60 / 76
第4章 炎が呼び覚ます記憶
根を張る陰謀
しおりを挟む
「な、なにすんだてめぇ!」
「そうだ! ふざけんな! お、俺らにこんなことをして、ただで済むと思うなよ!」
ナナが冒険者登録を果たした日の夕刻。
窓のないろうそくの明かりだけで照らされた暗く冷たい部屋に、ごろつきと思われる2人の男性と、メイド服を着た少女が1人、縄で縛られて転がされていた。
アバト領主に仕える貴族、ミデールの私兵によって拉致されてきた生贄だ。
そこはミデールの邸宅地下に設けられた、古き魔族、サイラスの実験室であった。
学校の教室程の広さがある石造りの部屋の床では、赤黒い線で描かれた直径5メートルほどの複雑な魔方陣が、不気味に明滅している。
ごろつき2名はその魔方陣の中央で両手両足を縛られて倒れており、同様に縛られた少女は部屋の隅で震えながら、つい先ほど室内にやってきたもう1人の男の姿に目を釘付けにされていた。
「あなた方はこの世界が赦されるための贄となるのですよ。アァ、なんと羨ましい……くふ、くふふふふ」
「「ひぃっ⁉️」」
威勢よく怒声を浴びせていたごろつき達は、自分たちを見下ろすローブ姿の男の容姿を見て息をのんだ。
ローブのフードから覗く髪は真っ白な白髪。
その額からは、黒く捻じれた角が突き出していた。
――魔族。
それは、今やおとぎ話にのみ登場する伝説の存在、魔族が有する特徴だった。
ごろつき達は逃げようと身をよじらせるが、焦りのためかその場から全く移動することができない。
そんな2人の様子に構うこともなく、サイラスは杖を構えて何やらぶつぶつと呟き始める。
すると、サイラスの呟きに呼応するように魔法陣が強く光り始めた。
その様子に迫りくる危機を察知したごろつきの内の1人が、恥も外聞もかなぐり捨てて喚く。
「頼む、こいつはどうなってもいいから俺は見逃してくれ!
俺なら裏の連中に顔も効く!
見逃してくれたら一生あんたの子分になってやってもいい!」
これにはもう1人も黙っていられない。
唐突に仲間を裏切った男に対していきり立つ。
「てめぇ⁉ 仲間を売る気…か…」
だが、その言葉は最後まで続かなかった。
サイラスが杖を床に打ち付けたその瞬間、男たちの体が消失したのだ。
彼らを縛っていた縄と着衣が、魔法陣の上にパサリと落ちた。
次の瞬間、魔法陣がひときわ強く輝き――数秒後、光が収まったそこには12体の魔物が出現していた。
サイラスは魔物達が状況を把握できずに硬直している隙に、用意していた大量の黒焔を彼らに注入した。
魔物達の肉体が聞くに堪えない異音を発しながら変形し、肥大化する。
音が鳴りやむと、室内には体長2メートルほどの黒狼が12体、静かにサイラスに首を垂れていた。
サイラスはそれを満足気に眺めてから、少女に向かって歩き出す。
一部始終を見ていた少女は恐怖に顔を引きつらせて震えている。
その様子を嘆くかのように、サイラスは優し気な口調で話しかける。
「おやおや、そんなに震えなくても大丈夫です、心配ありません。
美しい貴女をあのようなごろつき共と同じに扱うつもりはありませんから」
だが穏やかな言葉とは裏腹に、その声は酷く冷たかった。
サイラスはちらりと一瞥した先では、ごろつき達の残した衣服が、魔物達によって無残に踏みつけられていた。
少女はサイラスの視線の先を追ってしまい、ますます顔色を悪くする。
「貴女はただ私の質問に正直に答えればいいのです。ほぉら、簡単でしょう?
……ああ、最初に言っておきますが、命が惜しいのなら噓をつこうなどとは思わないことです」
威圧を滲ませた声音に少女の喉が『ヒュッ』となる。
こくこくと頷く少女に、サイラスは満足げに声を発した。
「では、貴女の職場と、年齢を教えなさい」
有無を言わせない口調に少女は震える口を開き言葉を発する。
「りょ、領主様のお屋敷で、メ、メイドをさせていただいております。
…と、歳は16です」
緊張で裏返った細く儚い声は、石材で覆われた部屋に虚しく響いた。
少女の答えを聞いたサイラスは『よろしい、好条件ですね』と首肯する。
そして少女にぐっと顔を近づけて小声で問う。
「貴女、処女ですか?」
「……は…い。そう、です」
恐怖に震える声を必死に絞り出し、答える少女。
そんな彼女を気にせず彼は感嘆のため息を漏らした。
「ほぉ。どうやら嘘は言っていないようですね。
あのだらしない貴族にきちんと依頼をこなす能力があったとは驚きです。
……では、確認も済んだことですし、実験を始めましょう。
貴女の場合、その美しい姿はそのままに、中を造り変えて差し上げます」
その言葉に少女はガチガチと歯を鳴らして首を横に振る。
サイラスはそんな少女に構わず彼女の肩に手を添え、一切の躊躇なく大量の黒焔を流し込んだ。
「や、ヤメテェエ! ヴ、ア、ァアアアアアァァァァァァッ‼」
苦痛に暴れる少女を逃がすことなく、サイラスは黒焔による浸食を続ける。
……やがて、少女の動きが止まった。
その姿は黒焔を流し込まれる前と何ら変わりが無いように見えるが、明るかった彼女の琥珀色の瞳は光を失い、暗く濁っていた。
「完了です。貴女……確か、ミデールは『エマ』と呼んでいましたか。
エマ、貴女は私が指示したらいつでも命令に従いなさい。いいですね」
サイラスはエマの瞳を覗き込んだ。
感情が抜け落ちた彼女の瞳からは、一切の生気が感じられない。
「…はい」
「今日の出来事はすべて忘れなさい。
そして貴女は私が命ずるまで、普段通りメイドとしての生活を送るのです。
分かりましたか?」
「…はい」
「よろしい。ではなるべく早く戻りなさい」
「…はい」
エマは返事をすると、ふらふらと部屋を出て行った。
サイラスはミデールの部下を呼びつけ、エマを屋敷の外まで案内させる。
「…あの様子だと実験は成功、といえるでしょう。
やはり、ヒトにも黒焔を纏わせることが可能なようです。
くふ、くふふふふ」
ミデール邸の地下に、サイラスの暗い嗤い声が反響する。
その日の晩、街への外出中に同僚とはぐれていたエマが、ふらりと城に帰還した。
彼女は言葉少なく就寝し、翌朝いつも通りに勤務した。
生気のない彼女を同僚は心配するが、仕事は問題なくこなしているため、何か悩み事でもあるのだろうと見守ることにした。
そして誰にも気づかれぬまま、どす黒い陰謀が密かに、しかし着実に根を張る。
◇ ◇ ◇
「そうだ! ふざけんな! お、俺らにこんなことをして、ただで済むと思うなよ!」
ナナが冒険者登録を果たした日の夕刻。
窓のないろうそくの明かりだけで照らされた暗く冷たい部屋に、ごろつきと思われる2人の男性と、メイド服を着た少女が1人、縄で縛られて転がされていた。
アバト領主に仕える貴族、ミデールの私兵によって拉致されてきた生贄だ。
そこはミデールの邸宅地下に設けられた、古き魔族、サイラスの実験室であった。
学校の教室程の広さがある石造りの部屋の床では、赤黒い線で描かれた直径5メートルほどの複雑な魔方陣が、不気味に明滅している。
ごろつき2名はその魔方陣の中央で両手両足を縛られて倒れており、同様に縛られた少女は部屋の隅で震えながら、つい先ほど室内にやってきたもう1人の男の姿に目を釘付けにされていた。
「あなた方はこの世界が赦されるための贄となるのですよ。アァ、なんと羨ましい……くふ、くふふふふ」
「「ひぃっ⁉️」」
威勢よく怒声を浴びせていたごろつき達は、自分たちを見下ろすローブ姿の男の容姿を見て息をのんだ。
ローブのフードから覗く髪は真っ白な白髪。
その額からは、黒く捻じれた角が突き出していた。
――魔族。
それは、今やおとぎ話にのみ登場する伝説の存在、魔族が有する特徴だった。
ごろつき達は逃げようと身をよじらせるが、焦りのためかその場から全く移動することができない。
そんな2人の様子に構うこともなく、サイラスは杖を構えて何やらぶつぶつと呟き始める。
すると、サイラスの呟きに呼応するように魔法陣が強く光り始めた。
その様子に迫りくる危機を察知したごろつきの内の1人が、恥も外聞もかなぐり捨てて喚く。
「頼む、こいつはどうなってもいいから俺は見逃してくれ!
俺なら裏の連中に顔も効く!
見逃してくれたら一生あんたの子分になってやってもいい!」
これにはもう1人も黙っていられない。
唐突に仲間を裏切った男に対していきり立つ。
「てめぇ⁉ 仲間を売る気…か…」
だが、その言葉は最後まで続かなかった。
サイラスが杖を床に打ち付けたその瞬間、男たちの体が消失したのだ。
彼らを縛っていた縄と着衣が、魔法陣の上にパサリと落ちた。
次の瞬間、魔法陣がひときわ強く輝き――数秒後、光が収まったそこには12体の魔物が出現していた。
サイラスは魔物達が状況を把握できずに硬直している隙に、用意していた大量の黒焔を彼らに注入した。
魔物達の肉体が聞くに堪えない異音を発しながら変形し、肥大化する。
音が鳴りやむと、室内には体長2メートルほどの黒狼が12体、静かにサイラスに首を垂れていた。
サイラスはそれを満足気に眺めてから、少女に向かって歩き出す。
一部始終を見ていた少女は恐怖に顔を引きつらせて震えている。
その様子を嘆くかのように、サイラスは優し気な口調で話しかける。
「おやおや、そんなに震えなくても大丈夫です、心配ありません。
美しい貴女をあのようなごろつき共と同じに扱うつもりはありませんから」
だが穏やかな言葉とは裏腹に、その声は酷く冷たかった。
サイラスはちらりと一瞥した先では、ごろつき達の残した衣服が、魔物達によって無残に踏みつけられていた。
少女はサイラスの視線の先を追ってしまい、ますます顔色を悪くする。
「貴女はただ私の質問に正直に答えればいいのです。ほぉら、簡単でしょう?
……ああ、最初に言っておきますが、命が惜しいのなら噓をつこうなどとは思わないことです」
威圧を滲ませた声音に少女の喉が『ヒュッ』となる。
こくこくと頷く少女に、サイラスは満足げに声を発した。
「では、貴女の職場と、年齢を教えなさい」
有無を言わせない口調に少女は震える口を開き言葉を発する。
「りょ、領主様のお屋敷で、メ、メイドをさせていただいております。
…と、歳は16です」
緊張で裏返った細く儚い声は、石材で覆われた部屋に虚しく響いた。
少女の答えを聞いたサイラスは『よろしい、好条件ですね』と首肯する。
そして少女にぐっと顔を近づけて小声で問う。
「貴女、処女ですか?」
「……は…い。そう、です」
恐怖に震える声を必死に絞り出し、答える少女。
そんな彼女を気にせず彼は感嘆のため息を漏らした。
「ほぉ。どうやら嘘は言っていないようですね。
あのだらしない貴族にきちんと依頼をこなす能力があったとは驚きです。
……では、確認も済んだことですし、実験を始めましょう。
貴女の場合、その美しい姿はそのままに、中を造り変えて差し上げます」
その言葉に少女はガチガチと歯を鳴らして首を横に振る。
サイラスはそんな少女に構わず彼女の肩に手を添え、一切の躊躇なく大量の黒焔を流し込んだ。
「や、ヤメテェエ! ヴ、ア、ァアアアアアァァァァァァッ‼」
苦痛に暴れる少女を逃がすことなく、サイラスは黒焔による浸食を続ける。
……やがて、少女の動きが止まった。
その姿は黒焔を流し込まれる前と何ら変わりが無いように見えるが、明るかった彼女の琥珀色の瞳は光を失い、暗く濁っていた。
「完了です。貴女……確か、ミデールは『エマ』と呼んでいましたか。
エマ、貴女は私が指示したらいつでも命令に従いなさい。いいですね」
サイラスはエマの瞳を覗き込んだ。
感情が抜け落ちた彼女の瞳からは、一切の生気が感じられない。
「…はい」
「今日の出来事はすべて忘れなさい。
そして貴女は私が命ずるまで、普段通りメイドとしての生活を送るのです。
分かりましたか?」
「…はい」
「よろしい。ではなるべく早く戻りなさい」
「…はい」
エマは返事をすると、ふらふらと部屋を出て行った。
サイラスはミデールの部下を呼びつけ、エマを屋敷の外まで案内させる。
「…あの様子だと実験は成功、といえるでしょう。
やはり、ヒトにも黒焔を纏わせることが可能なようです。
くふ、くふふふふ」
ミデール邸の地下に、サイラスの暗い嗤い声が反響する。
その日の晩、街への外出中に同僚とはぐれていたエマが、ふらりと城に帰還した。
彼女は言葉少なく就寝し、翌朝いつも通りに勤務した。
生気のない彼女を同僚は心配するが、仕事は問題なくこなしているため、何か悩み事でもあるのだろうと見守ることにした。
そして誰にも気づかれぬまま、どす黒い陰謀が密かに、しかし着実に根を張る。
◇ ◇ ◇
0
あなたにおすすめの小説
「お前を愛する事はない」を信じたので
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」と言われたので別れたのですが、呪われた上に子供まで出来てて一大事です!?
綾織季蝶
恋愛
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」そう告げられたのは孤児から魔法省の自然管理科の大臣にまで上り詰めたカナリア・スタインベック。
相手はとある貴族のご令嬢。
確かに公爵の彼とは釣り合うだろう、そう諦めきった心で承諾してしまう。
別れる際に大臣も辞め、実家の誰も寄り付かない禁断の森に身を潜めたが…。
何故か呪われた上に子供まで出来てしまった事が発覚して…!?
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。
しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる