『バケツ姫と魔王の異世界伝説』 - これは 願いを込めた 罪滅ぼし -

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第3章 異世界就職

アバト到着①

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荷物を片付け、2人(と頭1つ)は城塞都市アバトへと出発した。
森の中の野宿した地点からアバトまでは、ニアンによると徒歩で数時間の距離とのことだった。

魔族領とアバトの間に街道は存在しない。
国交がないため往来が無く、街道を敷設する必要がないからだ。
そのため足元は歩きづらく、草をかき分けながら進むことになる。
だが、この森は魔族領とは違い、地球と同じ緑色の植物が多い。
木々がまばらなため日が差し込み、森の中にしては明るい。

(いい朝だな……いや、警戒をナナに任せているんだ。
俺が気を抜くわけにはいかない)

早朝の真新しい空気に、ニアンは心地よさを感じていた。
だが散歩を楽しむような状況でもない。
思わず緩みそうになる思考を律した彼は、ナナの様子を気にしつつ、進行の妨げになる草木を剣で刈り払って道を切り開く。

一方、ナナは常時【気配探知】を発動して周囲を警戒しながら進む。
原因は不明だが、森の中ではナナの【気配探知】の方が、ニアンの索敵範囲より広く正確に脅威を捉えることができる。
先の襲撃でそれが明らかとなったため、索敵をナナが担当していた。

そうして3時間ほど歩き続け、空気の冷たさが和らいだ頃。

2人の視界が一気に開けた。
森を抜けて草原地帯に出たのだ。

「ニアン見て! すごいキレイ!」

ナナが思わずと言った様子で駆け出した。

目の前に広がっていたのは、なだらかな起伏のある広大な草原だった。
ところどころに白や黄色の花も咲いており、光に溢れた美しく雄大な景色が、蒼穹の下で穏やかな風に揺れている。

「ああ、ようやくここまで来たな。あの丘を越えたらアバトが見えるはずだ」

ニアンはその様子に目を細めつつも、広がった視界に向けて警戒を開始する。

この草原地帯には死角も少なく、ニアンの視覚による知覚範囲が広がる。
これにより、スキル【鑑定】のレーダー形式運用による索敵範囲が一気に拡大し、ナナのそれを上回る。
そこでニアンは警戒役を自分が引き受け、ナナには気を楽に保つように促した。

昨晩の戦闘でレベルが上がったナナはHP上限が大幅に上昇した。
だがHPの現在値は変わらなかったので疑似的なダメージを負った状態となった。
いわゆるレベルアップ酔いの症状が出たのだ。
その後少し眠って休んだが、まだ完全回復には至っていない。
それを把握していたニアンは、ナナに無理をさせたくなかったのだ。

また、ナナと出会って間もないニアンだが、ナナが言いようのない焦燥感や危機感にさらされている、ということも感じていた。

当然だろう。
暮らしていた場所から遠く離れた場所に突然移動させられ、帰る方法のあてもなく、生きる手段すら見失っていたのだ。
さらに、生まれて初めて魔獣の襲撃を受け、実際に死を覚悟する瞬間すら経験させてしまった。

いくらニアンが保護を申し出ているは言え、すぐに状況が改善されるわけではない。

街に入り、安全が確保され、落ち着いて生活し、帰る手段を探す目途がつく。
最低でもこれをクリアしなければ、ナナの心が安定を取り戻すことは難しいだろう。
だから今は、たとえ焼け石に水であっても、ナナの安心を少しでも確保することが優先だとニアンは判断した。

ニアンはこれから向かうアバトの概要や見どころ、名産のお菓子などについて、ナナに簡単に説明しながら歩を進める。
ナナぐらいの少女が好みそうな話題を選び、心の余裕を取り戻させることに努める。

一方ナナは、言われた通りにスキル【気配探知】を解除し、ほっと息をつく。
そして雑談したり、今朝の教えに従って水魔法の練習をしながら楽しそうに歩く。

物心ついたころからつらいことが多い人生を生き抜いてきたナナは、思考を切り替える能力が突出している。
もちろんニアンが読み取ったように、一秒でも早く帰りたい気持ちや、見たこともない魔獣に襲われる恐怖も感じている。
それに押しつぶされそうになった瞬間もあった。

だが、それで視界が暗く染められてしまうことを、ナナは歩んできた短い生の全てをかけて、拒絶するのだ。

【兄と自分を幸せにする】

ナナが掲げる究極の目的。
そのためには、まず自分が幸せであることが絶対条件だ。

だから、ナナは思考を切り替える。
これだけ異常な状況では、さすがに思考の全てを楽観的に、とはいかない。
だけど、少しでも嬉しいこと、少しでも楽しいことを見つけて味わう。

今、自分は生きている。
呼吸が出来ている。
見た目はアレな食料事情だが、充分に空腹を満たせている。
目の前に広がる雄大な景色に感動している。
魔法が使えるようになり、いつでもシャワーが浴びられる。
そして、命を懸けて守ってくれる金髪碧眼のイケメンと、楽しく会話しながら草原を歩いている。

そのひとつひとつが、奇跡。

それを噛みしめながら、ナナは『今』に感謝をささげ、心の暗闇を照らしていく。


    ◇
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