後宮の侍女、休職中に仇の家を焼く ~泣き虫れおなの絶叫昂国日誌~ 第二部

西川 旭

文字の大きさ
10 / 54
第八章 八州と北方の境界

六十六話 想いよ、壁に閉ざされず広く飛べ

しおりを挟む
 眠れたような、そうでないような曖昧な夜が明けた。
 私は土壁にボコボコと空いた穴から差し込む朝日に正対し、大きく伸びをする。
 ラジオ体操第一を途中までこなしていると。

「なにかの拳法か?」

 寝ぼけまなこの椿珠(ちんじゅ)さんに見られて、恥ずかしい突っ込みを受けた。

「うちの地元では、子どもから老人までみんなが体得している、健康の踊りです」
「そりゃあ、よほどの道場か流派だな。誰だって長生きはしたい、か」

 なにか商売や遊びのネタを思いついたのか、椿珠さんが顎に指を当て、悪い顔で笑う。
 いずれ、毛州(もうしゅう)を中心として、謎のくねくね舞踊が大流行するかもしれない。
 そんなフラグが立った瞬間であった。

「私たちは周囲も含めて全体的に調べる。手が必要ならその都度言ってくれ」

 翔霏(しょうひ)と軽螢(けいけい)は、砦周りを大まかに調べてくれる。
 戌族(じゅつぞく)が残した痕跡の中に、なにかめぼしいものがないかを探るためだ。
 私と椿珠さんは、昨日の打ち合わせ通りに、砦の内部、特に壁際の調査だ。

「同じ地点からそれぞれ反対方向に出発しましょうか」

 あくまでも時間効率の合理性から、私はそう提案したのだけれど。

「いや、二人分の目で一緒に見ながら丁寧に調べた方が良い。些細なものでも見逃さないようにな」

 椿珠さんにそう言われて納得。
 なるほど確かに私一人で見て調べても、環(かん)貴人が残したほんのわずかなサインは見逃してしまうかもしれない。
 決してバカにしてたわけじゃないけれど、結構賢いな、この人。
 それだけ環貴人の手掛かりを見つけたいと、本気で思っているのだろう。
 きょうだいっていいなあ。
 一人っ子の私は少し、羨ましい。

「獣の骨がここに集中してるってことは、おそらく覇聖鳳(はせお)含めた幹部連中がここで食事をしてたんですね」

 砦の中にいくつかある焚火跡の中で、最も食べかすの獣骨が固まっている地点から調査を始める。
 壁際に椅子代わりの岩が転がっているので、覇聖鳳はここに座って肉を食べながら、仲間の様子を見ていたに違いない。
 傍らに、環貴人を侍らせていたか、どうか。

「琵琶の弦だ……」

 岩の下に、椿珠さんが二本の細い物体を見つけた。
 気を付けて見ていないとまず見逃したであろうそれは、彼の言うように、環貴人の使っていた琵琶の弦なのだろう。
 私は状況を頭の中でシミュレートする。

「ここで覇聖鳳はご飯を食べながら、隣に環貴人を座らせて琵琶を弾かせていたんでしょうか」
「おそらくな。演奏途中で弦が切れたんだろう。ぶら下がっていては邪魔になるから、外してここに捨てたのか……」

 考えの途中、椿珠さんは黙りこくってしまった。
 想像としては妥当と思えるこの解釈だけれど。

「なにか、おかしいことでも思い当たるんですか?」
「玉楊(ぎょくよう)は、調子の悪い弦を無理にかき鳴らして切ってしまうなんて、そんなヘマをするやつじゃない。切れそうな弦を避けて弾いても、曲をちゃんと成立させるほどだ」
「スゴッ」

 五弦のうち四弦しか使わずに、臨機応変に演奏できるなんて。
 音楽はからっきしな私には、まったく異次元の技術だった。
 宮中に並ぶものなき琵琶の名手という、銀月(ぎんげつ)太監の評は、ただのお世辞ではなかったんだな。
 要するに環貴人は、いつもはしない不手際を、ここではしてしまった、と言うことだ。
 覇聖鳳に連れ去られてしまうという、平時ではない状況における精神的な不調が原因なのか。
 それとも、わざとこの場所で琵琶の弦を切り落とし、意図的に残して行ったのか。
 引き続き、他の場所も調べている最中。
 私たちは土壁の亀裂の中に、赤く光るものが埋め込まれているのを発見した。

「紅玉だ」

 椿珠さんが壁の隙間からほじくり出して、掌に乗せた、名前通りの小さな紅い玉。
 鋼鉄の短刀でほじっても表面に傷一つない。
 鉱物的な分類では、赤色透明コランダム。
 一般的に知られる名前はルビーである。
 この世に存在する物質で、ダイヤモンドに次いでひっかき硬度の高い鉱石であるそれは、金属でひっかいても傷付くことはない。
 宝石の女王とも呼ばれ、当然、滅茶苦茶な高級品だ。
 こんな貴重なものを覇聖鳳たち戌族がポポイと捨てて行くわけはないので、ここに残したのは環貴人の意志である可能性が極めて高い。
 でも、と私は少し、思うところがある。

「環貴人は、目がお見えになってませんよね? 残された宝石が赤色であることに、意味を持たせられるでしょうか?」

 自分がここに嵌め込んだ石が血のように赤いことを、環貴人本人が認識しているかどうか、ということだ。
 私の疑問に対して、難しい顔をして椿珠さんが答える。

「玉楊は指の感覚で、自分の持ち物についてはしっかり把握しているはずだ。おそらくこの石が紅いこともわかっていてここに埋めたのだと思う。あくまでも俺の想像だがな」

 その後も砦の中を夢中で調べていたら昼になり、翔霏と軽螢も交えて一旦、休憩を挟む。
 食べながら情報交換だ。

「ビワって言えば、花が咲くのは冬だよな。この辺には咲いてないみたいだけど」

 残り少ない食料を大事に味わうように食べ、軽螢がなんとなしに言った。
 楽器の琵琶ではなく、植物、果物のビワの話だ。

「たまには食いたいな……」

 翔霏も果汁溢れるビワの実を思い出したのか、喉をゴクリと鳴らした。
 美味しいよね、ビワ。
 食べると手とか口の周りがベッタベタのギットギトになっちゃうけど。

「お前たちの方はなにか収穫あったか?」

 小食な椿珠さんは、炒った豆を適当にポリポリつまんでお酒を飲んでいるだけ。
 今日は蒸留酒ではなく濁酒(どぶろく)らしい。
 秩父のお爺ちゃんがよく作ってたなあ、と懐かしい気持ちになる。
 お爺ちゃんも椿珠さんも、酒は穀物から作ってるから実質穀物、とでも言うかのように、ごはん代わりにお酒を飲むタイプだな。
 椿珠さんの質問に翔霏が返す。

「州軍もこの砦の周りを一応は調べたようだな」

 そう言って私たちの前に、銀色の組紐を見せた。
 綬(じゅ)、とも呼ばれるそれは、官位にある人の服などに結わえつけられ、勲章や位階などを示す印章を留める紐になる。
 役人さん、軍人さんの服から剥がれ落ちた組紐が、ここに落ちていたのだ。
 軽螢がそれを受けて続きを話してくれる。

「外の壁際に乾いた血だまりがあって、近くに沓(くつ)が転がっててサ。多分だけど、覇聖鳳が手下の誰かをここで殺しちまったんだろうな」
「なにがしたいんだよあいつ」

 行くところ行くところで人を殺しているイメージしかない宿敵に、私はもうすっかり呆れ果てる。
 軽螢が首をひねりながら返してくれた。

「怪我がひどくてもう歩けなくなったのか、覇聖鳳と揉めて殺されたのかは知らンけどね。血飛沫の流れた方向から見て、首を刎ねられたっぽいな」

 翔霏が現場の様子を詳しく補足する。

「死体がないということは、州軍が片付けたのか、クマや怪魔が持って行ったかだろう。食い散らかした残滓が見当たらないので、おそらく前者だ」

 などなど、砦の外側の状況を二人は話してくれた。
 お互いの情報を交換し終わって、翔霏が改めて、真面目な声色で言った。

「そもそもの話として、だが」

 私と椿珠さんを交互に見つめて、翔霏の視点が語られる。

「連れ去られたお妃は、自分を取り戻しに麗央那や家族が動いているとは思っていないはずだ」
「それは、そうだね」

 あのとき、翔霏も覇聖鳳の元へ行く決意をした環貴人の行動を見届けていた。
 環貴人が後宮の暮らしに見切りをつけて、ある意味で納得して覇聖鳳と共に北に去ったことは、誰の目から見ても事実なのだ。
 取り戻して連れ帰るというのは、私や椿珠さんの勝手な希望に過ぎない。

「だからこの砦に残されたものは、自分を追いかけて欲しいと思って置いて行ったものではあるまい。なにか、別の意志が働いているはずだ」
「追いかけて来て欲しいというのではなく、別の、考えか……」

 椿珠さんがお酒を飲む手を止め、黙考する。
 環貴人の、考えとは。
 遠くへ離れて行くとしても、環貴人が後宮やご実家の安寧を願う気持ちに、変わりはあるまい。
 自分を助けて欲しいという気持ちではなく、環家や昂国(こうこく)のためという、大きな視点で、ここにメッセージを残したのだとしたら?

「考えが近視眼的になっちゃってたかな」

 反省の弁を述べる私。
 塀に囲まれた朱蜂宮(しゅほうきゅう)で暮らしていたから、というわけではないだろうけど。
 どうも目の前のことや自分の考えで、いっぱいいっぱいになっていたか。
 自分の身の置き場ではなく、戌族や昂国について、大きな考えがあって、環貴人はこれらのアイテムを置いたのかもしれない。
 もっと視点を高く、視野を広く持って、環貴人の残したメッセージについて考えないと。

「赤と言えば」

 椿珠さんは手持ちの地図を広げて、昂国八州の北に広がる草原部分を指で示し、言った。

「毛州と国境を接して交流している『黄指部(こうしぶ)』の、さらに北側に『赤目部(せきもくぶ)』という連中がいるな」

 戌族全体は大きく分けて、五つのグループで構成されている。
 覇聖鳳が率いる青牙部と別に、黄指部、赤目部、白髪部(はくはつぶ)、黒舌部(こくぜつぶ)が存在する。
 五者はときには互いに牽制したり、ときには仲良くしたりと、流動的な関係にあると、中書堂の資料から私は知った。

「確かにその石、赤い目みたいだもンな」

 綺麗な石集めが好きな軽螢が、物欲しそうな顔で椿珠さんの持つルビー玉を眺める。
 さすがにいくら気前が良くても、環貴人との大事な繋がりの品だから、くれないと思うよ。
 他にも思いついたことがあるのか、椿珠さんは続けた。

「お前らがさっき果物のビワの話をしていたが、ビワは尾州(びしゅう)の特産品だ。有名な首狩り軍師を輩出した、除葛(じょかつ)氏の本拠地だな」
「尾州と言えば、また反乱が起きるかどうか、微妙な話がありましたね」

 切れた琵琶の弦。
 尾州に漂う不穏な空気。 

「ビワの花色である白も、尾州の旧王家を象徴する色だ」

 椿珠さんがそう教えてくれて、私は考えをめぐらす。
 白いビワの花と、宝石の赤。
 南西の尾州と、北方の赤目部。
 なにかしらの対応や対比を暗示しているのかも。
 特に昂国の観念では、二つの物事を対比、対応させることが好きだし。

「あくまでも私の想像になっちゃいますけど、いいですか?」

 前置きして、私はこの砦の中で調べたことと、今までの自分の考えを止揚して語り始めるのだった。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

【完結】うちの孫知りませんか?! 召喚された孫を追いかけ異世界転移。ばぁばとじぃじと探偵さんのスローライフ。

かの
ファンタジー
 孫の雷人(14歳)からテレパシーを受け取った光江(ばぁば64歳)。誘拐されたと思っていた雷人は異世界に召喚されていた。康夫(じぃじ66歳)と柏木(探偵534歳)⁈ をお供に従え、異世界へ転移。料理自慢のばぁばのスキルは胃袋を掴む事だけ。そしてじぃじのスキルは有り余る財力だけ。そんなばぁばとじぃじが、異世界で繰り広げるほのぼのスローライフ。  ばぁばとじぃじは無事異世界で孫の雷人に会えるのか⁈

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

異世界と地球がダンジョンで繋がった ー異世界転移者の私ー

白木夏
ファンタジー
2040年の初春、突如として地球上の主要都市に謎のダンジョンが出現した。 その特異性は明らかで、人口密集地を中心に出現し、未開の地には一切現れないという法則性を帯びていた。 人々は恐怖に震えつつも、未知なる存在に対する好奇心を抑えきれなかった。 異世界転移した最強の主人公のほのぼのライフ 主人公はあまり戦ったりはしません。

精霊さんと一緒にスローライフ ~異世界でも現代知識とチートな精霊さんがいれば安心です~

ファンタジー
かわいい精霊さんと送る、スローライフ。 異世界に送り込まれたおっさんは、精霊さんと手を取り、スローライフをおくる。 夢は優しい国づくり。 『くに、つくりますか?』 『あめのぬぼこ、ぐるぐる』 『みぎまわりか、ひだりまわりか。それがもんだいなの』 いや、それはもう過ぎてますから。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

処理中です...