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第4章 炎が呼び覚ます記憶
救援①
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≪グアゥッ!≫
森の中を十数匹の狼のような魔獣、茶色の毛皮を持つフォレストウルフが駆け抜ける。
体長は1メートル程とさほど大型ではないが、その動きは素早い。
1、2匹程度であれば大した相手ではないが、群れると連携して襲ってくるためかなり危険な相手となる。
そのフォレストウルフの群れが今、数人の冒険者パーティを追撃していた。
「ぐっ⁉」
剣と盾を持ったレモン色の髪の少年剣士が、飛びかかってきたフォレストウルフの爪を盾で受け流し、同時に剣を突き出して頸部に致命傷を与え、1体を倒した。
そして周囲があまり見えていないのか、何もいない方向に盾を向ける。
アバトの南東から魔族領にかけて広がるこの森は、木々の間隔が広いため見通しが効き、比較的明るい。
冒険者にとっても活動しやすく、奥に入り込まない限りは強い魔獣も出現しないため、駆け出しの冒険者にとっては人気の活動ポイントである。
……それが昼間であれば。
日没より一足先に、森の中は夕闇に包まれる。
入射角が低い夕陽は木々にさえぎられ、森の中には届かないのだ。
「くっ! 見えづらいですね!」
しかし逆に、少年剣士は眩しそうに目を細めた。
彼らはフォレストウルフに追い立てられながらも、防御に徹しつつ後退し、もう少しで森の出口という所までたどり着いていた。
だが、そのことが状況を悪化させていた。
真横――森の出口から差し込んでくる西日が、薄暗い森の中に光と影の強烈なコントラストを生み出し、ただでさえ悪い視界をさらに悪化させているのだ。
光の中をでたらめに影が踊り、少年剣士は翻弄される。
「耐えてリアム! アレンも気合い入れなさい!
もう少しよ! 森を出ればこいつらは追ってこないわ!」
リアムと呼ばれた少年剣士の後方で、赤髪を縦ロールに巻いた少女が檄を飛ばす。
少女は腰の高さほどの長さの杖を片手に、時折魔法攻撃でフォレストウルフを牽制していた。
彼女が使っているのは、石のつぶてを高速射出する【ストーンバレット】や、地面から岩の棘を突き出す【アースグレイブ】だ。
いずれもフォレストウルフに対して十分な攻撃力を持っているが、それは当たれば、の話であった。
少女が放つ魔法はそのほとんどが避けられており、敵の数を減らすまでには至っていなかった。
連射できれば効果を上げられるだろうが、詠唱を必要とする魔法使いが1人ではそれはかなわない。
「どらぁぁぁ‼」
≪ゴガァッ!≫
少年剣士の少し後ろに控え、時折前に出て打撃を繰り出しているのは、少女より少しくすんだ赤髪の少年だった。
アレンと呼ばれた格闘士の彼は、リアムが防御しきれないタイミングで仕掛けてくるフォレストウルフにカウンターを見舞うことで、戦線を維持する役を担っている。
獣人族特有の筋力を活かした攻撃力は高く、今のところ最も多くの敵を無力化している。
その数は……ようやく2匹に届いたところだったが。
残りのフォレストウルフは15匹ほど。
対して3人の少年少女は消耗を隠せない。
彼らは既に気の遠くなるような時間、追撃を受けながら逃走を続けていたのだ。
アレンはすぐそばのリアムの様子を伺う。
リアムは先ほど額に傷を負ったようで、流れる血で片目が見えなくなっている。
彼は視界不良の中、ほとんど勘で猛攻を凌いでいた。
当然、的確に攻撃を捌けるわけが無い。
受けるダメージが一気に増えてきている。
そして自分は……すでに拳を守る籠手を失い、流血する素手で敵を殴っていた。
もう、指の感覚が無い。
布を巻き付けていなければ、すでに拳を握る事すらできていなかっただろう。
アレンは考える。
(くそっ! あと少しなんっすよ! ほんの20メートルで外に出られるっす!
なのに! くそっ! くそぉっ! なんでこんなに遠いんっすか!
ダメっす! 俺たち全員、あそこには届かないっす‼
……そっか。なんだ、簡単な事っす!
全員じゃなければ届くっす!)
アレンがその考えに至った時、ふとリアムがアレンに視線を向け、2人の目が合った。
リアムは少し困ったような笑顔でアレンに頷く。
その表情にアレンはふと気づいた。
アレン自身も、苦笑いを浮かべてリアムの方を見ていたのだ。
(何だよ。いけ好かないスカした野郎だと思ってたっすけど、リアムお前いい男っすね。
もうちょっと早く気づいてたら、俺たち親友になれたかもしれないっす。
……でも、こういうのも悪くないっすよ!)
アレンはリアムに頷き返した。
それはほんの一瞬の、短いやり取りだった。
赤髪の少女を中心にパーティを組んで、まだわずか2週間と少しの2人。
互いにろくに会話したこともなかったが、この瞬間だけはそれだけで通じ合うことができた。
疲れ果てていたはずの2人の瞳に炎が宿る。
リアムは前を向き、剣と盾を構え直し、叫んだ。
「この忌々しいクソ狼ども! お前らの相手は僕だ! かかってこい! 【挑発】‼」
そして何度目かになる挑発スキルを放つ。
フォレストウルフたちの注意がリアムに集まる。
リアムが敵を引き付けた直後、アレンは自分たちの後ろにいる少女に向かって叫ぶ。
出会った瞬間から淡い想いを寄せていた、赤髪の活発な美少女を守るために。
「ミイア様! ここは俺とリアムに任せて、先に逃げてっす!
俺たち2人なら大丈夫っす!
こんな雑魚さっさと片付けて、すぐに追いつくっすよ!」
「い、いやよ‼ 3人で生き延びるのよ! ほら、もう出口は見えてるわ!」
だが、ミイアと呼ばれた赤髪の少女は首を横に振った。
その目には涙を浮かべているのに、気丈にも退こうとはしない。
「だめっす! 頼むっすミイア様! 俺たちのためにも、先に逃げてっす!」
アレンはリアムに襲い掛かるフォレストウルフに殴りかかりながら、必死にミイアに訴えた。
しかしアレンの決死の覚悟を無視して、ミイアは動かずに魔法の詠唱を始める。
2人が言い合っている間にも、リアムには攻撃が殺到し、その何割かが防御を抜けて浅くないダメージを蓄積させていく。
「【アースグレイブ】!」
ミイアが魔法を発動させる。
地面から斜めに突き出した岩の槍は、偶然にも、リアムに群がる3体のフォレストウルフを貫通し、絶命させた。
「やった! ほら、私だって――」
「ぐあぁッ‼」
ミイアが歓喜の声を上げた瞬間、フォレストウルフの一体がリアムに突進し、盾ごと彼を突き飛ばした。
背中から木に激突したリアムが血を吐き、そのまま地面に崩れる。
その身体は、ピクリとも動かない。
「いやぁぁぁぁ‼」
ミイアは思わず悲鳴を上げた。
仲間を失った衝撃に呆然とし、戦闘態勢を解いてしまう。
「ミイア様!」
そんなミイアをフォローすべく、アレンは彼女の元に駆け出した。
しかし、パーティの守りの要であったリアムが倒された今、そんな隙を敵が見逃してくれるはずもない。
これまでリアムが堰き止めていたフォレストウルフたちが、一気に残る2人に詰め寄ってくる。
そして襲い来る悪夢は、何もパーティの前方からだけではなかった。
「⁉ ミイア様、左! 避けて!」
アレンの悲痛な声に、ミイアはバッと左を向いた。
そこには鋭い牙をむき出しにして、ミイアに喰いつこうとしている一匹のフォレストウルフの姿があった。
ミイアはとっさに身体の前に杖を構えて呪文を唱えようとしたが、それは当然間に合わなかった。
フォレストウルフは杖ごとミイアの細い腹部にかぶりつき、その白い柔肌に牙を突き立てる。
杖は砕かれ、大量の鮮血を撒き散らしながら、ミイアは跳ね飛ばされた。
「ミイア様ぁぁぁ‼」
アレンがミイアを攻撃したフォレストウルフに渾身の蹴りを叩き込みながら、ミイアの方向に駆ける。
その顔に浮かんでいるのは、絶望だった。
アレンの叫び声に、横向きに倒れて一瞬意識を失っていたミイアは目を開けた。
温かい何かが、腹の傷口からどんどん流れ出している。
ミイアは声がした方に目を向けた。
かすむ視界の中、彼女の瞳に映ったのは、自分に駆け寄ってくる赤髪の少年と、その後ろから襲い掛かるフォレストウルフの群れだった。
(アレン、逃げて……)
ミイアの瞳から涙がこぼれた。
自分が無謀なクエストを受けてしまったせいで、リアムが倒されてしまった。
きっと自分もアレンも助からない。
みんなここで死ぬのだろう。
そう思うと後悔に涙が止まらなくなる。
もう、ダメだ。
ミイアはギュッと目を瞑った。
――その時、ミイアの耳に、どこかで聞いたことがある、凛とした少女の声が聞こえた。
「もう大丈夫。私に任せて」
声が聞こえたと同時に、腹部の激痛が薄れていくのをミイアは感じた。
そして前方、直前までアレンがいた辺りから爆音が聞こえた。
(え?)
ミイアは混乱する。
なにが起こったのかわからない。
「ミイア様、傷の手当てを!」
そんなミイアに、ここ2週間、嫌になるほど聞き慣れた声が届いた。
自分にやたらとなついてくる、赤髪の犬のような少年の声だ。
あんなに鬱陶しいと思っていたのに、その犬耳獣人族の無事な声が届いたことに、ミイアは心の底から感謝した。
そう、絶体絶命だと思われたアレンは、ミイアのもとにたどり着いていた。
アレンはすぐにミイアの腹部の傷を確かめる――が、そこには血にまみれているものの、一切傷の無い、キレイですべすべの女の子のお腹があった。
「あ、あれ?」
アレンが戸惑う様子を放置して、ミイアは再び目を開く。
そのクリアになった視界の先には、理解しがたい光景が広がっていた。
ミイアが無事なことに怪訝な顔をしていたアレンも、気付けばミイアの傍らでその光景を見て、口を開けて固まっていた。
ついさっきまで2人に襲い掛かっていたはずのフォレストウルフたちが、その躯体を細切れに切り刻まれながら吹き飛ばされていく。
黒い竜巻と化した少女が、次々と襲い来るフォレストウルフを切り刻み、ミンチにしているのだ。
その表情は少し嫌そうだが、気負った様子もなく、実に淡々としていてもはやただの作業のようだった。
ミイアとアレンは顔を見合わせてから、もう一度、竜巻の少女を見る。
2人にはやはり、その光景の意味を理解することができなかった。
◇
森の中を十数匹の狼のような魔獣、茶色の毛皮を持つフォレストウルフが駆け抜ける。
体長は1メートル程とさほど大型ではないが、その動きは素早い。
1、2匹程度であれば大した相手ではないが、群れると連携して襲ってくるためかなり危険な相手となる。
そのフォレストウルフの群れが今、数人の冒険者パーティを追撃していた。
「ぐっ⁉」
剣と盾を持ったレモン色の髪の少年剣士が、飛びかかってきたフォレストウルフの爪を盾で受け流し、同時に剣を突き出して頸部に致命傷を与え、1体を倒した。
そして周囲があまり見えていないのか、何もいない方向に盾を向ける。
アバトの南東から魔族領にかけて広がるこの森は、木々の間隔が広いため見通しが効き、比較的明るい。
冒険者にとっても活動しやすく、奥に入り込まない限りは強い魔獣も出現しないため、駆け出しの冒険者にとっては人気の活動ポイントである。
……それが昼間であれば。
日没より一足先に、森の中は夕闇に包まれる。
入射角が低い夕陽は木々にさえぎられ、森の中には届かないのだ。
「くっ! 見えづらいですね!」
しかし逆に、少年剣士は眩しそうに目を細めた。
彼らはフォレストウルフに追い立てられながらも、防御に徹しつつ後退し、もう少しで森の出口という所までたどり着いていた。
だが、そのことが状況を悪化させていた。
真横――森の出口から差し込んでくる西日が、薄暗い森の中に光と影の強烈なコントラストを生み出し、ただでさえ悪い視界をさらに悪化させているのだ。
光の中をでたらめに影が踊り、少年剣士は翻弄される。
「耐えてリアム! アレンも気合い入れなさい!
もう少しよ! 森を出ればこいつらは追ってこないわ!」
リアムと呼ばれた少年剣士の後方で、赤髪を縦ロールに巻いた少女が檄を飛ばす。
少女は腰の高さほどの長さの杖を片手に、時折魔法攻撃でフォレストウルフを牽制していた。
彼女が使っているのは、石のつぶてを高速射出する【ストーンバレット】や、地面から岩の棘を突き出す【アースグレイブ】だ。
いずれもフォレストウルフに対して十分な攻撃力を持っているが、それは当たれば、の話であった。
少女が放つ魔法はそのほとんどが避けられており、敵の数を減らすまでには至っていなかった。
連射できれば効果を上げられるだろうが、詠唱を必要とする魔法使いが1人ではそれはかなわない。
「どらぁぁぁ‼」
≪ゴガァッ!≫
少年剣士の少し後ろに控え、時折前に出て打撃を繰り出しているのは、少女より少しくすんだ赤髪の少年だった。
アレンと呼ばれた格闘士の彼は、リアムが防御しきれないタイミングで仕掛けてくるフォレストウルフにカウンターを見舞うことで、戦線を維持する役を担っている。
獣人族特有の筋力を活かした攻撃力は高く、今のところ最も多くの敵を無力化している。
その数は……ようやく2匹に届いたところだったが。
残りのフォレストウルフは15匹ほど。
対して3人の少年少女は消耗を隠せない。
彼らは既に気の遠くなるような時間、追撃を受けながら逃走を続けていたのだ。
アレンはすぐそばのリアムの様子を伺う。
リアムは先ほど額に傷を負ったようで、流れる血で片目が見えなくなっている。
彼は視界不良の中、ほとんど勘で猛攻を凌いでいた。
当然、的確に攻撃を捌けるわけが無い。
受けるダメージが一気に増えてきている。
そして自分は……すでに拳を守る籠手を失い、流血する素手で敵を殴っていた。
もう、指の感覚が無い。
布を巻き付けていなければ、すでに拳を握る事すらできていなかっただろう。
アレンは考える。
(くそっ! あと少しなんっすよ! ほんの20メートルで外に出られるっす!
なのに! くそっ! くそぉっ! なんでこんなに遠いんっすか!
ダメっす! 俺たち全員、あそこには届かないっす‼
……そっか。なんだ、簡単な事っす!
全員じゃなければ届くっす!)
アレンがその考えに至った時、ふとリアムがアレンに視線を向け、2人の目が合った。
リアムは少し困ったような笑顔でアレンに頷く。
その表情にアレンはふと気づいた。
アレン自身も、苦笑いを浮かべてリアムの方を見ていたのだ。
(何だよ。いけ好かないスカした野郎だと思ってたっすけど、リアムお前いい男っすね。
もうちょっと早く気づいてたら、俺たち親友になれたかもしれないっす。
……でも、こういうのも悪くないっすよ!)
アレンはリアムに頷き返した。
それはほんの一瞬の、短いやり取りだった。
赤髪の少女を中心にパーティを組んで、まだわずか2週間と少しの2人。
互いにろくに会話したこともなかったが、この瞬間だけはそれだけで通じ合うことができた。
疲れ果てていたはずの2人の瞳に炎が宿る。
リアムは前を向き、剣と盾を構え直し、叫んだ。
「この忌々しいクソ狼ども! お前らの相手は僕だ! かかってこい! 【挑発】‼」
そして何度目かになる挑発スキルを放つ。
フォレストウルフたちの注意がリアムに集まる。
リアムが敵を引き付けた直後、アレンは自分たちの後ろにいる少女に向かって叫ぶ。
出会った瞬間から淡い想いを寄せていた、赤髪の活発な美少女を守るために。
「ミイア様! ここは俺とリアムに任せて、先に逃げてっす!
俺たち2人なら大丈夫っす!
こんな雑魚さっさと片付けて、すぐに追いつくっすよ!」
「い、いやよ‼ 3人で生き延びるのよ! ほら、もう出口は見えてるわ!」
だが、ミイアと呼ばれた赤髪の少女は首を横に振った。
その目には涙を浮かべているのに、気丈にも退こうとはしない。
「だめっす! 頼むっすミイア様! 俺たちのためにも、先に逃げてっす!」
アレンはリアムに襲い掛かるフォレストウルフに殴りかかりながら、必死にミイアに訴えた。
しかしアレンの決死の覚悟を無視して、ミイアは動かずに魔法の詠唱を始める。
2人が言い合っている間にも、リアムには攻撃が殺到し、その何割かが防御を抜けて浅くないダメージを蓄積させていく。
「【アースグレイブ】!」
ミイアが魔法を発動させる。
地面から斜めに突き出した岩の槍は、偶然にも、リアムに群がる3体のフォレストウルフを貫通し、絶命させた。
「やった! ほら、私だって――」
「ぐあぁッ‼」
ミイアが歓喜の声を上げた瞬間、フォレストウルフの一体がリアムに突進し、盾ごと彼を突き飛ばした。
背中から木に激突したリアムが血を吐き、そのまま地面に崩れる。
その身体は、ピクリとも動かない。
「いやぁぁぁぁ‼」
ミイアは思わず悲鳴を上げた。
仲間を失った衝撃に呆然とし、戦闘態勢を解いてしまう。
「ミイア様!」
そんなミイアをフォローすべく、アレンは彼女の元に駆け出した。
しかし、パーティの守りの要であったリアムが倒された今、そんな隙を敵が見逃してくれるはずもない。
これまでリアムが堰き止めていたフォレストウルフたちが、一気に残る2人に詰め寄ってくる。
そして襲い来る悪夢は、何もパーティの前方からだけではなかった。
「⁉ ミイア様、左! 避けて!」
アレンの悲痛な声に、ミイアはバッと左を向いた。
そこには鋭い牙をむき出しにして、ミイアに喰いつこうとしている一匹のフォレストウルフの姿があった。
ミイアはとっさに身体の前に杖を構えて呪文を唱えようとしたが、それは当然間に合わなかった。
フォレストウルフは杖ごとミイアの細い腹部にかぶりつき、その白い柔肌に牙を突き立てる。
杖は砕かれ、大量の鮮血を撒き散らしながら、ミイアは跳ね飛ばされた。
「ミイア様ぁぁぁ‼」
アレンがミイアを攻撃したフォレストウルフに渾身の蹴りを叩き込みながら、ミイアの方向に駆ける。
その顔に浮かんでいるのは、絶望だった。
アレンの叫び声に、横向きに倒れて一瞬意識を失っていたミイアは目を開けた。
温かい何かが、腹の傷口からどんどん流れ出している。
ミイアは声がした方に目を向けた。
かすむ視界の中、彼女の瞳に映ったのは、自分に駆け寄ってくる赤髪の少年と、その後ろから襲い掛かるフォレストウルフの群れだった。
(アレン、逃げて……)
ミイアの瞳から涙がこぼれた。
自分が無謀なクエストを受けてしまったせいで、リアムが倒されてしまった。
きっと自分もアレンも助からない。
みんなここで死ぬのだろう。
そう思うと後悔に涙が止まらなくなる。
もう、ダメだ。
ミイアはギュッと目を瞑った。
――その時、ミイアの耳に、どこかで聞いたことがある、凛とした少女の声が聞こえた。
「もう大丈夫。私に任せて」
声が聞こえたと同時に、腹部の激痛が薄れていくのをミイアは感じた。
そして前方、直前までアレンがいた辺りから爆音が聞こえた。
(え?)
ミイアは混乱する。
なにが起こったのかわからない。
「ミイア様、傷の手当てを!」
そんなミイアに、ここ2週間、嫌になるほど聞き慣れた声が届いた。
自分にやたらとなついてくる、赤髪の犬のような少年の声だ。
あんなに鬱陶しいと思っていたのに、その犬耳獣人族の無事な声が届いたことに、ミイアは心の底から感謝した。
そう、絶体絶命だと思われたアレンは、ミイアのもとにたどり着いていた。
アレンはすぐにミイアの腹部の傷を確かめる――が、そこには血にまみれているものの、一切傷の無い、キレイですべすべの女の子のお腹があった。
「あ、あれ?」
アレンが戸惑う様子を放置して、ミイアは再び目を開く。
そのクリアになった視界の先には、理解しがたい光景が広がっていた。
ミイアが無事なことに怪訝な顔をしていたアレンも、気付けばミイアの傍らでその光景を見て、口を開けて固まっていた。
ついさっきまで2人に襲い掛かっていたはずのフォレストウルフたちが、その躯体を細切れに切り刻まれながら吹き飛ばされていく。
黒い竜巻と化した少女が、次々と襲い来るフォレストウルフを切り刻み、ミンチにしているのだ。
その表情は少し嫌そうだが、気負った様子もなく、実に淡々としていてもはやただの作業のようだった。
ミイアとアレンは顔を見合わせてから、もう一度、竜巻の少女を見る。
2人にはやはり、その光景の意味を理解することができなかった。
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