海と風の王国

梨香

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第五章  王太子への道 ゴルチェ大陸

21  とんだ寄り道?

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 お茶もいれられないショウとワンダーだったが、現在地の計測は優れている。バージョンは二人に監視されながら、計測して現在地の計算をしたが、緊張したのもあってモタモタしてしまう。

「落ち着いてやれば良いんだよ、時間は十分あるんだから」

 士官昇格試験の為に、自分も現在地の計測をしたいとバージョンは頑張っていたが、士官のワンダーよりもショウが早く計算を終えたのに焦ってしまったのだ。やっと計算し終わって、自分の遅さにガックリしていたが、ワンダーにスピードよりも正確さが重要なのだと慰められる。

「でも、ショウ王子は……」

 同じ年のショウが素早く計算を終えたのを、バージョンは気にしていた。

「ショウ様は、10歳でパロマ大学の数学科に留学されたんだ。比べるのが無理だから、気にしなくて良い。それより、王子と呼ぶと機嫌が悪くなるぞ。艦では元に戻していいが、この旅の間はショウ様と呼ぶんだな」

 士官の命令なので、バージョンは頷いたが、やはり呼びづらいなぁと溜め息をつく。

 地図も内陸部は詳しくなくて、大まかに山や川が記入されているだけだったが、東海岸のスーラ王国の位置は確定しているので、迷うことはなさそうだ。

 ショウはできたらマッキンリー大瀑布は見ておきたいと思う。

「地図では、明日辺りから山岳部になるよ。その山岳部を流れる川が一旦マウレー湖に溜まって、マッキンリー大瀑布になるんだね。えっ、このゼビオ川の下流域がスーラ王国なんだ! 早く着きすぎるよ~」

 ショウがサンズで一日飛んだ距離から、スーラ王国への到着予想を立てて、早すぎると文句を付けているのを横目に、ワンダーとバージョンは一日でも早くサリザンの大使館に着きたいと内心で願った。

「やはりオアシス都市の、バナムに寄ろうよ。砂漠は陸の海と言われているんだよ」

 ショウの砂漠が陸の海と呼ばれているという言葉に、海軍の二人は全然違う! と内心で毒づく。

「あんな砂ばっかりの所なんか、行きたくありません」

 けんもほろろなワンダーに、ロマンチックだよと抗議する。

「砂漠のオアシスとオアシスを結んで飛べば大丈夫だよ」

 ショウの指差すオアシスが正確な位置なら良いけどと、ワンダーは渋い顔をする。

「こんないい加減な地図を当てに出来ませんよ。それに、砂漠のオアシスは時々井戸が涸れている事も……」

 にっこり笑ったショウに、ワンダーは水をどう確保するのかと反対する理由を封じる為に、未だ水に余裕がある昨日に実験したのだと毒づく。

「前に魔力を使い過ぎてはいけないと仰っていたのに……サッサとスーラ王国に行きましょうよ」

 ブツブツ文句を言っているワンダーを無視して、サッサとサンズに乗ったショウだった。

『サンズ、かなり山が近くなってきたね。ちょっと休憩に良さそうな場所はないかな?』

 サンズが平らな土地に降りてくれたが、暑いゴルチェ大陸のイメージと違い、昼間でも涼しい。

「これは、夜になると寒いかもしれませんね。明日はマッキンリー大瀑布に着きそうですが、夜営地には焚き付けになる木の枝とか無いかもしれません。此処で多目に確保して運んで行きましょう」

 ワンダーも数日の野外生活で、夜に火があると暖かい物を食べれるし、やはり安心感が違うのに気づいた。竜の側に大型肉食獣も近づかないとはわかっていたが、遠吠えや、夜行性の狩りの習慣とかを考えると、何となく落ち着かないので、火は人間の文明の一番基本だと感じる。

 それに夜に火を囲んで話す時間は寛いでいて、お互いを親密にさせていた。

「そうだね、たきぎが無いと困るよ」

 ショウも夜の焚き火が好きになっていたので、いそいそと枯れ枝を集めだす。


 しかし、その夜は山岳部の小さな集落を見つけて、そこの族長の持て成しを受けることになった。

『サンズ、あそこに小屋が何軒かあるよね。ちょっと、低めを飛んでくれる?』

 集落の周りには、野生動物の侵入を防ぐ為に枝を組み合わせた塀が巡らしてあり、外には菜園がこじんまりと耕してある。

「ショウ様? 友好的な部族かどうかもわかりませんよ。今夜は雨も降りそうにないし、野宿の方がかえって安全です」

 しかし、低空飛行する竜に気づいた村人達が、手を振りだしたので無視するのも悪い気分になる。

「何だか真剣に手を振ってますよ? 問題があるのかも?」

 バージョンは何人かは布を持ち出し、大きく振り回しているのを見て、問題があるのではと感じた。

「ショウ様! ここは気の毒ですが、無視しましょう! 疫病が発生しているのかもしれません」

 ワンダーはレッサ艦長から、ショウを無事にスーラ王国に連れて行くように厳命を受けていたので、寒村の問題に関わりたく無かった。

「疫病? そんな風には見えないよ。凄く元気そうに、布を振っているもの」

 ショウも疫病の村に近づきたくは無いと、低空を旋回させたが、村人達は健康に問題がありそうには見えなかった。でも、この真剣さは何か問題があるのではと思わせる布の振り方だ。

「何か用事が有るんだろう。友好的でなければ、すぐに飛び立つよ」

「えっ? 降りるのですか?」

 ワンダーは子供の時から、言い出したらきかない所があると溜め息をついて、バージョンに何時でも剣を抜けるようにしておけと命じる。


 サンズを村の外に着地させると、村人達がわらわらと集まって来たが、竜を怖れているのか遠巻きにして立ち止まる。

 のっそりと高齢の族長らしき人物が、ねじ曲がった杖をつきながら、ショウ達の前に歩み出た。ショウはサンズから飛び降りて、族長らしき人物に挨拶をする。

「偶然、上空を通りかかりました。私は東南諸島連合王国のショウと申します。マッキンリー大瀑布を見に行こうとしていたのです」

 全く無表情の族長に、途中から言葉が通じているのか不安になったショウだったが、挨拶を終えると、なまりのあまりない公用語でこたえてきた。

「儂はゴルザ村の長のジャニムです。ショウ殿は竜騎士なのですな。村には竜騎士がいないので、ショウ殿を呼んだのだと思う。竜騎士には魔力持ちが多いから、治療の技を使えるか期待したのだろうが、ショウ殿は治療の技が使えるのですか?」

 ワンダーはサッとショウの前に立って、疫病なら治療の技など無いと言い切ろうとする。

「私はワンダーといいます。ジャニム村長、治療の技が必要な病人は疫病ですか?」

 ジャニムはワンダーがショウを庇ったのに気づいたが、疫病では無いと断言する。

「儂の孫のピップスは、崖から落ちたのだ。骨をあちらこちら折って、死ぬか、命は助かっても歩けなくなると村の治療師は言ってる。そこに竜が通りかかり、ペヤンは必死に呼び寄せたのだろう。昔はこの村にも竜騎士がいたと言い伝えがあったので、治療の技に優れていたと聞いたのを覚えていたのだ」

 関わり合いになりたくないと、ショウを庇うワンダーの様子に、ジャニム村長は無駄だったのかと溜め息をつく。

 しかし、ピップスの親のペヤンは諦めるつもりは無かった。村長に逆らわない慣習などかなぐり捨てて、ショウを庇うワンダーの前に立つ。

「ショウ殿は治療の技を使えるのか? 使えるなら、息子を助けてくれ! ピップスは竜と話せるんだ! 命が助かれば、竜騎士になれるかもしれないのだ。同じ竜騎士のよしみで、命を助けてやってくれ。そうしないと村に残った一頭の竜も死んでしまうかもしれない」

 ショウは話を聞いた時から、出来るだけの事をしようと思っていたので、自分を庇うワンダーを押しのける。

「上手く治療できるかはわかりませんが、僕に出来る限りのことをします」

 ワンダーはもし命を助けられなかったら、襲われるのではと警戒しながら、本当に頑固なんだからとバージョンにも目で合図をする。



 小さな小屋の中でベッドにピップスが包帯でぐるぐる巻きにされて眠っていた。ベッドの横には治療師と母親が憔悴した様子で、額の布を取り替えていたが、目には絶望が浮かんでいる。

「貴方が治療師ですね。ピップスは何処の骨を折ったのですか?」

 突然、村長のジャニムと父親のペヤンが、見知らぬ旅人を連れて来たので治療師は驚いたが、自分の限界を知っていたので、骨折箇所を教える。

「ピップスが折っていない骨の方がすくないです。幸運にも頭蓋骨と頸骨を折らなかったので即死を免れましたが、両手、両足、それに肋骨が肺を傷つけています。どうにか身体の表面の傷の血止めはしましたが……」

 消耗した様子の治療師に、ショウは代わりますと声をかける。竜心石を活性化させるとエメラルドグリーンの光が掌に満ちた。
 
『癒』を念じながら、先ずは折れた肋骨に傷付けられた肺を癒やし、折れた肋骨を元に戻す。荒い呼吸が落ち着いたのを見て、治療師は驚いた。

「貴方はとても優れた治療師なのですね!」

 ショウは捻れ曲がった手足をどうにか包帯で真っ直ぐにしようと努力してはあったが、このまま骨を元に繋いだら問題がおきるのでは? と治療師に質問する。

「僕は竜騎士で治療の技は使えますが、治療師では無いのです。このまま骨を繋ぐと、真っ直ぐにならないかも? 痛いけど、手足を牽引して真っ直ぐにしないと、後遺症が残るのでは?」

 前世の記憶で、自転車事故にあった友達が足の骨を折った時に、入院先で足を牽引されていたのを思い出したのだ。治療師は肺が治ったのなら、痛み止めを飲ませば、少しは楽に手足を引っ張られると、薬草を煎じていたのを匙で何回かピップスの口に流し込む。

「パムは外に出た方が良い。真っ直ぐな手足に戻すには、折れた手足を引っ張らないといけないんだ。痛み止めを飲ましたが、かなり苦痛を伴う治療になる」

 治療師の言葉に、パムは息子の命が助かるなら、多少の苦痛も仕方ないし、母親なのだから側に付いていると小屋の外に出るのを拒んだ。

「ワンダーも手伝ってくれ! 父親のペヤンとピップスの身体を押さえて欲しいんだ。骨が折れているから、痛さで暴れると思うんだ。気をつけて押さえてね」

 暴れるピップスを傷つけないように、抑制しろという難問にペヤンとワンダーは汗をかいたが、治療師は母親と手足を引っ張って真っ直ぐにしていった。

 ショウの荒療治に耐えたピップスは、ぐったりとしていたが、治療師は手足をぐるぐる回して、異常が無いか確かめたり、針をさせて痛いと叫ばして満足げに頷く。

 パムは治療師が息子の手足に針を指すのに抗議の声をあげたが、ショウに手足の感覚が戻っているのか確認しているのでしょうと説明されて、ハッと手を握ってお礼を言う。

「いえ、偶然通りかかっただけですから」

 治療師は後は寝させて、食べさせれば大丈夫だろうと小屋を出て行った。

 ショウも用事が済んだのならと、出て行こうとしたが、ジャニム村長とペヤンに何と御礼を言っても足りませんが、せめて一晩泊まって下さいと懇願される。

 ショウは治療の技をいっぱい使ったので、少し熱が出そうな予感がしていた。できれば今夜は屋根の下で眠りたいと思う。

 それに、ピップスが快方したら竜と話せると言っていたのも確かめたかったし、死に絶えかけている竜にも会いたかった。

「では、お言葉に甘えます」

 ワンダーはパロマ大学でアレックス教授と真名の研究をした後に、ショウが発熱したのを思い出し、見知らぬ村に泊まるのを警戒しながらも了承する。
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