バイト先は後宮、胸に秘める目的は復讐 ~泣き虫れおなの絶叫昂国日誌・第一部~

西川 旭

文字の大きさ
3 / 56
第一章 神台邑(じんだいむら)

三話 鹿が多いことを指して麗しいと云う

しおりを挟む
「あれ、なんか一人、増えてンね」

 私たちは翔霏(しょうひ)さんのお仲間の、応(おう)軽螢(けいけい)さんという男性と合流した。
 短髪に鉢巻をして、背中に大きな籠を負っている。
 どうやら山菜などを集めて入れているらしい。

「旅の途中に道に迷ってしまったらしい。危うく怪魔(かいま)に食われるところだった」

 翔霏(しょうひ)さんが先ほど退治したバケモノの耳を軽螢さんに渡して、軽く事情を説明した。
 軽螢さんも翔霏さんも、年のころは私と同じくらいだろうか。
 二人とも顔にはまだ少年少女のあどけなさが見え隠れしていた。
 軽螢さんは私、見知らぬ水浸しの擦り傷女を見て。

「そっか。ま、大丈夫、大丈夫」

 と、詳しい話を聞くまでもなく、自分で結論を出し、納得して歩みを再開した。
 いや、ちっとも大丈夫じゃねーよ。
 突っ込みそうになったけど、耐えた。

「ど、どうも、お世話になります。北原(きたはら)麗央那(れおな)と言います」

 私は軽螢さんに軽く自己紹介をして。

「見事な鹿の群れが真ん中にいる邑(むら)、か」
 
 と、私のファーストネームへの端的な感想を貰った。
 言われて私は、麗央那という名前に使われている漢字三文字を脳内で分解してみる。

 麗という字は、両という部首、かんむりの下に鹿と書く。
 立派な鹿が並んで連なる光景を、昔の人は美しいと感じて、この字を充てたのかもしれない。
 央は文字通り中央の央。
 最後の那という漢字は、仏教系で使われることの多い字だ。
 時間や空間を広く示す概念的な字だけど、単純に「場所」を意味することもある。
 部首であるおおざとへん、右についてる耳みたいなやつは、本来は読みの通り「大きな里、立派な村」を表す。

「確かに、そういう意味になりますね」

 思考の末そう結論付けて、私は軽螢さんにそう答えた。
 自分の名前を、そういう角度で真面目に検証したことはいままでなかった気がする。
 しかし。

「なんか黙って難しい顔してると思ったら、自分の名前の意味を今更考えてたン?」

 と、なんとなく、バカを見るような目で、呆れられた。
 いいじゃないかよう。
 お母さんから聞いた話によれば、麗央那という名前は、麗しく、堂々と、という意味だ。
 お父さんがつけてくれた、ってこと以外、よく知らない。
 名前負けしている自覚は、正直小さい頃からあるのだ。
 ともあれ、ここから少しの間、私と軽螢さん、ときどき翔霏さんの、邑(むら)へ行く道中の会話を記すことにする。

「あの、私、正直どうして自分がここにいるのか、わからないんですけど」
「頭でも打ったンかね。大丈夫大丈夫、邑に行けば薬もあるし、じっちゃんはツボの名手だから」

 だから、そうじゃねーんだよ、と私は反論したかった。
 しかしそんな私を尻目に、軽螢さんは口笛を吹きながら、道端の石ころを蹴飛ばしながら、悠々と歩く。
 私は話題を変えた。

「さっきみたいな、大きい犬の怪物は、また出ますか?」

 とりあえず目の前の、喫緊(きっきん)の重大問題について質問する。

「どうかな? まあ出ても大丈夫だよ。翔霏がブッ倒してくれるから」

 なにも特別なことではない、と言うような口調で、軽螢さんは言った。

「お前も少しは手伝え。なぜ毎度毎度、私ばかり走り回らなければならないんだ」
「俺が待てって言っても、翔霏が走って行っちゃうンだろ。いいじゃん、なんとかなったンだし」

 クレームも、軽い態度で受け流していた。
 翔霏さんも特に表情を変えていないので、別に不愉快なやりとりではないらしい。
 二人が信頼し合っている様子がうかがえる。
 もっとも、翔霏さんは常にクールなポーカーフェイスを崩していない。
 機嫌がいいか悪いかは、正直不明だ。

「あと私、親にも連絡を取りたいんですけど」

 目下、最大の懸案事項についても、もちろん相談する。
 ここはどこで、どうすれば家に帰れるのだろう。
 電車や道路などの交通手段はどうなっているののか?
 電話や手紙などの通信手段は?
 邑というところに行けば、それらはちゃんと整っているのか?

「親御さん、てっきり、はぐれたのかと思ったけど、違うン?」

 軽螢さんにそう聞かれて、私は首を振った。

「その、一人で用事を足しに出かけてたら、いつの間にかここにいて」
「得物(ぶき)も持たずに一人でこんなところをうろついては、いけない」

 私の説明に、相変わらずの無表情で、でも口調は厳しく翔霏さんが戒める。
 いや、こんなところと言われましても。
 来たくて来たわけじゃ、ないです。
 武器なんてそもそも持ってない。

「そうそう、俺と翔霏がいくら狩っても、どこからともなく怪魔(かいま)が出て来るんだよなあ。誰かが喚(よ)んでるンかな?」
「軽螢はろくに退治の役に立っていないだろう……」 
 
 といった二人のよくわからない話を聞きながら。
 歩くこと体感にして二時間弱、私は彼らが言う「邑(むら)」に、無事に辿り着いた。
 そこで私は、邑の入り口に建てられている、直方体の細長い石碑を目の当たりにするのだった。
 優雅に駆ける鹿の絵と、漢字が彫られている。

「中国語、じゃないな。なんだろ?」

 その石碑には、こう書かれてあった。

「翼州公塀 此廻環濠 以為結界 欲無恙乎 名神台邑」

 一見すると中国語、漢文のようだけど、違うとハッキリ言える理由がある。
 それは「塀」という漢字は、日本で独自に作られた「国字」であるために、漢文に登場することはありえないからだ。
 しかしその、日本語の古文でもなければ中国由来の漢文でもない、この石碑の銘文を、私はなぜか、不思議と、スラスラ読めるような気がした。

「翼州(よくしゅう)という地方の公爵である塀さんが、この邑の周囲にお堀、溝を掘ってめぐらせて、結界のような意味を持たせた。以後、なにごとも災いがありませんように、と願い、神台邑(じんだいむら)と名付けた」

 邑の周囲をめぐらす環濠には、水が張られていた。
 江戸城や姫路城といった有名なお城と同じく、水濠(すいごう)の様式が採られているのだ。
 私の独りごとに、翔霏さんが相変わらずの、古い樹木のような無表情で返す。

「随分と昔の話らしいがな。州公さまが呪力を用いて、邑に結界の環濠を掘ってくださったのだそうだ」

 続けて軽螢さんが、うんうんと頷きながら。

「そのおかげで結界の中には怪魔が入って来ない。ありがたい話だよ本当に」

 どうやら私の読解は、大意として間違っていなかったらしい。
 え、どうしてこんな、由来不明の謎文章が私は読めるんだろう?
 受験勉強のしすぎで、頭がおかしくなったのだろうか?
 などという私の思索をよそに、軽螢さんはずんずんと邑の中に歩みを進めて。

「さ、まずはじっちゃんたちに紹介するからさ。ややこしい話はそこでしようよ」

 そう促され、私は小さな邑の中央に位置する、比較的大きな建物に案内された。
 おそらくは邑の集会場的な公堂だろうか。
 神棚のような仏壇のような、なにかの祭壇と広間があるだけで、生活の気配はない。
 彫刻が施された立派な石の箱が、丁重に祀られていた。

「ただいま。珍しい客を連れて来たぞ。サイタマ? とかいう遠く地の果てから来た、麗さんだそうだ」

 翔霏さんが集まっている人たちに、私のことを紹介してくれた。

「は、はじめまして。よろしくお願いします」

 私は自分が知らない間にここに来て、これからどうしたらいいのか。
 なにもわからないという現状を、みなさんに正直に伝えた。
 簡単な生まれ育ち、家族構成、東京で買い物をしていて、なぜかここにいきなり来ていたこと、など。
 事態が好転すればいい、と強く願った私だったけど。

「うーん、さっぱり、お前さんの言うとることが、わしにはわからんのう」

 邑の長老の一人であるという、軽螢さんのおじいさん。
 名を応(おう)雷来(らいらい)という、髪の毛のないおじいさんに、そう言われた。
 他に集まってくれたみなさんの口からも、似たようにお手上げな意見が上る。

「そもそもサイタマっちゅうのはどこじゃいの」
「先の大戦で、そんな名前の町が滅ぼされたって聞いた気がするべえ」
「駅なら山ひとつ向こうにあるけど、月に一度、馬しか来ないわよ。その、デンシャ? って言うのはなにかしらねえ」

 つまるところ私、北原(きたはら)麗央那(れおな)、十五歳は。
 日本でも中国でもない、電気も通っていない謎の土地、文明圏に。
 女独りの身で、放り出されてしまったようだ。

「詰んだ」

 私は思わず、再度、独りごちるのだった。
 そんな私の絶望をよそにして。

「色々あって疲れとるじゃろう。ほれ、そこに横にならんか。ツボを押しちゃるわい」

 雷来おじいさんに、背中と首と足の裏のツボを押して貰った。
 旅の疲れを取るのと、頭をスッキリさせるために、との理由だ。

「ンギィ~ッ」

 痛みと快感で、私は変な呻き声を上げたのだった。
 でもこれは、癖になりそうな心地良さだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

無能と追放された俺、死にかけて覚醒した古代秘術を極めて最強になる

仲山悠仁
ファンタジー
魔力がすべての世界で、“無能”と烙印を押された少年アレックスは、 成人儀式の日に家族と村から追放されてしまう。 守る者も帰る場所もなく、魔物が徘徊する森へ一人放り出された彼は、 そこで――同じように孤独を抱えた少女と出会う。 フレア。 彼女もまた、居場所を失い、ひとりで生きてきた者だった。 二人の出会いは偶然か、それとも運命か。 無能と呼ばれた少年が秘めていた“本当の力”、 そして世界を蝕む“黒い霧”の謎が、静かに動き始める。 孤独だった二人が、共に歩き出す始まりの物語。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

アイムキャット❕~異世界キャット驚く漫遊記~

ma-no
ファンタジー
 神様のミスで森に住む猫に転生させられた元人間。猫として第二の人生を歩むがこの世界は何かがおかしい。引っ掛かりはあるものの、猫家族と楽しく過ごしていた主人公は、ミスに気付いた神様に詫びの品を受け取る。  その品とは、全世界で使われた魔法が載っている魔法書。元人間の性からか、魔法書で変身魔法を探した主人公は、立って歩く猫へと変身する。  世界でただ一匹の歩く猫は、人間の住む街に行けば騒動勃発。  そして何故かハンターになって、王様に即位!?  この物語りは、歩く猫となった主人公がやらかしながら異世界を自由気ままに生きるドタバタコメディである。 注:イラストはイメージであって、登場猫物と異なります。   R指定は念の為です。   登場人物紹介は「11、15、19章」の手前にあります。   「小説家になろう」「カクヨム」にて、同時掲載しております。   一番最後にも登場人物紹介がありますので、途中でキャラを忘れている方はそちらをお読みください。

【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました

東野あさひ
ファンタジー
無能の烙印、婚約破棄、そして辺境追放――。でもそれ、全部“勘違い”でした。 王国随一の名門貴族令嬢ノクティア・エルヴァーンは、魔力がないと断定され、婚約を破棄されて辺境へと追放された。 だが、誰も知らなかった――彼女が「古代魔術」の適性を持つ唯一の魔導士であることを。 行き着いた先は魔物の脅威に晒されるグランツ砦。 冷徹な司令官カイラスとの出会いをきっかけに、彼女の眠っていた力が次第に目を覚まし始める。 無能令嬢と嘲笑された少女が、辺境で覚醒し、最強へと駆け上がる――! 王都の者たちよ、見ていなさい。今度は私が、あなたたちを見下ろす番です。 これは、“追放令嬢”が辺境から世界を変える、痛快ざまぁ×覚醒ファンタジー。

アワセワザ! ~異世界乳幼女と父は、二人で強く生きていく~

eggy
ファンタジー
 もと魔狩人《まかりびと》ライナルトは大雪の中、乳飲み子を抱いて村に入った。  村では魔獣や獣に被害を受けることが多く、村人たちが生活と育児に協力する代わりとして、害獣狩りを依頼される。  ライナルトは村人たちの威力の低い攻撃魔法と協力して大剣を振るうことで、害獣狩りに挑む。  しかし年々増加、凶暴化してくる害獣に、低威力の魔法では対処しきれなくなってくる。  まだ赤ん坊の娘イェッタは何処からか降りてくる『知識』に従い、魔法の威力増加、複数合わせた使用法を工夫して、父親を援助しようと考えた。  幼い娘と父親が力を合わせて害獣や強敵に挑む、冒険ファンタジー。 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています。

エレンディア王国記

火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、 「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。 導かれるように辿り着いたのは、 魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。 王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り―― だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。 「なんとかなるさ。生きてればな」 手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。 教師として、王子として、そして何者かとして。 これは、“教える者”が世界を変えていく物語。

処理中です...