バイト先は後宮、胸に秘める目的は復讐 ~泣き虫れおなの絶叫昂国日誌・第一部~

西川 旭

文字の大きさ
49 / 56
第六章 蚕でも蜂でもなく

四十九話 止揚

しおりを挟む
 翠さまは自分が覇聖鳳たちを逃がす道具になることを拒み、舌を噛んでしまおうと試みた。

「大人しくしろっつうの。とんだじゃじゃ馬だぜこいつは」
「ンガッガッ! ムグムグギィ!!」

 しかし、覇聖鳳が翠さまの口に強引に指を突っ込んで、翠さまが舌を噛み切ろうとするのを防いだ。
 
「舌なんか噛んでも簡単には死ねねえってのを知らねえのか。お前さんは大事な人質なんだから、傷物になられちゃ困るんだよ」

 覇聖鳳はそう言って翠さまを部下に渡し、猿轡(さるぐつわ)を噛ませて大人しくさせた。

「んー! んんんんーーッ!!」

 両手を縛られ口も塞がれて、それでもなお暴れようとする翠さま。
 兄の玄霧さんは苦渋の顔をしたのち。

「翠、許せとは言わぬぞ」
 
 そう呟いて、部下の騎兵に指示の意味で手を掲げた。

「ん」

 兄と妹は、ほんのわずか、お互い見つめ合って、小さく頷いた。
 あの玄霧さんの顔は、まさか、まさか。
 戌族もろとも、愛する妹を、司午家から輩出された初めての貴妃殿下を、巻き添えで殺す覚悟。
 戦いが終わったら、責任を取って玄霧さんは、死ぬつもりだ!

「全員、突……」

 翠さまもろとも戌族(じゅつぞく)の残党を攻撃させるため、その手を振り下ろして号令をかけようとした。
 そんなのダメだ! 
 翠さまも、玄霧さんも、死んでいいわけない!

「や、やだ、やだよぅこんなの! 二人ともなに納得してるんだよー! やめろ、やめろォ! 玄霧ーーーッ!」

 なりふり構わず叫ぶ。
 間に走って割って入りたいけど、翔霏ががっちりと私の体をホールドしていて、出られない。

「こんな終わりは嫌だ! 私、こんな結末のために、頑張ってたんじゃない! 覇聖鳳を倒しても翠さまや玄霧さんがいないと、嫌だーーーーーーッ!!」

 駄々っ子のように私が叫んだ、まさにそのとき。
 参謀の除葛(じょかつ)姜(きょう)軍師が、玄霧さんの手を押しとどめた。

「ちょーっちょっ、ちょっと待ってみよか、なんか塀の上に、別のお偉い奥さまが出てきたで?」

 後宮の北塀の上、破壊や火炎と離れた東側に、人が二人、立っていた。
 あれは、北苑(ほくえん)と東苑(とうえん)の境目あたりだな。
 一人は遠目でも一発で分かる、巌(いわお)の如き巨体の持ち主、巌力(がんりき)宦官だった。
 衣服がところどころ破れ、全身いたるところに返り血がこびりついている。
 煙の害を乗り越えて後宮に侵入したわずかな戌族の兵たちを、巌力さんが素手でぶちのめしてくれたんだろう。
 彼に守られるように儚げ、危なげに、琵琶を胸に抱えて塀の上に立つもう一人の方は。

「環(かん)貴人だ。無事だったんだ。良かった」

 私は安堵の声を出した。
 でも、なんでわざわざこんな危ないところに来るんだ。
 大人しく東苑のみなさんと一緒に、息をひそめて難を逃れていてくださいよ。

「……しが、代わりに……します。どうか……」

 環貴人は、塀の上でなにかぼそぼそ言ってるけど、声が小さいので聞き取りにくい。
 横にいる巌力さんが、すごく、辛そうな、哀しそうな顔で。
 あの強く大きな巌力さんが、泣き入りそうな表情で、環貴人の言葉を、みんなに伝えた。

「戌族(じゅつぞく)の頭領よ! 人質が必要であれば、こちらの環貴人がぜひ自分を、とおっしゃっている!」
「はぁ?」

 意味が分からない、という気持ちを隠さずに覇聖鳳が聞き返した。
 こそこそ、ぼそぼそ、と環貴人が説明を加え、巌力さんが大きな声で伝え直す。

「環貴人のご生家は、昂国(こうこく)随一の豪商にあらせられる。環貴人を戌族に迎え入れたならば、誼(よしみ)を通じて大いに利得を生じるであろう」

 覇聖鳳の興味が動いたのが、表情で分かった。

「環なにがしって商家は知ってるぜ。そこの大店(おおだな)のお嬢さんだったかい」

 遊牧と通商、たまに強奪が生活経済の基盤である以上、戌族たちは昂国の商人と、常に交流を得ているはずだ。
 豪商と縁を結ぶのは、メリットがとても大きい。
 覇聖鳳にとって人質として連れて帰った際に得られるリターンは、環貴人の方が圧倒的に多い。
 長く傍に置いておく場合はもちろんだし、身代金を要求しても、環家の方が多額の金品を用意してくれる。
 巌力さんの口上は続く。

「司午(しご)翠蝶(すいちょう)貴妃殿下は、これからの後宮にも必要なお方。環貴人は、自分はどうなっても構わないから、司午貴妃をどうか、後宮に返して頂きたいと、切実に、願って、おられる……!」

 そこまで言って、巌力さんは大きな体を震わせて、男泣きに泣いた。
 誠心誠意尽くしてきた環貴人が、北の果てを越えた、戌族の地に、攫われて行ってしまう。
 偉丈夫たる巌力さんの涙と心根に、男としてなにか打たれるものがあったのか。
 それはわからないけど、覇聖鳳がこの人質交換に納得したのは、確かだった。

「わかった。こっちのわんぱくねえちゃんよりは、連れて帰るのにも手間がなさそうだ。目が開いてねえんだろう?」

 巌力さんが、環貴人をお姫さま抱っこした状態で、塀を飛び下りる。
 ドスン、と豪快に着地して、全く怪我もなにもないようだ。
 4メートル以上あるんだけどな、高さ。
 巌力さんに抱えられた環貴人が通りかかるときに、私に優しく言った。

「麗侍女、色々と手を尽くしてくれたようですね。東苑の統括として、最後にお礼申し上げます」
「そ、そんな。どうしても、こうしなきゃいけないんですか? これでお別れなんですか?」

 あくまでも、合理性の面から言えば。
 環貴人を人質として事態を収め、戌族にお帰り願うのは、あながち馬鹿げた話ではない。
 昂国(こうこく)としてはこれ以上の被害を出さなくて済むし、覇聖鳳も手ぶらで帰るよりは、収まりがいいだろう。

「わたくし、この先ずっと後宮に居続けても、主上のお呼びはかからないでしょうし。これでいいんです」
「え」

 突然の告白に、私は唖然とするしかない。
 位の高い貴妃なのに、皇帝陛下から、相手にされない。
 ありていに言えば、寝所の伴に呼ばれない、子供を、お世継ぎを作ることができない、ということだ。
 目も眩むほど美しくて、物腰や雰囲気の柔らかい、全男子の理想みたいな、環貴人が!?
 なにか事情があるのか。
 それとも皇帝陛下は、特殊な好みをしてらっしゃるのか。
 聞くのをためらっていると、環貴人はその閉じた目から、一筋の涙を流して、言った。

「麗侍女と、司午貴妃と、もっと仲良くしたかったのですけれど。お二人とも、後宮の中でとても楽しく遊んでらしたでしょう? わたくし、それが羨ましくって。お仲間に、入れて欲しくって……」
「やっぱり、バレてたんですね」

 身代わり計画の支障になるからということで、私は意図的に環貴人との接触を避けてきた。
 私たちの浅はかな思惑と計略は、環貴人にはきっとお見通しだったのだろう。
 その陰で、環貴人にそんなことを、思わせていたなんて。
 仲良くしたいのだという純粋な気持ちを、私たちは自分勝手な都合で、拒否してしまっていたなんて。

「むむむー! むむんむむむーー!! もんむむもんむむももーーー!!」

 自分の意志が関与しない所で勝手に人質の交換が決まり、翠さま、いたくご立腹。
 しかし人質の交換はつつがなく行われ、翠さまはこっちに、環貴人は向こうに、それぞれ入れ替わった。

「みなさま、朱蜂宮(しゅほうきゅう)を、主上を、よろしくお頼み申し上げます」  

 深く一礼して、環貴人は愛用の琵琶と共に、覇聖鳳の白馬の背に乗せられた。
 まったくどうでもいい話だけど、邸瑠魅も怪我の手当てをされて、回収されたようだった。
 さて多くの賊が倒れ、わずかな残りは去って行く。
 事態はこれでひとまずの結末を見るのか。
 と思うけれど、話はそう簡単ではないのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

無能と追放された俺、死にかけて覚醒した古代秘術を極めて最強になる

仲山悠仁
ファンタジー
魔力がすべての世界で、“無能”と烙印を押された少年アレックスは、 成人儀式の日に家族と村から追放されてしまう。 守る者も帰る場所もなく、魔物が徘徊する森へ一人放り出された彼は、 そこで――同じように孤独を抱えた少女と出会う。 フレア。 彼女もまた、居場所を失い、ひとりで生きてきた者だった。 二人の出会いは偶然か、それとも運命か。 無能と呼ばれた少年が秘めていた“本当の力”、 そして世界を蝕む“黒い霧”の謎が、静かに動き始める。 孤独だった二人が、共に歩き出す始まりの物語。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました

東野あさひ
ファンタジー
無能の烙印、婚約破棄、そして辺境追放――。でもそれ、全部“勘違い”でした。 王国随一の名門貴族令嬢ノクティア・エルヴァーンは、魔力がないと断定され、婚約を破棄されて辺境へと追放された。 だが、誰も知らなかった――彼女が「古代魔術」の適性を持つ唯一の魔導士であることを。 行き着いた先は魔物の脅威に晒されるグランツ砦。 冷徹な司令官カイラスとの出会いをきっかけに、彼女の眠っていた力が次第に目を覚まし始める。 無能令嬢と嘲笑された少女が、辺境で覚醒し、最強へと駆け上がる――! 王都の者たちよ、見ていなさい。今度は私が、あなたたちを見下ろす番です。 これは、“追放令嬢”が辺境から世界を変える、痛快ざまぁ×覚醒ファンタジー。

アイムキャット❕~異世界キャット驚く漫遊記~

ma-no
ファンタジー
 神様のミスで森に住む猫に転生させられた元人間。猫として第二の人生を歩むがこの世界は何かがおかしい。引っ掛かりはあるものの、猫家族と楽しく過ごしていた主人公は、ミスに気付いた神様に詫びの品を受け取る。  その品とは、全世界で使われた魔法が載っている魔法書。元人間の性からか、魔法書で変身魔法を探した主人公は、立って歩く猫へと変身する。  世界でただ一匹の歩く猫は、人間の住む街に行けば騒動勃発。  そして何故かハンターになって、王様に即位!?  この物語りは、歩く猫となった主人公がやらかしながら異世界を自由気ままに生きるドタバタコメディである。 注:イラストはイメージであって、登場猫物と異なります。   R指定は念の為です。   登場人物紹介は「11、15、19章」の手前にあります。   「小説家になろう」「カクヨム」にて、同時掲載しております。   一番最後にも登場人物紹介がありますので、途中でキャラを忘れている方はそちらをお読みください。

アワセワザ! ~異世界乳幼女と父は、二人で強く生きていく~

eggy
ファンタジー
 もと魔狩人《まかりびと》ライナルトは大雪の中、乳飲み子を抱いて村に入った。  村では魔獣や獣に被害を受けることが多く、村人たちが生活と育児に協力する代わりとして、害獣狩りを依頼される。  ライナルトは村人たちの威力の低い攻撃魔法と協力して大剣を振るうことで、害獣狩りに挑む。  しかし年々増加、凶暴化してくる害獣に、低威力の魔法では対処しきれなくなってくる。  まだ赤ん坊の娘イェッタは何処からか降りてくる『知識』に従い、魔法の威力増加、複数合わせた使用法を工夫して、父親を援助しようと考えた。  幼い娘と父親が力を合わせて害獣や強敵に挑む、冒険ファンタジー。 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています。

企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する 

namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。  転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。  しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。  凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。  詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。  それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。  「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」  前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。  痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。  そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。 これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。

処理中です...