月見が丘小学校 1年1組は妖怪教室

梨香

文字の大きさ
27 / 42

27 行き違い

しおりを挟む
 新米の鈴子先生は、夜も自室で次の日の授業の進行などを考えていた。生真面目な性格なので、子ども達全員に発表の機会を与える為の質問の仕方なども頭を悩ませる。

『1年生は、素直に手をあげてくれるから、その点は楽やわ! 高学年になったら、斜に構えるのが格好良いとか考えて、手をあげへん子も居てるからなぁ』と、ベテラン先生が笑っていたが、はい! はい! と元気が良すぎる生徒ばかり当ててしまうのは、問題なのだ。

 鈴子先生は、なるべく大人しい子どもにも発言の機会を与えるように気を配ってきたつもりだ。

「私は、依怙贔屓しているのかしら?」

 鈴子先生は、ペンをノートの上に置く。思い出しただけで情けなくて、涙が溢れそうになるが、首斬り男を呼び寄せてはいけないので、グッと我慢する。


 鈴子先生は、放課後にかかってきた電話の内容を、珠子ちゃんに確認するべきか? 悩んでいた。

『鈴子先生は、珠子ちゃんの家に下宿されてはるから、うちの豆花をのけ者にしているのに、それを放置してはるんですか?』

 小豆洗いのお母ちゃんは、とても神経質で細かいところがある。豆花ちゃんも、気性はよく似ていて、真面目で宿題や忘れ物をしない優等生だ。

「珠子ちゃんが豆花ちゃんをのけ者になど、するわけが無いとは思うけど……私が猫おばさんの家に下宿させて貰っているから、こうした誤解を生むのかもしれないわ」

 担任が、生徒の家に下宿しているだなんて、非常識なのかもと、鈴子先生は溜め息をつく。しかし、首斬り男が大阪まで追いかけて来ているのだ! とても、アパートで独り暮らしなどできはしないと、ぶるぶると震える。

「猫おばさんは、妖術も使える最強の妖怪ですもの。この屋敷には、首斬り男も入り込めない結界を張ってくれているわ」

 猫おばさんは、犬の匂いが嫌いなので、近づかないように、前からゆるい結界を張っていたのだが、それを強化してくれたのだ。お蔭で、セールスマンなども来なくなり、猫おばさんの昼寝を邪魔する者はいなくなった。


「珠子ちゃんに、豆花ちゃんをのけ者にしているのか? そう誤解されるようなことがあったのか? なんて質問したら、賢い子だから、何か苦情があったのだと察してしまうわ。そんなことになったら、それこそ豆花ちゃんの立場は悪くなってしまうかも……」

 鈴子先生は、女の子同士の問題はデリケートだから、珠子ちゃんに真偽を問うのを止めて、様子を見ることにした。

 それに、下宿させて貰っているからではなく、珠子ちゃんがそんなことをする子ではないと信じている。

「でも、豆花ちゃんが、そう感じる何かがあった筈なのよ」

 珠子ちゃんを信じている鈴子先生だが、豆花ちゃんも嘘をつく子ではないので、何か行き違いがあるのだと考える。

「この二人が仲が良いのは、小雪ちゃんと緑ちゃんだわ」

 入学した頃は、先生が引率して家まで送り届けていたのだ。珠子ちゃんは、三叉路で別の道に別れるが、豆花ちゃん、緑ちゃん、小雪ちゃんは、商店街の方へと帰っていく道順を思い浮かべる。   

「珠子ちゃんは、先に別れる筈だけど?」

 先に豆花ちゃんが別れるなら、仲間外れの気分になるかもしれないが、この四人のグループでは、珠子ちゃん、小雪ちゃん、豆花ちゃん、緑ちゃんの順で家に帰るのだ。



 翌朝、元気いっぱいの珠子ちゃんに、帰り道の質問だけでもしてみる。

「珠子ちゃんは、いつも誰と帰っているの?」

 ミルクを飲んでいた珠子ちゃんは、ぐっと飲み干して、明るく答える。

「小雪ちゃんと緑ちゃん! あっ、銀次郎くんはいつも九助くん達と商店街の方へ遠回りして帰ってるで! 寄り道したら、あかんのになぁ!」

 屈託ない答えだが、鈴子先生は豆花ちゃんがいないのにドキンとした。

「あんたらも三叉路で道草食ってると、招き猫おばさんが言ってましたで! さっさと帰らなあきまへんで」

 ミルクのお代わりを注ぎながら、猫おばさんは注意したが、鈴子先生の箸が止まったので、あれっ? と不思議な顔をする。

「何故、豆花ちゃんは一緒に帰らないの?」

 珠子ちゃんは、目玉焼きをご飯にのせてクチャクチャ混ぜながら、あれっ? と感じる。

「そりゃ、豆花ちゃんは習い事がいっぱいあるから、走って帰るんやもん。なんで、そんなこと聞くん?」

 鈴子先生は、慌てて納豆を混ぜ混ぜする。珠子ちゃんは「わっ! その匂いはかなわんわ!」と鼻を摘まむ。

「なんで、そんなもんを食べるんか、理解不能やわ! 豆が腐ってますんやで!」

 猫おばさんの家に下宿させて貰っているが、東京出身の鈴子先生は、朝の納豆だけは我が儘を通している。

「すみません。これを食べないと朝が来た気にならないので……」

「しゃ~ないなぁ! 納豆は身体にええとは聞いてるんやけど、猫は嗅覚もええから、この匂いは無理でっせ!」

 猫おばさんは、鈴子先生が何か珠子ちゃんには聞かせたくない話があるのだと気づいて、納豆の悪口に逸らしたのだ。



 学校でも鈴子先生は、女の子のグループを中心に観察した。

 グループのリーダーは、もちろん珠子ちゃんだ。昼休みには、外でドッチボールなど率先して遊んでいる。夏場は元気が無かった小雪ちゃんも、秋の訪れと共に友だちと校庭で遊んでいる姿を見て、鈴子先生は微笑む。

「小雪ちゃん、良かったわね! あっ、豆花ちゃんは? 緑ちゃん、ノノコちゃん、密ちゃん……他の女の子は全員いるのに!」

 秋晴れの気持ちの良い昼休み、ドッチボールしている子だけでなく、ブランコしたり、鉄棒で遊んでる子などを確認して、鈴子先生は教室に帰った。


「豆花ちゃん? みんなと遊ばないの?」

 教室でポツリと座っている豆花ちゃんに声をかける。

「宿題をしているんです。家に帰ったら、習い事で忙しいから……ほんまは、皆と一緒に帰りたいんやけど、お母ちゃんに叱られるから」

 言ってる間に、豆花ちゃんの目から涙がポロリと溢れた。泣き女の鈴子先生は、ハンカチで豆花ちゃんの涙を拭いてあげる。

「寄り道は良くないけど、友だちと一緒に帰りたいわよね」

 さっさと帰るなら一緒に帰られるのだが、わいわいと話しながら帰ると、習い事に遅れるのだと、悲しそうに豆花ちゃんは話す。

『これがのけ者にされたと言われているのかしら?』

 寄り道しないで帰りましょう! と指導はできるが、友だちと話しながら帰るぐらいは仕方がない。

「月曜はピアノ、火曜と金曜は英会話、木曜は習字、水曜のバレエは止めたけど、お店が休みの日やから、早く帰らないと叱られるんや」

 それにしても習い事が多すぎるのではと感じるが、ベテラン先生から塾や習い事に口を出したら厄介だと注意を受けていた。

『親御さんは、わざわざお金と時間を掛けて習い事をさせてはるんや! 学校の先生が反対してるとか誤解させたら、大問題になるから気ぃつけなあかんよ』

 鈴子先生は、豆花ちゃんのお母さんが、抗議の電話をする切っ掛けになったのは何だろうと、話を聞くことにする。

「豆花ちゃんは、お友だちと遊ぶ時間が無いのね?」と、誘う。

「遊ぶ時間が無いのは仕方ないねん。小雪ちゃんも店の手伝いとか、頑張っているんやから。でも、皆が一緒に勉強会しているのに、私だけのけ者なんは、嫌やねん!」

 はぁ~と、真面目な鈴子先生も呆れてしまった。小豆洗いのマメな性分は、泣き女にも理解不能だ。

「今度からは、声をかけて貰いましょうね」

 パッと顔を綻ばせる豆花ちゃんに、昼休みは外で遊びましょうと、注意する。

「あっ! ほんまや! あゆみの生活面で、休み時間は外で遊ぶというのがあったんや」

 豆花ちゃんは、教科書とノートを机に片付けて、校庭へと急ぐ。

「そんな意味で言ったのでは無いけど、元気になったから良いのかしら? それにしても、遊ぶより、勉強会だなんて、豆花ちゃんは変わっているわね」

 個性豊かなといえば聞こえは良いが、変わった子ども達をしっかり指導していこうと、鈴子先生は決意を新たにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ダンジョンをある日見つけた結果→世界最強になってしまった

仮実谷 望
ファンタジー
いつも遊び場にしていた山である日ダンジョンを見つけた。とりあえず入ってみるがそこは未知の場所で……モンスターや宝箱などお宝やワクワクが溢れている場所だった。 そんなところで過ごしているといつの間にかステータスが伸びて伸びていつの間にか世界最強になっていた!?

処理中です...