19 / 32
第十九章 翠の翅を得た毒蚕
百六十九話 青春の影と光
しおりを挟む
葬儀への道行きを、慎重に進める私たち。
「足取りは重いが、その分だけ収穫もあったな」
急がない、と胎を決めた斗羅畏(とらい)さんが、納得した顔で言った。
各地の勢力と丁寧に折衝を交わし、決して無理押しで突き進むことはしない。
まさに函谷関を攻めたときの劉邦陣営、そのやり口に通じるものがある。
東都を超えて大都へ向かう途中の邑(むら)で、有力者の一人から面白い話も聞けた。
「斗羅畏は短気で大変だろう」
生前の阿突羅(あつら)さんに古くから付き従っていたという、とある重鎮さん。
彼の大包屋(だいほうおく)にお邪魔した私たちは、斗羅畏さんが別の人たちへの挨拶回りで席を立ったときに、楽しげな口調でそう問われたのだ。
「いえそんな、情熱的で、頼もしい人ですよ」
ウソではないコメントで、誰も傷つけないようにと気配りをする私。
カカッと笑った重鎮さんは、世間話と思い出話を続ける。
「情熱的か、良い言葉だ。確かに斗羅畏の情は炎や熱湯みたいなもんだ。下手に触ると火傷をするくらいのな。たとえ話じゃあねえぞ。実際、あいつに痛い目に遭わされたやつは、仲間だけでも指の数じゃ足りんくらいだ」
私たちも見ていたから知っている。
斗羅畏さんは我を通そうとするあまり、頭に血が昇って仲間を傷つけることも少なくない。
私たちは曖昧に苦笑しながら、重鎮さんの話すのを聞く。
「斗羅畏がまだガキの頃、ダチの新しい靴が盗まれたってんで取り返しに行ったことがあった。悔しがって泣くそいつに加えて、仲間を数人連れてな。しかし盗んだほうも子分を引き連れて待ち構えてやがる。そこで斗羅畏はどうしたと思う?」
「相手が何人いようと、あの男なら当初の目的を完遂しようとするでしょうな」
翔霏(しょうひ)が言った答えに、重鎮さんはにこにこして頷く。
「その通りだ。周りの仲間は腰が引けちまって、もう帰ろうと斗羅畏に言った。しかしあいつは『つべこべ言わずに盗まれたものを取り戻んだ! 怖気づくやつは俺の友だちじゃない!』と暴れまくってな。結局その喧嘩で、靴どころか服も帽も双方合わせて十なんぼは滅茶苦茶になっちまったらしい。もちろん怪我人もわんさか出たって落ちがついてな。たった一足の靴を取り返すための喧嘩のはずなのによ。まったく帳尻が合いやしねえ」
「斗羅畏さんらしいです」
それ以外の感想などない、シンプルに完成されたエピソードである。
重鎮さんにしては、よほど鉄板のすべらない話なのだろう。
目尻に涙を滲ませてケタケタと笑う彼の中では、斗羅畏さんはいつまでも「たった一足の靴を取り返すために、自分も仲間もボロボロに傷付くことをためらわない、計算のできない少年」なのだろうな。
「商売人の俺が言うのも、なんだが」
しみじみと前置きした椿珠(ちんじゅ)さんがその逸話にコメントする。
「斗羅畏にとってそこで意地を通すことは、負った傷、破れた服以上の価値があったんだ。そろばんを弾いて勘定するだけでは計れない大きなもんを、ダチの涙や盗まれた新品の靴に、斗羅畏は見出していたってことなんだろうよ」
「イイ話はやめてよ椿珠さん、また泣いちゃうから」
鼻の奥にツンと来るものをこらえて、震える私がクレームを出し。
「まあ私ならかすり傷ほども負わずに、なんだって取り返してやれるが?」
翔霏が空気を読まない発言で、可愛らしい思い出をドヤ顔とともに台無しにした。
軽螢(けいけい)だけは少し疑問がある顔で、重鎮さんに尋ねる。
「孫ちゃんが別の悪ガキどもにこてんぱんにされたんなら、阿突羅さまが黙ってなかったんじゃねーの?」
その質問を待ってましたとばかりに、重鎮さんはなおも楽しそうな明るい顔で答えた。
「ウチの親分は、子や孫の喧嘩に手出し口出しするような男じゃねえ。むしろ『勝てるまで帰って来るな』と言うようなタマさ。だから斗羅畏もその喧嘩相手も、後ろにいる親分のことは気にせず思う存分にやんちゃをして育ったもんだ。今も斗羅畏の周りを固めてる連中は、ガキの時分からの仲間か、もしくは喧嘩相手ばっかりよ」
場にいる斗羅畏さんの部下のうち何人かが、気まずそうに苦笑いして頬をかいたり、ぷっと失笑して反応した。
少人数ながら斗羅畏さんの勢力は一枚岩で、お互いの信頼はかなり頑強である。
そっか、子どもの頃から一緒に遊んで過ごした仲間が、そのまま大人になってチーム斗羅畏を形成しているのか。
「その、靴を盗んだってガキのな、そいつの親父が、今の斗羅畏の副官をやってるあいつだよ。嬢ちゃんらも知ってんだろう」
「ああ、いつも私たちに良くしてくれる、あの老将さんですか」
そういう繋がりで斗羅畏さんチームなのか。
と、話を聞いている私たちが面白がっている横で。
「大人(たいじん)、その話はもう勘弁してくださいませんか。昔のことです」
愉快に斗羅畏さんの可愛い過去を暴露し続ける重鎮さんに、精悍な武士が懇願した。
「なんだおめえ、いるならいるって早く言いやがれ。端っこで大人しくしてるから気が付かなかったぜ、がっはは」
うわ、靴泥棒少年、今は斗羅畏さんの懐刀に成長して、この場にいたんだ。
昨日の敵であった青牙部(せいがぶ)の郎党が、覇聖鳳(はせお)の死後に斗羅畏さんの仲間になったように。
斗羅畏さんは子どもの頃から、喧嘩した相手と友だちになれる人だったんだな。
って、うちの翔霏も斗羅畏さんとかなり激しくやり合ってましたからね。
「地元のツレと大人になって偉くなっても一緒に仕事してるって、良いよなあ」
「メエァ~」
故郷大好き代表のような軽螢が言う。
斗羅畏さんがどういう少年だったのかという過去と、斗羅畏さんがどういう首領であるかという現在は、密接に繋がっているのだ。
人に歴史ありと言うか、積み重ねた日々がその人を支えるのだよな。
私もそんな大人になりたいワよ。
しかし、私たちがそんなほっこり昔話で癒されているとき。
お酒が進んで来たこの席のホストである重鎮さんは、車座で飲食している私たちにだけ聞かせるように、声を潜めてこうも言ったのだ。
「突骨無(とごん)……いや、今は大統サマか。あいつはガキの頃に、喧嘩で負けても親父の阿突羅は助けてくれないということを早くから悟って、喧嘩をしねえ道を選んだ。身の回りで問題が起きれば、だいたいは口で、話し合いで大人を味方に付けて解決しちまった」
「話し合いは大事だよ。怪我するよりよっぽどいいじゃん」
軽螢は突骨無さんの責任や立場にも理解できるところがあるようで、そう弁護した。
神台邑(じんだいむら)でも毎日のように、なにか問題はないか、どうしたら解決できるだろうかを丁寧に話し合っていたからね。
しかし重鎮さんは別のことを言いたいようで、軽く首を振って続けた。
「多くの連中は、突骨無は賢くて争いを嫌う、人の心がわかる子だと言ったもんだが、俺はそうは思わねえのよ。確かに言葉で丸め込まれた連中は、突骨無に心を掴まれた気になるだろうさ。しかしあいつが仲間のために、白髪部(はくはつぶ)の同胞のために自分の血や汗を流しまくったところを、俺は見たことがねえんだ」
「ふむ……」
突骨無さんに会ったときのことを、翔霏は思い出しているように見えた。
言われてみれば確かに、自分は危難から避けつつ物事を上手く運ぼうとしている様子が見受けられたかもしれない。
大統選挙の段取りがあったのは事実としても、突骨無さんだって斗羅畏さんに協力し肩を並べて、覇聖鳳率いる青牙部の荒くれものたちに立ち向かっても良かったはずだ。
口では、覇聖鳳にぶつかってみたかった、なんて言っていたけれど。
それができる立場にありながら、突骨無さんは決してそうしなかった。
重鎮さんは渋く厳しい顔つきで言う。
「今まで誰にも言わず秘密にしていたが、阿突羅の親分も生前に俺と同じ意見を持っていた。人の心が掴めることと、人のために血と汗を流すことは別なのだ、ってな。斗羅畏は他人のために自分の血を流せる。しかし突骨無は、他人を思いやってはいるんだろうが、決して自分の血は流さねえ。些細な違いだと思うか?」
「いえ、大きな違いだと、私は思います」
重鎮さんに言われて、詳しく教えて貰えて、ようやく気付いた。
私は突骨無さんにプロポーズされたとき、ノータイムでお断りしてしまったのだけれど。
喪女の私がイケメンにプロポーズされたというのに、即断即決で拒否できた理由は、爽やかイケメンは私の趣味じゃないという以上に。
「この人は、決して私のために死んでくれない」
そう直感したからだったのだ。
私は夢見る乙女なので、結婚する以上は「この人のためなら死ねる」と思える相手を選びたい。
もちろん相手にも「麗央那のためならいくらでも死んでやる」と思って欲しいよ。
そうでない相手に人生を捧げるような虚無なことは、お断わりなのだ。
「ところで靴を盗まれた方の斗羅畏のダチ公はどうなった? 今も斗羅畏の幕僚にいるのか? よほど昵懇の仲なら、デカい部隊の隊長さんかなにかかね」
夜も更けた。
面白い話の幕引きに椿珠さんが、〆の質問を投げかける。
重鎮さんはちびりと濃い蒸留酒を舐め、湿った息で言ったのだ。
「斗羅畏の初陣に付き添って、死んだよ。尾州(びしゅう)の乱の余波で白髪部の境界にも賊が出入りしてた頃だ。落馬した斗羅畏を敵から庇ってな」
ぐぅ、と靴泥棒の青年武官が、俯いて涙を落とした。
ああ、靴を盗まれて、取り返すぞと斗羅畏さんが怒ってくれた、名も知らぬその彼は。
斗羅畏さんのために、死ぬことができたのだな。
哀しいことなのに、私はそれを羨ましいと思ってしまうのだった。
「足取りは重いが、その分だけ収穫もあったな」
急がない、と胎を決めた斗羅畏(とらい)さんが、納得した顔で言った。
各地の勢力と丁寧に折衝を交わし、決して無理押しで突き進むことはしない。
まさに函谷関を攻めたときの劉邦陣営、そのやり口に通じるものがある。
東都を超えて大都へ向かう途中の邑(むら)で、有力者の一人から面白い話も聞けた。
「斗羅畏は短気で大変だろう」
生前の阿突羅(あつら)さんに古くから付き従っていたという、とある重鎮さん。
彼の大包屋(だいほうおく)にお邪魔した私たちは、斗羅畏さんが別の人たちへの挨拶回りで席を立ったときに、楽しげな口調でそう問われたのだ。
「いえそんな、情熱的で、頼もしい人ですよ」
ウソではないコメントで、誰も傷つけないようにと気配りをする私。
カカッと笑った重鎮さんは、世間話と思い出話を続ける。
「情熱的か、良い言葉だ。確かに斗羅畏の情は炎や熱湯みたいなもんだ。下手に触ると火傷をするくらいのな。たとえ話じゃあねえぞ。実際、あいつに痛い目に遭わされたやつは、仲間だけでも指の数じゃ足りんくらいだ」
私たちも見ていたから知っている。
斗羅畏さんは我を通そうとするあまり、頭に血が昇って仲間を傷つけることも少なくない。
私たちは曖昧に苦笑しながら、重鎮さんの話すのを聞く。
「斗羅畏がまだガキの頃、ダチの新しい靴が盗まれたってんで取り返しに行ったことがあった。悔しがって泣くそいつに加えて、仲間を数人連れてな。しかし盗んだほうも子分を引き連れて待ち構えてやがる。そこで斗羅畏はどうしたと思う?」
「相手が何人いようと、あの男なら当初の目的を完遂しようとするでしょうな」
翔霏(しょうひ)が言った答えに、重鎮さんはにこにこして頷く。
「その通りだ。周りの仲間は腰が引けちまって、もう帰ろうと斗羅畏に言った。しかしあいつは『つべこべ言わずに盗まれたものを取り戻んだ! 怖気づくやつは俺の友だちじゃない!』と暴れまくってな。結局その喧嘩で、靴どころか服も帽も双方合わせて十なんぼは滅茶苦茶になっちまったらしい。もちろん怪我人もわんさか出たって落ちがついてな。たった一足の靴を取り返すための喧嘩のはずなのによ。まったく帳尻が合いやしねえ」
「斗羅畏さんらしいです」
それ以外の感想などない、シンプルに完成されたエピソードである。
重鎮さんにしては、よほど鉄板のすべらない話なのだろう。
目尻に涙を滲ませてケタケタと笑う彼の中では、斗羅畏さんはいつまでも「たった一足の靴を取り返すために、自分も仲間もボロボロに傷付くことをためらわない、計算のできない少年」なのだろうな。
「商売人の俺が言うのも、なんだが」
しみじみと前置きした椿珠(ちんじゅ)さんがその逸話にコメントする。
「斗羅畏にとってそこで意地を通すことは、負った傷、破れた服以上の価値があったんだ。そろばんを弾いて勘定するだけでは計れない大きなもんを、ダチの涙や盗まれた新品の靴に、斗羅畏は見出していたってことなんだろうよ」
「イイ話はやめてよ椿珠さん、また泣いちゃうから」
鼻の奥にツンと来るものをこらえて、震える私がクレームを出し。
「まあ私ならかすり傷ほども負わずに、なんだって取り返してやれるが?」
翔霏が空気を読まない発言で、可愛らしい思い出をドヤ顔とともに台無しにした。
軽螢(けいけい)だけは少し疑問がある顔で、重鎮さんに尋ねる。
「孫ちゃんが別の悪ガキどもにこてんぱんにされたんなら、阿突羅さまが黙ってなかったんじゃねーの?」
その質問を待ってましたとばかりに、重鎮さんはなおも楽しそうな明るい顔で答えた。
「ウチの親分は、子や孫の喧嘩に手出し口出しするような男じゃねえ。むしろ『勝てるまで帰って来るな』と言うようなタマさ。だから斗羅畏もその喧嘩相手も、後ろにいる親分のことは気にせず思う存分にやんちゃをして育ったもんだ。今も斗羅畏の周りを固めてる連中は、ガキの時分からの仲間か、もしくは喧嘩相手ばっかりよ」
場にいる斗羅畏さんの部下のうち何人かが、気まずそうに苦笑いして頬をかいたり、ぷっと失笑して反応した。
少人数ながら斗羅畏さんの勢力は一枚岩で、お互いの信頼はかなり頑強である。
そっか、子どもの頃から一緒に遊んで過ごした仲間が、そのまま大人になってチーム斗羅畏を形成しているのか。
「その、靴を盗んだってガキのな、そいつの親父が、今の斗羅畏の副官をやってるあいつだよ。嬢ちゃんらも知ってんだろう」
「ああ、いつも私たちに良くしてくれる、あの老将さんですか」
そういう繋がりで斗羅畏さんチームなのか。
と、話を聞いている私たちが面白がっている横で。
「大人(たいじん)、その話はもう勘弁してくださいませんか。昔のことです」
愉快に斗羅畏さんの可愛い過去を暴露し続ける重鎮さんに、精悍な武士が懇願した。
「なんだおめえ、いるならいるって早く言いやがれ。端っこで大人しくしてるから気が付かなかったぜ、がっはは」
うわ、靴泥棒少年、今は斗羅畏さんの懐刀に成長して、この場にいたんだ。
昨日の敵であった青牙部(せいがぶ)の郎党が、覇聖鳳(はせお)の死後に斗羅畏さんの仲間になったように。
斗羅畏さんは子どもの頃から、喧嘩した相手と友だちになれる人だったんだな。
って、うちの翔霏も斗羅畏さんとかなり激しくやり合ってましたからね。
「地元のツレと大人になって偉くなっても一緒に仕事してるって、良いよなあ」
「メエァ~」
故郷大好き代表のような軽螢が言う。
斗羅畏さんがどういう少年だったのかという過去と、斗羅畏さんがどういう首領であるかという現在は、密接に繋がっているのだ。
人に歴史ありと言うか、積み重ねた日々がその人を支えるのだよな。
私もそんな大人になりたいワよ。
しかし、私たちがそんなほっこり昔話で癒されているとき。
お酒が進んで来たこの席のホストである重鎮さんは、車座で飲食している私たちにだけ聞かせるように、声を潜めてこうも言ったのだ。
「突骨無(とごん)……いや、今は大統サマか。あいつはガキの頃に、喧嘩で負けても親父の阿突羅は助けてくれないということを早くから悟って、喧嘩をしねえ道を選んだ。身の回りで問題が起きれば、だいたいは口で、話し合いで大人を味方に付けて解決しちまった」
「話し合いは大事だよ。怪我するよりよっぽどいいじゃん」
軽螢は突骨無さんの責任や立場にも理解できるところがあるようで、そう弁護した。
神台邑(じんだいむら)でも毎日のように、なにか問題はないか、どうしたら解決できるだろうかを丁寧に話し合っていたからね。
しかし重鎮さんは別のことを言いたいようで、軽く首を振って続けた。
「多くの連中は、突骨無は賢くて争いを嫌う、人の心がわかる子だと言ったもんだが、俺はそうは思わねえのよ。確かに言葉で丸め込まれた連中は、突骨無に心を掴まれた気になるだろうさ。しかしあいつが仲間のために、白髪部(はくはつぶ)の同胞のために自分の血や汗を流しまくったところを、俺は見たことがねえんだ」
「ふむ……」
突骨無さんに会ったときのことを、翔霏は思い出しているように見えた。
言われてみれば確かに、自分は危難から避けつつ物事を上手く運ぼうとしている様子が見受けられたかもしれない。
大統選挙の段取りがあったのは事実としても、突骨無さんだって斗羅畏さんに協力し肩を並べて、覇聖鳳率いる青牙部の荒くれものたちに立ち向かっても良かったはずだ。
口では、覇聖鳳にぶつかってみたかった、なんて言っていたけれど。
それができる立場にありながら、突骨無さんは決してそうしなかった。
重鎮さんは渋く厳しい顔つきで言う。
「今まで誰にも言わず秘密にしていたが、阿突羅の親分も生前に俺と同じ意見を持っていた。人の心が掴めることと、人のために血と汗を流すことは別なのだ、ってな。斗羅畏は他人のために自分の血を流せる。しかし突骨無は、他人を思いやってはいるんだろうが、決して自分の血は流さねえ。些細な違いだと思うか?」
「いえ、大きな違いだと、私は思います」
重鎮さんに言われて、詳しく教えて貰えて、ようやく気付いた。
私は突骨無さんにプロポーズされたとき、ノータイムでお断りしてしまったのだけれど。
喪女の私がイケメンにプロポーズされたというのに、即断即決で拒否できた理由は、爽やかイケメンは私の趣味じゃないという以上に。
「この人は、決して私のために死んでくれない」
そう直感したからだったのだ。
私は夢見る乙女なので、結婚する以上は「この人のためなら死ねる」と思える相手を選びたい。
もちろん相手にも「麗央那のためならいくらでも死んでやる」と思って欲しいよ。
そうでない相手に人生を捧げるような虚無なことは、お断わりなのだ。
「ところで靴を盗まれた方の斗羅畏のダチ公はどうなった? 今も斗羅畏の幕僚にいるのか? よほど昵懇の仲なら、デカい部隊の隊長さんかなにかかね」
夜も更けた。
面白い話の幕引きに椿珠さんが、〆の質問を投げかける。
重鎮さんはちびりと濃い蒸留酒を舐め、湿った息で言ったのだ。
「斗羅畏の初陣に付き添って、死んだよ。尾州(びしゅう)の乱の余波で白髪部の境界にも賊が出入りしてた頃だ。落馬した斗羅畏を敵から庇ってな」
ぐぅ、と靴泥棒の青年武官が、俯いて涙を落とした。
ああ、靴を盗まれて、取り返すぞと斗羅畏さんが怒ってくれた、名も知らぬその彼は。
斗羅畏さんのために、死ぬことができたのだな。
哀しいことなのに、私はそれを羨ましいと思ってしまうのだった。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
転生後はゆっくりと
衣更月
ファンタジー
貧しい集落で生まれたリリは、生まれた瞬間から前世の記憶があった。
日本人特有の”配慮”に徹した赤ん坊を演じていたことで、両親から距離を置かれた挙句、村人からも「不気味な子」として敬遠されることに…。
そして、5才の誕生日に遠くの町に捨てられた。
でも、リリは悲観しない。
前世の知識チートは出来ないけど、大人メンタルで堅実に。
目指すは憧れのスローライフが出来るほど、ほどほどの守銭奴としてリリは異世界人として順応していく。
全25話(予定)
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
短編)どうぞ、勝手に滅んでください。
黑野羊
恋愛
二度も捨てられた聖女です。真実の愛を見つけたので、国は救いません。
あらすじ)
大陸中央にあるルオーゴ王国で、国を守る結界を維持してきた聖女ロザリア。
政略のため王太子と婚約していた彼女は、突如『真の聖女』が現れたとして婚約を破棄され、聖女の座を追われてしまう。さらに、代わりに婚姻しろと命じられた聖騎士からも拒絶され、実家にも見捨てられたロザリアは、『最果ての修道院』へと追放された。
けれど彼女はそこで、地位や栄光、贅沢などとはほど遠い、無条件に寄り添ってくれる『真実の愛』と穏やかな日々を手にいれる。
やがて聖女を失った王国は、崩壊へ向かっていき――。
ーーー
※カクヨム、なろうにも掲載しています
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる