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SIDE. 森の魔法使い 1
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「――っ」
「どうしたんですの?」
突然動きを止めて顔を強張らせた少年に、黄色い髪を持つ少女は不思議そうに尋ねた。
少年は何かを考えるように口元に片手を当て、不意に立ち上がった。
「……侵入者だ」
「っ、もしかして研究所の追っ手ですの?」
「分からない」
(……研究所は一年半前に何者かに襲撃されたと聞いたが、今更ここに?)
少年は不安げに赤い瞳を揺らす少女を見つめた。
「取り敢えず、様子を見てくる。ナナは中にいろ」
「……分かりましたわ。シン様、お気をつけて」
シンと呼ばれた少年はその言葉に一つ頷き、堂々とした佇まいで扉を潜った。
シンとナナは元々国立魔法研究所に属する研究者とそこの被験者であった。
しかし、研究所のやり方に疑問を持ったシンは、自分の研究資料を破棄してナナと共にそこから逃げ出したため、今では逃亡者という立場だった。
研究所は大切な被験者であるナナを連れ戻そうと幾人も追っ手を送ってきたが、シンは東へ東へと歩みを進めながらそれらを撒き、ここアンカナへと辿り着いた。
その近くに位置するこの森に人避けの魔法を施して隠れ住むようになって、もうかれこれ三年近くになる。
この森に訪れる者を幾度も追い払い、侵入を試みる者が目に見えて少なくなった時、風の噂で研究所が襲撃されて無くなったと耳にした。
その真偽不明の噂を手放しで信じることは勿論なかったが、その後確かに研究所の関係者が近付くようなことはなくなり、更に噂が真実なのだという確認を経て、この一年半は安穏な生活を送っていた。
それでも、警戒を怠ることなく人避けの魔法は継続してかけ続けた。
そんな折、シンは数日前から何者かが森に入ろうと画策していることに気が付いた。
今までも興味本位で侵入しようとする者がいたが、その全てがその日の内に諦めて去るのが常であった。
しかし、今回の人物は諦めるどころか何度も中に入ろうと企て、今日でとうとう六日目となる。
その執念に感心しながらも、自分の魔法が破られることはないと高を括っていた。
その結果がこれか、とシンは唇を噛んだ。
自分の魔法を意に介すことなく侵入できる者、それはつまり自分以上の魔導士であることは間違いない。
彼らの中にそれほどの力を持った者がいたのか、とシンは緊張から来る震えを拳を握り込むことで隠した。
森は自分の魔力で満ちている。
地理的優位にあるのは自分で間違いないのだと言い聞かせ、シンは侵入者の元へと急いだ。
侵入者は真っ直ぐに進んでいたが、徐に立ち止まったようである。
自分が向かっていることが分かったのか、それとも別の理由か。
考えながら、シンの足取りは自然と速くなった。
十分もかからずに辿り着いた場所で、先ずは草木の陰に隠れて侵入者を観察した。
外套を頭から目深にすっぽりと被り、顔も分からなければ、性別すらも分からない。
入ってきた方を向いて立ち尽くすその人物に、シンはしっかり距離を取って声を掛けた。
魔法はいつでも発動はできる状態だった。
「――おい」
その声に侵入者はびくりと体を揺らし振り返った。
本当に驚いているのか、演技なのか、今のシンにはまだ判断できなかった。
「どうやって中に入った」
「……私にも、分かりません」
澄んだ高い声には戸惑いが滲んでいた。
そこでようやく、侵入者が女であることだけが分かった。
はぐらかそうとしているのか、とシンは語気を強めた。
「俺は人避けの魔法をかけていた。どうやってそれをかいくぐったのか訊いてる」
「すみません、本当に分からないんです」
情報を渡す気のない返答に、おちょくられているのだろうかとシンは眉根を寄せた。
相手の力量は分からないが、今のところ攻撃の意図は感じられない。
ならば魔法を使われる前に先に脅しをかけようとシンは魔法を発動させた。
刹那、シンの周囲の草木が生き物のように動き出し、蔦のように侵入者の方へとその先を伸ばした。
侵入者は驚き困惑した様子で殆ど抵抗もないままに捕まり、近くの木に固定したその衝撃時に短い悲鳴をあげただけだった。
思いの外あっさりと拘束された侵入者に少しの疑問を覚えながらも、油断を誘うつもりかも知れない、とシンは気を引き締めた。
「言え、どういうつもりでここに来た」
「っ勝手に入ってしまったことは謝ります。私も入口に戻されると思っていたんです」
尚も同じことを繰り返され、シンは眉を顰めた。
魔法はたとえ拘束されていても発動が可能だ。
この侵入者がシンを攻撃しようと思えば、今この瞬間でも可能なはずなのだ。
だからこそ、ここまでしても反撃の素振りすら見せないのは流石に可笑しい。
シンは懐疑心を抱きながら、侵入者に近付いた。
相手に触れて、目を見て魔法で探れば嘘をついているかどうかはすぐに分かる、とシンは先ず侵入者の顔を隠すフードをはぎ取った。
布の中から現れたのは、容姿端麗な少女だった。
近付く手に怯えたのか、顔を逸らして目を固く瞑っている姿は、庇護欲をかき立てられる程だ。
“外見だけであれば”自分とそう年齢は変わらないように見えるその少女に、シンは一瞬言葉を失って固まってしまった。
訪れた沈黙に少女は恐る恐る目を開き、シンはその瞳の色を見て更に驚いた。
「……竜の子、か」
少女は怯えと困惑を瞳に映しながらも、しっかりとシンを見据えていた。
シンは少女の顎に手を遣り、なるべく力を入れないようにしながら、自分の方に向けて固定した。
「……もう一度訊く。どうやって森に入った? その目的は?」
「……分かりません。私は、入れないと聞いていたので、試してみただけです」
少女の瞳は不安で揺れた、本当にただそれだけだった。
「……嘘じゃなさそうだ」
シンが少女から一歩離れ草木にかけていた魔法を解くと、少女は支えを失って地面に座り込んだ。
シンは嘘を吐いていなかった少女を脅してしまったことに罪悪感を覚え、少女の目線と同じ高さにしゃがみ込んだ。
「手荒な真似をして、悪かった」
少女は自身を落ち着けるように一度深く息を吐くと、シンの目を真っ直ぐに見据えた。
「……分かって頂けて良かったです。こちらこそ、勝手に入ってしまって申し訳ありませんでした」
攻撃した相手に対して物怖じせずに受け答えする様子に、見た目に反して随分肝の据わった少女だと思いながらシンは右手を差し出した。
少女はその手に視線を向けると、控えめに自身の右手を重ねた。
その華奢な白い手に更に罪悪感を募らせながら力を入れて引き上げて、予想よりも遙かに軽く立ち上がった少女を支えた後にシンは一歩後退した。
そして次は怖がらせないよう気を遣いながら声をかけた。
「俺はこの森に魔法をかけてる。通常なら誰も入ることができない筈だ。どうして入れたか心当たりはあるか?」
少女は考えるように一度目を伏せ、やはり同じ言葉を繰り返した。
「……分かりません」
「そうか」
これじゃ堂々巡りだなと思いながらも、シンも自分の魔法が破られた以上、分からないでは納得がいかなかった。
「あんた、魔道士なんだろ。どういう魔法をかけた」
「……かけた覚えはないのですが」
少女は言い淀みながら自分の手に視線を落とし、シンは催促するように少女を見つめた。
少女は考えるように暫く沈黙したが、徐にシンの方に目を向けると外套から左腕を出して裾を捲りあげた。
「これがあると、無意識に使えたりするのでしょうか?」
シンはその腕から、正確にはその左腕に刻まれた藤色の刺青から目が離せなくなった。
シンにとって刺青は、とても重要な意味を持つものだったからだ。
「……これをどこで?」
「すみません、それも分からないんです」
「分からない?」
シンは少女の左手首を掴んで引き寄せた。
気配を探ってみたが嘘を言っていないことを知り、訝しげに目を細めた。
ただ、シンの中では一つの結論が出ていた。
「あんた、研究所にいたのか?」
「研究、所?」
少女は首を傾げた。
心底分からないといった表情に、シンは焦れたように詰め寄った。
「そこで、刺青を入れられたんだろ?」
「すみません、何を仰っているのか……」
少女はシンの剣幕に一歩後退った。
そこでシンははっと気付き少女の左手を放した。
彼女が何一つ嘘を吐いていないことはもう十分に分かっていた。
「悪い」
「いえ、あの……私、貴方の問いには殆ど答えられないかと思います」
「どういうことだ?」
少女は言いづらそうに目を伏せた。
「私、記憶が少し曖昧で、覚えていないことの方が多いんです」
ごめんなさいと続ける少女の声を聞きながら、シンは確信した。
この少女も、あの研究所の被害者であると。
自分が所属していた研究所は、非人道的なことも平気で行っていた。
その中でも魔法創造の研究では、《竜の子》を使った研究が日々繰り返されていたと聞く。
彼女が《竜の子》であることに加えて刺青をも入れているのであれば、それは十中八九研究所の犠牲者で間違いないのだ。
そうだとしたら、魔力が高いのは当然で、自分の仕掛けを突破された理由もある程度納得がいった。
そして、記憶が曖昧という発言も、実験によって脳に何らかの障害がもたらされた可能性があり得ると思ったのだ。
一つ疑問が残るとすれば、研究所は一年半前に崩壊し、今は見る影もないという。
何故今この少女がここに現れたのか。
それだけだった。
それでも、とシンは少女の左腕に目を向けた。
刺青がある以上、たとえ研究所が関係ないとしても、彼女が“自分の犠牲者”であることは事実だった。
それだけ分かれば、十分だった。
「……名前は?」
「レンリと申しますが、それが自分の名前だったのかも定かではありません」
「そう、か。俺はシンだ」
シンの言葉から刺々しい雰囲気が消えて、レンリは戸惑ったように小首を傾げた。
「レンリ、行く当てはあるのか?」
「……それも今の私では分かりませんが」
「じゃあ、ここに来たのも何かの縁だ、俺があんたを保護しよう。その刺青があるんだ、責任は取る」
シンが背を向けて着いてこいと促すと、レンリは焦ったような声を上げた。
「待ってください」
「なんだ?」
レンリは胸の前で手を握りしめ、真剣な瞳でシンを見つめた。
「シン様は、この森に住む魔法使いなんですよね」
「あぁ、そうだが……シンでいい、様付けは柄じゃない」
「会って欲しい方がいるんです」
「……誰だ?」
「私をこの森に案内してくれた方なのですけれど、魔法使いの協力が欲しくて、貴方を探しているようでした。ただ、この森に入ることができずに困っていらして、一度会って頂けませんか?」
シンはその言葉を聞き、考える素振りを見せながら呟いた。
「……クエレブレとかいう奴らか?」
「ご存じなんですか?」
レンリが目を瞠って肯定したため、シンはうんざりした表情で息を吐いた。
「何度も入ろうしてくる奴らがいれば、当然調べる。レンリとはどういう関係なんだ?」
「……昨夜、倒れていたところを助けてくださったと聞いています」
「それだけ、だな。だったら、あんたが気を利かす必要はどこにもない」
行こう、と興味をなくしてまた背を向けて歩き出すと、弱い力で裾を引っ張られる感覚があった。
「待ってください、せめて一度お話だけでも」
「どうしてそこまで肩入れする? 昨日会ったばかりの奴なんだろう」
シンの問いかけに、レンリは強い眼差しで答えた。
「会ったばかりですが、優しい方とお見受けしました。助けて頂いたことのお礼をしたいと思うことは、間違っていますか?」
「だけど、俺は奴らの仲間になる気はない。だったら、会って期待させるだけ無駄だろう」
「それならば、直接お話しして伝えてください。会うことも叶わなければ、諦めることもできません」
レンリの必死な様子に、シンは目を細めた。
「まぁ、それも一理あるな……」
では、と声を弾ませるレンリを尻目に、シンは声を抑えた。
「会うにしても、一度帰らせてくれ。遅いと心配する奴がいるから」
取り敢えず一緒に来てくれ、とシンが森の奥へと歩みを進めると、レンリが不安気に一度自分の来た道を振り返ったのが分かった。
間もなくして背後から駆け寄る足音が聞こえてきたため、シンは人知れず息を吐いた。
「どうしたんですの?」
突然動きを止めて顔を強張らせた少年に、黄色い髪を持つ少女は不思議そうに尋ねた。
少年は何かを考えるように口元に片手を当て、不意に立ち上がった。
「……侵入者だ」
「っ、もしかして研究所の追っ手ですの?」
「分からない」
(……研究所は一年半前に何者かに襲撃されたと聞いたが、今更ここに?)
少年は不安げに赤い瞳を揺らす少女を見つめた。
「取り敢えず、様子を見てくる。ナナは中にいろ」
「……分かりましたわ。シン様、お気をつけて」
シンと呼ばれた少年はその言葉に一つ頷き、堂々とした佇まいで扉を潜った。
シンとナナは元々国立魔法研究所に属する研究者とそこの被験者であった。
しかし、研究所のやり方に疑問を持ったシンは、自分の研究資料を破棄してナナと共にそこから逃げ出したため、今では逃亡者という立場だった。
研究所は大切な被験者であるナナを連れ戻そうと幾人も追っ手を送ってきたが、シンは東へ東へと歩みを進めながらそれらを撒き、ここアンカナへと辿り着いた。
その近くに位置するこの森に人避けの魔法を施して隠れ住むようになって、もうかれこれ三年近くになる。
この森に訪れる者を幾度も追い払い、侵入を試みる者が目に見えて少なくなった時、風の噂で研究所が襲撃されて無くなったと耳にした。
その真偽不明の噂を手放しで信じることは勿論なかったが、その後確かに研究所の関係者が近付くようなことはなくなり、更に噂が真実なのだという確認を経て、この一年半は安穏な生活を送っていた。
それでも、警戒を怠ることなく人避けの魔法は継続してかけ続けた。
そんな折、シンは数日前から何者かが森に入ろうと画策していることに気が付いた。
今までも興味本位で侵入しようとする者がいたが、その全てがその日の内に諦めて去るのが常であった。
しかし、今回の人物は諦めるどころか何度も中に入ろうと企て、今日でとうとう六日目となる。
その執念に感心しながらも、自分の魔法が破られることはないと高を括っていた。
その結果がこれか、とシンは唇を噛んだ。
自分の魔法を意に介すことなく侵入できる者、それはつまり自分以上の魔導士であることは間違いない。
彼らの中にそれほどの力を持った者がいたのか、とシンは緊張から来る震えを拳を握り込むことで隠した。
森は自分の魔力で満ちている。
地理的優位にあるのは自分で間違いないのだと言い聞かせ、シンは侵入者の元へと急いだ。
侵入者は真っ直ぐに進んでいたが、徐に立ち止まったようである。
自分が向かっていることが分かったのか、それとも別の理由か。
考えながら、シンの足取りは自然と速くなった。
十分もかからずに辿り着いた場所で、先ずは草木の陰に隠れて侵入者を観察した。
外套を頭から目深にすっぽりと被り、顔も分からなければ、性別すらも分からない。
入ってきた方を向いて立ち尽くすその人物に、シンはしっかり距離を取って声を掛けた。
魔法はいつでも発動はできる状態だった。
「――おい」
その声に侵入者はびくりと体を揺らし振り返った。
本当に驚いているのか、演技なのか、今のシンにはまだ判断できなかった。
「どうやって中に入った」
「……私にも、分かりません」
澄んだ高い声には戸惑いが滲んでいた。
そこでようやく、侵入者が女であることだけが分かった。
はぐらかそうとしているのか、とシンは語気を強めた。
「俺は人避けの魔法をかけていた。どうやってそれをかいくぐったのか訊いてる」
「すみません、本当に分からないんです」
情報を渡す気のない返答に、おちょくられているのだろうかとシンは眉根を寄せた。
相手の力量は分からないが、今のところ攻撃の意図は感じられない。
ならば魔法を使われる前に先に脅しをかけようとシンは魔法を発動させた。
刹那、シンの周囲の草木が生き物のように動き出し、蔦のように侵入者の方へとその先を伸ばした。
侵入者は驚き困惑した様子で殆ど抵抗もないままに捕まり、近くの木に固定したその衝撃時に短い悲鳴をあげただけだった。
思いの外あっさりと拘束された侵入者に少しの疑問を覚えながらも、油断を誘うつもりかも知れない、とシンは気を引き締めた。
「言え、どういうつもりでここに来た」
「っ勝手に入ってしまったことは謝ります。私も入口に戻されると思っていたんです」
尚も同じことを繰り返され、シンは眉を顰めた。
魔法はたとえ拘束されていても発動が可能だ。
この侵入者がシンを攻撃しようと思えば、今この瞬間でも可能なはずなのだ。
だからこそ、ここまでしても反撃の素振りすら見せないのは流石に可笑しい。
シンは懐疑心を抱きながら、侵入者に近付いた。
相手に触れて、目を見て魔法で探れば嘘をついているかどうかはすぐに分かる、とシンは先ず侵入者の顔を隠すフードをはぎ取った。
布の中から現れたのは、容姿端麗な少女だった。
近付く手に怯えたのか、顔を逸らして目を固く瞑っている姿は、庇護欲をかき立てられる程だ。
“外見だけであれば”自分とそう年齢は変わらないように見えるその少女に、シンは一瞬言葉を失って固まってしまった。
訪れた沈黙に少女は恐る恐る目を開き、シンはその瞳の色を見て更に驚いた。
「……竜の子、か」
少女は怯えと困惑を瞳に映しながらも、しっかりとシンを見据えていた。
シンは少女の顎に手を遣り、なるべく力を入れないようにしながら、自分の方に向けて固定した。
「……もう一度訊く。どうやって森に入った? その目的は?」
「……分かりません。私は、入れないと聞いていたので、試してみただけです」
少女の瞳は不安で揺れた、本当にただそれだけだった。
「……嘘じゃなさそうだ」
シンが少女から一歩離れ草木にかけていた魔法を解くと、少女は支えを失って地面に座り込んだ。
シンは嘘を吐いていなかった少女を脅してしまったことに罪悪感を覚え、少女の目線と同じ高さにしゃがみ込んだ。
「手荒な真似をして、悪かった」
少女は自身を落ち着けるように一度深く息を吐くと、シンの目を真っ直ぐに見据えた。
「……分かって頂けて良かったです。こちらこそ、勝手に入ってしまって申し訳ありませんでした」
攻撃した相手に対して物怖じせずに受け答えする様子に、見た目に反して随分肝の据わった少女だと思いながらシンは右手を差し出した。
少女はその手に視線を向けると、控えめに自身の右手を重ねた。
その華奢な白い手に更に罪悪感を募らせながら力を入れて引き上げて、予想よりも遙かに軽く立ち上がった少女を支えた後にシンは一歩後退した。
そして次は怖がらせないよう気を遣いながら声をかけた。
「俺はこの森に魔法をかけてる。通常なら誰も入ることができない筈だ。どうして入れたか心当たりはあるか?」
少女は考えるように一度目を伏せ、やはり同じ言葉を繰り返した。
「……分かりません」
「そうか」
これじゃ堂々巡りだなと思いながらも、シンも自分の魔法が破られた以上、分からないでは納得がいかなかった。
「あんた、魔道士なんだろ。どういう魔法をかけた」
「……かけた覚えはないのですが」
少女は言い淀みながら自分の手に視線を落とし、シンは催促するように少女を見つめた。
少女は考えるように暫く沈黙したが、徐にシンの方に目を向けると外套から左腕を出して裾を捲りあげた。
「これがあると、無意識に使えたりするのでしょうか?」
シンはその腕から、正確にはその左腕に刻まれた藤色の刺青から目が離せなくなった。
シンにとって刺青は、とても重要な意味を持つものだったからだ。
「……これをどこで?」
「すみません、それも分からないんです」
「分からない?」
シンは少女の左手首を掴んで引き寄せた。
気配を探ってみたが嘘を言っていないことを知り、訝しげに目を細めた。
ただ、シンの中では一つの結論が出ていた。
「あんた、研究所にいたのか?」
「研究、所?」
少女は首を傾げた。
心底分からないといった表情に、シンは焦れたように詰め寄った。
「そこで、刺青を入れられたんだろ?」
「すみません、何を仰っているのか……」
少女はシンの剣幕に一歩後退った。
そこでシンははっと気付き少女の左手を放した。
彼女が何一つ嘘を吐いていないことはもう十分に分かっていた。
「悪い」
「いえ、あの……私、貴方の問いには殆ど答えられないかと思います」
「どういうことだ?」
少女は言いづらそうに目を伏せた。
「私、記憶が少し曖昧で、覚えていないことの方が多いんです」
ごめんなさいと続ける少女の声を聞きながら、シンは確信した。
この少女も、あの研究所の被害者であると。
自分が所属していた研究所は、非人道的なことも平気で行っていた。
その中でも魔法創造の研究では、《竜の子》を使った研究が日々繰り返されていたと聞く。
彼女が《竜の子》であることに加えて刺青をも入れているのであれば、それは十中八九研究所の犠牲者で間違いないのだ。
そうだとしたら、魔力が高いのは当然で、自分の仕掛けを突破された理由もある程度納得がいった。
そして、記憶が曖昧という発言も、実験によって脳に何らかの障害がもたらされた可能性があり得ると思ったのだ。
一つ疑問が残るとすれば、研究所は一年半前に崩壊し、今は見る影もないという。
何故今この少女がここに現れたのか。
それだけだった。
それでも、とシンは少女の左腕に目を向けた。
刺青がある以上、たとえ研究所が関係ないとしても、彼女が“自分の犠牲者”であることは事実だった。
それだけ分かれば、十分だった。
「……名前は?」
「レンリと申しますが、それが自分の名前だったのかも定かではありません」
「そう、か。俺はシンだ」
シンの言葉から刺々しい雰囲気が消えて、レンリは戸惑ったように小首を傾げた。
「レンリ、行く当てはあるのか?」
「……それも今の私では分かりませんが」
「じゃあ、ここに来たのも何かの縁だ、俺があんたを保護しよう。その刺青があるんだ、責任は取る」
シンが背を向けて着いてこいと促すと、レンリは焦ったような声を上げた。
「待ってください」
「なんだ?」
レンリは胸の前で手を握りしめ、真剣な瞳でシンを見つめた。
「シン様は、この森に住む魔法使いなんですよね」
「あぁ、そうだが……シンでいい、様付けは柄じゃない」
「会って欲しい方がいるんです」
「……誰だ?」
「私をこの森に案内してくれた方なのですけれど、魔法使いの協力が欲しくて、貴方を探しているようでした。ただ、この森に入ることができずに困っていらして、一度会って頂けませんか?」
シンはその言葉を聞き、考える素振りを見せながら呟いた。
「……クエレブレとかいう奴らか?」
「ご存じなんですか?」
レンリが目を瞠って肯定したため、シンはうんざりした表情で息を吐いた。
「何度も入ろうしてくる奴らがいれば、当然調べる。レンリとはどういう関係なんだ?」
「……昨夜、倒れていたところを助けてくださったと聞いています」
「それだけ、だな。だったら、あんたが気を利かす必要はどこにもない」
行こう、と興味をなくしてまた背を向けて歩き出すと、弱い力で裾を引っ張られる感覚があった。
「待ってください、せめて一度お話だけでも」
「どうしてそこまで肩入れする? 昨日会ったばかりの奴なんだろう」
シンの問いかけに、レンリは強い眼差しで答えた。
「会ったばかりですが、優しい方とお見受けしました。助けて頂いたことのお礼をしたいと思うことは、間違っていますか?」
「だけど、俺は奴らの仲間になる気はない。だったら、会って期待させるだけ無駄だろう」
「それならば、直接お話しして伝えてください。会うことも叶わなければ、諦めることもできません」
レンリの必死な様子に、シンは目を細めた。
「まぁ、それも一理あるな……」
では、と声を弾ませるレンリを尻目に、シンは声を抑えた。
「会うにしても、一度帰らせてくれ。遅いと心配する奴がいるから」
取り敢えず一緒に来てくれ、とシンが森の奥へと歩みを進めると、レンリが不安気に一度自分の来た道を振り返ったのが分かった。
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ルークは小さなポーション屋を開き、まずいけどすごい聖水で村人たちを救っていく。その噂は広まり、呪われた女騎士やエルフの薬師など、訳ありな仲間たちが次々と集結。辺境の村はいつしか「癒しの郷」へと発展していく。
一方、ルークを追放した王都では聖女が謎の病に倒れ……。
落ちこぼれ神官の、痛快な逆転スローライフ、ここに開幕!
家の庭にダンジョンができたので、会社辞めました。
希羽
ファンタジー
都内のブラックIT企業で働く社畜・佐藤健太(27歳)。
手取り18万、残業100時間。唯一の資産は、亡き祖母から相続した郊外のボロ戸建てだけ。
「このまま死ぬのかな……」
そう絶望していたある夜、庭の物置の裏に謎の穴が出現する。
そこは、なぜか最弱モンスターしか出ないのに、ドロップアイテムだけは最高ランクという、奇跡のボーナスダンジョンだった。
試しにスライムを叩いたら、出てきた宝石の査定額はなんと――【1,000,000円】。
「……え、これ一個で、俺の年収の3分の1?」
スマホアプリで即換金、ドローン配送で手間いらず。
たった10分の庭仕事で5000万円を稼ぎ出した健太は、翌朝、上司に辞表を叩きつけることを決意する。
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