戯曲「サンドリヨン」

黒い白クマ

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第三幕

第十六場面:サンドリヨンの屋敷、客間

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 何かが割れた音に、客間にいた三人が戸惑いの表情を浮かべたのが見えた。続いて階段を駆け下りる音。皆がドアに目をやる中、姉がひどく動揺した様子で客間に駆け込んでくる。絨毯に足を取られた彼女を、手の空いていた王子が咄嗟に立ち上がって支えた。

「た、すけて、助けて下さい、お母様が、」

 姉が必死に言葉を探すが、その言葉は要領を得ない。彼女が訴えながらドアを注視するため、三人も自然と再び客間のドアを見つめる。階段を下りるもう一つの足音。ゆっくりと近づいてきた足音が止まった。開け放ったままのドアに立った夫人の手の中に、光を受けているナイフがしかと見えた。

 夫人の右肩あたりは、一目見て分かるほどドレスが変色していた。それほど血が流れているのを気にもせずに、夫人はただ自分の娘をじっと見つめている。

 夫人と目が合うなり、姉は王子に支えられたまま震える声で、しかし力強く叫ぶ。

「いい加減にしてよ、まだ満足出来ないっていうの?こんなことして本当に良いと思っているわけ?」
「分からないのかい?何としても靴をはめるんだ。王子の花嫁になれば、歩かなくていいんだよ。靴が小さいのなら足を切れば良い。」

 虚ろな目で夫人が淡々とこたえた。その迫力に、王子と部下は一瞬動くことすら躊躇ったようだった。姉がテーブルに置かれた台座の上の靴を指して、ほとんど泣いているような声で必死に言い返す。

「見れば分かるじゃない、切る意味なんて無いわ!この靴は私には大き過ぎるのよ!」
「ごちゃごちゃ口答えをするんじゃないと言っているだろう!ほら!早く!」

 吼えた夫人がナイフを掲げ姉に向かうのを見て、皆が金縛りから解けたように動き出した。サンドリヨンは夫人から離れるようにテーブルの横に逃げ、王子は支えていた姉を夫人から離すように部屋の奥へ引っ張り、部下は夫人に走り寄って彼女の動きを押さえた。身をよじる夫人に、部下が焦ったように叫ぶ。

「お、おい、自分が何をしているのか分かっているのか!」
「放して!」

 夫人は錯乱した様子で暴れる。まったく聞く耳を持たぬ様子に、部下は彼女をドアから引き剥がしながら王子に叫んだ。

「殿下、お嬢さん方を連れて外に!」
「あ、あぁ、馬車に待たせている者たちを連れてくる!すまない、頼んだぞ!」

 姉は王子に腕を引かれてようやく立ち上がった。王子がドアを指す。

「さぁ早く外へ!貴方も早く!」

 テーブルの横で立ち尽くしているサンドリヨンに王子が叫んだ。その声にようやく冷静さを取り戻したように、サンドリヨンが首を横に振った。彼女は夫人に近づきながら叫ぶ。

「お母様、もうやめて!お姉様はその靴の持ち主じゃないわ。靴をはめる必要はない。だって私がもう一方の靴を持っているんだもの。」

 夫人がぎろりとサンドリヨンを睨んだ。その場にいた全員が息を呑む。

「お前、今、なんとお言いだい?」

 サンドリヨンは黙って隠し持っていた靴を皆に見えるように差し出した。あの靴、台座に乗ったそれと同じ模様の靴。

 王子が目を見開いて声を上げる。

「……やはり貴方か!随分と舞踏会の時と印象が違っていて確信が持てなかったが、あぁ、やはりその顔は確かに庭で会った方だ!」

 王子の声を聞いて、夫人が動きを止めた。部下が夫人の手からナイフを取り上げ、夫人を押えていた腕の力を抜いた。夫人が床に崩れ落ちる。

「いいえ、そんなはずがない!その靴を履いてみなさい!」

 叫んだ夫人をちらりと見てから、部下は王子に目線を投げた。王子が頷いたのを見て、サンドリヨンに椅子に座るよう促す。

 彼女が履いていたぶかぶかの木靴をとって、部下は持っていた靴をサンドリヨンに履かせる。それから、サンドリヨンが持っていたもう片方も。落としたことが不自然なほど、どちらの靴もピタリとサンドリヨンの足にはまった。サンドリヨンは姉に優しく微笑んでから、夫人に向かって尋ねる。

「分かっていただけたかしら、お母様。」

 黙り込んだ夫人に姉が近づいて、上から彼女を見下ろした。

「お前……」
「何も言わないで。私はもう、貴方の言いなりになんかならない。良い機会じゃない、こんなの終わりにしましょうよ。私、そろそろ自分の罪を認めたいの。」

 夫人はこたえない。姉は何度目かのため息をついてから、サンドリヨンを振り返った。

「貴方に話さなくてはいけないことがたくさんあるわ。私の身勝手な言い訳を聞いてくれるかしら。」

 サンドリヨンは微笑んだ。いつも通り、お手本のように。両足に美しい魔法の靴を履いて、彼女は立ち上がって姉に近づいた。

「良いのよ、お姉様。私、貴方を恨んでいないの。」

 姉を抱きしめたサンドリヨンの表情は、こちらからは伺うことが出来なかった。

 まるでこれで一件落着とばかりに、照明が消えた。
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