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第十八章 雪解けと若芽
百五十六話 毒女と烈女、面目を保つ
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平和なはずだった、市場のど真ん中。
私は老将さんを毒の武器で狙った男の口に、自分の指を突っ込みながら叫ぶ。
「翔霏(しょうひ)! 早くコイツを気絶させて!!」
理由の説明は後だ。
とにかく今は、この地に伏す下手人の意識を、真っ先に奪わなければならない。
「分かった!」
ぐりん、ゴキン!
翔霏は男の肩関節を思いっきり捩じって脱臼させ。
ゴォン!
「ぁがっ……」
凄まじい勢いの肘打ちを男のこめかみにブチ喰らわせて、意識を見事に断つことに成功した。
かぱっ。
力を失った男の顎から、私は噛まれた指を引き抜く。
いや、噛まれたんじゃなくて、噛ませたんですけれどね。
私が彼を一刻も早く昏倒させたかったのは。
「この男、奥歯になにか毒でも仕込んでるかもしれない。私が指を突っ込んでるとき、舌で一生懸命に自分の奥歯を舐めようとしてたから」
「なんだってぇ?」
私の説明を受けて、得(とく)さんが気絶している男の口を限界までがばっと開け広げる。
歯医者さんでするような口腔チェックを、太陽の下で行い。
「本当だ。奥歯を削って穴を掘って、そん中に詰め物をしてやがる」
謎の殺し屋が手にしていた針状の道具。
その先端を得さんは布で丁寧に拭って、それを使って奥歯に仕込まれていた練り物をゴリゴリと掻き出した。
「副将どのを仕留めた後、口を割られる拷問を嫌って自殺するつもりであったか」
巌力(がんりき)さんが得さんに寄り添い、毒物を検証しながら言う。
トリカブトではなさそうだけれど、飲み込めば死ぬような毒だったのだろうな。
「お、おい、毒を口に仕込んどったんなら、嬢ちゃんも早く指の傷を洗った方がええ。浸みとるかもしれんじゃろう」
布巾と強精酒を手に、老将さんが心配してくれた。
うううう、泣くほど痛いけれど、麗央那は強い子なので、自分の痛みではもう泣かないと決めたのです。
「ありがとうございます。でも、奥歯から毒がわずかに沁み出しているはずなのに、この男がまだ死んでいません。少量で強い致死性があるわけじゃなさそうです」
指を消毒して、いつも持ち歩いている軟膏を布巾に塗る。
患部をぐるぐる巻きにしながら、私は希望的観測を述べた。
念のために毒消し効果のある生薬も飲んでおくかな。
「なあ、かなり強く噛まれたようだが、平気なんかい」
こんなことを冷静に話し、傷の対処をしている私を見て、得さんが唖然としていた。
「平気じゃないですよ。凄く痛いですよぅ」
得さんの反応から察するに、巌力さんはきっと、私が覇聖鳳(はせお)を殺したことを話し聞かせていないんだろうな。
「起きたときに舌を噛まんようにしておくか」
翔霏が気絶している男の髪を両手で鷲掴みにして、自分の面前に引きずり上げる。
プロレスでマットに沈んだ相手を再び起こすときに、よく見られるムーブですね。
「でぃっ」
どぐちゃり。
肉と骨が衝突し、潰れるような生々しい音が鳴った。
翔霏の正面からの頭突きが、男の前歯すべてを、叩き折ったのだった。
「念のためだ」
ぐもちゅ。
すかさず翔霏はダメ押しとなる二発目の頭突きも放った。
男の顔面は絵にも描けないほど、酷いことになった。
「や、やり、やりすぎだお前さん!」
残虐ショーに混乱した得さんが、引きずる足で翔霏を止めに駆け寄る。
「大丈夫だ、これくらいでは死なん。私はそんなヘマをしない女だ。鼻が血の塊で詰まらんように、たまに箸でも突っ込んでおけ」
巌力さんも、白髪左部(はくはつさぶ)の老将さんも。
私たちがこれくらいやる女だと、実際に見て知って理解しているので、止めるようなことはしないのであった。
仮に止められたとしても、構わずやるからね、私たちってば。
「……これはいったい、どうした有様だ」
「だ、大丈夫ですか央那(おうな)さんってうわあっ!」
騒ぎを聞きつけた玄霧(げんむ)さんと想雲(そううん)くんが、自分たちの持ち場から私たちのもとへ駆けて来た。
片腕を外され、歯が折られるついでに鼻も潰された赤い瞳の暗殺者。
それを見て、想雲くんは仰天して後ずさった。
私と翔霏は男の身体を玄霧さんのところへ引きずって、文字通りに引き渡し。
「絶ッッ対に死なせないでくださいね。自殺前提だった刺客なんで、情報を引き出すのは苦労するでしょうけど、なんとかお願いします」
「拷問で骨を潰したり折りたいときは私に言ってくれ。麗央那がこんな怪我をして、十分に腹を立てている。まだ暴れ足りんくらいだ」
ムン、と真剣さの伝わる眼差しで、私たち二人は固くそう言い含めた。
はー、と玄霧さんは呆れたように溜息を吐き。
「襲われた白髪左部の御旦那も、砦にご同行願えるかな。話を伺いたい」
「もちろんじゃ。調べに協力は惜しまんよ」
老将さんと意識のない暗殺者を連れて、砦の建屋に入って行った。
「斗羅畏さんには会えないし、指をまた怪我しちゃうし、得さんはいやらしいし、踏んだり蹴ったりだあ」
いわでものことを敢えて声に出し、自分の中のストレスと戦う私。
「もう少しきちんと手当しておこう。確か薬屋も出店の中にあったはずだ」
そう言った翔霏に連れられて、指の怪我を治療できそうなところへ向かった。
「な、な、な、なんだあの娘っ子たちはよォ、巌さん!?」
「なんだと申されましても、麗女史と、紺女史でござる」
私たちの背中を見送りながら、得さんが巌力さん相手になにかわめいていた。
州公なんだから、州公らしく落ち着いてくださいよ、女の尻ばかり見てないでさ。
「あんな、あんなバケモンを屋敷に二人も置いて、司午の玄ちゃんは、いったいなにを企んでやがる!? まともな神経で務まるもんかよぉ!?」
「玄霧どのは、成り行きでそうなっただけと常々おっしゃられてますな。現状を受け入れる心持ちが据わっておられるのでしょう。奴才(ぬさい)も見習いたいものにござる」
いつも通りに動じない巌力さんが、頼もしくて少し癒された。
ところで玄ちゃんだって、可愛いね。
仲良いのかなあの中年二人も。
「そろそろ、あのおかしな男が目を覚ます頃合いかな」
翔霏がキビのお団子をかじりながら言った、夕刻前。
傷の手当てをやり直して、休憩アンド市場散策をひとまず終えた私と翔霏。
謎の刺客の様子を見に、玄霧さんたちが詰めている砦へと行くことにした。
特に私の気分は悪くないので、毒の浸食は問題じゃなさそうだ。
「瞳が、赤かったよね」
「ああ、赤目部(せきもくぶ)に縁のある人間かもしれん。もっとも、多少の赤みがかった目の持ち主など、珍しくもないが」
翔霏は髪の毛も瞳孔も墨のように黒く美しい。
けれど知り合いの中でも椿珠(ちんじゅ)さんとかは、暗いとび色と言っていいような髪や瞳を持っている。
ちなみに玉楊(ぎょくよう)さんはお洒落さんなので、定期的に髪色を染めたり抜いたりして変えているのは余談。
閉ざされてしまった自分の目では見えない変化だとしても、なにかしら感じ取れる部分があると前に話していた。
どこぞの他国人の血がご先祖に混ざっていることも有り得るから、見た目だけで民族や出身の国を判断するのは難しい。
生来の髪が黒くても、地下水で髪を洗うことで脱色や変色してしまう場合があるからね。
「お邪魔しまーす」
「なにか意味のある情報は吐いたか?」
石を積んで造られた、砦の中。
玄霧さんたちが男を訊問している部屋に通された私たち。
「嬢ちゃんらか。いやあ、これは、いかんな……」
老将さんが首を振ってそう言ったので、進展がないのだろうな。
男は木製の椅子に両手足を縛られ固定され、がくんとうなだれている。
呼吸をしている体の上下はあるので、死んではいないのだろうけれど。
「……ふふふ、ふふ、へへへ、くひひ」
静かに小さく、狂気の混じった笑みが漏らされるだけだった。
なんだコイツ、頭がおかしいのか。
と、普段から狂女扱いされている私が、自分のことを棚に上げた感想を持った。
一方で翔霏は、見た目や音声の印象だけではない、別の観点から探りを入れている。
「すんすん」
匂いを嗅いでいるのだ。
彼女の嗅覚は非常に鋭く、遠く離れた場所からでも「なにかが燃えている」とか「腐った動物の死骸がある」とかを、敏感に察知する。
最初の衝突の時点で、なにか怪しいと思っていたのだろう。
くんかくんかと男の体中の匂いを確かめて。
「こいつ、どこかに阿片を隠し持っています」
訊問の監督をしている玄霧さんに、そう言った。
「本当か」
「持っていないとしても、ここに来る直前まで飲(や)っていたんでしょう。微かに匂いが残っている」
玄霧さんの確認に、翔霏は自信を持って言った。
阿片は痛み止めの薬としても使われることがある。
だからこれだけ痛めつけても、悲鳴の一つも上げなかったんだね。
まだ服を全部脱がせると言った調べ方はしていないようで、角州左軍の兵隊さんたちが椅子に縛られたままの男の衣服を、小刀でビリビリと切り裂き始めた。
「私、ちょっと出てます」
「そうだな」
知らん男の裸なんぞマジマジ見たくない私たちは、部屋の外で待つことにした。
その間、翔霏と考えられる状況について意見を交わす。
「薬で頭がおかしくなって、場当たり的に通り魔をしたのかな?」
私の見解に翔霏は難しい顔をして答えた。
「その可能性もないわけではないが、下手人はあのじいさまを真っ直ぐ狙っていた。阿片で朦朧としながらも、明確な意図がなにかあって暗殺を実行したのだと思うよ」
「だよねえ。なにせ毒針まで用意してるんだから」
計画性のある犯行、というやつだ。
今の段階で考えられる、あくまで仮定は。
斗羅畏さん一派にダメージを与えたい、もしくは斗羅畏さんと角州の結びつきを邪魔したい勢力がいる、のだとして。
得さんが企画した国境市場で、老将さんが死んでしまうようなことがあれば、両者にいっぺんにダメージを与えられるだろう。
右腕を失った斗羅畏さんが気落ちするだけでなく、領内の政治経済も混乱するのは目に見えている。
一方で得さんは市場の責任者として、警備の不手際を斗羅畏さんから突っつかれるかもしれない。
もしもそこで斗羅畏さんたちと角州の間に亀裂、わだかまりが発生すれば、それは別の勢力が斗羅畏さんを攻撃するのに有利な材料になるわな。
「紺、お前の言った通り、阿片を隠し持っていた」
部屋の入り口から顔を覗かせた玄霧さんが、教えてくれた。
ニヤ、と笑って翔霏が言った。
「どこに隠していたのか、当ててみましょうか」
「若い娘が、そんなことをいちいち言わんでいい」
しかめっ面で、玄霧さんが却下した。
フフ、玄霧さんってば、紳士ですね。
多分、お尻の穴なんだろう。
私は老将さんを毒の武器で狙った男の口に、自分の指を突っ込みながら叫ぶ。
「翔霏(しょうひ)! 早くコイツを気絶させて!!」
理由の説明は後だ。
とにかく今は、この地に伏す下手人の意識を、真っ先に奪わなければならない。
「分かった!」
ぐりん、ゴキン!
翔霏は男の肩関節を思いっきり捩じって脱臼させ。
ゴォン!
「ぁがっ……」
凄まじい勢いの肘打ちを男のこめかみにブチ喰らわせて、意識を見事に断つことに成功した。
かぱっ。
力を失った男の顎から、私は噛まれた指を引き抜く。
いや、噛まれたんじゃなくて、噛ませたんですけれどね。
私が彼を一刻も早く昏倒させたかったのは。
「この男、奥歯になにか毒でも仕込んでるかもしれない。私が指を突っ込んでるとき、舌で一生懸命に自分の奥歯を舐めようとしてたから」
「なんだってぇ?」
私の説明を受けて、得(とく)さんが気絶している男の口を限界までがばっと開け広げる。
歯医者さんでするような口腔チェックを、太陽の下で行い。
「本当だ。奥歯を削って穴を掘って、そん中に詰め物をしてやがる」
謎の殺し屋が手にしていた針状の道具。
その先端を得さんは布で丁寧に拭って、それを使って奥歯に仕込まれていた練り物をゴリゴリと掻き出した。
「副将どのを仕留めた後、口を割られる拷問を嫌って自殺するつもりであったか」
巌力(がんりき)さんが得さんに寄り添い、毒物を検証しながら言う。
トリカブトではなさそうだけれど、飲み込めば死ぬような毒だったのだろうな。
「お、おい、毒を口に仕込んどったんなら、嬢ちゃんも早く指の傷を洗った方がええ。浸みとるかもしれんじゃろう」
布巾と強精酒を手に、老将さんが心配してくれた。
うううう、泣くほど痛いけれど、麗央那は強い子なので、自分の痛みではもう泣かないと決めたのです。
「ありがとうございます。でも、奥歯から毒がわずかに沁み出しているはずなのに、この男がまだ死んでいません。少量で強い致死性があるわけじゃなさそうです」
指を消毒して、いつも持ち歩いている軟膏を布巾に塗る。
患部をぐるぐる巻きにしながら、私は希望的観測を述べた。
念のために毒消し効果のある生薬も飲んでおくかな。
「なあ、かなり強く噛まれたようだが、平気なんかい」
こんなことを冷静に話し、傷の対処をしている私を見て、得さんが唖然としていた。
「平気じゃないですよ。凄く痛いですよぅ」
得さんの反応から察するに、巌力さんはきっと、私が覇聖鳳(はせお)を殺したことを話し聞かせていないんだろうな。
「起きたときに舌を噛まんようにしておくか」
翔霏が気絶している男の髪を両手で鷲掴みにして、自分の面前に引きずり上げる。
プロレスでマットに沈んだ相手を再び起こすときに、よく見られるムーブですね。
「でぃっ」
どぐちゃり。
肉と骨が衝突し、潰れるような生々しい音が鳴った。
翔霏の正面からの頭突きが、男の前歯すべてを、叩き折ったのだった。
「念のためだ」
ぐもちゅ。
すかさず翔霏はダメ押しとなる二発目の頭突きも放った。
男の顔面は絵にも描けないほど、酷いことになった。
「や、やり、やりすぎだお前さん!」
残虐ショーに混乱した得さんが、引きずる足で翔霏を止めに駆け寄る。
「大丈夫だ、これくらいでは死なん。私はそんなヘマをしない女だ。鼻が血の塊で詰まらんように、たまに箸でも突っ込んでおけ」
巌力さんも、白髪左部(はくはつさぶ)の老将さんも。
私たちがこれくらいやる女だと、実際に見て知って理解しているので、止めるようなことはしないのであった。
仮に止められたとしても、構わずやるからね、私たちってば。
「……これはいったい、どうした有様だ」
「だ、大丈夫ですか央那(おうな)さんってうわあっ!」
騒ぎを聞きつけた玄霧(げんむ)さんと想雲(そううん)くんが、自分たちの持ち場から私たちのもとへ駆けて来た。
片腕を外され、歯が折られるついでに鼻も潰された赤い瞳の暗殺者。
それを見て、想雲くんは仰天して後ずさった。
私と翔霏は男の身体を玄霧さんのところへ引きずって、文字通りに引き渡し。
「絶ッッ対に死なせないでくださいね。自殺前提だった刺客なんで、情報を引き出すのは苦労するでしょうけど、なんとかお願いします」
「拷問で骨を潰したり折りたいときは私に言ってくれ。麗央那がこんな怪我をして、十分に腹を立てている。まだ暴れ足りんくらいだ」
ムン、と真剣さの伝わる眼差しで、私たち二人は固くそう言い含めた。
はー、と玄霧さんは呆れたように溜息を吐き。
「襲われた白髪左部の御旦那も、砦にご同行願えるかな。話を伺いたい」
「もちろんじゃ。調べに協力は惜しまんよ」
老将さんと意識のない暗殺者を連れて、砦の建屋に入って行った。
「斗羅畏さんには会えないし、指をまた怪我しちゃうし、得さんはいやらしいし、踏んだり蹴ったりだあ」
いわでものことを敢えて声に出し、自分の中のストレスと戦う私。
「もう少しきちんと手当しておこう。確か薬屋も出店の中にあったはずだ」
そう言った翔霏に連れられて、指の怪我を治療できそうなところへ向かった。
「な、な、な、なんだあの娘っ子たちはよォ、巌さん!?」
「なんだと申されましても、麗女史と、紺女史でござる」
私たちの背中を見送りながら、得さんが巌力さん相手になにかわめいていた。
州公なんだから、州公らしく落ち着いてくださいよ、女の尻ばかり見てないでさ。
「あんな、あんなバケモンを屋敷に二人も置いて、司午の玄ちゃんは、いったいなにを企んでやがる!? まともな神経で務まるもんかよぉ!?」
「玄霧どのは、成り行きでそうなっただけと常々おっしゃられてますな。現状を受け入れる心持ちが据わっておられるのでしょう。奴才(ぬさい)も見習いたいものにござる」
いつも通りに動じない巌力さんが、頼もしくて少し癒された。
ところで玄ちゃんだって、可愛いね。
仲良いのかなあの中年二人も。
「そろそろ、あのおかしな男が目を覚ます頃合いかな」
翔霏がキビのお団子をかじりながら言った、夕刻前。
傷の手当てをやり直して、休憩アンド市場散策をひとまず終えた私と翔霏。
謎の刺客の様子を見に、玄霧さんたちが詰めている砦へと行くことにした。
特に私の気分は悪くないので、毒の浸食は問題じゃなさそうだ。
「瞳が、赤かったよね」
「ああ、赤目部(せきもくぶ)に縁のある人間かもしれん。もっとも、多少の赤みがかった目の持ち主など、珍しくもないが」
翔霏は髪の毛も瞳孔も墨のように黒く美しい。
けれど知り合いの中でも椿珠(ちんじゅ)さんとかは、暗いとび色と言っていいような髪や瞳を持っている。
ちなみに玉楊(ぎょくよう)さんはお洒落さんなので、定期的に髪色を染めたり抜いたりして変えているのは余談。
閉ざされてしまった自分の目では見えない変化だとしても、なにかしら感じ取れる部分があると前に話していた。
どこぞの他国人の血がご先祖に混ざっていることも有り得るから、見た目だけで民族や出身の国を判断するのは難しい。
生来の髪が黒くても、地下水で髪を洗うことで脱色や変色してしまう場合があるからね。
「お邪魔しまーす」
「なにか意味のある情報は吐いたか?」
石を積んで造られた、砦の中。
玄霧さんたちが男を訊問している部屋に通された私たち。
「嬢ちゃんらか。いやあ、これは、いかんな……」
老将さんが首を振ってそう言ったので、進展がないのだろうな。
男は木製の椅子に両手足を縛られ固定され、がくんとうなだれている。
呼吸をしている体の上下はあるので、死んではいないのだろうけれど。
「……ふふふ、ふふ、へへへ、くひひ」
静かに小さく、狂気の混じった笑みが漏らされるだけだった。
なんだコイツ、頭がおかしいのか。
と、普段から狂女扱いされている私が、自分のことを棚に上げた感想を持った。
一方で翔霏は、見た目や音声の印象だけではない、別の観点から探りを入れている。
「すんすん」
匂いを嗅いでいるのだ。
彼女の嗅覚は非常に鋭く、遠く離れた場所からでも「なにかが燃えている」とか「腐った動物の死骸がある」とかを、敏感に察知する。
最初の衝突の時点で、なにか怪しいと思っていたのだろう。
くんかくんかと男の体中の匂いを確かめて。
「こいつ、どこかに阿片を隠し持っています」
訊問の監督をしている玄霧さんに、そう言った。
「本当か」
「持っていないとしても、ここに来る直前まで飲(や)っていたんでしょう。微かに匂いが残っている」
玄霧さんの確認に、翔霏は自信を持って言った。
阿片は痛み止めの薬としても使われることがある。
だからこれだけ痛めつけても、悲鳴の一つも上げなかったんだね。
まだ服を全部脱がせると言った調べ方はしていないようで、角州左軍の兵隊さんたちが椅子に縛られたままの男の衣服を、小刀でビリビリと切り裂き始めた。
「私、ちょっと出てます」
「そうだな」
知らん男の裸なんぞマジマジ見たくない私たちは、部屋の外で待つことにした。
その間、翔霏と考えられる状況について意見を交わす。
「薬で頭がおかしくなって、場当たり的に通り魔をしたのかな?」
私の見解に翔霏は難しい顔をして答えた。
「その可能性もないわけではないが、下手人はあのじいさまを真っ直ぐ狙っていた。阿片で朦朧としながらも、明確な意図がなにかあって暗殺を実行したのだと思うよ」
「だよねえ。なにせ毒針まで用意してるんだから」
計画性のある犯行、というやつだ。
今の段階で考えられる、あくまで仮定は。
斗羅畏さん一派にダメージを与えたい、もしくは斗羅畏さんと角州の結びつきを邪魔したい勢力がいる、のだとして。
得さんが企画した国境市場で、老将さんが死んでしまうようなことがあれば、両者にいっぺんにダメージを与えられるだろう。
右腕を失った斗羅畏さんが気落ちするだけでなく、領内の政治経済も混乱するのは目に見えている。
一方で得さんは市場の責任者として、警備の不手際を斗羅畏さんから突っつかれるかもしれない。
もしもそこで斗羅畏さんたちと角州の間に亀裂、わだかまりが発生すれば、それは別の勢力が斗羅畏さんを攻撃するのに有利な材料になるわな。
「紺、お前の言った通り、阿片を隠し持っていた」
部屋の入り口から顔を覗かせた玄霧さんが、教えてくれた。
ニヤ、と笑って翔霏が言った。
「どこに隠していたのか、当ててみましょうか」
「若い娘が、そんなことをいちいち言わんでいい」
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ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
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