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第3章 異世界就職

月夜の密会②

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「セカンドプランが、使えなくなったわ」

「……どういうことだ?」

美女が告げた内容に、青年は眉根をしかめる。

「どうせすぐ報告が上がるでしょうけど……アイマーが、戦死したの」

「っ⁉ 魔王が⁉ なぜだ!」

驚いた青年が美女に振り向き、声を大きくした。
近しい者の死を悼むようにうつむいていた美女だったが、青年の態度に怒りを込めた声色で答える。

「それはこっちが聞きたいわ。
これは、あなたの弟子、あの勇者の坊やの仕業よ!
あなたは知らないでしょうけど、アイマーは、あの子は!
望まぬ役を千年も全うした上に、覚悟を決めていたのよ!
それを……っ!」

「馬鹿な⁉
いくら魔王軍が攻めてきているとは言え、そんな指示は出していない!
それに、あいつじゃ魔王に手も足も出ないだろっ!」

青年は信じられない情報に戸惑い、それが起こり得ない理由を並び立てる。

「魔王軍の動きは聞いているわ。
……あの子、何を考えていたのかしら。
私もあの子が統治を完成させて以降、連絡を取っていなかったから……失態ね。
でも起きたことは事実よ。
なぜこうなったのか、はっきりさせてちょうだい。
場合によってはいくらあなたでも、償いを受けてもらうことになるわ」

「……わかった。すぐに確認する」

「とにかく、これで魔王の座は空席となったわ。
これでもう、何が何でもファーストプランを実行するしか手段がなくなったの。
……すでに彼女の魂のエネルギーは尽きかけている。
必ずどこかにいるはず。
早く、見つけるのよ」

うつむく青年にそう告げて、彼女は窓に近づく。
その時、彼女の身体がぐらりと揺れた。
気づいた青年が慌てて駆け寄り、倒れる直前に抱き止める。

「どうした⁉ 具合でも悪いのか⁉」

心配して顔を覗き込む青年に、美女は少し恥じらうように顔をそむけ、微笑む。

「ち、近いわよ。
……少し疲れが溜まっていたんでしょう。
ふふ、そんなに心配そうにしなくても、帰ったらきちんと休息をとるわ。
あなたこそ、ちゃんと休むのよ」

そう言って青年から離れた美女は、現れた時と同じ様にふわりと月明りの中へ消えた。
刹那、美女が立っていた位置にわずかに黒い焔がひらめき、闇に溶ける。

「黒焔……だと?」

残された青年は、美女の体温が残る手のひらを見つめ、強く握りしめた。


    ◇  ◇  ◇

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