『バケツ姫と魔王の異世界伝説』 - これは 願いを込めた 罪滅ぼし -

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第4章 炎が呼び覚ます記憶

洗礼②

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トラブルはあったものの無事依頼を受けたナナは、シイナにもらったアドバイスに従って薬草採取に来ていた。
ここはアバト南東の草原。
魔族領との境界の森の少し手前の位置だ。
シイナ曰く、森に入らなければ魔物も出現しないし、安心して採取にあたれるだろうということだった。

柔らかな日差しと、穏やかに吹く風が心地よい。
アバト領は気候が安定していて、季節によって多少の変動はあるものの、比較的過ごしやすい地域だとニアンが言っていた。
王都まで行くと、もっと四季がはっきりとしているらしい。

(油断はしちゃだめだけど、天気も景色も良いし、薬草は簡単に見つかるし、このクエスト受けてよかったなぁ)

そんなのどかな気分で1人草むし…薬草採取に励むナナは、ゆっくりと過ぎる時間に安らぎを覚えていた。

ナナにはバケツの恩恵で得た【解析】というチートスキルがあるので、草原の中から簡単に薬草を特定できた。
それに薬草は薬の材料になるだけあって魔力を有しているらしく【魔力探知】で位置を特定できるため、探し回る必要もなかった。

見つけた端から、新たに愛剣となった層灰鋼のショートソードを使ってサクサクと刈り取り、そのままバケツの【無限収納】で収納する。

あまりに簡単に薬草が集まるので、ナナはアイマーと真剣に相談する。

『もしかして私、薬草採取の仕事に就ける才能あるんじゃないかな?』

『ふむ。たしかに【解析】と【魔力探知】と【無限収納】を持つお主は、薬草採取で生計を立てられる可能性があるやもしれん』

相談を受けたアイマーも真剣に答えた。

……この2人、ナナが実はすでに金銭を対価に薬草採取の依頼を受けているプロであることには、どうやら気付いていないようだ。
まるで散歩かのような楽な依頼に、脳までお花畑になっているのかもしれない。

ちなみに今日のナナのお昼ご飯は【喰人草の疑似餌】だ。
バケツから取り出した紫色の臓器のようなソレを、ナナはアイマーと【伝心】で穏やかに会話を楽しみながらニコニコと頬張る。
不気味な見た目に反して非常に美味な完全栄養食だが、採取した本人であるニアンはあまり好んで食べようとしない。
それどころかアバト到着直後に捨てようとしていたので、ナナが必死に阻止し、何とか譲り受けたのである。
何も入っていなかったナナのバケツには今、大量の【喰人草の疑似餌】が詰まっていた。
バケツの中は時間が停止しているため腐ることもない。
1カ月ぐらいならこれだけで生きていけそうだ。

昼休憩を挟んで作業を続けること数時間。
依頼の規定量の10倍ほどの薬草を確保したところで、ナナはそろそろ日が傾いてきていることに気付いた。
西の空が少しずつ黄みがかってきている。
ここからアバトまでは徒歩で1時間弱の距離なので、そろそろ帰途についた方が良いだろうと、屈んでいたナナが腰を上げようとしたその時。

『――あれ? ねえ魔王、誰か近づいて……っていうか囲まれてる?』

『ん? いや、【魔力探知】には何も映っておらんが……いや、これは⁉
まさか隠ぺいの魔道具か⁉』

気付いた時には、ナナは10人以上の男たちに取り囲まれていた。
そしてすでに、その内の1人がナナに切迫し、細い針のような物を突き出してきている。

『え…』

『呆けるでない! 後ろに飛べ!』

ナナはアイマーの指示に従って咄嗟に後ろに飛び退くが、遅かった。
横手から襲い掛かっていた男が持つ針がナナの左腕に刺さり、激痛が走る。

「いッ⁉」

鮮血がぱっと舞い、緑の足元に鮮やかな赤い水玉模様が散る。

傷はさほど大きくはないが深く、あっという間にナナの白い手指が赤に染まる。

『案ずるな、すぐ治療する! 【ヒール】!』

即座にアイマーが回復魔法をかけたおかげで、傷は瞬く間に修復された。

だが、ナナの顔色は優れない。

(なんで? なんでこの人、私に襲い掛かってくるの?)

ナナは傷つけられた腕を押さえながら、目を見開いて自らを襲った男を見る。

(知らない。私はこんな人、知らない!)

ナナがこれまで暮らしていた日本は、それなりに治安が良かった。
もちろんナナも、これまで他人から故意に傷つけられた経験など無かったのだ。

だからナナは理解できなかった。
冒険者登録した時に警告されていたので頭では理解していたが、まさか本当に、会ったこともない人間が武器を持って襲い掛かってくるなどとは、想像していなかったのだ。

だが、この世界では人の命は軽い。
誰かの勝手な都合で、ある日突然命を奪われることなど良くある話なのだ。

その事実に気付き、ナナは今更ながら恐怖を覚えた。
話で聞くのと、実際にそういう目に合うのとでは全然違う。

『ナナ! 何をしている! 武器を構えろ!』

アイマーの声にナナはっとなり、双剣を抜いて構える。

男たちは遠巻きにナナを取り囲んで、ニヤニヤと下卑た笑いを顔に貼り付けている。
先ほどナナに襲い掛かってきた1名だけが、ナナと共にその輪の内にいた。
ナナの血が付いたニードルのような武器を片手に、ナナの片手剣の間合いの外で余裕の笑みでこちらの様子を伺っている。

『よし、落ち着いたら【気配探知】で警戒しつつ、囲みの一角を切り捨てて脱出しろ!
【気配操作】はできるだけ使うな。大丈夫、お主ならできるはずだ!』

『う、うん、わかった! 【気配……あ…れ…?』

アイマーの指示に従ってナナが【気配探知】を発動しようとしたその時、ナナは不意に身体の力が抜け、その場にへたり込んだ。

『お、おい! お主何をしている⁉』

『え……あ、あれ?』

慌てるアイマーの問いかけにも、ナナは答えられない。
だが【伝心】の効果で、ナナが自分でも驚いていることがアイマーに伝わった。
ナナ自身、自分の意志に反して身体が動かないのだ。

「ろくに使えもしねぇのにいい武器もってやがるなぁ。
これだから金持ちってやつは。
ま、大人しくしてればそう悪い目にはあわせねぇよ。
おっといけねぇ。すでに麻痺毒で満足にうごけねぇんだったか?
うひゃひゃひゃひゃっ!」

「そうだぜ?
大人しくしてれば、天井のシミを数えてる間に楽しい時間なんかあっという間だぜ!
ま、ここには天井なんかねーがな! がはははは!」

周囲を取り囲む男たちの笑いが一層大きくなり、下品な言葉が飛び交う。

『ふん! 麻痺毒など! 【アンチパラライズ】!』

アイマーが魔法を行使した。

『あ、動ける、ありがと魔王!』

『待て、そのまま動けぬふりをして油断を誘え!
やつらが油断したら、さっき言った通りにして脱出するのだ!』

『わかった!』

ナナは身体の自由を取り戻した。
そして麻痺で動きづらい振りをしながら、すぐ動き出せるように体勢を整え、うつむいて動きを止めた。

「ようやく動けなくなったか。思ったより粘ったな、こいつ」

そう言ってナナに傷を負わせた男が、ニードルの先端を固い革のようなもので覆って腰のベルトにぶら下げる。
周囲の男たちもそれぞれ武器をしまい、順番がどうのと騒ぎ始めた。
どうやらナナがもう動けないと判断し、下劣な行為の算段を付け始めたようだ。

ニードルの男が無造作にナナの方に歩み寄って来た。

『よし、今だ!』

『うん、【気配探知】!』

ナナは【気配探知】で周囲の男達に気を配りながら、目の前の男を切り捨てるべく突進する。
そして男の脇をすり抜けながら剣を振るった。

男の胴をナナの剣の刃が切り裂く――かに思えたその瞬間。

ナナの身体はその意思とは違った動作をとった。

「え……?」

ナナは男の横をすり抜けた。
そう、ただ何もせずにすり抜けたのだ。

ナナは自らの行動に戸惑ったが、すぐに気を取り直し、棒立ちしているニードルの男の背後から、もう一度攻撃を繰り出す。

だがナナが突き出した剣は、男の背に突き立つ寸前、恐ろしい程の正確さで、ぴたりと動きを止めた。

ナナはバックステップで距離をとりつつ、訳が分からないとでもいうように、両手に握る剣を見つめた。

突然のナナの攻撃に一瞬肝を冷やした男たちは、剣を見つめたまま呆然とするナナと、傷一つないニードルの男の様子を見てニヤリと顔を歪めた。

「はっ! ビビらせやがって!
どうやって麻痺を解いたのかは知らねえが、人を傷つけるのは怖いってかぁ?
お嬢ちゃんに冒険者はむいてないんじゃないでちゅか~?」

1人の軽薄そうな男がそう言い、周りに笑いが広がる。

ナナは唇を噛みしめて、彼らを睨む。

『なんでっ! なんで攻撃できないの‼』

【伝心】でアイマーにナナの気持ちが伝わってくる。
それは、激しい怒りと、困惑、恐れ、焦りで埋め尽くされていた。

(もしや……いや、まずはこの状況をどうにかせねばならんな)

『ナナ、仕方あるまい。お主は【気配操作】で身を隠せ。
その間に我が魔法で奴らを無力化する』

『……うん。お願い』

アイマーのナナを心配する気持ちが伝わり、ナナは少し落ち着いて返事をする。

そして、気配を消した。

急に目の前の少女が認識できなくなり、男たちは動揺をあらわにした。
おろおろと周囲を見渡す男たちだったが、すぐに1人、また1人と、どこからともなく放たれる魔法によって倒れていった。
脱落者が増えていくにつれて、彼らの顔に焦りが生まれる。

そして動けるものが半分を切ったとき、リーダーだと思われる男が声を張り上げた。

「チッ! おいお前ら、撤退だ‼」

そう言って男たちは、倒れた仲間を放置して、アバトとは別の方向に駆けていった。
彼らの姿が見えなくなったところでナナはため息をつきながら【気配操作】を解いた。

「はぁ……はぁ……、なんだったんだろ、あの人達」

『ニアン達が話していた人攫いではないか?
……今日はもう帰った方がよかろう。もうすぐ日も暮れ始めるしな』

想定外の襲撃に、アイマーがナナを心配して帰還を促す。
もう薬草は充分集まったし、精神的にも疲れたし、ナナはその提案に答え、アバトに向かって歩き始める。

『うん、そうだ――』

その時、ナナの耳に誰かの悲鳴のような叫び声が届く。

(女の子……?)

よく耳をすますと戦闘音のような音も聞こえてきた。
森の方向からだ。

ナナは立ち止まる。

『……助けに行くのか? 今のお主の状態では危険だぞ。
我のガードも完璧ではないからな』

『う…ん。そうだよね。自分の命が一番だもんね』

そう言って再度、ナナは街に向かって歩き出す。

そして、しばらく歩いてから、ナナは突然踵を返して森の方角に走り出した。

『おいッ! ナナ』

『危険なのはわかってるよ。でもッ! 私はこのまま帰ったら絶対に後悔する!
何をするにもきっと、一生後悔し続ける。
そんなのは嫌なのッ!』

ナナの言葉には、本気の覚悟が込められていた。
【伝心】越しにそれがアイマーに伝わる。

『まったく、お主は仕方のない奴だな。
危なくなったら何が何でも逃げるのだぞ』

苦笑して返したアイマーの言葉は、とても暖かいものだった。

『うん! ごめんね、ありがとっ‼』

ナナは全速力で、声が聞こえる方向を目指し、森の中に消えていったのだった。


    ◇
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