戯曲「サンドリヨン」

黒い白クマ

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第三幕

第十五場面:サンドリヨンの屋敷、姉の部屋

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「……少しお待ちください。娘を連れてきますから。」

 目に入ったのは、先ほど見たエントランスの光景か。王子と部下を客間に通してから、夫人はドアを閉めて階段を上っていく。二階に上がり、一つのドアをノックせずに開けて夫人が中に入った。

 出てきた時には、その手に何か光るものを持っていた。

 ナイフだ。

 次に夫人がノックして開けた部屋は、姉の使っている部屋であった。開いたドアに驚いたように顔を上げてから、姉が眉を寄せる。彼女はまだ、夫人が背中に隠したナイフに気がついていないようだった。

「あのねぇお母様、私言ったじゃない。私は舞踏会で靴を落としてなんかいないから、お城の使いの方にはそう言って帰っていただいて、って。試す必要もないのよ、靴が合ったところで、それは私のものじゃないって分かっているんだから。」

 返事をしない母親に、姉は怪訝な顔をした。立ち上がって、夫人に近寄る。

「お母様?どうしたの、最近ますます様子が変よ。」

 夫人はじっと娘の顔を見た。呆れたように姉が腕を組む。

「何か言ってよ、お城の使いが来たわけじゃないの?」
「……あぁそうとも、城から使いが来たんだよ。だから靴をはめるんだ。無理矢理にでも履くんだよ。」

 話にならない、とばかりに姉が眉を顰めた。首を横に振って、だから言っているでしょ、とため息をつく。

「絶対にそれは私の靴じゃないの。試す必要がないんですってば。それに私は小柄だから、無理矢理も何もきっと大抵の靴はブカブカ……」

 夫人が突然、姉の手を掴んだ。驚いて言葉を止めて、姉は二、三度瞬く。

「え、何?まさか引き摺ってでも連れていくつもりな、の……」

 途中でその言葉は途切れて、姉は目を見開いた。彼女の視線の先で、ナイフが光を受ける。

 思い切り母親の腕を払って、姉は叫んだ。ドアが塞がれている以上逃げる場所はなく、彼女はよろけるように部屋の奥へ走る。ナイフを掲げたまま、夫人がゆっくりと彼女の後を追った。

「靴を履くんだよ。お前はなんとしてでも、王子の妃になるんだ!入らないなら踵を切り落としてでも履くんだよ!」
「馬鹿言わないでよ、ねぇ待って、試すから、履けばいいんでしょ!」
「大人しくするんだよ、さぁこっちへ来な!」

 壁まで来てしまえば逃げ場はない。腕を引かれてたたらを踏んで、姉は床に倒れ込んだ。足首を掴まれる。彼女は一瞬の躊躇いの後、掴まれていない方の足で思い切り母親の手を蹴りつけた。

 呻き声。夫人の手が離れた瞬間立ち上がって、少女は部屋に目を走らせる。赤い花の飾られた花瓶に目を止めて、咄嗟にそれに手を伸ばす。

 少女が掴んだ花瓶を振り上げた瞬間、動きが、音が、止まった。
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