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第六章 蚕でも蜂でもなく
三十九話 れおなにおまかせ The 3rd Stage 開演
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毛蘭(もうらん)さんが怪我に倒れ、周囲の騒ぎは大きさを増す。
「わ、私は大丈夫……あなたは、すぐに安全な場所へ行きなさい……」
爆発音ののち、北苑(ほくえん)の方向からは大勢の女性の叫び声が響いてきた。
なにか重大なことが。
おそらくは誰も予期しない、とても悪いことが起きたことを確信する。
「なに言ってるんですか! 止血が先です!」
私は無駄に長い絹衣の裾を歯で噛んでビリリと破って、即席の包帯を作る。
なにが起きたのかはわからないし、今は確認している暇もない。
毛蘭さんの怪我は、骨にまでは達していないと思うけど、肉がちぎれている。
希望的観測だけど、血の噴き出し方から見るに動脈はきっと切れてない。
すぐに止血さえすれば、最悪は免れるはずだ!
絹布(けんぷ)は包帯として使っても優秀なこと、死んでいった沢山のおカイコさんたちに、感謝!!
「い、今のあなたは、翠さまなのよ。私なんかに構っていないで、早く、早くお逃げなさいな……!」
毛蘭さんは額に汗をびっしょりかきながらも、気丈に私の身を案じる。
私はそれに対して、確信を持って、こう口答えした。
「翠さまだったら、この状況で毛蘭さんを見捨てません! 絶対になにがなんでも、助けようとするはずです!」
歯を食いしばって痛みに耐えていた毛蘭さんだったけど。
私のその言葉に、ぶわっと涙を溢れさせてしまった。
「そ、そうよね。私たちの翠さまが、そんなに冷たいわけはないのよね。央那の言うとおりだわ」
私は毛蘭さんを寝そべらせて、自分の肩に毛蘭さんの足を乗せる。
止血の際は、創傷部を心臓より高い位置に上げるのが大事。
とかなんとか、救急救命講習のときに、消防署の人が言ってた気がする。
「フンギィ」
これでもかと力を入れて、とにかく傷口をきつく布で縛り、親の仇のように力を込めて傷口を抑える。
必死の処置をしていると、轟音に驚いた妃やその侍女たちが、中庭に怯えた顔で集まって来た。
「す、翠貴人。これは一体、なにごとでしょうか?」
湾(わん)李翻(りほん)美人が、まず寄って来た。
いつだったか、人を食った態度で翠さま扮する私のお説教をいなした、厄介さんである。
威厳を保ちたいためか、冷静を必死に取り繕った顔をしていた。
私は彼女に向かって、翠さまの表情と、翠さまの声色を作って叫んだ。
「なにがなんてわからないわ! それよりまずは西苑のみんなを中庭に集めなさい! 今すぐ!」
「そ、そうおっしゃられても、事態がわからないのに下手に動いては」
相変わらず、人の言うことを素直に聞かない美人さんだなー!
そのときである。
ガゴオオオオオオオォォォォン!!
北苑からだけでなく、南の正門方向からも。
爆発音なのか、なにかが猛烈にぶつかる音なのかが聞こえてきた。
おそらく、火薬爆発物によって衝撃を受けた、塀や門の音だろう。
集まった人たちも、恐れおののいて身を縮こまらせている。
私は全員の逡巡と混乱を、怒鳴り声でかき消す勢いで、さらに叫ぶ。
「いいからさっさと言った通りにしなさいよ!! あたしの言うことが聞けないっての!? あんたいったいなにさまになったつもりなの!!」
「は、はいっ、ただちに!」
自慢のデカい声による勢いが、勝った。
この状況で必要なのは理屈ではなく、パワーなのだ。
「ほ、ほら、お前たちも、みなさまに中庭に出るように言って回るのよ。翠貴妃のお達しよ」
「なにか飛んでくるかもしれないから頭の上に気を付けなさいよ!!」
李翻美人たち西苑の妃たち、侍女たちは各部屋に、なによりまず中庭に出てくるように声を掛け合った。
後のことは、後で考えればいい。
北と南の両端で問題が起こっているなら、西苑の中庭であるここは、いい時間稼ぎの空間になる。
「あああ、これはひどいお怪我を。翠貴妃、拙(せつ)めが止血をお代わりいたします」
太監の割にいまいち威厳のない、銀月宦官が早足で駆け寄って、毛蘭さんの太ももを押さえてくれる。
私の両手は、すでに血に染まって真っ赤っかだった。
「お願い。とにかくぎゅーっと押さえ続けて。わかる?」
「心得ております。これでも軍人の倅ですゆえ。おっと、司午家にお生まれの翠貴妃はご存じでございましたな」
そうなんだ、知らなかったよ!
一気に銀月さんの頼もしさポイントが爆上がりした瞬間であった。
毛蘭さんの処置を銀月さんに預けて、私は中庭に集まった面々を見渡す。
宮妃、侍女、全員ではないだろうけど、西苑の大部分の関係者がここに集まっている。
北苑と南門の両方角からは、男たちの怒号と、女性たちの悲鳴が入り混じって届いてくる。
考えられる一つの可能性としては。
私が以前、こういうこともあるかもしれない、と思ったケースのうちの一つでは。
「賊が皇城に侵入したんでしょうね。おそらくは出入りの工事人夫に紛れて」
まったく、私も偽者貴妃さまなら、工事業者もならず者たちの扮装かい。
賊という言葉を聞いた何割かは唖然とし、何割かは目に見えて恐怖した。
残りの何割かは、私の言葉を信用していないのだろう。
普段の翠さまとなにか様子が違うぞ、と感付いている人も、いるかもしれない。
だけど、今の私は、翠さまなんだ。
誰がなんと言おうと、そうでなければいけないのだ。
私は朱蜂宮、西苑統括の、司午(しご)翠蝶(すいちょう)貴人なのだと、自分に言い聞かせて、声を張る。
「南門から逃げようなんて思っちゃダメよ! 死ぬわよ! 襲ってきた連中は女でも容赦なく殺し尽くすんだからね!! 怖いだろうけどここで黙って耐えるのよ!!」
まずたっぷり怖がらせて、余計なことをしないように釘を刺さなければならない。
今、採るべき手段は、待機だ。
怖気づいたうえでの保留ではなく、断固たる意志を持って現場に留まり続けるのが、正解だ。
なぜなら、賊は少数か限定された人数である。
間違いなく確信できる、敵は限定された人数の隠密、急襲部隊だ。
このまま暴れても皇都の禁軍や、街を守る都督検使のみなさんに、一網打尽にされるに決まっている。
皇都全体の治安が健全であることは、翠さまが城下町にふらっと遊びに行くくらいなので、疑いもないことなのだ。
私の脅しを聞いた人たちが口々に話す。
「ここで耐えてやり過ごせば、賊徒どもは、次第に取り押さえられるのですね?」
「後宮の塀は厚いわ。少々の火薬や人力で、どうにかなるものですか」
「そうとわかって、どうして急に都を襲うのかしら。得られるものなんて、わずかの金銭や宝物くらいでしょうに……」
不安と安心の混じった声の中に、いい疑問の持ち主がいた。
どうしてここを、襲うのか。
わかる、私にはその答えがわかるぞ。
「びっくりさせるためよ。皇都のド真ん中でいきなり火薬を爆発させて昂国すべてをびっくりさせたいのよ」
「そんな、びっくりだなんて。祭りの余興でもありませんのに」
私が澄ました顔で言うと、明らかに侮る表情の妃がいた。
またお前か、李翻美人。
ははーん、さてはおぬし、いちいち人の言うことにケチを付けなければ気が済まないタチだな?
学校でもクラスに一人や二人、そういう奴がいたなあ。
「嘘だと思うならあたしが確認してきてあげる。きっとあたしの想像通りのやつが賊徒の親玉よ」
私がそう言って、騒ぎの大きい南門方面へ歩き出すと、周囲の宦官たちが一斉に私の体を押しとどめにかかった。
「い、いけませぬ。翠貴妃にもしものことがございますれば、拙たちはみな、頭を石畳にぶつけて死なねばなりませぬ」
銀月さんの言い分がおかしくて、私はその光景を想像してしまった。
別の宦官も総じて私の勝手な行動に異議を唱える。
「お考え直し下され。高み倉からの物見でしたら、拙どもが伺いに参りますので」
「翠さまはどうか、この中庭で皆の指揮を引き続き、お執り下さいますよう、どうか、どうか」
沢山の人に信頼され、尊敬され、頼りにされ、そして大事にされている翠さま。
嬉しくて、ついホロリと来てしまいそうになる。
私は、いいご主人に仕えた。
涙を押しとどめ、明るく言う。
「大丈夫、大丈夫よ。南西の角にある屋根からちらっと見るだけだから。周囲を確認したらすぐ戻るわ」
意識したわけじゃないけど、誰かさんの口癖が出たな。
大丈夫、大丈夫。
改めて口に出すと、なんと心強い言葉だろうか!
「いけませぬ」
「なりませぬ」
「お考え直しを~」
貴妃が屋根に登る。
そんな無茶を言ったせいか、宦官の皆さんは納得してくれなかった。
困ったな。
一目でもいいから周囲の状況をこの目で見て、それから次のことを考えたいのに。
見て、知って、理解しなければ、これからのことを考えるのは難しい。
そのとき、まさに天の配材とも言うべき助け舟が、西苑中庭に現れた。
ぬうっ、と音もなく、大きな影が近寄って来たので、それだけで誰が来たのかわかってしまった。
「司午貴人。どうか奴才(ぬさい)にもお知恵をお貸しいただけぬか。東苑(とうえん)のお妃さまがたを、どのように安心させればいいものか、考えあぐねております」
大怪力の頼もしき肉体派宦官、巌力(がんりき)さんだ。
彼は自分が親しく敬愛する東苑の環(かん)貴人たちを、どのように守るべきか考えて、翠さまに知恵とリーダーシップを借りに来たんだな。
ごめんね、翠さま本人じゃなくて、私なんだけど。
それでも私は強く頷いて。
「わかったわ。じゃあちょっと運んで欲しいものがあるから一緒に来てちょうだい。巌力が側にいるなら危ないことなんてないわよ。すぐ戻るからみんな大人しくここで待ってなさいよ」
そう言い放ち、巌力さんを従えて、まずは南側の確認へ向かった。
不安げなみんなの視線を背に、私は凛とした姿勢を崩さず。
大嘘を貫いた昂りを胸いっぱいに抱え、歩いて行くのだった。
「わ、私は大丈夫……あなたは、すぐに安全な場所へ行きなさい……」
爆発音ののち、北苑(ほくえん)の方向からは大勢の女性の叫び声が響いてきた。
なにか重大なことが。
おそらくは誰も予期しない、とても悪いことが起きたことを確信する。
「なに言ってるんですか! 止血が先です!」
私は無駄に長い絹衣の裾を歯で噛んでビリリと破って、即席の包帯を作る。
なにが起きたのかはわからないし、今は確認している暇もない。
毛蘭さんの怪我は、骨にまでは達していないと思うけど、肉がちぎれている。
希望的観測だけど、血の噴き出し方から見るに動脈はきっと切れてない。
すぐに止血さえすれば、最悪は免れるはずだ!
絹布(けんぷ)は包帯として使っても優秀なこと、死んでいった沢山のおカイコさんたちに、感謝!!
「い、今のあなたは、翠さまなのよ。私なんかに構っていないで、早く、早くお逃げなさいな……!」
毛蘭さんは額に汗をびっしょりかきながらも、気丈に私の身を案じる。
私はそれに対して、確信を持って、こう口答えした。
「翠さまだったら、この状況で毛蘭さんを見捨てません! 絶対になにがなんでも、助けようとするはずです!」
歯を食いしばって痛みに耐えていた毛蘭さんだったけど。
私のその言葉に、ぶわっと涙を溢れさせてしまった。
「そ、そうよね。私たちの翠さまが、そんなに冷たいわけはないのよね。央那の言うとおりだわ」
私は毛蘭さんを寝そべらせて、自分の肩に毛蘭さんの足を乗せる。
止血の際は、創傷部を心臓より高い位置に上げるのが大事。
とかなんとか、救急救命講習のときに、消防署の人が言ってた気がする。
「フンギィ」
これでもかと力を入れて、とにかく傷口をきつく布で縛り、親の仇のように力を込めて傷口を抑える。
必死の処置をしていると、轟音に驚いた妃やその侍女たちが、中庭に怯えた顔で集まって来た。
「す、翠貴人。これは一体、なにごとでしょうか?」
湾(わん)李翻(りほん)美人が、まず寄って来た。
いつだったか、人を食った態度で翠さま扮する私のお説教をいなした、厄介さんである。
威厳を保ちたいためか、冷静を必死に取り繕った顔をしていた。
私は彼女に向かって、翠さまの表情と、翠さまの声色を作って叫んだ。
「なにがなんてわからないわ! それよりまずは西苑のみんなを中庭に集めなさい! 今すぐ!」
「そ、そうおっしゃられても、事態がわからないのに下手に動いては」
相変わらず、人の言うことを素直に聞かない美人さんだなー!
そのときである。
ガゴオオオオオオオォォォォン!!
北苑からだけでなく、南の正門方向からも。
爆発音なのか、なにかが猛烈にぶつかる音なのかが聞こえてきた。
おそらく、火薬爆発物によって衝撃を受けた、塀や門の音だろう。
集まった人たちも、恐れおののいて身を縮こまらせている。
私は全員の逡巡と混乱を、怒鳴り声でかき消す勢いで、さらに叫ぶ。
「いいからさっさと言った通りにしなさいよ!! あたしの言うことが聞けないっての!? あんたいったいなにさまになったつもりなの!!」
「は、はいっ、ただちに!」
自慢のデカい声による勢いが、勝った。
この状況で必要なのは理屈ではなく、パワーなのだ。
「ほ、ほら、お前たちも、みなさまに中庭に出るように言って回るのよ。翠貴妃のお達しよ」
「なにか飛んでくるかもしれないから頭の上に気を付けなさいよ!!」
李翻美人たち西苑の妃たち、侍女たちは各部屋に、なによりまず中庭に出てくるように声を掛け合った。
後のことは、後で考えればいい。
北と南の両端で問題が起こっているなら、西苑の中庭であるここは、いい時間稼ぎの空間になる。
「あああ、これはひどいお怪我を。翠貴妃、拙(せつ)めが止血をお代わりいたします」
太監の割にいまいち威厳のない、銀月宦官が早足で駆け寄って、毛蘭さんの太ももを押さえてくれる。
私の両手は、すでに血に染まって真っ赤っかだった。
「お願い。とにかくぎゅーっと押さえ続けて。わかる?」
「心得ております。これでも軍人の倅ですゆえ。おっと、司午家にお生まれの翠貴妃はご存じでございましたな」
そうなんだ、知らなかったよ!
一気に銀月さんの頼もしさポイントが爆上がりした瞬間であった。
毛蘭さんの処置を銀月さんに預けて、私は中庭に集まった面々を見渡す。
宮妃、侍女、全員ではないだろうけど、西苑の大部分の関係者がここに集まっている。
北苑と南門の両方角からは、男たちの怒号と、女性たちの悲鳴が入り混じって届いてくる。
考えられる一つの可能性としては。
私が以前、こういうこともあるかもしれない、と思ったケースのうちの一つでは。
「賊が皇城に侵入したんでしょうね。おそらくは出入りの工事人夫に紛れて」
まったく、私も偽者貴妃さまなら、工事業者もならず者たちの扮装かい。
賊という言葉を聞いた何割かは唖然とし、何割かは目に見えて恐怖した。
残りの何割かは、私の言葉を信用していないのだろう。
普段の翠さまとなにか様子が違うぞ、と感付いている人も、いるかもしれない。
だけど、今の私は、翠さまなんだ。
誰がなんと言おうと、そうでなければいけないのだ。
私は朱蜂宮、西苑統括の、司午(しご)翠蝶(すいちょう)貴人なのだと、自分に言い聞かせて、声を張る。
「南門から逃げようなんて思っちゃダメよ! 死ぬわよ! 襲ってきた連中は女でも容赦なく殺し尽くすんだからね!! 怖いだろうけどここで黙って耐えるのよ!!」
まずたっぷり怖がらせて、余計なことをしないように釘を刺さなければならない。
今、採るべき手段は、待機だ。
怖気づいたうえでの保留ではなく、断固たる意志を持って現場に留まり続けるのが、正解だ。
なぜなら、賊は少数か限定された人数である。
間違いなく確信できる、敵は限定された人数の隠密、急襲部隊だ。
このまま暴れても皇都の禁軍や、街を守る都督検使のみなさんに、一網打尽にされるに決まっている。
皇都全体の治安が健全であることは、翠さまが城下町にふらっと遊びに行くくらいなので、疑いもないことなのだ。
私の脅しを聞いた人たちが口々に話す。
「ここで耐えてやり過ごせば、賊徒どもは、次第に取り押さえられるのですね?」
「後宮の塀は厚いわ。少々の火薬や人力で、どうにかなるものですか」
「そうとわかって、どうして急に都を襲うのかしら。得られるものなんて、わずかの金銭や宝物くらいでしょうに……」
不安と安心の混じった声の中に、いい疑問の持ち主がいた。
どうしてここを、襲うのか。
わかる、私にはその答えがわかるぞ。
「びっくりさせるためよ。皇都のド真ん中でいきなり火薬を爆発させて昂国すべてをびっくりさせたいのよ」
「そんな、びっくりだなんて。祭りの余興でもありませんのに」
私が澄ました顔で言うと、明らかに侮る表情の妃がいた。
またお前か、李翻美人。
ははーん、さてはおぬし、いちいち人の言うことにケチを付けなければ気が済まないタチだな?
学校でもクラスに一人や二人、そういう奴がいたなあ。
「嘘だと思うならあたしが確認してきてあげる。きっとあたしの想像通りのやつが賊徒の親玉よ」
私がそう言って、騒ぎの大きい南門方面へ歩き出すと、周囲の宦官たちが一斉に私の体を押しとどめにかかった。
「い、いけませぬ。翠貴妃にもしものことがございますれば、拙たちはみな、頭を石畳にぶつけて死なねばなりませぬ」
銀月さんの言い分がおかしくて、私はその光景を想像してしまった。
別の宦官も総じて私の勝手な行動に異議を唱える。
「お考え直し下され。高み倉からの物見でしたら、拙どもが伺いに参りますので」
「翠さまはどうか、この中庭で皆の指揮を引き続き、お執り下さいますよう、どうか、どうか」
沢山の人に信頼され、尊敬され、頼りにされ、そして大事にされている翠さま。
嬉しくて、ついホロリと来てしまいそうになる。
私は、いいご主人に仕えた。
涙を押しとどめ、明るく言う。
「大丈夫、大丈夫よ。南西の角にある屋根からちらっと見るだけだから。周囲を確認したらすぐ戻るわ」
意識したわけじゃないけど、誰かさんの口癖が出たな。
大丈夫、大丈夫。
改めて口に出すと、なんと心強い言葉だろうか!
「いけませぬ」
「なりませぬ」
「お考え直しを~」
貴妃が屋根に登る。
そんな無茶を言ったせいか、宦官の皆さんは納得してくれなかった。
困ったな。
一目でもいいから周囲の状況をこの目で見て、それから次のことを考えたいのに。
見て、知って、理解しなければ、これからのことを考えるのは難しい。
そのとき、まさに天の配材とも言うべき助け舟が、西苑中庭に現れた。
ぬうっ、と音もなく、大きな影が近寄って来たので、それだけで誰が来たのかわかってしまった。
「司午貴人。どうか奴才(ぬさい)にもお知恵をお貸しいただけぬか。東苑(とうえん)のお妃さまがたを、どのように安心させればいいものか、考えあぐねております」
大怪力の頼もしき肉体派宦官、巌力(がんりき)さんだ。
彼は自分が親しく敬愛する東苑の環(かん)貴人たちを、どのように守るべきか考えて、翠さまに知恵とリーダーシップを借りに来たんだな。
ごめんね、翠さま本人じゃなくて、私なんだけど。
それでも私は強く頷いて。
「わかったわ。じゃあちょっと運んで欲しいものがあるから一緒に来てちょうだい。巌力が側にいるなら危ないことなんてないわよ。すぐ戻るからみんな大人しくここで待ってなさいよ」
そう言い放ち、巌力さんを従えて、まずは南側の確認へ向かった。
不安げなみんなの視線を背に、私は凛とした姿勢を崩さず。
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