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第一章 醜いあひるの子

11  戸惑うジュリア

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「では、フィッツジェラルドという精霊使いが、エミリアという私のお母さんを棄てたのですか?」

 サリンジャー師に、自分の父親はフィッツジェラルドという精霊使いだと告げられたジュリアは、ぶるぶる震えながら質問する。姫と呼ばれたことなどパニックに陥ったジュリアの耳を素通りしている。

「許せないわ!」

 サリンジャーは、慌てて捨てたのでは無いと説明する。

「フィッツジェラルド卿と貴女の母上であるエミリア姫は、相思相愛の仲でした。エミリア姫は、イオニア王国の巫女姫でしたが……」

「相思相愛? なら、何故赤ちゃんを捨てたの?」

 サリンジャー師は優れた精霊使いだったエミリア姫を、アドルフ王が無理やり側室にした件や、その後の駆け落ち事件、惨殺事件などを13歳のジュリアに告げるのを戸惑った。

「それは……内乱の混乱の中での悲劇です。フィッツジェラルド卿は、自分の故郷であるゲチスバーモンド領に赤ちゃんを精霊に届けて貰おうとされた筈です」

 にわかには信じられない話だが、ジュリアは辛そうなサリンジャー師の顔で、両親に会えるかもしれないという希望が消えた。自分を捨てた両親だと憎んでいたが、どうやら事情がありそうだ。

「両親は亡くなったのですね?」

「ご両親は亡くなられてしまいましたが、貴女の祖父母様はご健在ですよ。孫娘が生きていたと知ったら、お喜びでしょう」

 育ててくれた両親の他に、血の繋がった祖父母がいると聞いて、ジュリアは会ってみたいと思った。

「お祖母ちゃんとお祖父ちゃんがいるだなんて……会いたいわ」

 農村で育ったジュリアの祖父母のイメージは、日向で軽作業をしたり、炉端で編み物をしている老人で、息子を殺されて内乱を起こしている伯爵とはかけ離れていた。

「イオニア王国は内乱で、荒れ果てています。今すぐは会えないでしょうが、手紙を送ることはできます」

 内乱の原因はアドルフ王の圧政だが、切っ掛けになったのはフィッツジェラルド卿とエミリア姫の惨殺事件なのだ。サリンジャー師はこれで長年の争いがおさまるかもしれないと考えた。

「サリンジャー師、本当にジュリアはゲチスバーモンド伯爵の孫なのですか?」

 自分の屋敷で働くメイドが、イオニア王国の名門伯爵家の孫だと簡単には信じられず、ベーカーヒル伯爵は間違えでは済まされないと質問する。

「このペンダントは、王宮に仕える精霊使いに与えられる物ですが、常に管理されています。私も此処に持っていますが、そうそう出回る品ではありません。それに、此処に集まる精霊が何よりの証拠です」

 そう言うと、サリンジャー師は服の下からペンダントを外して、ジュリアのと並べて見せた。

「それに、これほど精霊を集められるのは、エミリア姫の血筋だからですよ。イオニア王国の巫女姫は、精霊に愛される存在なのです」

 亡命しても祖国への愛を持ち続けているサリンジャー師の、希望に満ちた言葉だった。

「しかし、ペンダントだけでは、証拠として薄いのでは? それに、精霊使いの素質があっても、孫とは認めないかもしれませんね。ルキアス王国で孫娘が育ったとは、にわかにはゲチスバーモンド伯爵は信じられないでしょう」

 冷静なセドリックの言葉で、興奮気味だったサリンジャー師も少し落ち着きを取り戻す。

「実際に精霊に愛されている様子を見なければ、ゲチスバーモンド伯爵も納得し難いかもしれませんね。しかし、手紙で知らせてみようと思います。ただ、ジュリアの存在がアドルフ王に知られるのは拙いので、慎重に行動しないと……」

 エミリア姫はアドルフ王の側室であり、その魔力を引き継いだジュリアを利用しようとするのは目に見えている。サリンジャー師は、亡命した原因のアドルフ王の打算的な冷たい灰色の瞳を思い出して、ゾクッと身震いした。

 ルーファス王子は目の前の冴えないメイドが、イオニア王国の伯爵令嬢だとは思えないと、若者らしい浮ついた考えを持った。

『イオニア王国の巫女姫の容姿は、ジュリアに似ていたのかな? 精霊には愛されるみたいだけど、優れた容姿とは思えないけど……』

 ジュリアはサリンジャー師とベーカーヒル伯爵の話を黙って聞いていたが、頭の中は混乱しまくっていた。

『精霊使いとは何? それにお母さんは巫女姫だったの? お祖父さんはゲチスバーモンド伯爵なの? そんなおとぎ話みたいなことを誰が信じるのかしら? 財産狙いの犯罪者だと思われるかも知れないわ。そうしたら、私は牢獄に繋がれるの? そんなの嫌!』

 セドリックはジュリアが真っ青になり、パニック状態なのに気づいて、執事にお茶を用意させる。

「さぁ、これを飲みなさい」

 がたがた震える手にティーカップを持たせる。砂糖の甘みで、気絶しそうだったジュリアも少し落ち着いた。

 サリンジャーは、まだ幼さの残るジュリアに思いやりが足りなかったと反省した。

「ジュリア、私としたことが、貴女への配慮が足りませんでしたね。今はイオニア王国は内乱状態ですし、アドルフ王は精霊使いを水晶宮に監禁して過酷な環境で消耗させています。すぐにはゲチスバーモンド伯爵には会わせてあげれないかもしれませんが、何とかして会わせてあげます。それまで、私と精霊使いの修行をしませんか?」 

 ジュリアは、優しそうな茶色い瞳に見つめられて、波立っていた心が落ち着いていく。サリンジャー師は信頼できそうだと感じたが、精霊使いの修行? と戸惑う。

「あのう……私はベーカーヒル伯爵家のメイドなのです。だから、精霊使いの修行はできないです。それより、精霊が見えなくなるようにしたいのです。掃除中にぼんやりしてたら、クビになるかもしれないので」

 ルーファス王子とセドリックは、精霊を見るのに苦労しているので、ジュリアの言葉に驚いた。

「精霊を見えなくするだって! 馬鹿なことを言うなよ!」

「申し訳ありません! 馬鹿なことを言ってしまいました。お許し下さい」

 ルーファス王子に叱られて、椅子の中で小さくなったジュリアに、サリンジャー師はなかなか大変そうだと溜め息をついた。
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