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新米の鈴子先生は、夜も自室で次の日の授業の進行などを考えていた。生真面目な性格なので、子ども達全員に発表の機会を与える為の質問の仕方なども頭を悩ませる。
『1年生は、素直に手をあげてくれるから、その点は楽やわ! 高学年になったら、斜に構えるのが格好良いとか考えて、手をあげへん子も居てるからなぁ』と、ベテラン先生が笑っていたが、はい! はい! と元気が良すぎる生徒ばかり当ててしまうのは、問題なのだ。
鈴子先生は、なるべく大人しい子どもにも発言の機会を与えるように気を配ってきたつもりだ。
「私は、依怙贔屓しているのかしら?」
鈴子先生は、ペンをノートの上に置く。思い出しただけで情けなくて、涙が溢れそうになるが、首斬り男を呼び寄せてはいけないので、グッと我慢する。
鈴子先生は、放課後にかかってきた電話の内容を、珠子ちゃんに確認するべきか? 悩んでいた。
『鈴子先生は、珠子ちゃんの家に下宿されてはるから、うちの豆花をのけ者にしているのに、それを放置してはるんですか?』
小豆洗いのお母ちゃんは、とても神経質で細かいところがある。豆花ちゃんも、気性はよく似ていて、真面目で宿題や忘れ物をしない優等生だ。
「珠子ちゃんが豆花ちゃんをのけ者になど、するわけが無いとは思うけど……私が猫おばさんの家に下宿させて貰っているから、こうした誤解を生むのかもしれないわ」
担任が、生徒の家に下宿しているだなんて、非常識なのかもと、鈴子先生は溜め息をつく。しかし、首斬り男が大阪まで追いかけて来ているのだ! とても、アパートで独り暮らしなどできはしないと、ぶるぶると震える。
「猫おばさんは、妖術も使える最強の妖怪ですもの。この屋敷には、首斬り男も入り込めない結界を張ってくれているわ」
猫おばさんは、犬の匂いが嫌いなので、近づかないように、前からゆるい結界を張っていたのだが、それを強化してくれたのだ。お蔭で、セールスマンなども来なくなり、猫おばさんの昼寝を邪魔する者はいなくなった。
「珠子ちゃんに、豆花ちゃんをのけ者にしているのか? そう誤解されるようなことがあったのか? なんて質問したら、賢い子だから、何か苦情があったのだと察してしまうわ。そんなことになったら、それこそ豆花ちゃんの立場は悪くなってしまうかも……」
鈴子先生は、女の子同士の問題はデリケートだから、珠子ちゃんに真偽を問うのを止めて、様子を見ることにした。
それに、下宿させて貰っているからではなく、珠子ちゃんがそんなことをする子ではないと信じている。
「でも、豆花ちゃんが、そう感じる何かがあった筈なのよ」
珠子ちゃんを信じている鈴子先生だが、豆花ちゃんも嘘をつく子ではないので、何か行き違いがあるのだと考える。
「この二人が仲が良いのは、小雪ちゃんと緑ちゃんだわ」
入学した頃は、先生が引率して家まで送り届けていたのだ。珠子ちゃんは、三叉路で別の道に別れるが、豆花ちゃん、緑ちゃん、小雪ちゃんは、商店街の方へと帰っていく道順を思い浮かべる。
「珠子ちゃんは、先に別れる筈だけど?」
先に豆花ちゃんが別れるなら、仲間外れの気分になるかもしれないが、この四人のグループでは、珠子ちゃん、小雪ちゃん、豆花ちゃん、緑ちゃんの順で家に帰るのだ。
翌朝、元気いっぱいの珠子ちゃんに、帰り道の質問だけでもしてみる。
「珠子ちゃんは、いつも誰と帰っているの?」
ミルクを飲んでいた珠子ちゃんは、ぐっと飲み干して、明るく答える。
「小雪ちゃんと緑ちゃん! あっ、銀次郎くんはいつも九助くん達と商店街の方へ遠回りして帰ってるで! 寄り道したら、あかんのになぁ!」
屈託ない答えだが、鈴子先生は豆花ちゃんがいないのにドキンとした。
「あんたらも三叉路で道草食ってると、招き猫おばさんが言ってましたで! さっさと帰らなあきまへんで」
ミルクのお代わりを注ぎながら、猫おばさんは注意したが、鈴子先生の箸が止まったので、あれっ? と不思議な顔をする。
「何故、豆花ちゃんは一緒に帰らないの?」
珠子ちゃんは、目玉焼きをご飯にのせてクチャクチャ混ぜながら、あれっ? と感じる。
「そりゃ、豆花ちゃんは習い事がいっぱいあるから、走って帰るんやもん。なんで、そんなこと聞くん?」
鈴子先生は、慌てて納豆を混ぜ混ぜする。珠子ちゃんは「わっ! その匂いはかなわんわ!」と鼻を摘まむ。
「なんで、そんなもんを食べるんか、理解不能やわ! 豆が腐ってますんやで!」
猫おばさんの家に下宿させて貰っているが、東京出身の鈴子先生は、朝の納豆だけは我が儘を通している。
「すみません。これを食べないと朝が来た気にならないので……」
「しゃ~ないなぁ! 納豆は身体にええとは聞いてるんやけど、猫は嗅覚もええから、この匂いは無理でっせ!」
猫おばさんは、鈴子先生が何か珠子ちゃんには聞かせたくない話があるのだと気づいて、納豆の悪口に逸らしたのだ。
学校でも鈴子先生は、女の子のグループを中心に観察した。
グループのリーダーは、もちろん珠子ちゃんだ。昼休みには、外でドッチボールなど率先して遊んでいる。夏場は元気が無かった小雪ちゃんも、秋の訪れと共に友だちと校庭で遊んでいる姿を見て、鈴子先生は微笑む。
「小雪ちゃん、良かったわね! あっ、豆花ちゃんは? 緑ちゃん、ノノコちゃん、密ちゃん……他の女の子は全員いるのに!」
秋晴れの気持ちの良い昼休み、ドッチボールしている子だけでなく、ブランコしたり、鉄棒で遊んでる子などを確認して、鈴子先生は教室に帰った。
「豆花ちゃん? みんなと遊ばないの?」
教室でポツリと座っている豆花ちゃんに声をかける。
「宿題をしているんです。家に帰ったら、習い事で忙しいから……ほんまは、皆と一緒に帰りたいんやけど、お母ちゃんに叱られるから」
言ってる間に、豆花ちゃんの目から涙がポロリと溢れた。泣き女の鈴子先生は、ハンカチで豆花ちゃんの涙を拭いてあげる。
「寄り道は良くないけど、友だちと一緒に帰りたいわよね」
さっさと帰るなら一緒に帰られるのだが、わいわいと話しながら帰ると、習い事に遅れるのだと、悲しそうに豆花ちゃんは話す。
『これがのけ者にされたと言われているのかしら?』
寄り道しないで帰りましょう! と指導はできるが、友だちと話しながら帰るぐらいは仕方がない。
「月曜はピアノ、火曜と金曜は英会話、木曜は習字、水曜のバレエは止めたけど、お店が休みの日やから、早く帰らないと叱られるんや」
それにしても習い事が多すぎるのではと感じるが、ベテラン先生から塾や習い事に口を出したら厄介だと注意を受けていた。
『親御さんは、わざわざお金と時間を掛けて習い事をさせてはるんや! 学校の先生が反対してるとか誤解させたら、大問題になるから気ぃつけなあかんよ』
鈴子先生は、豆花ちゃんのお母さんが、抗議の電話をする切っ掛けになったのは何だろうと、話を聞くことにする。
「豆花ちゃんは、お友だちと遊ぶ時間が無いのね?」と、誘う。
「遊ぶ時間が無いのは仕方ないねん。小雪ちゃんも店の手伝いとか、頑張っているんやから。でも、皆が一緒に勉強会しているのに、私だけのけ者なんは、嫌やねん!」
はぁ~と、真面目な鈴子先生も呆れてしまった。小豆洗いのマメな性分は、泣き女にも理解不能だ。
「今度からは、声をかけて貰いましょうね」
パッと顔を綻ばせる豆花ちゃんに、昼休みは外で遊びましょうと、注意する。
「あっ! ほんまや! あゆみの生活面で、休み時間は外で遊ぶというのがあったんや」
豆花ちゃんは、教科書とノートを机に片付けて、校庭へと急ぐ。
「そんな意味で言ったのでは無いけど、元気になったから良いのかしら? それにしても、遊ぶより、勉強会だなんて、豆花ちゃんは変わっているわね」
個性豊かなといえば聞こえは良いが、変わった子ども達をしっかり指導していこうと、鈴子先生は決意を新たにした。
『1年生は、素直に手をあげてくれるから、その点は楽やわ! 高学年になったら、斜に構えるのが格好良いとか考えて、手をあげへん子も居てるからなぁ』と、ベテラン先生が笑っていたが、はい! はい! と元気が良すぎる生徒ばかり当ててしまうのは、問題なのだ。
鈴子先生は、なるべく大人しい子どもにも発言の機会を与えるように気を配ってきたつもりだ。
「私は、依怙贔屓しているのかしら?」
鈴子先生は、ペンをノートの上に置く。思い出しただけで情けなくて、涙が溢れそうになるが、首斬り男を呼び寄せてはいけないので、グッと我慢する。
鈴子先生は、放課後にかかってきた電話の内容を、珠子ちゃんに確認するべきか? 悩んでいた。
『鈴子先生は、珠子ちゃんの家に下宿されてはるから、うちの豆花をのけ者にしているのに、それを放置してはるんですか?』
小豆洗いのお母ちゃんは、とても神経質で細かいところがある。豆花ちゃんも、気性はよく似ていて、真面目で宿題や忘れ物をしない優等生だ。
「珠子ちゃんが豆花ちゃんをのけ者になど、するわけが無いとは思うけど……私が猫おばさんの家に下宿させて貰っているから、こうした誤解を生むのかもしれないわ」
担任が、生徒の家に下宿しているだなんて、非常識なのかもと、鈴子先生は溜め息をつく。しかし、首斬り男が大阪まで追いかけて来ているのだ! とても、アパートで独り暮らしなどできはしないと、ぶるぶると震える。
「猫おばさんは、妖術も使える最強の妖怪ですもの。この屋敷には、首斬り男も入り込めない結界を張ってくれているわ」
猫おばさんは、犬の匂いが嫌いなので、近づかないように、前からゆるい結界を張っていたのだが、それを強化してくれたのだ。お蔭で、セールスマンなども来なくなり、猫おばさんの昼寝を邪魔する者はいなくなった。
「珠子ちゃんに、豆花ちゃんをのけ者にしているのか? そう誤解されるようなことがあったのか? なんて質問したら、賢い子だから、何か苦情があったのだと察してしまうわ。そんなことになったら、それこそ豆花ちゃんの立場は悪くなってしまうかも……」
鈴子先生は、女の子同士の問題はデリケートだから、珠子ちゃんに真偽を問うのを止めて、様子を見ることにした。
それに、下宿させて貰っているからではなく、珠子ちゃんがそんなことをする子ではないと信じている。
「でも、豆花ちゃんが、そう感じる何かがあった筈なのよ」
珠子ちゃんを信じている鈴子先生だが、豆花ちゃんも嘘をつく子ではないので、何か行き違いがあるのだと考える。
「この二人が仲が良いのは、小雪ちゃんと緑ちゃんだわ」
入学した頃は、先生が引率して家まで送り届けていたのだ。珠子ちゃんは、三叉路で別の道に別れるが、豆花ちゃん、緑ちゃん、小雪ちゃんは、商店街の方へと帰っていく道順を思い浮かべる。
「珠子ちゃんは、先に別れる筈だけど?」
先に豆花ちゃんが別れるなら、仲間外れの気分になるかもしれないが、この四人のグループでは、珠子ちゃん、小雪ちゃん、豆花ちゃん、緑ちゃんの順で家に帰るのだ。
翌朝、元気いっぱいの珠子ちゃんに、帰り道の質問だけでもしてみる。
「珠子ちゃんは、いつも誰と帰っているの?」
ミルクを飲んでいた珠子ちゃんは、ぐっと飲み干して、明るく答える。
「小雪ちゃんと緑ちゃん! あっ、銀次郎くんはいつも九助くん達と商店街の方へ遠回りして帰ってるで! 寄り道したら、あかんのになぁ!」
屈託ない答えだが、鈴子先生は豆花ちゃんがいないのにドキンとした。
「あんたらも三叉路で道草食ってると、招き猫おばさんが言ってましたで! さっさと帰らなあきまへんで」
ミルクのお代わりを注ぎながら、猫おばさんは注意したが、鈴子先生の箸が止まったので、あれっ? と不思議な顔をする。
「何故、豆花ちゃんは一緒に帰らないの?」
珠子ちゃんは、目玉焼きをご飯にのせてクチャクチャ混ぜながら、あれっ? と感じる。
「そりゃ、豆花ちゃんは習い事がいっぱいあるから、走って帰るんやもん。なんで、そんなこと聞くん?」
鈴子先生は、慌てて納豆を混ぜ混ぜする。珠子ちゃんは「わっ! その匂いはかなわんわ!」と鼻を摘まむ。
「なんで、そんなもんを食べるんか、理解不能やわ! 豆が腐ってますんやで!」
猫おばさんの家に下宿させて貰っているが、東京出身の鈴子先生は、朝の納豆だけは我が儘を通している。
「すみません。これを食べないと朝が来た気にならないので……」
「しゃ~ないなぁ! 納豆は身体にええとは聞いてるんやけど、猫は嗅覚もええから、この匂いは無理でっせ!」
猫おばさんは、鈴子先生が何か珠子ちゃんには聞かせたくない話があるのだと気づいて、納豆の悪口に逸らしたのだ。
学校でも鈴子先生は、女の子のグループを中心に観察した。
グループのリーダーは、もちろん珠子ちゃんだ。昼休みには、外でドッチボールなど率先して遊んでいる。夏場は元気が無かった小雪ちゃんも、秋の訪れと共に友だちと校庭で遊んでいる姿を見て、鈴子先生は微笑む。
「小雪ちゃん、良かったわね! あっ、豆花ちゃんは? 緑ちゃん、ノノコちゃん、密ちゃん……他の女の子は全員いるのに!」
秋晴れの気持ちの良い昼休み、ドッチボールしている子だけでなく、ブランコしたり、鉄棒で遊んでる子などを確認して、鈴子先生は教室に帰った。
「豆花ちゃん? みんなと遊ばないの?」
教室でポツリと座っている豆花ちゃんに声をかける。
「宿題をしているんです。家に帰ったら、習い事で忙しいから……ほんまは、皆と一緒に帰りたいんやけど、お母ちゃんに叱られるから」
言ってる間に、豆花ちゃんの目から涙がポロリと溢れた。泣き女の鈴子先生は、ハンカチで豆花ちゃんの涙を拭いてあげる。
「寄り道は良くないけど、友だちと一緒に帰りたいわよね」
さっさと帰るなら一緒に帰られるのだが、わいわいと話しながら帰ると、習い事に遅れるのだと、悲しそうに豆花ちゃんは話す。
『これがのけ者にされたと言われているのかしら?』
寄り道しないで帰りましょう! と指導はできるが、友だちと話しながら帰るぐらいは仕方がない。
「月曜はピアノ、火曜と金曜は英会話、木曜は習字、水曜のバレエは止めたけど、お店が休みの日やから、早く帰らないと叱られるんや」
それにしても習い事が多すぎるのではと感じるが、ベテラン先生から塾や習い事に口を出したら厄介だと注意を受けていた。
『親御さんは、わざわざお金と時間を掛けて習い事をさせてはるんや! 学校の先生が反対してるとか誤解させたら、大問題になるから気ぃつけなあかんよ』
鈴子先生は、豆花ちゃんのお母さんが、抗議の電話をする切っ掛けになったのは何だろうと、話を聞くことにする。
「豆花ちゃんは、お友だちと遊ぶ時間が無いのね?」と、誘う。
「遊ぶ時間が無いのは仕方ないねん。小雪ちゃんも店の手伝いとか、頑張っているんやから。でも、皆が一緒に勉強会しているのに、私だけのけ者なんは、嫌やねん!」
はぁ~と、真面目な鈴子先生も呆れてしまった。小豆洗いのマメな性分は、泣き女にも理解不能だ。
「今度からは、声をかけて貰いましょうね」
パッと顔を綻ばせる豆花ちゃんに、昼休みは外で遊びましょうと、注意する。
「あっ! ほんまや! あゆみの生活面で、休み時間は外で遊ぶというのがあったんや」
豆花ちゃんは、教科書とノートを机に片付けて、校庭へと急ぐ。
「そんな意味で言ったのでは無いけど、元気になったから良いのかしら? それにしても、遊ぶより、勉強会だなんて、豆花ちゃんは変わっているわね」
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