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第一章 神台邑(じんだいむら)
四話 食べることは生きること
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わけも分からぬまま命を助けられた私、北原(きたはら)麗央那(れおな)。
人口三百人足らずの、神台邑(じんだいむら)というところに、軽螢(けいけい)と、翔霏(しょうひ)の手引きで、連れて来られた。
「日が長くなって来たなあ」
桑畑で若葉を摘み取り、摘み取り。
上空を飛んで北へ向かう渡り鳥の群れを見て、私は呟いた。
なんとびっくり、その神台邑にもう、かれこれ一か月は滞在している。
私は今、おカイコさんが食べる桑の葉を、畑でせっせと摘み取りながら、背負った籠にポイポイと放り込む作業の真っ最中だ。
みずみずしい桑の若葉をたっぷり食べて、おカイコさんの幼虫はぷっくり丸々と太り、綺麗な絹糸を吐いてマユを作ってくれるのである。
「絹か銭(ゼニ)じゃないと税を納められないなんて、誰が決めたンだろな? 昔は麦とかでもよかったって話なのに」
一緒に作業をしている軽螢がぼやきながら、ちんたらちんたらと桑の葉を摘み取っている。
この作業において素人である私より手が遅いのだから、よほどやる気がないのだろう。
「知らん。お偉い誰かさんが決めたことだろう」
無表情で、テキパキ、シュババと葉っぱ摘みの単純作業をこなす翔霏。
暖かくなってきた晩春の農作業だというのに、この人が汗をかいている様子を、今まで一度も見たことがない。
作業の手を停めず、私は彼らの雑談に乗っかる。
「多分、穀物だと体積がかさばるから、広い土地から税を集めて回るのが面倒になったんじゃないかな」
この頃には、二人に対して敬称も省き、敬語も使わないようになっていた。
軽螢は私と同い年、翔霏も一つ上なだけだという。
二人とも「かしこまらなくていい」と言ってくれたので、お言葉に甘えてタメ口である。
「って、もう日が沈むじゃンか。疲れたよ。切り上げようぜえ」
最初から真面目に取り組んでいなかった軽螢がそう言って、私たちは桑畑から撤収した。
私は翔霏の暮らしている小屋に間借りする形で、この邑に滞在している。
夕食は雷来(らいらい)おじいちゃんの住んでいる大きな本宅で、ごちゃごちゃいる親戚のみなさんと一緒に頂いている。
「東の竹林に、猪の怪魔が出たっちゅうのう」
「あら嫌だ。タケノコの時期になると、いっつもねえ」
「ってことは、熊も出るンかな」
「そろそろ、二の沢の石堤(いしづつみ)が崩れそうなんじゃが」
「今年は雁が飛ぶのが早いねえ」
「国境(くにざかい)の邑で、子供が攫われとるっちゅう話もあるぞ」
食事の席では、邑の周辺で起きた事件、ニュースについて、とにかくみんな、よくしゃべる。
邑人全員で情報を交換、共有して、打開策を考えて、必要な手段を講じて、実現のための手はずを整える。
「邑の外の糞魔(ふんま)は、明日に私が片付けておく。荷物持ちに誰か手を貸してくれ」
翔霏が「ちょっと散歩に行く」程度の口調でそう言って。
「こぉら、年頃の娘が、汚い言葉を使うもんじゃあない」
雷来おじいちゃんに、たしなめられていた。
翔霏は相変わらずの無表情で、口だけへの字に曲げていた。
そして翌日である。
「で、なんで私!?」
私は翔霏と連れ立って、先日に怪魔だか妖獣だか魑魅魍魎だかが出没したという、邑の外の竹林に来ている。
「暇そうだったからじゃないか」
戦闘用の丈夫な柿の木の棒、いわゆる棍を手に、翔霏はすたすたと歩いて往く。
私は背中に籠を負い、手に予備の棍を持って杖替わりに使いながら、その後を付いて行く。
邑の外、厳密に言えば、邑を囲っている環濠の外に出ると、たちの悪い怪魔に出くわす可能性が高い。
しかしどうしても、邑から外に出て行かねばならない場合はある。
山菜や木の実、山にしか咲かない花、なにかしらの鉱物を採集したいとき。
あるいは野の獣を狩って、肉や骨が欲しいときなどだ。
「でも私、魔物退治の役になんか、立てないよ」
「そっちのことは心配するな。私は怪魔を相手にしても、同伴に傷一つ負わせたことはない」
自信満々たる歴戦の勇者、翔霏さまなのであった。
誰に教わったわけでもないのに、天性で運動が得意な子というのは、学校にもいたなあ。
翔霏はそのレベル99カンストという感じの女の子で、神台邑の中でも抜群に武術(けんか)が強い。
雷来おじいちゃんたちの話によれば、周辺の邑を十や二十集めても。
殴ったり蹴ったり飛び跳ねたりの勝負で、翔霏に勝てる若者なんていない、というのが自慢らしい。
「なにか近くにいる気がするな。用心しろ」
「う、うん」
もっとも翔霏本人はそれを驕るでもなく誇るでもなく、あくまで神台邑の一員として、淡々と暮らしているのだけど。
また、翔霏に影響されてか、神台邑の若い子たちは武術の修練に熱心だ。
仮暮らしの身である私も、ある程度の期間を神台邑で過ごして、彼らの生活がどのようであるか、ということを知った。
運動不足解消のため、そんなわんぱく少年たちと一緒に、軽く体を動かしたりもしている。
昨日は馬跳びの台をやらされた後に農作業をしたので、実はちょっと腰が痛い。
「おいでなすったぞ。とりあえず屈め」
翔霏が私に告げた、その視線の先に。
「グバ?」
冷静に観察すると眩暈がしそうなくらいに巨大な、頭に三本の角が生えた、熊、なのか、わからない、なにかがいた。
竹林だから、パンダに会えないかな、なんてバカなことを考えていたのが、一気に消し飛んだ。
「ヒィィ」
後ずさり、小さくなる私。
動物百科事典で見た、メガテリウムという超巨大ナマケモノを思い出した。
巨大怪魔は、野の鹿を両手に抱えて、尻からその肉を丸かじりしている最中のようだ。
「ホアアアアアアアァァァァァッ!!」
その跳び上がる速さはまるで閃光の如く。
空気を切り裂く咆哮を上げて、翔霏が果敢に魔物に向かう。
棍棒の打撃が獲物の頭頂部に見事にヒットし、バチィィィン、と激しい音が鳴る。
しかし。
「ちッ、折れたか」
翔霏の武器である棍はちょうど真ん中あたりから、真っ二つに折れてしまった。
「ここここ、これ、代わりの武器!」
「助かる」
私は震えながらも翔霏のもとに予備の棍を投げる。
その後、すぐさま身を隠す場所がないかどうか、プレーリードックさながらに周囲をきょろきょろするのだった。
残念ながら竹がまばらに生える疎林において、人間一人が身を隠すスペースなどありはしなかったけど。
「バケモノが折った、竹かな」
周囲にはまだ新しい折れ目、割れ跡を持った竹がいくつか散乱している。
それはまるで、竹槍のように鋭くとがっている先端を持ったものもあった。
「うううう、こっち来るな。翔霏がんばれ。超がんばれ」
私はそのうちの一本を拾い上げる。
へっぴり腰の状態で竹を槍の代わりに構えて、涙目になりながら様子を見守る。
「でえええぇぇぇいッ!!」
ズドム、と翔霏の棍の凄まじい突きの一撃が、怪物の喉の中央に刺さった。
「ゴヴゥ……」
いや、私の目に見えなかっただけで、事実は少し違った。
翔霏は熊に似た三本角の怪物の、両目と喉を、一瞬にして三連の突きで攻撃していたのだ。
視界を奪われ、両の瞳からキラキラした鮮血の混じった涙を流し、怪物は竹林を力無くさ迷う。
その様子は、少しばかり私の胸に悲哀と同情をもたらしたけれど。
「ふんッ」
ゴリン、と翔霏は怪物の後頭部、人間でいう延髄のあたりに棍を突き下ろし、容赦なくトドメを刺した。
残酷なようでもある。
でも邑の人たちが安全に暮らすためには、どうしたって必要なことだ。
「鹿の肉は……これはダメだな」
怪物にかじられた哀れなメスの鹿の死体と、その横に斃れる巨大な怪物の骸と。
それを一瞥して棍についた血を拭き取っている翔霏の姿は、不思議と、美しいように、私には思えた。
前と同じように、翔霏は怪魔の左耳を小刀で切り落として、懐に収める。
怪魔を撃退した証拠であるその耳を、大きな街のお役所に提出すれば、報奨金が貰えるという話だ。
「魔物の死体は、食べたりしないの?」
食べるところがどれだけあるかわからないけど、とにかくこの巨体である。
金一封が貰える以外に、なにか利用する価値がないのかと思い、私は尋ねた。
肉だけじゃなく、骨とか、革とか。
翔霏はキッとこちらを睨んで。
「悪いものを口から体に入れれば、同じように悪いものになってしまう」
極めて真剣に、それが当然のことであると確信を持って、厳しく私を戒めた。
「そ、そうなんだ。言われてみれば、そうかも」
決して邑の食糧事情も豊かではないはずなのに。
長老のお爺ちゃんたちも、働き盛りのオジサンオバサンたちも、子供たちと等しくおかずを分け合って、贅沢をせず暮らしているのに。
悪いものは決して口にしないのだという、彼らなりの正義と倫理があるのだ。
「食べるものがどうだなんて、真剣に考えたこと、なかったから」
店にあるものは、食べて大丈夫なものだろうなと、なんとなく思っていただけだ。
あとは個人の好き嫌いとか、安全であるかどうかという問題があるだけ。
でも、それだけではない約束事を守って暮らしている人たちもいるんだ。
同じ約束を守れるという関係が、きっと仲間や隣人、同胞という存在なんだろう。
いくらお腹が空いていても、怪魔の肉を食べてしまったりすれば。
私はこの優しい人たちから、仲間ではないものと思われてしまうのだろうか。
「どうした、難しい顔をして。すまんが食い物は邑に帰らないと、持ち合わせがないんだ」
「いや、お腹が減ってるわけじゃないから、大丈夫」
守られている安心と、守られなくなったときの恐怖。
もっと翔霏と打ち解けたなら、そんな話をする日が来るのだろうかと、私は思った。
人口三百人足らずの、神台邑(じんだいむら)というところに、軽螢(けいけい)と、翔霏(しょうひ)の手引きで、連れて来られた。
「日が長くなって来たなあ」
桑畑で若葉を摘み取り、摘み取り。
上空を飛んで北へ向かう渡り鳥の群れを見て、私は呟いた。
なんとびっくり、その神台邑にもう、かれこれ一か月は滞在している。
私は今、おカイコさんが食べる桑の葉を、畑でせっせと摘み取りながら、背負った籠にポイポイと放り込む作業の真っ最中だ。
みずみずしい桑の若葉をたっぷり食べて、おカイコさんの幼虫はぷっくり丸々と太り、綺麗な絹糸を吐いてマユを作ってくれるのである。
「絹か銭(ゼニ)じゃないと税を納められないなんて、誰が決めたンだろな? 昔は麦とかでもよかったって話なのに」
一緒に作業をしている軽螢がぼやきながら、ちんたらちんたらと桑の葉を摘み取っている。
この作業において素人である私より手が遅いのだから、よほどやる気がないのだろう。
「知らん。お偉い誰かさんが決めたことだろう」
無表情で、テキパキ、シュババと葉っぱ摘みの単純作業をこなす翔霏。
暖かくなってきた晩春の農作業だというのに、この人が汗をかいている様子を、今まで一度も見たことがない。
作業の手を停めず、私は彼らの雑談に乗っかる。
「多分、穀物だと体積がかさばるから、広い土地から税を集めて回るのが面倒になったんじゃないかな」
この頃には、二人に対して敬称も省き、敬語も使わないようになっていた。
軽螢は私と同い年、翔霏も一つ上なだけだという。
二人とも「かしこまらなくていい」と言ってくれたので、お言葉に甘えてタメ口である。
「って、もう日が沈むじゃンか。疲れたよ。切り上げようぜえ」
最初から真面目に取り組んでいなかった軽螢がそう言って、私たちは桑畑から撤収した。
私は翔霏の暮らしている小屋に間借りする形で、この邑に滞在している。
夕食は雷来(らいらい)おじいちゃんの住んでいる大きな本宅で、ごちゃごちゃいる親戚のみなさんと一緒に頂いている。
「東の竹林に、猪の怪魔が出たっちゅうのう」
「あら嫌だ。タケノコの時期になると、いっつもねえ」
「ってことは、熊も出るンかな」
「そろそろ、二の沢の石堤(いしづつみ)が崩れそうなんじゃが」
「今年は雁が飛ぶのが早いねえ」
「国境(くにざかい)の邑で、子供が攫われとるっちゅう話もあるぞ」
食事の席では、邑の周辺で起きた事件、ニュースについて、とにかくみんな、よくしゃべる。
邑人全員で情報を交換、共有して、打開策を考えて、必要な手段を講じて、実現のための手はずを整える。
「邑の外の糞魔(ふんま)は、明日に私が片付けておく。荷物持ちに誰か手を貸してくれ」
翔霏が「ちょっと散歩に行く」程度の口調でそう言って。
「こぉら、年頃の娘が、汚い言葉を使うもんじゃあない」
雷来おじいちゃんに、たしなめられていた。
翔霏は相変わらずの無表情で、口だけへの字に曲げていた。
そして翌日である。
「で、なんで私!?」
私は翔霏と連れ立って、先日に怪魔だか妖獣だか魑魅魍魎だかが出没したという、邑の外の竹林に来ている。
「暇そうだったからじゃないか」
戦闘用の丈夫な柿の木の棒、いわゆる棍を手に、翔霏はすたすたと歩いて往く。
私は背中に籠を負い、手に予備の棍を持って杖替わりに使いながら、その後を付いて行く。
邑の外、厳密に言えば、邑を囲っている環濠の外に出ると、たちの悪い怪魔に出くわす可能性が高い。
しかしどうしても、邑から外に出て行かねばならない場合はある。
山菜や木の実、山にしか咲かない花、なにかしらの鉱物を採集したいとき。
あるいは野の獣を狩って、肉や骨が欲しいときなどだ。
「でも私、魔物退治の役になんか、立てないよ」
「そっちのことは心配するな。私は怪魔を相手にしても、同伴に傷一つ負わせたことはない」
自信満々たる歴戦の勇者、翔霏さまなのであった。
誰に教わったわけでもないのに、天性で運動が得意な子というのは、学校にもいたなあ。
翔霏はそのレベル99カンストという感じの女の子で、神台邑の中でも抜群に武術(けんか)が強い。
雷来おじいちゃんたちの話によれば、周辺の邑を十や二十集めても。
殴ったり蹴ったり飛び跳ねたりの勝負で、翔霏に勝てる若者なんていない、というのが自慢らしい。
「なにか近くにいる気がするな。用心しろ」
「う、うん」
もっとも翔霏本人はそれを驕るでもなく誇るでもなく、あくまで神台邑の一員として、淡々と暮らしているのだけど。
また、翔霏に影響されてか、神台邑の若い子たちは武術の修練に熱心だ。
仮暮らしの身である私も、ある程度の期間を神台邑で過ごして、彼らの生活がどのようであるか、ということを知った。
運動不足解消のため、そんなわんぱく少年たちと一緒に、軽く体を動かしたりもしている。
昨日は馬跳びの台をやらされた後に農作業をしたので、実はちょっと腰が痛い。
「おいでなすったぞ。とりあえず屈め」
翔霏が私に告げた、その視線の先に。
「グバ?」
冷静に観察すると眩暈がしそうなくらいに巨大な、頭に三本の角が生えた、熊、なのか、わからない、なにかがいた。
竹林だから、パンダに会えないかな、なんてバカなことを考えていたのが、一気に消し飛んだ。
「ヒィィ」
後ずさり、小さくなる私。
動物百科事典で見た、メガテリウムという超巨大ナマケモノを思い出した。
巨大怪魔は、野の鹿を両手に抱えて、尻からその肉を丸かじりしている最中のようだ。
「ホアアアアアアアァァァァァッ!!」
その跳び上がる速さはまるで閃光の如く。
空気を切り裂く咆哮を上げて、翔霏が果敢に魔物に向かう。
棍棒の打撃が獲物の頭頂部に見事にヒットし、バチィィィン、と激しい音が鳴る。
しかし。
「ちッ、折れたか」
翔霏の武器である棍はちょうど真ん中あたりから、真っ二つに折れてしまった。
「ここここ、これ、代わりの武器!」
「助かる」
私は震えながらも翔霏のもとに予備の棍を投げる。
その後、すぐさま身を隠す場所がないかどうか、プレーリードックさながらに周囲をきょろきょろするのだった。
残念ながら竹がまばらに生える疎林において、人間一人が身を隠すスペースなどありはしなかったけど。
「バケモノが折った、竹かな」
周囲にはまだ新しい折れ目、割れ跡を持った竹がいくつか散乱している。
それはまるで、竹槍のように鋭くとがっている先端を持ったものもあった。
「うううう、こっち来るな。翔霏がんばれ。超がんばれ」
私はそのうちの一本を拾い上げる。
へっぴり腰の状態で竹を槍の代わりに構えて、涙目になりながら様子を見守る。
「でえええぇぇぇいッ!!」
ズドム、と翔霏の棍の凄まじい突きの一撃が、怪物の喉の中央に刺さった。
「ゴヴゥ……」
いや、私の目に見えなかっただけで、事実は少し違った。
翔霏は熊に似た三本角の怪物の、両目と喉を、一瞬にして三連の突きで攻撃していたのだ。
視界を奪われ、両の瞳からキラキラした鮮血の混じった涙を流し、怪物は竹林を力無くさ迷う。
その様子は、少しばかり私の胸に悲哀と同情をもたらしたけれど。
「ふんッ」
ゴリン、と翔霏は怪物の後頭部、人間でいう延髄のあたりに棍を突き下ろし、容赦なくトドメを刺した。
残酷なようでもある。
でも邑の人たちが安全に暮らすためには、どうしたって必要なことだ。
「鹿の肉は……これはダメだな」
怪物にかじられた哀れなメスの鹿の死体と、その横に斃れる巨大な怪物の骸と。
それを一瞥して棍についた血を拭き取っている翔霏の姿は、不思議と、美しいように、私には思えた。
前と同じように、翔霏は怪魔の左耳を小刀で切り落として、懐に収める。
怪魔を撃退した証拠であるその耳を、大きな街のお役所に提出すれば、報奨金が貰えるという話だ。
「魔物の死体は、食べたりしないの?」
食べるところがどれだけあるかわからないけど、とにかくこの巨体である。
金一封が貰える以外に、なにか利用する価値がないのかと思い、私は尋ねた。
肉だけじゃなく、骨とか、革とか。
翔霏はキッとこちらを睨んで。
「悪いものを口から体に入れれば、同じように悪いものになってしまう」
極めて真剣に、それが当然のことであると確信を持って、厳しく私を戒めた。
「そ、そうなんだ。言われてみれば、そうかも」
決して邑の食糧事情も豊かではないはずなのに。
長老のお爺ちゃんたちも、働き盛りのオジサンオバサンたちも、子供たちと等しくおかずを分け合って、贅沢をせず暮らしているのに。
悪いものは決して口にしないのだという、彼らなりの正義と倫理があるのだ。
「食べるものがどうだなんて、真剣に考えたこと、なかったから」
店にあるものは、食べて大丈夫なものだろうなと、なんとなく思っていただけだ。
あとは個人の好き嫌いとか、安全であるかどうかという問題があるだけ。
でも、それだけではない約束事を守って暮らしている人たちもいるんだ。
同じ約束を守れるという関係が、きっと仲間や隣人、同胞という存在なんだろう。
いくらお腹が空いていても、怪魔の肉を食べてしまったりすれば。
私はこの優しい人たちから、仲間ではないものと思われてしまうのだろうか。
「どうした、難しい顔をして。すまんが食い物は邑に帰らないと、持ち合わせがないんだ」
「いや、お腹が減ってるわけじゃないから、大丈夫」
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