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第六章 王太子への道 ローラン王国
7 悩むルドルフ国王
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アレクセイ達が王家の狩り場に行っていた頃、王宮でルドルフ国王は数少ない忠臣から馬鹿げた怪文書の報告を受けた。体調があまり思わしくないルドルフ国王を心配したが、カニンガム伯爵は孫から手渡された怪文書を放置するのも問題だと王宮に来たのだ。
「大学で『旧帝国騎士団』なるものが、活動しているのか?」
伯爵の孫は大学生ぐらいの年頃だった筈だと、ルドルフ国王は憂いを露わにした。
「いえ、孫に問い質しても、活動らしいものは見かけないと……ただ、この手紙をアレクセイ皇太子がお知りになりますと、困った事になりそうですなぁ」
ルドルフ国王は国を憂うアレクセイの気持ちは理解していたし、改革案を実行したいという若者らしい情熱も評価していたが、その前に国内の貴族達や官僚達との信頼関係を結ばなければと憂慮している。
自身にも信頼できる家臣は少なかったが、帰国したばかりのアレクセイには、これからの国政を支えていく若い協力者が必要なのに、その若者達の間にこのような怪文書が出回っていると知って、深い溜め息をつく。
その上にミーシャを引っ張り出された事が、弱ったルドルフ国王の心臓を締め付ける。具合が悪そうなルドルフ国王を心配して、侍医を呼ぼうとしたカニンガム伯爵を制する。
「大袈裟に騒ぐな、大丈夫だ」
少し経つと動悸もおさまり、カニンガム伯爵から水の入ったコップを受け取ると、常備してある薬を飲む。
「カニンガム伯爵、未だ死んだりはしないから大丈夫だ。アレクセイがこの国で基盤を固めるまでは、見守ってやりたいからな。せめて、これぐらいはして遣らないと、コンスタンスに顔向けができない」
カニンガム伯爵は若い頃からルドルフ国王の側で、ゲオルク前王の傀儡にされながらも必死で抵抗をするのを支えてきたので、離婚させられたコンスタンス妃を愛し続けているのを知っている。
コンスタンスの息子であるアレクセイとナルシスに、庶子のミーシャの事を帰国してきた時になかなか言い出せず、1ヶ月も秘密にしていた複雑な心情も理解していた。
「離婚して20年も経つコンスタンス妃の事より、ミーシャ姫をどうされるおつもりですか? このまま、こんな馬鹿げた怪文書に名前が乗り続けたら、本当に拙い事態になりますよ」
落ち着いたので安心した昔馴染みの伯爵の苦言に、ルドルフ国王は深い溜め息をつく。王家の血を引く庶子は、権力を求める貴族達の陰謀の元にされやすいのは重々承知している。信頼できる家臣の元に嫁がせるのが一番良いのだがと、カニンガム伯爵の顔を眺めたが、ブルブルと顔を横に振られてしまう。
「孫のイワンは竜騎士なのですよ。ミーシャ姫を嫁に貰ったりしたら、この怪文書の通りではないですか。駄目です、庶子のミーシャ姫を竜騎士には嫁がせないで下さい。それくらいなら、修道女にした方がお互いの幸せです」
旧帝国から独立した三国はよく似た宗教を信仰していたが、一番戒律が厳しいのはローラン王国で、司祭や修道女は独身が義務づけられている。
カニンガム伯爵の言葉に、質素な生活を余儀無くさせられる修道女は可哀相だと躊躇う。アレクセイやナルシスが帰国するまでも王宮では育てず、母親の実家で養育させていたが、ミーシャには年に数回は会っていたし、愛情も感じている。
「修道女は……」
カニンガム伯爵はルドルフ国王の優しさと、優柔不断さに溜め息をつく。アレクセイは少し暴走気味だが、ルドルフ国王の反対勢力の顔色を見過ぎるのも問題だと、カニンガム伯爵は前から感じていた。
「ヘーゲル男爵がミーシャ姫を担ぎ出したら、どうされますか?」
ゲオルク前王の手足として策略の元締めだったヘーゲルの息子が、父親の死で男爵を継いだだけでなく、外務省で暗躍しているのをルドルフ国王は忌々しく思っている。
「ヘーゲル男爵を、どうにか外務省から追い出したいのだ。奴がいる限り、アレクセイは大使を信用できない。外国への策略より、自国への策略をしそうな男だ」
父親のヘーゲル男爵にも、コンスタンス妃や二人の王子を人質にされて苦しめられたが、三人を亡命させる際にイルバニア王国のジークフリート卿が殺害してくれてホッとしたのだ。
しかし、父親の死で男爵を継いだヘーゲルはゲオルク前王の信頼を勝ち得て、若い頃から高い地位についていたのだ。ゲオルク前王が亡くなって3年が経つが、未だヘーゲル男爵達のような狂信的旧帝国主義者を排除できていない。
狂信的旧帝国主義者の中には、純粋な愛国者も多く混ざっていて、重臣の多くも含まれていたので、一網打尽になどできなかった。それに、ヘーゲル男爵はカザリア王国のエドアルド国王に、愛人のぺネロペを持たせたりと、外務省で働きも評価されていたので、親からの悪縁だからとクビにはできない。
「この馬鹿げた怪文書……案外、ヘーゲル男爵の策略かもしれない。彼奴は、こういった一見馬鹿げた策略を使うのが得意なのだ。父親に似ている……」
父親のヘーゲル男爵も一見馬鹿げた策略を何度もイルバニア王国に仕掛けて、油断させた挙げ句にユーリをバロア城に、グレゴリウス皇太子をケイロンに騙して呼び寄せたのだ。今回の怪文書も一見馬鹿げているが、何かもっと大きな策略の前振りなのかもしれないと、ルドルフ国王とカニンガム伯爵は顔を見合わせる。
「陛下、ヘーゲル男爵の首根っこを捕まえるチャンスかもしれません。何を画策しているのかは私にはわかりませんが、きっと彼奴は悪巧みをしています。少し泳がせて策略の証拠を手に入れたら、彼奴を処刑してやりましょう」
ルドルフ国王は、日頃は温厚なカニンガム伯爵の過激な言葉に苦笑する。
「そなたらしくもない。第一、ヘーゲルが何か画策しているか、どうかもわからないのに……ただ、父親の死の原因になったアレクセイ達に嫌がらせをしているだけかもしれない。しかし、ヘーゲルの動向を監視させるのは良い案だ。そろそろ、父上の遺臣達には退いて貰っても良い時期だからな。アレクセイの手を汚さないように、せめて私達で後始末をしなくてはいけない」
カニンガム伯爵は、ルドルフ国王の命を受けて、ヘーゲル男爵達の陰謀に繋がる証拠を見つけ出そうと決意する。
ルドルフはカニンガム伯爵が退室してから、ミーシャのことを思い出して悩んだ。アレクセイ達が帰国してからは、あまりおおっぴらに会うのを控えていたが、13歳になったミーシャが不幸にならないように願う。
「信頼できる相手に嫁がせれば安心できるのだが……アレクセイ達もそれぞれ上手くいけば良いのだが……」
父親であるルドルフは、アレクセイとアリエナが国内の貴族達から少し浮いている事や、ナルシスの結婚相手の件を、本来なら横にコンスタンスがいて相談にのってくれたら良かったのにと溜め息をつく。
「私の裏切りをコンスタンスは許してくれまい……」
庶子まで作ったのに、自分勝手な妄想を抱いたのをルドルフ国王は苦笑する。しかし、アリエナに関しては男の自分では何処が問題なのかアドバイスもできずに困っていたので、コンスタンスが王妃として側にいてくれたら良かったのにと、心より残念に思う。
「アリエナ皇太子妃は何もかも立派過ぎるのだ。ロジーナ姫のように無邪気な陽気さを振りまいて、貴族達のご機嫌を取ってくれると有り難いのだが……」
敗戦国のローラン王国に勝戦国のイルバニア王国の王女が嫁いでくるだけでも、国内の貴族達はコンプレックスを刺激されていたのに、アリエナ皇太子妃は絆の竜騎士であり、恐ろしいほどの美貌、頭脳明晰、武術まで得意と、非の打ち所が無さ過ぎた。
「そしてあの結婚式!」
ルドルフは、散々な結果になったアレクセイ皇太子の結婚式を思い出して眉を顰める。
ローラン王国では手に入らないような華やかで見事なウェディングドレスに身を包んだアリエナ皇太子妃は、本当に美しくて近寄り難い雰囲気だった。敵国だった国王夫妻に微妙な感情を持つ貴族達も、結婚式までは礼儀正しく振る舞っていたのにと、ルドルフ国王は思い出して腹を立てる。
「なんで、アレクセイの結婚式で、サバナ王国とスーラ王国が魔術師対決しなくてはいけなかったのだ!」
スーラ王国とサバナ王国の魔術師対決の煽りを食らった突然の雷と嵐に、年寄りの貴族達はこの結婚は呪われていると言い出す始末だ。両国の友好的ムードを高めようと計画されていた馬車のパレードも中止となり、王家の結婚式で祝賀モードだったケイロンの民衆も、雷と嵐で家に帰ってしまった。
王宮での昼食会や舞踏会は、まるでお通夜のように、陰気なものになった。結婚式からつまづいたアリエナは、その後もローラン王国の貴族達とは微妙な距離感を持ったまま1年が過ぎている。
ルドルフはアレクセイがダカット金貨の改鋳資金を東南諸島に融資して貰おうとショウ王子を招待する事は説明されてはいたが、しっかり者のリリック大使がついているので無理ではないかと考える。
ショウは新航路の発見や、サンズ島の開発、チェンナイ貿易拠点の開発、レイテの埋め立て埠頭と次々に巨大プロジェクトを成功させていっていたが、一人でなし遂げているわけではあるまいと、ルドルフ国王は後ろ盾のアスラン王の存在を感じる。
「ショウ王子が優秀なのは勿論だろうが、王子のアイデアを実現させているのはアスラン王とその家臣達だ。私ではアレクセイの後ろ盾としては弱いが、少し肩の力を抜かせてやらないと……」
真面目に国民の窮乏を憂うアレクセイは、王宮の無駄使いの節約を真剣に考えて、使わない部屋の暖房を切ってしまった。そのせいで用事も無いのに王宮にたむろしていた無能な貴族達は領土や屋敷に引きこもったが、官僚達も部屋に閉じこもり、侍従や女官達も外套を着たままな状態で、ルドルフ国王はやり過ぎだと感じる。
そんな事を考えている時に、アレクセイが狩り場から帰って来た。
「父上、狩り場から鹿肉を持って帰りました。今夜は鹿肉のステーキですよ。顔色がよろしく無いですが、また発作でもおこされたのでは……」
雪の香りを身に纏ったアレクセイに、心配いらないと言いかけたルドルフは少し考えた。
「廊下との温度差が身体に堪えるのだ」
ハッと身体の弱っている父上の体調管理を怠った自分を反省したアレクセイは、廊下にも暖房を入れますと約束する。これで官僚達も少しは働きやすくなるだろうとルドルフは頷く。
「鹿肉の件で私に会いに来たのではあるまい。何か相談したいことがあるのだろう」
アレクセイは体調が悪いのではと躊躇したが、促されて話し出す。
「東南諸島はダカット金貨の件は乗り気ではありませんね。でも、木材の輸入を増やしたいと言って来ましたし、カザリア王国の木材をライバルにあげたりしてきましたよ」
ルドルフはカザリア王国北西部からではレイテまで遠いだろうと首を傾げる。
「新航路で前よりは近くなったと言ってましたし、チェンナイ貿易拠点に造船所を建設する計画をたてていると……私は我が国に造船所を建設すれば良いと思ったのですが……」
ルドルフは造船所が建設されれば、働く場所が出来ると考えたが、東南諸島ほど優れた造船技術は持っていないと疑問をぶつける。
「我が国の造船技術では、あまり良い船は出来ないだろう。レイテの造船所で造られた船は、中古になっても高額で取り引きされていると聞くぞ」
アレクセイは自分の考えを父上に説明する。
「それが上手くいけば、将来的には我が国の基幹産業になりそうだが、東南諸島は造船所を建設してくれるだろうか?」
ルドルフの心配に、ショウ王子とリリック大使は自分にこの案を思いつかせたかったのではないかと疑っていたアレクセイは、多分大丈夫でしょうと苦笑する。
「大学で『旧帝国騎士団』なるものが、活動しているのか?」
伯爵の孫は大学生ぐらいの年頃だった筈だと、ルドルフ国王は憂いを露わにした。
「いえ、孫に問い質しても、活動らしいものは見かけないと……ただ、この手紙をアレクセイ皇太子がお知りになりますと、困った事になりそうですなぁ」
ルドルフ国王は国を憂うアレクセイの気持ちは理解していたし、改革案を実行したいという若者らしい情熱も評価していたが、その前に国内の貴族達や官僚達との信頼関係を結ばなければと憂慮している。
自身にも信頼できる家臣は少なかったが、帰国したばかりのアレクセイには、これからの国政を支えていく若い協力者が必要なのに、その若者達の間にこのような怪文書が出回っていると知って、深い溜め息をつく。
その上にミーシャを引っ張り出された事が、弱ったルドルフ国王の心臓を締め付ける。具合が悪そうなルドルフ国王を心配して、侍医を呼ぼうとしたカニンガム伯爵を制する。
「大袈裟に騒ぐな、大丈夫だ」
少し経つと動悸もおさまり、カニンガム伯爵から水の入ったコップを受け取ると、常備してある薬を飲む。
「カニンガム伯爵、未だ死んだりはしないから大丈夫だ。アレクセイがこの国で基盤を固めるまでは、見守ってやりたいからな。せめて、これぐらいはして遣らないと、コンスタンスに顔向けができない」
カニンガム伯爵は若い頃からルドルフ国王の側で、ゲオルク前王の傀儡にされながらも必死で抵抗をするのを支えてきたので、離婚させられたコンスタンス妃を愛し続けているのを知っている。
コンスタンスの息子であるアレクセイとナルシスに、庶子のミーシャの事を帰国してきた時になかなか言い出せず、1ヶ月も秘密にしていた複雑な心情も理解していた。
「離婚して20年も経つコンスタンス妃の事より、ミーシャ姫をどうされるおつもりですか? このまま、こんな馬鹿げた怪文書に名前が乗り続けたら、本当に拙い事態になりますよ」
落ち着いたので安心した昔馴染みの伯爵の苦言に、ルドルフ国王は深い溜め息をつく。王家の血を引く庶子は、権力を求める貴族達の陰謀の元にされやすいのは重々承知している。信頼できる家臣の元に嫁がせるのが一番良いのだがと、カニンガム伯爵の顔を眺めたが、ブルブルと顔を横に振られてしまう。
「孫のイワンは竜騎士なのですよ。ミーシャ姫を嫁に貰ったりしたら、この怪文書の通りではないですか。駄目です、庶子のミーシャ姫を竜騎士には嫁がせないで下さい。それくらいなら、修道女にした方がお互いの幸せです」
旧帝国から独立した三国はよく似た宗教を信仰していたが、一番戒律が厳しいのはローラン王国で、司祭や修道女は独身が義務づけられている。
カニンガム伯爵の言葉に、質素な生活を余儀無くさせられる修道女は可哀相だと躊躇う。アレクセイやナルシスが帰国するまでも王宮では育てず、母親の実家で養育させていたが、ミーシャには年に数回は会っていたし、愛情も感じている。
「修道女は……」
カニンガム伯爵はルドルフ国王の優しさと、優柔不断さに溜め息をつく。アレクセイは少し暴走気味だが、ルドルフ国王の反対勢力の顔色を見過ぎるのも問題だと、カニンガム伯爵は前から感じていた。
「ヘーゲル男爵がミーシャ姫を担ぎ出したら、どうされますか?」
ゲオルク前王の手足として策略の元締めだったヘーゲルの息子が、父親の死で男爵を継いだだけでなく、外務省で暗躍しているのをルドルフ国王は忌々しく思っている。
「ヘーゲル男爵を、どうにか外務省から追い出したいのだ。奴がいる限り、アレクセイは大使を信用できない。外国への策略より、自国への策略をしそうな男だ」
父親のヘーゲル男爵にも、コンスタンス妃や二人の王子を人質にされて苦しめられたが、三人を亡命させる際にイルバニア王国のジークフリート卿が殺害してくれてホッとしたのだ。
しかし、父親の死で男爵を継いだヘーゲルはゲオルク前王の信頼を勝ち得て、若い頃から高い地位についていたのだ。ゲオルク前王が亡くなって3年が経つが、未だヘーゲル男爵達のような狂信的旧帝国主義者を排除できていない。
狂信的旧帝国主義者の中には、純粋な愛国者も多く混ざっていて、重臣の多くも含まれていたので、一網打尽になどできなかった。それに、ヘーゲル男爵はカザリア王国のエドアルド国王に、愛人のぺネロペを持たせたりと、外務省で働きも評価されていたので、親からの悪縁だからとクビにはできない。
「この馬鹿げた怪文書……案外、ヘーゲル男爵の策略かもしれない。彼奴は、こういった一見馬鹿げた策略を使うのが得意なのだ。父親に似ている……」
父親のヘーゲル男爵も一見馬鹿げた策略を何度もイルバニア王国に仕掛けて、油断させた挙げ句にユーリをバロア城に、グレゴリウス皇太子をケイロンに騙して呼び寄せたのだ。今回の怪文書も一見馬鹿げているが、何かもっと大きな策略の前振りなのかもしれないと、ルドルフ国王とカニンガム伯爵は顔を見合わせる。
「陛下、ヘーゲル男爵の首根っこを捕まえるチャンスかもしれません。何を画策しているのかは私にはわかりませんが、きっと彼奴は悪巧みをしています。少し泳がせて策略の証拠を手に入れたら、彼奴を処刑してやりましょう」
ルドルフ国王は、日頃は温厚なカニンガム伯爵の過激な言葉に苦笑する。
「そなたらしくもない。第一、ヘーゲルが何か画策しているか、どうかもわからないのに……ただ、父親の死の原因になったアレクセイ達に嫌がらせをしているだけかもしれない。しかし、ヘーゲルの動向を監視させるのは良い案だ。そろそろ、父上の遺臣達には退いて貰っても良い時期だからな。アレクセイの手を汚さないように、せめて私達で後始末をしなくてはいけない」
カニンガム伯爵は、ルドルフ国王の命を受けて、ヘーゲル男爵達の陰謀に繋がる証拠を見つけ出そうと決意する。
ルドルフはカニンガム伯爵が退室してから、ミーシャのことを思い出して悩んだ。アレクセイ達が帰国してからは、あまりおおっぴらに会うのを控えていたが、13歳になったミーシャが不幸にならないように願う。
「信頼できる相手に嫁がせれば安心できるのだが……アレクセイ達もそれぞれ上手くいけば良いのだが……」
父親であるルドルフは、アレクセイとアリエナが国内の貴族達から少し浮いている事や、ナルシスの結婚相手の件を、本来なら横にコンスタンスがいて相談にのってくれたら良かったのにと溜め息をつく。
「私の裏切りをコンスタンスは許してくれまい……」
庶子まで作ったのに、自分勝手な妄想を抱いたのをルドルフ国王は苦笑する。しかし、アリエナに関しては男の自分では何処が問題なのかアドバイスもできずに困っていたので、コンスタンスが王妃として側にいてくれたら良かったのにと、心より残念に思う。
「アリエナ皇太子妃は何もかも立派過ぎるのだ。ロジーナ姫のように無邪気な陽気さを振りまいて、貴族達のご機嫌を取ってくれると有り難いのだが……」
敗戦国のローラン王国に勝戦国のイルバニア王国の王女が嫁いでくるだけでも、国内の貴族達はコンプレックスを刺激されていたのに、アリエナ皇太子妃は絆の竜騎士であり、恐ろしいほどの美貌、頭脳明晰、武術まで得意と、非の打ち所が無さ過ぎた。
「そしてあの結婚式!」
ルドルフは、散々な結果になったアレクセイ皇太子の結婚式を思い出して眉を顰める。
ローラン王国では手に入らないような華やかで見事なウェディングドレスに身を包んだアリエナ皇太子妃は、本当に美しくて近寄り難い雰囲気だった。敵国だった国王夫妻に微妙な感情を持つ貴族達も、結婚式までは礼儀正しく振る舞っていたのにと、ルドルフ国王は思い出して腹を立てる。
「なんで、アレクセイの結婚式で、サバナ王国とスーラ王国が魔術師対決しなくてはいけなかったのだ!」
スーラ王国とサバナ王国の魔術師対決の煽りを食らった突然の雷と嵐に、年寄りの貴族達はこの結婚は呪われていると言い出す始末だ。両国の友好的ムードを高めようと計画されていた馬車のパレードも中止となり、王家の結婚式で祝賀モードだったケイロンの民衆も、雷と嵐で家に帰ってしまった。
王宮での昼食会や舞踏会は、まるでお通夜のように、陰気なものになった。結婚式からつまづいたアリエナは、その後もローラン王国の貴族達とは微妙な距離感を持ったまま1年が過ぎている。
ルドルフはアレクセイがダカット金貨の改鋳資金を東南諸島に融資して貰おうとショウ王子を招待する事は説明されてはいたが、しっかり者のリリック大使がついているので無理ではないかと考える。
ショウは新航路の発見や、サンズ島の開発、チェンナイ貿易拠点の開発、レイテの埋め立て埠頭と次々に巨大プロジェクトを成功させていっていたが、一人でなし遂げているわけではあるまいと、ルドルフ国王は後ろ盾のアスラン王の存在を感じる。
「ショウ王子が優秀なのは勿論だろうが、王子のアイデアを実現させているのはアスラン王とその家臣達だ。私ではアレクセイの後ろ盾としては弱いが、少し肩の力を抜かせてやらないと……」
真面目に国民の窮乏を憂うアレクセイは、王宮の無駄使いの節約を真剣に考えて、使わない部屋の暖房を切ってしまった。そのせいで用事も無いのに王宮にたむろしていた無能な貴族達は領土や屋敷に引きこもったが、官僚達も部屋に閉じこもり、侍従や女官達も外套を着たままな状態で、ルドルフ国王はやり過ぎだと感じる。
そんな事を考えている時に、アレクセイが狩り場から帰って来た。
「父上、狩り場から鹿肉を持って帰りました。今夜は鹿肉のステーキですよ。顔色がよろしく無いですが、また発作でもおこされたのでは……」
雪の香りを身に纏ったアレクセイに、心配いらないと言いかけたルドルフは少し考えた。
「廊下との温度差が身体に堪えるのだ」
ハッと身体の弱っている父上の体調管理を怠った自分を反省したアレクセイは、廊下にも暖房を入れますと約束する。これで官僚達も少しは働きやすくなるだろうとルドルフは頷く。
「鹿肉の件で私に会いに来たのではあるまい。何か相談したいことがあるのだろう」
アレクセイは体調が悪いのではと躊躇したが、促されて話し出す。
「東南諸島はダカット金貨の件は乗り気ではありませんね。でも、木材の輸入を増やしたいと言って来ましたし、カザリア王国の木材をライバルにあげたりしてきましたよ」
ルドルフはカザリア王国北西部からではレイテまで遠いだろうと首を傾げる。
「新航路で前よりは近くなったと言ってましたし、チェンナイ貿易拠点に造船所を建設する計画をたてていると……私は我が国に造船所を建設すれば良いと思ったのですが……」
ルドルフは造船所が建設されれば、働く場所が出来ると考えたが、東南諸島ほど優れた造船技術は持っていないと疑問をぶつける。
「我が国の造船技術では、あまり良い船は出来ないだろう。レイテの造船所で造られた船は、中古になっても高額で取り引きされていると聞くぞ」
アレクセイは自分の考えを父上に説明する。
「それが上手くいけば、将来的には我が国の基幹産業になりそうだが、東南諸島は造船所を建設してくれるだろうか?」
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