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第七章 忙しい夏休み
7 懐かしいフォン・フォレスト
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次の日に、ユーリはフォン・フォレストに帰省した。懐かしい古びた大きな館を眺めると、ずっと此処にいたくなったユーリは、数日だけの滞在が残念だと思う。
お祖母様にカザリアのお土産のティーセットを渡すと、早速にお茶にしながら、特使随行の時の話をする。
「エドアルド皇太子殿下との政略結婚は、同盟締結したのだから断れる筈だわ。とても親切で良い方だから、カザリア王国は安泰ね」
フォン・フォレストの田舎にも、ユーリとエドアルドの縁談の噂が届いていたので、モガーナは心配していた。ユーリの言うように簡単に政略結婚が無くなるとは考えなかったが、本人にはその気が無いのは確認できた。
「カザリア王国でパーティー漬けだったから、夏休みは本当はフォン・フォレストでゆっくりしたいの。でも、パーラーの準備や、出資者を募る為にストレーゼンで屋台をしなきゃ駄目なの」
モガーナには手紙で事情を説明していたが、フォン・フォレストに帰るとずっとこのまま夏休みを過ごしたくなる。
『ユーリ、海水浴に行こうよ!』
イリスの催促する声に、ユーリ自身も海水浴したくなり、夕食まで海で過ごす。
モガーナは暫く見ない間にユーリが凄く綺麗になったのに驚いていたし、少し寂しく感じたが、夕方に海水に濡れた格好のまま館に帰ってきたユーリはまだまだ幼く見えて、モガーナは安心して、さっさとお風呂に入るように笑う。
夕食はユーリの好きな海産物で、モガーナも呆れる程の食欲をみせた。
「ユーリ様、そんなに食べて大丈夫ですか?」
エミリア先生はおかわりしたユーリのお腹の具合を心配する。
「だって、ユングフラウから飛んできたし、海水浴したからお腹ぺこぺこなんですもの。それに、とても新鮮で美味しいわ。やっぱりストレーゼンに行くのを止めようかしら。出資者は募りたいし、パーラーの宣伝もしたいけど、カザリア王国で疲れたの。夏休み明けには国務省で見習いが始まるし、社交界は引退できそうにないし、忙しくなるのは目に見えてるわ」
ユーリがフォン・フォレストに長く滞在してくれるのは嬉しいが、多分この子は自分が決めたことをやり遂げるだろうとモガーナは溜め息をつく。
夕食後、エミリアは遠慮したので、ユーリはお祖母様と二人きりで色々と話した。
「お祖母様、真名について何かご存じですか? パロマ大学のライシャワー教授の授業で目にしたのです。あの文字には魔力があるの。遥か昔に滅びた魔王国シンで使われていた文字ではないかと、教授は考えておられたわ」
モガーナは真名だけを悩んでいるのでは無さそうだと気づく。
「そうなの……私は前世であれとよく似た文字を使ってたの。でも、前世には魔法は存在してなかったし、文字にも魔力は無かったわ。私は恐くなったの! 何か因縁が有りそうなんですもの! 知恵熱が出たし、なんか気味が悪いから、拘わりたく無いわ」
モガーナはその時の状況をこと細かく聞いて、深い溜め息をつく。
「貴女が真名を読めるだなんて……前世の記憶の悪戯かしらね。私は真名については無知なのよ。あまりに難し過ぎるし、気分が悪くなるから。教えてくれる人もいないし、無視してしまっていたの。あんな大昔に滅びた王国なんて、忘れてしまいなさい。祖先が反乱をを起こしたのは、そこら辺に理由があると言う説も聞くけど、誰もはっきりしたことはわからないのよ。貴女は今生きている時代だけでも竜騎士なんてなるから、大変じゃない。 そんな大昔の事を心配しても意味ないわ」
ユーリはモガーナが真名について無知だとは言ったが、存在を知っていたのに驚いた。しかし、魔女と呼ばれているお祖母様だから、当然かもと思う。
「そんな辛気臭い話より、誰か好きな人は……まだ、いそうに無いわね。いいわ、気になる方はいないの? エドアルド皇太子殿下や、グレゴリウス皇太子殿下との三角関係の噂は此処にも届いてますよ。あら、あら、そんなに怒らなくても」
ユーリが真っ赤になって酷い誤解だわとぷんぷん怒るのを、モガーナは笑いながら宥める。まだまだお子様の孫娘が、どのような恋をするのかはモガーナにもわからなかったが、幸せになって欲しいと願う。
その後、夜遅くまでユーリはお祖母様に、カザリア王国でグレゴリウスに告白されてキスされた事や、エドアルドが帰国間際に秋に遊学するまで預けておくとキスされた事を話した。
後、アレックス様からの無礼なプロポーズも話したが、モガーナは爆笑してしまい、廃嫡されたらフォン・フォレストで引き取りましょうと言いだす。
「お祖母様は怒られないのね。マキシウス祖父様は激怒されたのよ。私はアレックス様のお好みのグラマーじゃないのが、少し残念なくらいなのに。無礼だし、真名について質問されるのは困るけど、他の人と違って竜騎士としての私を必要としてないからかしら、嫌いになれないの。ターシュ探索目的のプロポーズだけど、アレックス様って生活能力が無さそうで、お世話してあげたくなったわ。でもお祖母様、あの方にキチンとした身なりで食卓に遅刻せず付かすのは至難の業よ。廃嫡されてフォン・フォレストに来られたら、お祖母様と毎日ケンカかもね」
くすくすと廃嫡された無礼な居候も悪くないかもと、モガーナは笑いながら考える。
「そうね、アレックス様には書庫の蔵書の整理でも、していただこうかしら? そろそろ虫干しをしなくてはカビが生えそうだわ。ユーリが夏休みにしてくれると思っていたのにねぇ」
お祖母様がいつも使っている新館の図書室ではなく、旧館の図書室を言ってるのに気づいて、ユーリはぶるぶる頭を振って拒否する。
「あの図書室は無理よ。お祖母様、夏休み中やっても無理だわ。そうねぇ、アレックス様なら蔵書の整理……読みふけって整理しそうに無いわね。風を通すぐらいならしておくわ。明日も海水浴するつもりなの」
モガーナは孫娘がかなりストレスをためているのに気づいたので、少ない滞在中は自由にさせることにした。本当はもう少し居て欲しいとは思うが、ユーリにはユーリの目標があるとモガーナは我慢する。
ユーリはフォン・フォレストにいる間は海水浴三昧で、祖母からドレスを着たときに、水着の跡が見えないように気をつけなさいとアドバイスされたので、海岸にいるときは肩紐をずらす。
短い滞在中にハインリッヒ様を訪ねたり、マダム・フォンテーヌの店に行ったりもしたが、二人ともユーリが綺麗になっているのに驚いた。
ユーリはマダムにドレスが男の人を惹きつけると少しこぼしたが、モガーナに爆笑されてしまう。
「お馬鹿さんね、殿方を魅了するためにパーティーに出るのでしょ?」
「だって……フランツやユージーンが、子息達をさばくのに苦労したと愚痴るから。露出を控えたドレスにしようと思うの。でも、露出は他の人より少ないとも言われるし、どうしようかしら? やはり、社交界は苦手だわ~」
マウリッツ公爵家とユーリが親密なのは、モガーナにとっては微妙な問題だったが、子息達がユーリを大事に思ってくれているのは伝わっていたし、守護者として苦労してる姿を想像すると笑いが止まらくなる。
「マダム、こんなお馬鹿ちゃんですが、宜しくお願いしますね。見習い竜騎士の冬の制服も作ってやって下さらない? あと、騎竜訓練用の制服もね」
ユーリはマダムにセリーナが素晴らしいドレスに感激していたことや、ニューパロマでドレスが評判だったこと、マダム・ルシアンが若い社交界に向けたドレス作りに燃えていることを話す。
「ユーリ様、マダム・ルシアンは才能に溢れていますが、少し沈滞してましたの。ユングフラウの貴婦人達も落ち着いた国王夫妻を見習って、大人しいドレスばかり着てましたからね。でも、グレゴリウス皇太子殿下が立太子されたのですから、若い人達向けのドレス作りに切り替えないと駄目ですのよ。ユーリ様のドレスを作るのは、マダム・ルシアンにとってよい勉強になるでしょう」
ユングフラウ一番のマダム・ルシアンが子ども扱いなのには苦笑したが、久しぶりに仮縫いしたドレスが素晴らしかったので、納得してしまう。
「このドレスは、露出も少ないし、スッキリしてて好きだわ。これなら、フランツも文句を付けないわね」
ユーリのドレス姿は素晴らしく愛らしかったので、それはどうかしらねと、モガーナとマダムは目配せする。
胸までは絹サテンのしっかりした生地だが、そこからは透け感のあるチュール素材で、首もとや、手首から肘まではレース模様がゴージャスに縫い付けてある。ユーリは首まで隠れているし、手首まであるから、ほぼ露出0だと安心していたが、透けた肌がどれほど想像力を刺激するかわかっていない。
背中もドレス本体部分より上もチュール素材で覆われていたが、首の豪華なレース部分から左右に二つに分かれていたので、大部分は隠れているのに中央に少しレースとレースの合間に肌がチラッと見えているのが、凄く刺激的に思えるように計算し尽くされたドレスだった。
ユーリが着替えている間、モガーナとマダムは次のドレスはどんなデザインにしようかしらと話し合う。困っているフランツ達には気の毒だが、ありふれた退屈なドレスなどには興味のない二人のデザインは、よりユーリを魅力的に見せることに集中している。
「マダム・フォンテーヌはなぜ引退されたのかしら? 今でも素晴らしいドレスをお作りになるのに」
ユーリは馬車で館に帰る途中で、前から思っていた疑問をモガーナに聞く。
「さぁ? 色々と、思うことがあったのでしょうよ。貴婦人方の中には、意地悪な方も多いし、威張り散らす馬鹿もいますからね。貴女にはそんな馬鹿な大人にはならないで頂きたいですわね。結婚相手の地位が高いとか、重臣だと、どうしても夫人もちやほやされるから、勘違いする人もいますからね。貴女は大丈夫だと信じていますよ」
ユーリはカザリア王国でグレゴリウスの社交相手として、国王夫妻にも大切に接待されたのを思い出した。
「そうね気をつけますわ。お祖母様が嫌がるような人間にはなりたくありませんもの」
ほんの数日の滞在だったが、ユーリにとっては有意義な日々だった。
「見習い竜騎士になれても、まだまだ修行が続くし、あまり帰ってこれないのが残念だわ。お祖母様には色々と教わりたいことがあるのに。あと、お願いしたいこともあるの」
ユーリは前から考えていた風車をフォン・フォレストで試してみたかったのだ。
冬に降水量の少ないこの地方では、秋に収穫した小麦の脱穀や、粉にするのに水車が活用できない日もあり、よく順番争いが起きていたのだ。冬場は海風がきつく、夏場も森からの風があるのに、この世界で風車が無いのに改めて気づいて驚いたので、羽の向きを変えれる風車の特許を取るのを計画していた。
特許で儲ける為ではなく、これを餌に予算を貰えないかなと漠然とした計画だけだったが、実際に作ってみないと設計図も解らないので、フォン・フォレストで試したかった。
ユーリはモガーナに風車の簡単な設計図を渡して説明すると、領民達の水車の揉め事にうんざりしていたので、二つ返事で試作品を作ると引き受けてくれる。
「水車と同じ原理なの。回転運動を、小麦などを挽く上下運動に変えるだけなの。後は風向きに合わせて、羽の部分の向きを変えれるようにしたら、夏場も冬場も風を受けて風車が使えるの。大工さんか、設計士に相談したいわ。夏休みが少な過ぎるの」
モガーナはユーリが忙しいのを心配したが、出入りの大工を呼び寄せて風車の試作品を取り掛からせた。
「ストレーゼンでの用事と、ユングフラウでのパーラーの準備が終わったら、数日でも良いから帰るわ。でも、ハンナの結婚式もあるし無理かしら? いえ、風車も見たいし、都合をつけて帰るわ」
本当に落ち着きのないユーリに身体に気をつけてねと、モガーナは送り出す。
ユーリの嵐のような滞在が終わり、モガーナはエミリアにいつになれば落ち着くのかしらと愚痴る。
「ユーリ様が落ち着かれるのは無理ではないでしょうか? やりたい事が山積みなんですもの。でも、少し見ない間に美しくなられましたね。見かけは大人びてこられましたが、まだ恋愛に興味はなさそうですね。皇太子殿下方にはお気の毒ですが、ユーリ様にはその気は無さそうですわ。どなたかユーリ様にお似合いのお相手が見つかれば宜しいのですけど」
「あら、貴女こそ良いお相手を見つけなくてはね。親が勧める結婚が嫌でここに来たのは知ってますが、自分の好きな方を見つけでも良い筈ですわよ。ダニエル・ターナーは良い青年ですわね」
モガーナはエミリアが館の警備をしている青年を憎からず思っているのに気づいていたので、二人が結婚すれば良いのにと笑う。
エミリアは騎士階級の出で、警備をしているダニエルも騎士階級の三男だったので問題は無かったし、しっかりした青年なのでエミリアと共にフォン・フォレストの領地の管理人をしてくれたら安心だと思う。
管理人のラングストンはかなり高齢だし、エミリアに仕事を覚えさせてはいたが、ユーリが竜騎士となれば自分のようにはフォン・フォレストに滞在できないだろうから、治安の維持には男手も必要だと考えていた。
ぽっと頬を染めたエミリアに、この話を進めますわねと確認をとると、恥ずかしそうに頷いたので、やれやれ仲人をしなくてはねと溜め息をつく。
お祖母様にカザリアのお土産のティーセットを渡すと、早速にお茶にしながら、特使随行の時の話をする。
「エドアルド皇太子殿下との政略結婚は、同盟締結したのだから断れる筈だわ。とても親切で良い方だから、カザリア王国は安泰ね」
フォン・フォレストの田舎にも、ユーリとエドアルドの縁談の噂が届いていたので、モガーナは心配していた。ユーリの言うように簡単に政略結婚が無くなるとは考えなかったが、本人にはその気が無いのは確認できた。
「カザリア王国でパーティー漬けだったから、夏休みは本当はフォン・フォレストでゆっくりしたいの。でも、パーラーの準備や、出資者を募る為にストレーゼンで屋台をしなきゃ駄目なの」
モガーナには手紙で事情を説明していたが、フォン・フォレストに帰るとずっとこのまま夏休みを過ごしたくなる。
『ユーリ、海水浴に行こうよ!』
イリスの催促する声に、ユーリ自身も海水浴したくなり、夕食まで海で過ごす。
モガーナは暫く見ない間にユーリが凄く綺麗になったのに驚いていたし、少し寂しく感じたが、夕方に海水に濡れた格好のまま館に帰ってきたユーリはまだまだ幼く見えて、モガーナは安心して、さっさとお風呂に入るように笑う。
夕食はユーリの好きな海産物で、モガーナも呆れる程の食欲をみせた。
「ユーリ様、そんなに食べて大丈夫ですか?」
エミリア先生はおかわりしたユーリのお腹の具合を心配する。
「だって、ユングフラウから飛んできたし、海水浴したからお腹ぺこぺこなんですもの。それに、とても新鮮で美味しいわ。やっぱりストレーゼンに行くのを止めようかしら。出資者は募りたいし、パーラーの宣伝もしたいけど、カザリア王国で疲れたの。夏休み明けには国務省で見習いが始まるし、社交界は引退できそうにないし、忙しくなるのは目に見えてるわ」
ユーリがフォン・フォレストに長く滞在してくれるのは嬉しいが、多分この子は自分が決めたことをやり遂げるだろうとモガーナは溜め息をつく。
夕食後、エミリアは遠慮したので、ユーリはお祖母様と二人きりで色々と話した。
「お祖母様、真名について何かご存じですか? パロマ大学のライシャワー教授の授業で目にしたのです。あの文字には魔力があるの。遥か昔に滅びた魔王国シンで使われていた文字ではないかと、教授は考えておられたわ」
モガーナは真名だけを悩んでいるのでは無さそうだと気づく。
「そうなの……私は前世であれとよく似た文字を使ってたの。でも、前世には魔法は存在してなかったし、文字にも魔力は無かったわ。私は恐くなったの! 何か因縁が有りそうなんですもの! 知恵熱が出たし、なんか気味が悪いから、拘わりたく無いわ」
モガーナはその時の状況をこと細かく聞いて、深い溜め息をつく。
「貴女が真名を読めるだなんて……前世の記憶の悪戯かしらね。私は真名については無知なのよ。あまりに難し過ぎるし、気分が悪くなるから。教えてくれる人もいないし、無視してしまっていたの。あんな大昔に滅びた王国なんて、忘れてしまいなさい。祖先が反乱をを起こしたのは、そこら辺に理由があると言う説も聞くけど、誰もはっきりしたことはわからないのよ。貴女は今生きている時代だけでも竜騎士なんてなるから、大変じゃない。 そんな大昔の事を心配しても意味ないわ」
ユーリはモガーナが真名について無知だとは言ったが、存在を知っていたのに驚いた。しかし、魔女と呼ばれているお祖母様だから、当然かもと思う。
「そんな辛気臭い話より、誰か好きな人は……まだ、いそうに無いわね。いいわ、気になる方はいないの? エドアルド皇太子殿下や、グレゴリウス皇太子殿下との三角関係の噂は此処にも届いてますよ。あら、あら、そんなに怒らなくても」
ユーリが真っ赤になって酷い誤解だわとぷんぷん怒るのを、モガーナは笑いながら宥める。まだまだお子様の孫娘が、どのような恋をするのかはモガーナにもわからなかったが、幸せになって欲しいと願う。
その後、夜遅くまでユーリはお祖母様に、カザリア王国でグレゴリウスに告白されてキスされた事や、エドアルドが帰国間際に秋に遊学するまで預けておくとキスされた事を話した。
後、アレックス様からの無礼なプロポーズも話したが、モガーナは爆笑してしまい、廃嫡されたらフォン・フォレストで引き取りましょうと言いだす。
「お祖母様は怒られないのね。マキシウス祖父様は激怒されたのよ。私はアレックス様のお好みのグラマーじゃないのが、少し残念なくらいなのに。無礼だし、真名について質問されるのは困るけど、他の人と違って竜騎士としての私を必要としてないからかしら、嫌いになれないの。ターシュ探索目的のプロポーズだけど、アレックス様って生活能力が無さそうで、お世話してあげたくなったわ。でもお祖母様、あの方にキチンとした身なりで食卓に遅刻せず付かすのは至難の業よ。廃嫡されてフォン・フォレストに来られたら、お祖母様と毎日ケンカかもね」
くすくすと廃嫡された無礼な居候も悪くないかもと、モガーナは笑いながら考える。
「そうね、アレックス様には書庫の蔵書の整理でも、していただこうかしら? そろそろ虫干しをしなくてはカビが生えそうだわ。ユーリが夏休みにしてくれると思っていたのにねぇ」
お祖母様がいつも使っている新館の図書室ではなく、旧館の図書室を言ってるのに気づいて、ユーリはぶるぶる頭を振って拒否する。
「あの図書室は無理よ。お祖母様、夏休み中やっても無理だわ。そうねぇ、アレックス様なら蔵書の整理……読みふけって整理しそうに無いわね。風を通すぐらいならしておくわ。明日も海水浴するつもりなの」
モガーナは孫娘がかなりストレスをためているのに気づいたので、少ない滞在中は自由にさせることにした。本当はもう少し居て欲しいとは思うが、ユーリにはユーリの目標があるとモガーナは我慢する。
ユーリはフォン・フォレストにいる間は海水浴三昧で、祖母からドレスを着たときに、水着の跡が見えないように気をつけなさいとアドバイスされたので、海岸にいるときは肩紐をずらす。
短い滞在中にハインリッヒ様を訪ねたり、マダム・フォンテーヌの店に行ったりもしたが、二人ともユーリが綺麗になっているのに驚いた。
ユーリはマダムにドレスが男の人を惹きつけると少しこぼしたが、モガーナに爆笑されてしまう。
「お馬鹿さんね、殿方を魅了するためにパーティーに出るのでしょ?」
「だって……フランツやユージーンが、子息達をさばくのに苦労したと愚痴るから。露出を控えたドレスにしようと思うの。でも、露出は他の人より少ないとも言われるし、どうしようかしら? やはり、社交界は苦手だわ~」
マウリッツ公爵家とユーリが親密なのは、モガーナにとっては微妙な問題だったが、子息達がユーリを大事に思ってくれているのは伝わっていたし、守護者として苦労してる姿を想像すると笑いが止まらくなる。
「マダム、こんなお馬鹿ちゃんですが、宜しくお願いしますね。見習い竜騎士の冬の制服も作ってやって下さらない? あと、騎竜訓練用の制服もね」
ユーリはマダムにセリーナが素晴らしいドレスに感激していたことや、ニューパロマでドレスが評判だったこと、マダム・ルシアンが若い社交界に向けたドレス作りに燃えていることを話す。
「ユーリ様、マダム・ルシアンは才能に溢れていますが、少し沈滞してましたの。ユングフラウの貴婦人達も落ち着いた国王夫妻を見習って、大人しいドレスばかり着てましたからね。でも、グレゴリウス皇太子殿下が立太子されたのですから、若い人達向けのドレス作りに切り替えないと駄目ですのよ。ユーリ様のドレスを作るのは、マダム・ルシアンにとってよい勉強になるでしょう」
ユングフラウ一番のマダム・ルシアンが子ども扱いなのには苦笑したが、久しぶりに仮縫いしたドレスが素晴らしかったので、納得してしまう。
「このドレスは、露出も少ないし、スッキリしてて好きだわ。これなら、フランツも文句を付けないわね」
ユーリのドレス姿は素晴らしく愛らしかったので、それはどうかしらねと、モガーナとマダムは目配せする。
胸までは絹サテンのしっかりした生地だが、そこからは透け感のあるチュール素材で、首もとや、手首から肘まではレース模様がゴージャスに縫い付けてある。ユーリは首まで隠れているし、手首まであるから、ほぼ露出0だと安心していたが、透けた肌がどれほど想像力を刺激するかわかっていない。
背中もドレス本体部分より上もチュール素材で覆われていたが、首の豪華なレース部分から左右に二つに分かれていたので、大部分は隠れているのに中央に少しレースとレースの合間に肌がチラッと見えているのが、凄く刺激的に思えるように計算し尽くされたドレスだった。
ユーリが着替えている間、モガーナとマダムは次のドレスはどんなデザインにしようかしらと話し合う。困っているフランツ達には気の毒だが、ありふれた退屈なドレスなどには興味のない二人のデザインは、よりユーリを魅力的に見せることに集中している。
「マダム・フォンテーヌはなぜ引退されたのかしら? 今でも素晴らしいドレスをお作りになるのに」
ユーリは馬車で館に帰る途中で、前から思っていた疑問をモガーナに聞く。
「さぁ? 色々と、思うことがあったのでしょうよ。貴婦人方の中には、意地悪な方も多いし、威張り散らす馬鹿もいますからね。貴女にはそんな馬鹿な大人にはならないで頂きたいですわね。結婚相手の地位が高いとか、重臣だと、どうしても夫人もちやほやされるから、勘違いする人もいますからね。貴女は大丈夫だと信じていますよ」
ユーリはカザリア王国でグレゴリウスの社交相手として、国王夫妻にも大切に接待されたのを思い出した。
「そうね気をつけますわ。お祖母様が嫌がるような人間にはなりたくありませんもの」
ほんの数日の滞在だったが、ユーリにとっては有意義な日々だった。
「見習い竜騎士になれても、まだまだ修行が続くし、あまり帰ってこれないのが残念だわ。お祖母様には色々と教わりたいことがあるのに。あと、お願いしたいこともあるの」
ユーリは前から考えていた風車をフォン・フォレストで試してみたかったのだ。
冬に降水量の少ないこの地方では、秋に収穫した小麦の脱穀や、粉にするのに水車が活用できない日もあり、よく順番争いが起きていたのだ。冬場は海風がきつく、夏場も森からの風があるのに、この世界で風車が無いのに改めて気づいて驚いたので、羽の向きを変えれる風車の特許を取るのを計画していた。
特許で儲ける為ではなく、これを餌に予算を貰えないかなと漠然とした計画だけだったが、実際に作ってみないと設計図も解らないので、フォン・フォレストで試したかった。
ユーリはモガーナに風車の簡単な設計図を渡して説明すると、領民達の水車の揉め事にうんざりしていたので、二つ返事で試作品を作ると引き受けてくれる。
「水車と同じ原理なの。回転運動を、小麦などを挽く上下運動に変えるだけなの。後は風向きに合わせて、羽の部分の向きを変えれるようにしたら、夏場も冬場も風を受けて風車が使えるの。大工さんか、設計士に相談したいわ。夏休みが少な過ぎるの」
モガーナはユーリが忙しいのを心配したが、出入りの大工を呼び寄せて風車の試作品を取り掛からせた。
「ストレーゼンでの用事と、ユングフラウでのパーラーの準備が終わったら、数日でも良いから帰るわ。でも、ハンナの結婚式もあるし無理かしら? いえ、風車も見たいし、都合をつけて帰るわ」
本当に落ち着きのないユーリに身体に気をつけてねと、モガーナは送り出す。
ユーリの嵐のような滞在が終わり、モガーナはエミリアにいつになれば落ち着くのかしらと愚痴る。
「ユーリ様が落ち着かれるのは無理ではないでしょうか? やりたい事が山積みなんですもの。でも、少し見ない間に美しくなられましたね。見かけは大人びてこられましたが、まだ恋愛に興味はなさそうですね。皇太子殿下方にはお気の毒ですが、ユーリ様にはその気は無さそうですわ。どなたかユーリ様にお似合いのお相手が見つかれば宜しいのですけど」
「あら、貴女こそ良いお相手を見つけなくてはね。親が勧める結婚が嫌でここに来たのは知ってますが、自分の好きな方を見つけでも良い筈ですわよ。ダニエル・ターナーは良い青年ですわね」
モガーナはエミリアが館の警備をしている青年を憎からず思っているのに気づいていたので、二人が結婚すれば良いのにと笑う。
エミリアは騎士階級の出で、警備をしているダニエルも騎士階級の三男だったので問題は無かったし、しっかりした青年なのでエミリアと共にフォン・フォレストの領地の管理人をしてくれたら安心だと思う。
管理人のラングストンはかなり高齢だし、エミリアに仕事を覚えさせてはいたが、ユーリが竜騎士となれば自分のようにはフォン・フォレストに滞在できないだろうから、治安の維持には男手も必要だと考えていた。
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リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。
それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。
子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。
最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。
八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。
それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。
また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。
オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。
同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。
それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。
弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
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