戯曲「サンドリヨン」

黒い白クマ

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第三幕

第--場面:--

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 暗い中で姉の姿だけが浮かび上がっている。

「ああしろこうしろって、私の声はどこにも届かない。理解してくれた人はもういない、したくもないのに毎日人を傷つけて!怒らないでよ、そんな目で見ないでよ、もう放っておいて、何かやり返したらどうなの!あぁそうよ、やり返さないのは私も同じ。もういいじゃない、私を返してよ!」

 可哀想な姉、残酷な姉。自分を奪われて、自分の妹に手を上げた。必死に自分を守るために花瓶を掴んだ彼女を、どう責めよう。

 スポットライトが移り、夫人の姿が見えた。ナイフをこちらに向けて、彼女が吼える。

「私たちは置いていかれたのよ。当たり前の生活が突然失われた!あの人が消えてしまったのも全て金がなかったせいだわ!全部、全部なくなってしまったのなら、取り返さなくちゃいけないじゃない。あの子のためにも、元通りの幸福を、この手で!」

 可哀想な夫人、残酷な夫人。幸福を奪われて、己の娘の声を無視した。娘を王子の妃にすることが最後の手段と信じた彼女の行動は、いったいどこからが間違いか。

 スポットライトが移る。暗闇の中に、魔法使いが現れた。

「お礼がしたかったの、それだけよ。金品を作り出して渡しても、その出所が怪しまれればあの人たちに迷惑がかかるでしょう?それに先に人間が私を封じたのよ、飢えごときで騒ぐこともないじゃない!どうせ人間は私を騙すのよ、魔法を取り返さなきゃ、なんとしてでも、あぁ!」

 可哀想な魔法使い、残酷な魔法使い。魔法を奪われて、他者の未来を食い物にした。純粋な好意と純粋な復讐心の行きついた先は、与えようとした死。

 再びスポットライトが移る。台座に置かれた魔法の靴を持った王子が、吐き出すように語る。

「平穏に暮らすことを、飢えのない日々を望むことの何が悪い?蓋を開けてみれば私はただ元凶に復讐したまでではないか……演じなければ、塗り替えなければならないのだ、私は民を救っただけだ。後は妃を、完璧な妃を、そうすれば平穏を取り戻すことが出来る!」

 可哀想な王子、残酷な王子。平穏を奪われて、己の罪から目を逸らした。片側から見れば英雄で、もう一方から見れば大罪人。

 スポットライトが「主人公」を照らす。

「良い子にしていたら愛されるんでしょう?私は何も間違っていないでしょう?私悪い人をやっつけただけよ、愛されるために頑張っただけよ!我慢したわ、もう充分我慢したの。こんなのあんまりよ、もう私を自由にしてくれたっていいじゃない!」

 可哀想なサンドリヨン、残酷なサンドリヨン。自由を奪われて、命をいともあっさり刈り取った。良い子の仮面を、お手本のような笑みを掲げて、彼女は他にどうすれば良かったというのだろう。

 花瓶を振りかざした姉が、
 ナイフを握りしめた夫人が、
 杖を構えた魔法使いが、
 靴を祈るように掲げた王子が、
 灰まみれのドレスを着たサンドリヨンが、

「こうするしかなかった!」

 叫んだ。どうしようもなく悲痛な声で、笑うように、泣くように。

「私は悪くない!」

 重なり、増幅し、響く叫び。溶暗。何も見えない。

「そうともこれは『運命』、『誰も悪くなかったのだ』!」

 どこかではっきりと、案内人の声が、した。

 ――取り戻そうとするのは、罰が下るのは。
 ――とてもとても、自然なこと?

 花瓶を振り上げた姉の姿が見える。赤い花が弧を描いて飛んだ。たくさんの小さな花弁がびっしりと開いているそのダリアの花に、本当は毒などない。

 ガシャン。
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