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第十二章 新たな問題
10 やれやれ
しおりを挟む大使館に帰ったショウは、ベッドに入るや否や、眠り込んだ。メルヴィル大使は心配して、ブレイブス号からワンダー艦長を呼び寄せた。
「また、魔力を使い過ぎたのですね。もしかして、この雨はショウ王太子が?」
魔力の使い過ぎの発熱は安静にさせるしかないと、報告書で読んではいたし、大使館の医師もそう言うのだが、メルヴィル大使は心配で居ても立ってもいられない。
「何かできないのでしょうか?」
アスラン王を崇拝しているメルヴィル大使は、ショウに発熱させた責任を感じている。
「頭を冷やしてあげることぐらいですね。それと、ショウ王太子は熱が下がると、空腹を訴えますが、食べさせ過ぎないように。熱で身体もダメージを受けているのですから、消化の良い物を食べさせて下さい」
ふむふむと、メルヴィル大使は頷く。
ワンダーはショウ王太子の眠っている顔を眺めて、無茶をし過ぎですよ、と呟いてブレイブス号へ帰艦した。サバナ王国からいつ出航しても良いように、準備をしておこうと考えたからだ。
しとしとと、雨は夜の間も降り続き、朝になっても未だ止みそうになかった。目覚めたショウは、しっとりとした空気を感じた。
「お腹がすいたよ」
看病している侍従に、食堂へ行きたいと着替えを頼んだが、お粥を持って来ますと出て行ってしまった。
「大盛にしてね」魔力を使い過ぎた発熱の後も、休養をした方が良いのはショウにもわかってはいるが、ぐぅ~と鳴る音が響く。
「ショウ王太子、お目覚めですか?」
お粥を口にいっぱい詰め込んでいたショウは、もぐもぐと飲み込んでから挨拶をする。
「メルヴィル大使、ご心配をお掛けしました」
陰謀好きのメルヴィル大使だが、アンガス王に逆らってくれたのだと、ショウは感謝した。
「ユング王子とマウイ王子から、セドナへ出立前に、お礼を言いたいとの申し込みがありました」
にこやかなメルヴィル大使に、ゾクゾクッと悪寒を感じる。
「いやぁ、出立前は忙しいでしょうから、気持ちだけで……」
幼い子ども達は助けたいと思ったが、縁談は御免なショウは、医師に脈を取って貰いながら、サバナ王国から逃げ出す算段を考える。
アンガス王に出国の挨拶に行ったら、王宮から帰して貰えそうにないよな。ええい! 父上なんか、こんな礼儀など無視しておられるのだと、逃げ出す算段を立てる。
「熱はひきましたが、もう少し安静にして下さい」
メルヴィル大使が医師と部屋から出て行くと、ショウは自分で服を探して着替える。
とっとと逃げ出そうとしたが、アスラン王で逃亡にはメルヴィル大使は慣れていた。竜舎の前で待ち構えていたメルヴィル大使に、ベッドに押し込まれる。
「もう、用事はすんだだろ? 次の訪問国のスーラ王国に向かわなきゃ」
長居は無用だと逃げ出そうとしているショウに、熱が出た後なのですから身体を休めて下さいと、メルヴィル大使は言い捨てて出て行く。
「やれやれ、新しいアイデアを思いつく能力もあるし、魔力も凄いし、アンガス王にも一歩も引かない交渉力もあるのですが……どこか、アスラン王とは違いますねぇ」
アスラン王なら、ふん! と一睨みして竜で飛び去っただろうと、メルヴィル大使は苦笑する。しかし、東南諸島連合王国の王太子なのに、妻を増やしたくないと駄々を捏ねるのには閉口だ。
「アンガス王はショウ王太子を気に入ったから、王女を何人でも嫁にくれそうなのに……でも、王子は渡さないぞ!」
メルヴィル大使はショウ王太子の優れた能力を引き継いだ王子を、サバナ王国にくれてやる気持ちはさらさらない。
「王族の結婚は、外交官の夢なのに……持参金や、待遇、産まれた子どもの取り扱い……いっぱい交渉することがあるのになぁ」
隣国のスーラ王国のゼリア王女との縁談は、婿入りという特殊な形態なので、あれこれと交渉があり、メルヴィル大使は羨ましくて堪らなかったのだ。
傲慢なアスラン王ですら、重臣達の娘を何人も後宮に迎え入れていたのに、ショウ王太子はある意味でとても頑固だと毒づいた。
そうこうするうちにも、ユング王子とマウイ王子からセドナへと出立する前にと、大使館へお礼を言いたいと矢の催促がくる。
「ショウ王太子には無理をさせたくないが、ユング王子やマウイ王子に恩を売っておきたい」
逃げ出さないように、護衛に見張らせている扉をソッと開けると、ベッドの上ですやすやと眠っている。
「もう! こんなに消耗するまで、魔力を使わなくても! こんなに疲れているのに、逃げ出そうとするだなんて……」
これでは王子達とは会わせられないと、残念に思う。
「もし、王子達がリアンを出立されても、セビリア様とアメリ様がお礼を言いたいと、王宮に招かれるでしょう」
当面は、ショウの体力が回復するのを待つしかないが、メルヴィル大使はユング王子とマウイ王子に効果的に恩を売る方法を考えながらほくそ笑む。
昼過ぎに、ショウは雨の音で目覚めた。
「ああ~! よく眠った」
ベッドの上で伸びをすると、見張っていたようにメルヴィル大使が顔を出した。
「十分に休息されましたか?」
顔色も良くなっている様子に、医師も大丈夫だと頷き、メルヴィル大使は安堵する。
「ええ、ゆっくりと眠ったので、もう大丈夫です。まだ雨が降っているのですね」
しとしとと降る『霖』を呼んだのだが、長雨になりすぎても困るかな? と、ショウは少し空を眺める。
「本来なら、この時期には、この程度の雨は降っているのですから、大丈夫ですよ。庭の木々や花も喜んでいます」
空腹を訴えるショウと遅めの昼食を取りながら、ユング王子とマウイ王子に会って話してみませんか? と提案する。
「そんな嫌な顔をされずに、次代の王になるかもしれない王子と話してみて下さい。縁談は、今回はレイテに聞いておきますと、保留にしても良いですから」
やはり、縁談はあるのだとウンザリする。
「メルヴィル大使はどちらの王子が、後継者に相応しいと考えているのですか? 勿論、後継者問題に口をだすのは、御法度ですよ!」
どうせ会うなら、二人の王子の情報を手に入れてからにしたいと考える。
「これだけ領地を広げたサバナ王国を、昔ながらの狩猟民族としての感覚しか持たないユング王子では、統治できないと思いますね。アンガス王だからこそ、併合された農耕民族の首長達も従って、穀物などを献上しているのです。かといって、農耕民族のマウイ王子では、サバナ王国の本来の部族長は抑えられないでしょう。狩猟民族の武力は強いので、反乱を起こすかもしれません」
ショウも二人の王子の印象は同じだった。
「サバナ王国を訪問したのは、アンガス王から招待されたのもあるが、スーラ王国のジェナス王子が何やら接触しているとの情報があったからだ」
メルヴィル大使は、ジェナス王子がマウイ王子の祖父と連絡を取っているのを掴んでいたので頷いた。
「ジェナス王子は、マルタ公国やサラム王国にも、何か働きかけている。私はジェナス王子と会ったことが無いのだが、そのように陰謀を企む能力があるのだろうかと疑っていたのだ」
ショウの言葉で、裏でアンガス王が陰謀の糸を引いているのでは? と疑っていたのだと察した。
「アンガス王とジェナス王子は、水と油です。マウイ王子の祖父も、アルジェ女王からの働きかけならスーラ王国に寝返るかもしれませんが、ジェナス王子の甘言には引っかからないでしょう」
実際に、サバナ王国でアンガス王に会ってみて、男なのにダイエットなどしているジェナス王子とは絶対に合わないだろうと、ショウは感じた。
「アンガス王は過酷なところもあるが、蛇王子のように陰湿ではない。ああ、あのジェナス王子と会わなくてはいけないと思うと、ゾッとする」
父上から、ジェナス王子に会って、人となりを判断しろと厳命を受けているのだ。カザリア王国とローラン王国に、庶子の姫を嫁に貰ってやると高飛車な態度の申し込みをして、プライドの高いエドアルド王を怒らせ、ルドルフ王に心臓発作を起こさせた相手と会うのは嫌だ。
「マルタ公国とサラム王国の海賊が活発になっているのは、その両国の大使館に頻繁に出入りしているジェナス王子が怪しいと考えているのだが……そんなに能力が高いのかな?」
レイテでバッカス外務大臣と話し合ったが、王位に就けないジェナス王子が二国にどう働きかけているのかわからなかった。
メルヴィル大使も隣国の蛇王子が、ずる賢いジャリース公を動かせるのかと疑問に感じるし、ましてや遠い北国のサラム王国のヘルツ王に言うことを聞かせるとは考えられない。
「やれやれ、にょろにょろと動き回る蛇は困りますなぁ」
メルヴィル大使の言葉で、苦手な蛇が動いている姿を想像して、ショウは顔をしかめる。大きく開け放たれた窓から、ピィと真白が飛んできて、ショウの肩に止まった。
『蛇なら私が食べてやる!』
真白の羽根を撫でてやりながら、アルジェ女王のデスとゼリア王女のロスは襲わないようにと言い聞かせる。
「もしかして、ショウ王太子は蛇が苦手なのですか? それなら、スーラ王国に急いで行かずに、サバナ王国でゆっくりと……」
確かに豹の方が好ましいが、ゆっくりしてたら縁談を進められると、ショウはメルヴィル大使を睨みつけて黙らせた。
「怒った顔は、アスラン王にそっくりだ!」
まだまだ甘い点はあるが、崇拝するアスラン王の血を感じて、メルヴィル大使は今回は縁談を諦めた。
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