神聖国 ―竜の名を冠する者―

あらかわ

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1.  邂逅

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 宿屋の窓から見える満月を眺め、隻眼の少年は小さく溜め息を吐いた。
 
 この村の近くにある《迷いの森》と呼ばれる場所を調査し始めてから、既に五日が経った。
 しかし、魔法使いに至る手掛かりは何一つ見つけられず、森を訪れるその他大勢の旅人と同じように、森に入っては元いた場所に戻されることを繰り返すのみであった。
 その仕掛けを生み出す魔道具の類などがあるのだろうか、と周囲を手分けして一通り見て回ったりもしたが、その行動も結局は無意味なものとなり、それすらも巧妙に隠されているのであれば、森に住む魔法使いの腕はどれほどのものだろうかと期待もした。

 だが、会うことができないのであればその期待も意味がない。

 これだけの時間をかけたのにも関わらず成果がまるでないとなると、途端に自分の発案にのって集まってくれた仲間に申し訳なさが募り、少年は皆に《アノニマス》の調査に戻るよう指示を出した。
 次の襲撃までに自分がなんとか魔法使いを引き入れると約束したのは昨日のことで、この村には今、自分を含めた五人だけが残っている状態だった。

 少年は両手で頬を挟むように叩いた。
「……なんとか、しなくちゃ」
 声は焦りを帯びていた。
 
 数日前に突として、自分が属する《クエレブレ》という義勇兵で創られた組織のリーダーに任命された。
 前リーダーの意志であったそうだが、彼にとっては青天の霹靂であった。

 指示を待つ側から指示をする側へ、命を預ける側から命を預かる側へ、それはとてつもない重圧だった。
 仲間の前ではそれを悟らせないようにしているが、不意に一人になった時に怖くなるのだ。
 自分の判断の所為で、もし仲間を失うことになったら、と。
 それは手足が冷たくなるほどの恐怖だった。

 少年は気付かず震えていた手をぎゅっと握りしめた。

 そんな不安を少しでも解消するために、やはり強力な魔法使いの手助けが不可欠だ。
 森に住む魔法使いの協力が得られれば、きっと一人でも多くの人を助けることができるだろう。

 そう思うとやはり休むことすら惜しくなり、少年は外していた眼帯を傷の残る左目につけ直し、少し長い茶色の髪を後ろで一つに縛った。
 そして、短剣を腰のホルダーに仕舞い、前リーダーから譲り受けた長剣を背中に担ぐと一も二もなく部屋を飛び出した。

 夜も更けていたため周囲は静かで、虫の声が鮮明に聞こえるほどであった。
 半分寝ている状態の宿の受付に、少し出ますと小声で伝えて少年は静々と外へと向かった。

 あたりは薄暗いが、月明かりのおかげか目が暗闇に慣れるとそれほど視界に困ることはなかった。
 そのまま一人森の方へ足を進め、途中の湖の前で思わず足を止めた。
 真昼に通った時は別段気にもしなかったその場所に、目を疑うほどの幻想的な風景が広がっていた。
 
 小さな湖面はまるで鏡のように満月を映し出し、そこだけ一層明るく神秘的に見えた。
 蛍が飛んでいる姿は、星が降っているのかのように瞬き、地上に果てしなく夜空があるかのように錯覚させられた。
 
 その風景に我を忘れて見入っていると、対岸に倒れている人影を見留め、少年は慌てて駆け寄った。

「っ大丈夫ですか!?」
 
 少年は傍らに膝をつき、状態を確認するためにその人を仰向けに倒した。
 顔にかかる長い髪を手で払って顔を覗き込み、そして息を呑んだ。

 とても美しい少女だった。

 目を閉じてぴくりとも動かない様子は、まるで精巧に造られた人形のように見えて、少年は思わず息をしているか確認してしまった。

「……生き、てる」

 安堵か驚きなのか分からない声が漏れた。
 ぱっと見た感じ外傷はない、年の頃は“見た目だけなら”少年と同じぐらいに見える。
 
 少年は一度周囲を見回した。
 少女の持ち物などは見当たらず、少女以外の人が近くにいるような気配もない。
 この幻想的な場所が酷く似合う少女をどうするのが正解なのか一瞬考え、このまま置いていくのはさすがにダメだろう、とすぐに結論を出した。
 少年は壊れ物でも扱うかのようにそっと少女を横抱きに抱えて、足早に来た道を引き返した。

 今少年が滞在しているアンカナはとても小さな村だ。
 医者がいるかも分からなければ、医者がいたとして、怪我も見当たらない少女をこの時間に診てくれる可能性も低い。
 そう思考を巡らせ、少年は取り敢えず宿屋に戻ることにした。

 自分の腕の中の存在を慮り、急ぎながらもいつもより慎重に走り、行きよりも少しだけ時間をかけて辿り着いた宿の受付には、出た時と全く同じ姿勢で寝息を立てる中年の男性が座っていた。

「……あの、すみません」
「んん? ふぁあ、あぁ、どうした?」
「部屋って、もう一つ空いていますか?」
「んー、今日はもう空いてないねぇ」
「一人だけなんですけど、どうしても無理ですか?」
「……お客さん五人で三部屋取ってなかったか? 一人増えてもベッドなら足りるだろう」
「それは、そうなんですけど……」
 
 受付の者はまたすぐにでも夢の世界に行ってしまいそうだった。
 自分たちは男性だけのグループだから、と少年が伝えても理解したのかしていないのか、男はうんうんと頷くだけであった。
 会話が続かなくなると、半分だけ開けてくれていた目蓋も次第に落ちていき、少年が言い淀んでいる内に完全に閉じてしまった。
 少年は途方に暮れながら、取り敢えず腕の中の少女を休ませよう、と抱え直して二階にある自分の部屋へと上がった。

 少年はリーダーだという理由で、一人で部屋を使わせて貰っていた。
 使っていないベッドなら確かに自分の部屋にある、と一先ずそこに少女を寝かせた。

 それならば、自分が一緒にこの部屋で休むわけにもいかない。
 そう考えて、すぐに部屋を出て隣の部屋の扉をノックした。
 中から眠たそうな声が聞こえ、少年は罪悪感を覚えながらも他に方法がなかったのだ、と心の中で言い訳をした。

「――ふぁ……誰?」
「夜遅くにごめん、テイトだけど」

 名前を名乗ると素早く扉が開かれ、中から寝癖をそのままに若い男が顔を覗かせた。

「テイト? え、どうした? 緊急事態?」
「緊急事態と言えば緊急事態、かな。……悪いんだけど、今日こっちの部屋で休ませてほしいんだ」
「え? 何かあったのか?」
 
 目を白黒させる男に、テイトは歯切れ悪く返すしかなかった。

 正直、朝起きて部屋に戻った時、あの少女が消えていても可笑しくないと思うぐらいに、眠る彼女は恐ろしく浮き世離れしていた。
 今彼に事情を説明して、明日の朝もし彼女の姿がなかったら、仲間達に自分の頭を心配されるのではないかという懸念があった。

「え、と、明日の朝説明する。床でいいから今日だけお願い」
「……別に俺は構わないけど」
 
 状況を把握できないままでいた男も次第に余裕が出てきたのか、怖い夢でも見た?それとも、大きな虫でも入ってきた?と笑いかけながら中に招き入れ、テイトはそれに苦笑を返した。

 部屋に入ると、もう一人の同室者も笑顔でテイトを迎え入れた。
 遠慮するテイトを余所に、ベッドをくっつければ三人で寝られる、と二人はベッドを寄せてテイトも横になるよう伝えた。
 
 申し訳なさ半分、感謝半分でテイトもベッドに潜り込み、三人で話をしている内にその日はいつの間にか眠りについていた。
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