バイト先は後宮、胸に秘める目的は復讐 ~泣き虫れおなの絶叫昂国日誌・第一部~

西川 旭

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第一章 神台邑(じんだいむら)

六話 与えられた役割は自己実現の本質足り得るのか

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 邑(むら)の大人たちに私はとり囲まれた。
 なにやら不穏な空気になりつつある、そんな状況である。

「え、倉の台帳を失くしたのは私じゃないです。石数(せきすう)くんです」
「ちょっ」

 私は躊躇なく年下の男の子に矛先が向くように弁明する。
 ごめんね、泥を全部被ってあげるほど、私は聖人じゃないんだ。

「あぁ? それなら便所の脇に落ちてたよ。おめえさんが出した数量も、だいたい台帳の記録と合ってたわ」
「それはよかった。大人たちにガン詰めされる石数くんはいなかったんだ」
「助かったー」

 こういうときはハイタッチだよ、と石数くんに教え込んで、喜びを分かち合う。 

「ええい、ちょこまかと、じゃれてるんじゃねえ。麗央那(れおな)、おめえさんはあんな学を身に着けてるってことは、ひょっとして『泰学(たいがく)』の書生さんなんかよぉ!?」
「なにそれ。ぜんぜん知らない」

 泰学とは一体なんぞや。
 書生さんが云々と言っていたので、勉学に関わることであるのは想像できる。
 私が受験して合格し入学するはずだったのは、東京の私立高校だ。
 泰学というものに関しての単元やカリキュラムはなかったはずと、入学案内の範囲からは記憶している。
 呆けている私の説明に納得せず、オジサンは更に私に詰め寄る。

「俺もなあ、昔は街の学府への及第を志して、おめえさんくらいの年頃にゃあ、夜の夜中まで勉強してたもんよ。鼻血が出るほどになぁ」
「ご苦労なさいましたね」

 筋肉ムキムキで熊みたいなオジサンだけど、インテリ青年だった過去があるんだ。
 少しばかり、私はオジサンに対する心の距離が近くなる共感を覚えた。
 私も受験本番前に、寝言とか夢遊病とかあったなー。
 試験が終わったら一気になくなったから不思議。

「大して身になりゃあしなかったがよ。それでも、おめえさんが数えた穀物、ありゃあ実に巧みな、算の技あってのことだ。耄碌(もうろく)した落第生の俺でもわかるってもんよ」

 オジサンに続き、やっぱり名前も知らないオバサンも私に向かってクレームを投げる。

「なんで今まで、隠してたのよ~。もっと早く教えてくれれば~」

 彼らはそう言うけど、私にも言い分はあった。

「私、邑に来たとき、最初に『埼玉の中学校を卒業しました』って言いましたけど」
「そんな、どこにあるかわからねえ田舎町の学童が、こんなややこしい算術をモノにしてるわけはねえだろう」

 埼玉は、田舎じゃねえ!
 と反駁したくなったけど、面倒臭いので流して、話を進める。

「いいですけどね。それで、なにが大変なんですか?」
「そうとわかりゃあ、おめえさんにやって欲しい仕事が溜まってんのよな。邑にある物資の数え直しと、それに税がどれだけかかるかも一から洗い直してえんだ」
「はあ」

 気のない返事しかできない私であった。
 ひたすら物の数を数えて、その後にひたすら、消費率だの損耗率だの税率を計算しろという話だろうか。
 やってやれないことはないと思うけど、激しく面倒ではある。
 オジサンだけでなくオバサンも立て続けに、注文を付けて来る。

「邑の周りに植えてる栗の木とか柿の木とかも、高さを測り直したいのよね~。どの木を伐ればどれだけ材木が採れるか、伐る前にわかるならその方がいいじゃな~い?」
「この私めに、測量までもをやれとおっしゃいますか」

 うーん、確かに地上から木の頂上までの角度を出せば、木の高さもだいたいわかるけどさ。
 おっきな分度器と三角定規セット、それとコンパスでも作るかな。
 
「どうだい、できそうかねえ?」
「やってくれると、助かるのよ~」
「麗央那なら、できるよ!」

 オジサンオバサンからキラキラした眼差しを浴び、話を理解しているのか怪しい石数くんの励ましも受けて。

「わかった、わかりました。お世話になってる以上、けちな小娘でございやすが、力を尽くさせていただきます」

 答えるべき言葉は、それしかないのだ。
 小心者なので、面倒なことでもついつい、請け合ってしまうのです。
 この邑に対する恩とかも、甚だしく大きいからね。
 嘘、私の社畜適性、高すぎ?

「ん、話はまとまった感じ? よかったよかった」

 今までどこに行っていたのか、軽螢(けいけい)がおやつの草団子をかじりながら顔を出す。

「あんたがみんなに余計なこと言い触らすから、仕事が増えたんだけど」

 憎まれ口の一つも叩きたくなる。

「大丈夫大丈夫、麗央那なら上手くやるって」

 相も変わらず、無根拠に楽観的な軽螢であった。
 でも、実に不思議なことで。
 軽螢に「大丈夫大丈夫」と言われると、本当に、そんな気になってくる。
 そして、これは恥ずかしいから誰にも言わない、私の胸にだけしまっておく感情だけど。
 誰かから期待されて、必要とされるというのは、気分のいいことなのだった。
 今まで、助けられてばっかりだったもんね。
 翔霏が帰って来る前に、部屋でちょっとだけ泣いたのは秘密だ。

「はあ疲れた」

 私は結局、その日のうちに米の倉と麦の倉の在庫も調べて、帳簿の記録と大きなズレがないことを確認した。
 食料関係は全体的に、記録上よりも実際の分量が少なく存在しているのも想定通りだ。
 穀物は時間が経つと水分が蒸発して、重さは軽く、体積は小さくなるからね。
 神台(じんだい)邑では稲作は小規模でしか行われておらず、倉にある米の大部分はよそから買ったものだ。
 邑の人口に対して、すべての品目を合わせた総収穫量はどれくらいなのか。
 消費する分、売り買いして増減する分、最終的に余る分は、どれくらいなのか。
 そういったことを細かく記録し、計算し、来年度以降の予測を立てることも、邑を管理する長老さんがたにとっては、重要な案件なのだな。

「お疲れさん。麗央那、俺、将来は街で豆腐屋を開きたいんだよな。豆腐が好きなんだ」
 
 助手として横で応援だけしてくれていた石数くんが、そんな未来予想図を語る。
 計量した物資の中に大豆があったから、その流れだろう。

「私も好きだよ、豆腐。栄養あるし。繁盛するといいね」

 疲れているので、対応がおざなりになる私。
 照れくさそうに鼻をススンと指でこすって、石数くんは続ける。

「で、でも勘定とか俺は苦手だからさ、麗央那を雇ってあげるよ。一緒に店をでっかくしような」
「それはありがたい申し出ですな。せいぜいいい暮らしができる給料をお願いしますよ」

 年上の人間が小さな子どもの純真な夢を、否定してはいけない。
 豆腐屋の主人だって、立派な仕事であるのは間違いないからね。
 人懐っこい石数くんなら、いい商売人になるのではないか。

「約束だかんな! じゃーね!」
「ばいばーい」

 勢いよく、石数くんは家に走って帰った。
 若者はええのう、と思う十五歳の北原麗央那でありました。

「おじいちゃんたち、まだなんか話してるな」

 もうじき夕食だというのに準備もうっちゃって、邑の会堂では何人かが集まって白熱した議論が行われている。
 外にもその声は漏れて聞こえてきた。 

「勝手にそんな取引すると、州の取り決めがなあ……」
「うちもそんなに余裕があるわけじゃないからのう」
「あの連中、そもそも信用できるのかしら~」
「北辺の人さらい、まだ増えてるって話じゃねえか……」

 なにか難しい、あまり愉快ではない議題について話し合っているようだ。
 半ば部外者であり、事情を深く知らない小娘の私が、余計な首を突っ込むことではないか。
 そう思っていると、うんざりした顔で軽螢が、会堂から出てきた。
 話し合いに参加していたらしい。 

「大変みたいだね」 
「ン? いやあ、そんなでもないよ。大丈夫、大丈夫……」

 いつもより歯切れが悪くそう言った。
 そのうち、外の用事を済ませて翔霏も戻って来た。
 大人たちの会議が長引きそうだったので、私たち若年組は先に夕食を済ませることに。

「コイツはいったい全体、なぜこうもしみったれた顔をしてるんだ。拾い食いでもして腹を壊したのか」

 軽螢の様子がいつもと違うので、翔霏も違和感を持ったようだった。
 心ここにあらずといった風で、ご飯も半分しか手を付けていない。

「軽螢、これ食べないの? 貰っちゃうよ?」

 ひょい、と石数くんが横から軽螢のおかずを盗む。

「……ん? ああ、いいよいいよ」

 大好物であるはずの、カエル脚ピリ辛焼きを奪われても、軽螢の反応は薄い。
 
「そうか、なら私も」

 便乗して、翔霏も軽螢の貴重なおかずを箸に取った。
 今度は気付いてすらいないようだった。
  みんなが食事を終えるころ。

「あれ、今日の俺のメシ、なんか少なくない?」
 
 そんな軽螢の嘆きが聞こえたのだった。
 私も煮豆を少し貰った。
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