『バケツ姫と魔王の異世界伝説』 - これは 願いを込めた 罪滅ぼし -

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第3章 異世界就職

バケツ姫の噂②

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ニアンとナナは冒険者ギルド1階の奥にある受付に向かって進む。

冒険者ギルドは石造りの大きな2階建ての建物だ。

1階には冒険者が依頼を受けたり結果を報告したりする受付と、依頼表やパーティ募集が貼ってある掲示板、そして稼いだお金で飲み食いできる酒場がある。
そして2階は冒険者ギルド職員の執務スペースとなっているようだ。

(ううう、ここでも見られてる……。
それによく考えたら私、こういう面接みたいなこと初めてだ。どうしよう。
出自は問われないって言ってたけど、試験とかあるのかなぁ)

ニアンに連れられて受付の前までやってきたナナはまたもや緊張していた。
これには理由が2つあった。

1つは、ナナ達が冒険者ギルドに入ってすぐ、中にいた人々の視線がこちらに集まってきたのを感じたからだ。
その視線は大通りで向けられたものほど不信感に満ちてはいなかったが、ナナのことを無遠慮に値踏みするような不快感を受けた。

そしてもう1つは、ニアンから心配することは何もないと言われてはいるが、やはり不安なのだ。
これから冒険者として生計を立てていくための、最初の一歩を踏み出す場所。
それがこの受付だ。

「おはようございます、ニアンさん」

受付に立つ女性が、ニアンとナナに気付いて挨拶をしてきた。
天色の髪をポニーテールにまとめたクールな雰囲気の女性だ。
冒険者ギルドの制服だろうか、いくつかある受付に座っている女性達と同じ服を着ている。

「ああ、おはよう。今日は彼女の冒険者登録をしに来たんだ。お願いしてもいいかな」

ニアンは挨拶を返し、受付の女性にナナの用事で訪れたことを告げた。

「ええ、承っております。
初めまして、私はシイナと申します。ナナさん、でよろしいでしょうか?」

シイナと名乗った女性はナナの方を向いて、初対面の挨拶と名前の確認をしてきた。
ナナを見つめる深い紺色の瞳はわずかに見開かれたようだったが、さすがはプロの受付である。
その態度はとても落ち着いていた。

「おはようございます! 初めまして、ナナと申します……って、私の名前をご存じなんですか?」

ナナは素直に挨拶を返したが、そこでふと自分の名前がすでに知られていることに気付いた。
不思議に思って訪ねてみると、隣でニアンがぼそりと呟いた。

「ああ、ガルフから連絡が行ったのか」

訓練場と冒険者ギルドの建物は通路で繋がっており、職員ならばすぐに行き来することができる。
そのためガルフはナナとニアンに先行して、彼女らの来訪をギルド側に予告していた。

ニアンの呟きが聞こえたらしく、シイナが首肯して答える。

「はい。先ほどガルフさんが突然やって来まして、『とんでもない新人が冒険者登録に来るから、楽しみに待っておけ。バケツを被った色白の黒い譲ちゃんだ』と言ってすぐ戻っていきました。
意味が理解できなかったのですが、ナナさんを見て納得です。
ですがその……バケツは防具替わりでしょうか?」

(うぐっ、やっぱり、このバケツについては毎回聞かれることになるんだね。早く流行させなきゃ)

「はい、私の故郷にはバケツを被る文化がありまして。防具替わりでもあります。
……冒険者としては問題ありますか?」

「なるほど。一般的な兜の方が戦闘向きかとは思いますが、装備については自由ですので大丈夫です。
……色白なのに黒いとはどういうことかと思っていましたが、こちらも納得しました。
ナナさんの髪と瞳の色は、とても美しい黒ですね、お肌も白くてきめ細やかで……ちょっと憧れてしまいます」

ルビウス王国に住む人族の容姿は、地球で言う白人と日本人のハーフ、という表現がイメージしやすいかもしれない。
もちろん個人差はあるが、一般的に顔の彫りは白人と言うには浅く、日本人ほど平坦でもない。
体格は白人寄りだが、肌の色はどちらかと言うと黄色人種に近い。

「あ、あの、その……ありがとうございます。
そう言えばこの街には私みたいに黒い髪と瞳の人は見かけなかったんですが、この辺りでは珍しいのでしょうか?」

日本人としては当たり前の色について突然褒められたナナは、戸惑いながらも素直に感謝を述べた。
記憶には残っていないが、写真で見た母の髪質をしっかり受け継いだと自負しているナナは、少し誇らしい気持ちになった。

(そういえば……アバトに来てから見た人たちには、髪も瞳も、黒じゃなかったかも。
人族も、フォルテちゃんたちみたいな獣人族の人も……)

ちなみにナナの瞳は日本人としてはかなり珍しく、虹彩の色が瞳孔と区別できないほどに黒い。
光を当てれば虹彩の模様も見えるが、その濃淡は茶系統ではなく、黒に限りなく近いグレーだ。
そのため光を反射すると黒曜石のように煌めく。

また、その真っ黒な髪の色も、実はグレー系統の黒である。
表面の光沢に特徴があるのか光を多く反射するようで、よくシルバーっぽいと評価される。

シイナは周囲を気にするように、ナナに顔を近づけて小声で話す。

「……ご存じないでしょうか。
我々人族だけでなく、獣人族やエルフ族、魔族も含めて、黒い髪や瞳を持つ人はいませ……いえ、少なくとも私は聞いたことがありません」

(あー、だからあんなに注目されちゃったのかぁ。
つまり日本にシイナさんみたいな青い髪の人が突然現れた、みたいなことだよね……ってあれ?
コスプレ界隈にけっこういたよね? むしろあまり違和感ないかも)

ナナはつい先ほど、奇異の目で見られたことを思い出した。
仮に日本で同じようなことが起こった場合を想定したが、ナナが住んでいた時代ではそこそこ見慣れていて、特に都会ではそれほど注目の対象にはならないように思えた。

「ナナさんの色は珍しく私個人としては憧れますが、ただ……珍しい特徴を持つ方は、人さらいの対象になり易いので、気を付けてください」

「人さらい⁉ ま、魔王みたいな?」

シイナの思いがけない言葉に、ナナは驚いてうっかり口を滑らせた。

『まだ言うか! 我はお主をさらってなどおらんわ!
むしろお主に取り込まれて、頭だけ生えて……しかし、なぜ頭だけなのだ。
腕もあればもっと自由に動けただろうに』

当然、冤罪をかけられたアイマーがスキル【伝心】でツッコみを入れた。

ナナがこの世界に転移してきた直後、さんざん誘拐犯だと疑われたアイマーだったが、もちろんそれは完全なる濡れ衣であった。
それどころか、アイマーは死んで幽体となって漂っていたところをナナに取り込まれた事実もある。
こちらは濡れ衣でも何でもない。
その証拠に、アイマーの頭はナナの頭から生えてきたのだ。
それがいったいどういう理屈によって成り立っているのかについては、アイマーにとっても理解が及ばないところではあったが。
せめて腕も生えていれば、とは思っていた。

……アイマーの想定では、腕まで生えた状態とはいったいどのような惨状となっているのだろうか。
い、いや、想像したくはないので考察はするまい。

アイマーの苦言にナナが答える。

『あ、ごめんごめん、ついノリで。魔王と言えば誘拐かと思ったんだよ。
大丈夫、頭だけでも魔王は十分にイケオジだよ』

『ほほう。さすがは我が娘。
血のつながりなど無くとも首で繋がっているだけのことはある。わかっておるではないか。
頭部だけでも我はイケてるおじさんである!
ふぁっはっは!』

(バケツで誰も気づかないんだけどね。ふふっ、元気なおじさんだよ。
あ、いや死んでるんだった)

ナナは、死んでいるのに元気にはしゃいでいるアイマーとは、一体どのような法則で存在しているのだろうと疑問に思った。
食事をとるわけでもないアイマーの栄養って……と考えようとしたところで、おぞましい結論に結び付きそうな気配が漂ったので即座に思考をブロックした。

「魔王? いえ、魔族ではありません。
大きな声では言えませんが、貴族や大商人の一部には、裏で奴隷の売買をしているという黒い噂があるのです。
最近、アバト周辺でも行方不明者が出ています。
そういう者たちにナナさんの存在が伝わると、手を出してくる可能性が無いとは言い切れません」

シイナが語る人さらいの犯人は、魔族ではなくあろうことか人族の金持ちであった。

「なるほど……ありがとうシイナ、助かった。その可能性は想定できていなかった。
ナナがこの街に来たのは昨日だ。人さらいどもに情報が伝わっている可能性がある。
まあ先ほどの戦闘訓練を見るに、その辺の奴らじゃ相手にはならんと思うが、なるべく早く武器を入手しよう。
……問題はガルフの伝言だな。どうせ大声で伝えたんだろ?
それでさっきからジロジロと見られているわけか」

先程からギルド内にいる他の冒険者が、ナナ達のやり取りを注視していた。
ニアンが睨みを効かせているためか、小声で話すシイナの声が聞き取れる程に近寄ることはできていないようだが、一定距離を空けて取り囲み、少しでも情報を得ようとしている。

ニアンの多分に棘を含んだ物言いに、シイナは深い紺色の瞳を伏せて謝罪する。

「申し訳ございません。個人情報の扱いについては常々注意喚起しているのですが……」

「いや、君に文句があるわけじゃないんだ、シイナ。だがこうなると少々面倒――」

≪バンッ‼≫

突然、入口の扉が大きな音を立てて開かれた。

ただならぬ音量に驚いて皆がそちらを向くと、そこには荒々しい雰囲気を纏った美女が立っていた。
美女はギルド内を一瞥するなり状況を把握したのか、ふむ、と一人頷く。

そして……

「おい、アンタ達!
何勝手に他人の個人情報を盗み見ようとしてんだ、あァ⁉
てめえらのステータス貼り出されたいのかァ‼」

美女の大音声がギルド内に轟く。

ナナのステータスを覗き見ようと集まっていた者たちは口々に『ヒィ』とか『やべぇ』とか言いながらあっという間に散っていった。
まさしく蜘蛛の子を散らすようにという表現がしっくりくる動きだった。

ナナがそう考えて感心していると、美女がナナ達の方へ近づいて来た。

「うちの連中が済まないねェ、お嬢ちゃん。
シイナ、お嬢ちゃんの登録は個室使ってやりな」

(び、びっくりしたぁ)

美女のその言葉には、少しの呆れとナナへの気遣いが込められていた。
ナナはほっとして、無意識のうちに身体に込めていた力を抜く。

「かしこまりました。
…あの支部長、予定よりお帰りがかなり早いですが、何かトラブルでも発生したのでしょうか?」

支部長。
いきなり出てきたその単語に驚いたナナは、美女とシイナを交互に見比べる。

(え? 支部長って言った?
ここってたしか冒険者ギルドのアバト支部だから、もしかしてこの人がここで一番偉い人ってこと?
そんな役職持ってたのこの人!
いやまぁ強い人なんだろうなとは思ったけど、まだ若そうだし……あ、でも入ってきて一瞬で状況を理解して、私を助けてくれたんだもんね。
優しい! それにやっぱりすごい人なんだぁ! カッコいいなぁ)

クールなシイナの上司がまさか熱血系だとは思わなかったナナだったが、姉御肌な支部長に対して、早くも憧れのような感情を抱き始めた。

支部長はシイナの質問に答える。

「そういうわけじゃないんだけどねェ。ギルマスに呼び出されたんだよ。
最低でも1ヶ月はかかるはずなのに、どういうわけかもう帰ってきている、そこのニアンも一緒にねェ」

支部長の言葉に少し顔を青くしたニアンだったが、元々覚悟していたようで、呼び出しに応じることを前提にこれからの予定を確かめる。

「じゃあこれから王都に向かうのか?」

「いや、どうやらもうここに来ているらしいのさァ。支部長室でお待ちだとよ」

「兄さ……ギルマスがここに来ているのか⁉」

支部長からもたらされた情報はニアンにとって驚きだった。
王都が魔王軍に包囲されて以降、ギルマスは王都から動いていない。
SS級冒険者である彼が王都に留まることで、王都防衛の筆頭戦力として魔王軍に睨みを効かせているのだとニアンは考えていた。

その状況を変えてまでギルマスがここに来ているということは、そうするだけの事情があるということだろう。

(やはり、兄さんは知っているんだな。俺が……魔王を殺してしまったことを)

「なんだィ景気悪い顔してェ。
まあ細かい報告はギルマスのところで一緒に聞かせてもらうとするかね。
お嬢ちゃん、ちょっとニアンを借り……うっ」

尊敬するギルマスに会えることを喜ぶかと思っていたニアンが、逆に血の気を失っていくのを見た支部長は怪訝な表情になる。
だがまずはギルマスからの呼び出しに応じるのが先だと判断し、ニアンを連れていくことの了承を得ようとナナへ視線を向け、その先を言い淀んだ。

支部長は自身の言動が粗野であることは承知している。
むしろその美しい容姿に惹かれた連中が引き起こす面倒ごとを回避するため、わざとそのように行動している。
その副作用で、彼女は周囲の者から畏怖されることが常なのだ。

なのに、自分をキラキラと輝く瞳で見つめてくる、バケツを被った美少女。
洞察力に優れた支部長でなくても分かる。
誰がどう見ても、美少女の黒く美しい瞳を輝かせているのは、憧れの感情だ。

支部長はちょっとやりにくそうにしながら続きを発した。

「な、なんだい? そんなに見つめても何も出ないよ!
ちょっとニアンを借りていくから、戻ってくるまで待ってな。
……シイナ、お嬢ちゃんになんか甘いモノでも出してやれ」

そう言って肩をすくめた支部長は、ニアンを連れて2階に上がって行った。
何も出ないと言った割には、直後にシイナに菓子を出すよう指示している。
乱暴な言動によってアバト支部で恐れられている彼女が、実は根の部分で優しいという証左であるのだが、それに気づいている者はシイナ含め少数だった。
まあ、本日そこにバケツ付きの少女が1名参加したことは言うまでもないが。


    ◇


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