『バケツ姫と魔王の異世界伝説』 - これは 願いを込めた 罪滅ぼし -

pon

文字の大きさ
26 / 76
第2章 異変の兆候

堕天せし満月①

しおりを挟む
ナナ達は最初の目的地である、【堕天せき満月】乗り場に辿り着いた。

ピラステアの夜空に輝く大きく静かな蒼い月と、小さく明るい金色の月。
2つの月に照らされたそこは、人類が消え去った後を描いたディストピアのような、寂しくも美しい風景だった。

2人以外に生き物……特に魔族の姿は見られない。

実は、普段であれば魔王城からの利用者で賑わうのだが、今は魔王城が無人なため、この場所の利用者もいない。
乗り物の乗り場というのは、世界が変わっても同じような構造になるのだろうか。
日本の知識があるナナには、そこはバス停にしか見えなかった。

ちなみにここまでの道中、2人の間に会話はほとんどなかった。

ニアンがナナの様子を気にしつつ、全方位を警戒しながら進んで来たため、口数が少なかったのだ。
何しろニアンにとってここは敵地なのである。
楽しくおしゃべりしながら移動、というわけにはいかなかった。

現在は深夜。
地球で言うところの、午前3時ぐらいの時間帯である。

まだ異世界初日だが、ナナは何度目かのホームシックになっていた。

健康優良児であるナナは、普段あまり夜更かしをしない。
早寝早起きが習慣になっているのだ。
そんなナナが、朝から夕方までの部活動後に火事に見舞われ、異世界に転移して魔王を生やし、バケツで隠して魔王城から脱出。
そしてニアンと遭遇した。
火事のことは覚えていないが、蓄積されたダメージは抜けていない。
色々ありすぎて精神的にかなり疲れている。
自宅の暖かいベッドや、兄の笑顔を思い出し、また泣きそうになっていた。

それに、寂しいという理由以外にも、帰りたいという気持ちを膨らませる新たな要因があった。

それは、恐怖だ。

2人はここに来るまでの間、真っ黒に舗装された材質不明な道路の脇から、紫色の植物による触手攻撃を受け続けて来た。
アイマーの説明によると、その植物は魔物の一種で、近づく動物を捕食する性質があるとのことだった。

ニアンは道路にはみ出てくる正体不明の触手の全てを、その剣でスパスパ切り落とした。
その動きには余裕があり、全周囲を警戒する片手間に、切り落とし作業をこなしたようだ。
おかげでナナを襲う触手は一本も無かった。
ニアンの戦闘技術は相当高いようだ。

ナナはニアンにスキル【解析】を使おうかとも思ったが、なんとなくプライバシーを覗いてしまうような気がして、やめておいた。

ただ……問題は、切り落とされた触手が地面を埋め尽くしていたことだろう。

ナナは家や庭の掃除も担当していたため、虫やトカゲなどに対する免疫をある程度持っている。
しかし、ヌメヌメとのたうつ、紫色の触手はさすがに……圏外だった。

それでも、巨大なナメクジのようにうねるそれを精一杯よけ、懸命に進んできたのだ。

ナナが精神的に参ってしまうのも仕方がない。
むしろ、中学1年生の女の子としては、驚愕の頑張りを見せたと言えよう。

ニアンが一息ついて、口を開く。

「ここだ。ここで待っていればいい。よく頑張ったな、少し休憩しようか」

「ふわあぁああ………魔族領、歩くだけでもコワイよお…」

ようやくナナは安堵したように屈みこみ、盛大なため息とともにその心情を吐き出した。
道路脇の草原地帯からは距離があり、さすがに触手はここまで届かないようだ。

ロータリーのように開けたその場所には、時刻表が掲示された案内表示板のようなものが設置してある。
時刻表の下に貼られた地図からは、ここから出発する乗り物は1系統の始発のみで、魔族領各地を経由して、ニアンが所属するルビウス王国との境界手前まで向かうことが読み取れる。

「すまん。そうか、そうだよな。怖かったか?」

襲い来る触手を当たり前のように対処していたニアンだったが、ナナが魔物に慣れていないことまでは計算に入っていなかった。
もちろんナナが攻撃されないよう最大限の注意を払っていたが、日本で育ったナナの心理面まで、配慮できていなかったのだ。

「うん、ニアンのおかげで大丈夫だったけど、怖かったぁ。うねうねしててもう……ううう、夢に出そう」

ナナは涙目になっている。その時だった。

《クゥゥゥゥゥゥ》

可愛らしい音が鳴る。
ナナは驚いたように自分のお腹を見つめ、頬を赤らめる。
最後に食事をしてから、すでに14時間ほど経過していた。
食欲がなくなるような光景を目の当たりにしていたとはいえ、その身体は栄養補給の必要性を訴えている。

「ハハハッ、良い音だ。まだ次の【堕天せし満月】が来るまで時間があるな。
よし! 待っている間にこれでも食べるか。
ああ、毒は入ってないぞ。
魔族領の物は大体紫色で、禍々しいんだ。
だが、見た目はこんなんでも味はいいぞ」

そう言ってニアンが背負っていた革鞄から取り出したのは、紫色の毒々しい臓器のような何かだった。
数は2つだ。

(それは……うん、明らかに食べてはいけない雰囲気じゃない?
そもそも食べ物ではないと思う。なんか動いてるし、怖いんですけど⁉)

ナナが脳内で警戒を強める。

「はい、これはナナの分」

「う、うん、ありがとう……え?」

脳内の危険信号を無視して反射的に受け取ってしまったナナは、受け取ったはいいもののどうしていいかわからず固まっていた。

なぜ、自分はこれを受け取ってしまったのか。

なぜ、これは生物のように脈動しているのか。

そんなことを考えながら、うねうねぴくぴく蠢くソレを見つめている。

その様子を見て苦笑を浮かべたニアンだが、自らが掴んでいるソレに視線を移し、心底嫌そうに顔をしかめてから、覚悟を決めたように目を閉じた。

≪パク≫

(た、たたたた、た食べたあああぁぁぁあ‼)

びっくりして目を見開くナナ。
おいしそうに目を細めるニアン。

ナナは知らないが、ニアンにはスキル【鑑定】がある。
この【鑑定】は、使用者が定めた対象の情報を閲覧することができるものだ。
対象は人や魔物はもちろん、食品や魔道具まで、なんでもありだ。
ただし、使用者のレベル次第で、得られる情報には限度がある。
例えばニアンのレベルではアイマーの情報はほとんど読み取れない状態だったし、この世界の外の存在であるナナの情報も、正しく理解できない。
ちなみにニアンはバケツ(【深淵なる節食】)も鑑定していたが、名称すら読み取ることができなかった。

ニアンはその【鑑定】によって、道中の植物から食用可能な部位を選別し、もぎ取っていた。
全方位を警戒して触手を切断しつつ、ナナを守りながら食料調達とは、なんとも器用なことである。


◆名称:喰人草(しょくじんそう)の疑似餌(ぎじえ)
◆効果:経口摂取により栄養補給ができる万能栄養食。安全。
追加効果としてHPを100程度、MPを100程度回復する。
◆備考:喰人草が動物をおびき寄せるために用いる疑似餌。疑似餌とはいえ、その味、栄養バランスは見事なもので、人工的にこれを再現することは非常に難しい。切り取られても数日で再生する。
なお、喰人草の触手には注意が必要。
麻痺攻撃を受けると消化吸収される運命をたどることになる。


ニアンの表情は演技とは思えない。
どうやらおいしいのは本当のようだ。

(でも……いくら美味しいって言ってもこの見た目は……。
ピクンピクンしてるし……。
う、ううん! そんな贅沢言ってられない。
こんなことで挫けていられないんだから。食べられるだけありがたいと思わないと!)

そうナナは覚悟を決めて、その謎の食べ物にかじりついた。

「っ⁉ 美味しい!」

かじりつく前は処刑を待つ死人のようだったナナの顔が、一瞬で無邪気な笑みに変わる。
それを見てニアンは柔らかく微笑む。

「美味いだろ? 果物のように香り高いし、甘い。
それでいて肉を食べた時のような旨味もあって、満足感も得られる。
ここに来るまでに見つけて、食えそうだからもぎ取っておいたんだが、まさかここまでうまいとは思わなかった。
それに、ケガの回復にも効果がありそうだ。
まぁ見た目は…美味しいと知っていても食べたくないレベルだが……」

『え、ニアン、これ初見で食べたの?』

『ほう……こやつ、なかなか大物だのう』

軽く引いているナナと、少し感心しているアイマー。

そんなやり取りをしていると、紫色の毛に覆われた、巨大なイモムシのような物体が近づいてきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」と言われたので別れたのですが、呪われた上に子供まで出来てて一大事です!?

綾織季蝶
恋愛
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」そう告げられたのは孤児から魔法省の自然管理科の大臣にまで上り詰めたカナリア・スタインベック。 相手はとある貴族のご令嬢。 確かに公爵の彼とは釣り合うだろう、そう諦めきった心で承諾してしまう。 別れる際に大臣も辞め、実家の誰も寄り付かない禁断の森に身を潜めたが…。 何故か呪われた上に子供まで出来てしまった事が発覚して…!?

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

処理中です...