性が上がるからな。」
「なるほ、ど?あれ?でも、王子だってお相手の顔を見ているんですよね。」

 なら顔見りゃ王子も分かるんじゃないですかと部下が首を捻る。まぁな、と頷いてから王子は片眉を持ち上げた。

「見てはいるが、月明かりだったからな。確信はない。向こうもそんなものだろうから、あまり期待は出来ぬかもしれないな。」
「確かに。見て確信を持てれば、一番確かなんですけどね。」

 一度会話が途切れる。黙ってみるとこの屋敷がいやに静かであることが目立ったからか、二人は顔を見合わせた。王子が言うべきか迷う様子を見せながらも口を開く。

「ここはやけに静かだな。今までの屋敷とは随分と様子が違う。主人は今何処にいるんだ?」
「あぁ、家主は確か、今は家を留守になさっているんですよ。舞踏会にも来られないと伝達を受けています。」

 それは知っているんですけど、と前置いてから部下はぐるりとあたりを見回した。

「いや、しかし……夫人に加えて、家主と前妻、ええと、病気で亡くなった前夫人の子どもと、今の夫人の連れ子がいると聞いているんですがね。使用人の一人も見ないなんて、ちょいと妙です。」
「あぁ、珍しいことは確かだ。」
「今のところ夫人の姿しか見ていませんよ……おや、噂をすれば夫人が戻ってきましたかね。」

 足音が響いて、二人は口を噤んだ。客間のドアを開けたのは、部下の予想とは異なりサンドリヨンであった。紅茶の入ったトレーを持って客間に顔を出した彼女は、夫人の言いつけ通りに、いつもの襤褸ではなく控えめなドレスを着ている。

「お待たせしてすみません。母もすぐに戻ってくると思いますわ。姉を呼びに行っただけですから。」
「あぁありがとう……おや、ということは貴方もここの娘ではないのか?」

 母と姉という呼び名と、使用人にしては立派な服を見てそう考えたのだろう。首を傾げた部下に、サンドリヨンは頷いた。

「はい。父と前妻の娘です。」

 お辞儀をしたサンドリヨンに、王子が片眉を持ち上げた。何か気にかかっているのか、サンドリヨンをじっと見る。

「そうか。ならば貴方の姉を待つ間、先に貴方から試して貰う方がいいかもしれない。良ければこちらに座って……」

 トレーを受け取りながらこたえた部下の提案は、何者かが叫んだ音でかき消された。突如響いた悲鳴に驚いて、全員が空いたドアの方を振り返る。

 皆がドアを凝視する中、何かが割れる音が響いて景色が消えた。
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