『バケツ姫と魔王の異世界伝説』 - これは 願いを込めた 罪滅ぼし -

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第3章 異世界就職

魔王討伐報告(ニアン視点)①

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ナナをシイナに預けた後、俺と支部長は2階の支部長室に向かった。

そこで待つ兄さん……冒険者ギルドマスターに、自分が魔王を倒してしまったことや、アバトへ帰る途中で高レベルの黒焔種の群れに襲われたことを報告しなければならない。

本当なら昨日のうちに支部長か副支部長あたりには報告するつもりだった。
実際、夕食前にナナのことを宿の女将であるマロンにまかせ、冒険者ギルドまでは来たのだ。
だが支部長も副支部長も不在だったため報告できなかった。

いや、報告内容の重大さ故にギルド上層部以外には伝えられなかったので、報告が今日になってしまったことについては仕方がない。

問題は先ほど支部長が言っていた『ギルマスに呼び出された』ということだ。

普段ならたとえ上からの命令だとしても、進行中の案件を中断させたりしない支部長が、呼ばれてすぐに急いで戻ってきた。
それはつまり、兄さんの要件がそれほどの緊急事態だったか、あるいは兄さんの機嫌がものすごく悪いか、その両方か、ということだ。

兄さんとはすでに10年程の付き合いだが、機嫌の悪い兄さんほど相手にしたくないものはいない。
訓練をいう名の憂さ晴らしに付き合わされるのが決定されているからだ。
もちろんなかなかいい経験にはなるんだが……。
必ず1回は瀕死になる。
うん、1回で済むといいが。

正直に言うと、責任など放っておいて今すぐ逃げ出したい。
久しぶりに兄さんに会えるのは嬉しいが、今はナナの顔を見ている方が心が満たされる。
やっぱり、こっそり戻ってナナに合流するべきか……?

そんなことを考えていたせいだろうか、支部長が一瞬振り返り、俺に鋭い視線を向けて来た。
その眼が『逃げるんじゃないよ、ニアン』と語っていた。

も、もちろんだ。
ちょっとナナの姿が脳裏をよぎって近くに行きたくなったが、俺には自分の不注意で起こってしまった事態を報告する義務がある。
その責任から逃れるつもりなど無い。

そうこう考えている間に、いつの間にか支部長室の前に到着していた。

「すぅ…はぁ…」

俺は気持ちを落ち着かせるために深く深呼吸する。

同じく呼吸を整えた支部長が扉を開ける。この人も苦労してるんだろうな。

「遅くなって済まないねェ、ギルマス。で、用件は…魔王の件で間違いないかい?」

ソファーに座って俯いていたギルマスが黄金色に輝くその瞳で支部長を睨みつける。

「ああ、グレンダ。急に呼び出して済まないね。
挨拶もなしに悪いとは思うが、ニアンを魔族領へ単独で乗り込ませたと聞いた。
お兄さんの方には事後報告しか来なかったんだけど、一体、どういうことだい?
一切合切説明してもらおうか!」

久しぶりに聞いた兄さんの声には、普段のチャラついた雰囲気がない。
相当お怒りなようだ。
辛うじて一人称は『お兄さん』に保てているようだが、それも怪しい。
実は兄さんは結構短気だったりするのだ。

以前兄さんを本気で起こらせてしまったことがあるが、その時は一人称が『俺』に変わっていた。
まだ幼かった頃の話だが、あれは今思い出しても寒気がするくらいには、恐ろしかった。

俺が兄さんから発せられる威圧に体を強張らせていると、支部長がため息を吐いてから答えた。

「ギルマスが知らなかったなら、アルバート王の独断じゃないのかィ?
てっきりギルマスも知っていることかと思っていたけど、まあいずれにしても、王命とあればこっちも断ることなんざできないねェ。
それより、お探しのニアンを捕まえて来たよ。
ギルマスの呼び出しがかかったんだ。
魔族領まで探しに行かなきゃいけないかと思ってたら、なんとここの1階に居たもんだからびっくりだよォ。
ま、手間が省けたってもんだィ」

そう言って支部長は部屋に入り、扉の裏にいた俺も続いて入室した。

支部長の言葉を聞く限り、兄さんは俺がどこにいるのかまでは把握していなかったようだ。
俺を連れてくるように指示したらしいし、どうやら国王が指名依頼を出したことを後から知り、状況を確かめるためにアバトまで来た、と言うことのようだ。

俺の姿を視認した兄さんは、目を見開いてフリーズしている。
どうしたものかと困惑する俺をよそに、支部長は『この後起こることは全て分かっているさね』とでも言うような笑みを浮かべている。

1秒、2秒、3秒……。
沈黙が場を支配する。

黙ったまま10秒程が経過した次の瞬間、俺の肩がガシッと掴まれる。

「やぁ! 久しぶりニアン‼ 大きくなったね! どうだった?
お兄さん心配過ぎて王都から飛んできちゃったよ!
4日前に出発したって聞いたけど…戻ってくるには早すぎるよね?
何か忘れもの? ああ、でも本当に良かった!
あの馬鹿がお兄さんに知らせずに指名依頼なんてしたおかげで、寿命が軽く100年は縮んだ。
……やっぱり帰ったらもうちょっとお仕置……訓練してあげようかな」

マシンガンのように矢継ぎ早にしゃべり続ける兄さんの圧がすごい。やばい。
部屋の奥のソファーの位置から、俺の目の前まで爆速で移動してきたせいで、瞳と同じ色のサラサラした金髪が少し乱れている。

兄さんは愛情深い人だ。
それは良いんだが、ちょっとその程度が無茶すぎるのが難点だ。
俺を弟子として鍛えてくれる一方で、過保護なほどに俺の身の心配をしてくれる。
俺に対して理不尽な言動をした者は、それがたとえ貴族でも、いや王族であったとしても、執拗に追及してその圧倒的な戦力でボコボコにしてしまう困った人物だ。
自分は訓練中に何度も俺をボコボコにして致命傷を負わせてくるクセに。
こう言うと方々で人をボコボコにしている人物のようで聞こえが悪いが、まあその通りなのでいいだろう。
一応、回復もしてくれるから俺も国王もまだ生きているんだし。

それは置いておいて、俺はいまだ自分の肩を掴んだままぶつぶつ呟いている兄さんに声を掛ける。

「に、兄さん? ちょっと落ち着かないか?」

しかし、何やら自分の世界に入ってしまっているギルマスは戻ってくる気配がない。
埒が明かないと思ったのか、支部長も加勢してきた。

「ギルマス…。ニアンの言う通り、少し落ち着いてくれないかい?
愛弟子の無事が分かって嬉しいのは十分伝わッたから、いい加減ニアンの報告を聞きたいんだけどねェ。
ったく、ま、あのまま不機嫌でいられるよりはましだろうけど。
本当、ニアンが帰ってきててよかったよ」

「……? ああ、ごめんごめん。
アルバートの馬鹿にどんな拷問……訓練をしてあげようかメニューを考えて集中しまっていたよ。
こっちは後で念入りに検討しよう。
さ、まずはみんな座ってくれ」

支部長の言葉にようやく現実に戻ってきた兄さんの指示で、皆が腰かけた。

部屋の奥の一人掛けのソファーに兄さん。
テーブルを挟んで入口側の3人掛けのソファーに俺と支部長。
俺から見てテーブルの右側にある一人掛けソファーに副支部長が座っている。

女性職員が4人に紅茶を配る。
兄さんはすでに飲んでいたようで、おかわりを注いでもらっていた。

女性職員が退室したのを確認して、兄さんが話を再開した。

「では、話を聞こうか。
ニアン、魔王城まで遠征に行ったと聞いたんだけど、どうしてこんなに帰ってくるのが早かったの?
魔族領でなにがあったか教えてくれる?」

ついに、これを報告する時が来てしまった。
正直なところ気が重い。

俺は兄さんから視線をそらし、手に持った紅茶のカップを見つめながら答える。

「えっと、それなんだが……決して意図してこうなってしまったわけではないんだが……」

「ないんだが?」

ニコニコと機嫌よさそうな兄さんの声が先を促す。

「魔族領には高速移動可能な馬車より速い乗り物があって、それに乗って2日もかからずに魔王城にはたどり着いたんだ。
そこで魔王と対峙して……どうやら俺、魔王を倒してしまったんだ」

俺の言葉に、支部長が目を見開いて身を乗り出す。

「なっ⁉ 魔王を倒したァ⁉ 一体どういうことだィ‼」

俺が顔を上げると、兄さんも少し驚いたような表情を浮かべていた。
俺は魔王との戦いについて、もう少し詳しく説明する。

「牽制のつもりで放った魔法が思った以上に魔王にダメージを与えてしまったみたいだった。
出会い頭に全力の【ナパームエクスプロージョン】に【格上特効】の効果を上乗せして放ったんだ。
それを凌いだ魔王に対して、交渉を持ちかけようとしたんだが……魔王はその一発で消し飛んでしまった」

「「「……」」」

皆が黙り込む。
あまりの事態に理解が追い付かないようだ。
当然だろう。
魔王を殺してしまった事実は魔王軍の動向にも影響を与える。
報復で王都が攻め落とされる可能性が最も高いだろう。
国民は皆殺しにされるかもしれない。

自分のしてしまったことの影響を俺も、何も言えない。
言える立場ではない。

兄さんは紅茶を少し飲んでから姿勢を正し、俺を見つめてきた。
その表情は真剣で、冒険者ギルドのギルドマスターに相応しい、威厳に満ちたものだった。

兄さんの視線から言いたいことを察した俺は、ナナのことは省きながら、旅の経緯を詳しく説明した。


    ◇


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