神聖国 ―竜の名を冠する者―

あらかわ

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【テイトの覚悟 1】 

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 僕が生まれたのは、自然豊かな村だった。

 アステラ公国の南端に位置するこの村は、コルネ村と言う名の、緑に囲まれた小さく平和なところだった。
 小川には無数の小魚が暮らし、畑では季節ごとに異なる作物が育てられた。
 都会のように便利なわけではないけれど、生活するのに不便さを感じることはない。
 太陽の傾きで一日を計るような、そんなのんびりとした時間が流れる場所だった。

 村の中では珍しいことに、僕は魔法を使うことができた。
 父が魔法を使えたため、それが遺伝したのだ。
 父が使う魔法はそんなに大きな力ではなかったが、火をおこしたり、畑に水あげたりするのには便利で、村の人たちによく頼りにされていた。
 村で魔法を使えるのは、村長の家族と、後は父とその力を受け継いだ僕と妹だけだった。

 優しい父母と三つ年下の可愛い妹。
 そんな家族に囲まれて、僕はとても幸せだった。
 魔法を使うには色々なことの原理原則を知る必要があって、僕も幼い妹もまだ魔法を上手く使いこなせない。
 村の外では魔法を使えない者に対する差別もあると聞くが、ここではそんなこともない。

 大人になってもずっとこの村で生きていこう、そう思えるほどに居心地がいい故郷だった。

 そんな幸せが崩壊したのは、忘れもしない、僕が十歳の誕生日を迎える一ヶ月前のことだった。

 その日はいつも通りの朝を迎え、いつも通り家族四人で朝食を食べ、いつも通りに家の手伝いをして、近所の子と遊ぶ予定があるのだと両親に伝えた。

「お兄ちゃん待って、リサも行く!」

 妹は母に赤いリボンで髪をくくられながら焦った声を出した。

「リサ、もう少しだから動かないで」
「でも、お兄ちゃんが行っちゃう!」

 手足を動かして懸命に伝えようとするリサの姿に僕は笑った。

「待ってるから大丈夫だよ」
「ほら、お兄ちゃんもあぁ言ってるでしょ」
 よし、できたと母に言われて、妹は急ぎ足でこちらへ向かってきた。

「お兄ちゃんお待たせ。どう? 可愛い?」

 僕の前でくるりと回って見せたリサは得意げに笑った。
 頭の高い位置で蝶々結びにされた細めの赤いリボンは明るい妹に似合って、素直に可愛いと思った。

「うん、とっても可愛いよ」

 えへへと嬉しそうに笑う妹を連れて外に出ようとすると、昼ご飯には一度帰っておいでと母から声がかかった。
 それに二人で返事をして、駆け足で集合場所へと向かった。

 そこにはもう数人の友達が集まっていた。
 おはようと挨拶を交わしながら、今日は何をするかと相談する。
 外の野原に探索に行くことになって、年上の子を先頭にしてわいわいと出かけた。
 途中で花を摘んだり、虫を捕ったり、食べられる野草を集めたりと過ごし、異変に気付いたのは出かけて一時間もしない頃だった。

「――なんだあれ?」

 誰かが呟く。

 その声の先に視線を向けると、村から黒煙が上がっているのが見えた。
 青い空に白い雲、地には青々とした緑が広がる中で、その色だけが尋常ではなくとても不気味に思えた。
 誰もがその非日常な光景に不安と恐れを募らせる中で、戻って様子を見に行こうとの言葉に皆が頷いた。

 先程までの和気藹々とした雰囲気が嘘みたいに消え去り、緊張感に支配された僕は自身の震えを隠すように妹の手をしっかりと握りしめた。

 村に近付くと、徐々に異様さが鮮明になっていった。
 赤く燃えさかる炎が見え、悲鳴、怒号、そして爆発音が聞こえるようになると、僕たちの歩みはだんだんと遅くなった。
 恐怖心から泣き出す子もいた。
 思わず全員足を止めて、村から少し離れた草陰に身を隠した。

 絶対におかしい、嫌なことが起こっているに違いない。
 それだけは分かった。

 リサを見ると、大きな瞳に涙を浮かべ、それでも声を上げないようにぎゅっと唇をかんでいた。
 その様を見て、自分が怖がっている場合じゃないと心の中で己を叱咤した。

 不意に村の方から見知った人影が走ってきた。
 僕より一つ上の男の子は、その人の前に立ちはだかった。

「おじさん! 一体何があったの?」

 よくよくおじさんを見てみると、どこか怪我をしているのか腕からは血が流れ出ていた。
 女の子達はひっと引きつった声を漏らした。

「ここは危険だ、早く村から離れろ!」

 いつもは穏やかなおじさんが鬼気迫る表情で叫ぶ姿に、皆が圧倒され戸惑った。
 その勢いに男の子が一歩後退った、その時――不意に真っ赤な色が視界を染め上げた。

 一瞬何が起こったのか分からなかった。
 おじさんが前のめりに倒れ込んで初めて、その後ろにもう一人誰かが立っていたことを知った。
 外套を身に纏ったその人影が赤い液体を滴らせた鋭利な物を握っていることに気が付いた時、理解した。

 皆が状況を把握した瞬間、声にならない悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
 僕も恐怖で竦む足を叩いて、そいつから離れるために走り出した。
 しかし十数メートル走ったところで、自分の手が何も掴んでいないことに気が付いた。

「っリサ!?」

 急いで辺りを見回す。

 泣きそうな顔で必死に走る友達の姿、子供を追いかける殺人鬼の姿、そして、村の方に向かって走って行く赤いリボンとポニーテールを揺らす小さな後姿。
 一気に背筋が冷たくなった。

「リサっ、そっちはダメだ!」

 叫ぶが、その声が届いている様子はない。
 僕は震える拳を握りしめて村の方へと引き返した。
 普段であれば、すぐに追いつける距離だった。

 村の中にある家は殆どが燃やされ、村中煙が立ちこめていた。
 視界も悪く、倒壊した瓦礫などが行く手を阻み、妹との距離はなかなか縮まらなかった。
 視界の端に、命乞いむなしく火達磨にされている者の姿を見つけたり、血まみれで助けを求める者に容赦なく刃を突き立てる者の姿を見てしまったりと、何よりその恐怖が追いかける足を鈍らせた。

「リサっ、お願いだっ、止まってくれ!」
「うわぁーん、お母さーん! お父さーん!」

 妹の後姿に何度も声をかけ続けたが、村中に響き渡る悲鳴にその声はかき消され続けた。
 ただ一つ、妹の行き先が父と母がいるはずの我が家の方向であることだけは分かった。
 そうとなれば、先回りをしてでも止めなければ。

 僕はルートを変更して近道を使う。
 ――その筈だった。

「あああああああぁあぁっ」

 突如燃えるような痛みが左顔面を走り、思わず絶叫を上げてその場でのたうち回った。

「あれ? 子供かぁ? 的が小さすぎて狙いがはずれちゃったなぁ」

 この場に似つかわしくない軽い声に顔を上げようとするが、激痛でそれも叶わなかった。
 左顔面を押さえる両手にぬるぬるとした液体が流れているのを感じ、俯せで倒れながら血が出ていることを知った。
 痛みのある左目は勿論開かなかったが、右目も血が入り込んだのか開くことができず、視界を奪われた今の状態はより一層恐怖心を駆り立てた。

「痛そうだねぇ、ごめんね。ちゃんと、止めをさしてあげるね」

 コツコツとゆっくり近付く足音だけが、何故か大きく頭に響いた。
 危険を感じて体を起こして逃げだそうとしたが、足を上手く動かすことができず、結局もつれて転倒するしかなかった。
 その衝撃で呻く僕の耳に、男の馬鹿にするような狂った笑い声が聞こえてきた。

 死という文字が脳裏を過ぎり、体を小さくして訪れる恐怖に震えることしかできなかった。
 その時、キンと金属がぶつかる音と、唸り声が聞こえた。
 何が起こっているのかも分からず、だからといって動くだけの気概もなく、がたがたと震える僕の肩に何かが触れ、思わず竦み上がった。

「っやめ、助けてっ」
「坊主、大丈夫だ、深呼吸しろ」
「やだっ、死にたくないっ」
「大丈夫だ、落ち着け」

 恐れていた衝撃が一向に訪れず、少しだけ冷静になって聞こえてくる声に耳を傾けた。
 聞いたことのない声だったが、心配してくれているのが伝わってきたため、言われたとおりに大きく息を吸って吐き出してみる。
 大きなごつごつとした何かがぎこちなく背中を撫でる感触に、目が見えるわけではないが恐る恐る顔を上げた。
 すぐ近くで息を呑む気配を感じた。 

「っひでーな。坊主、右目は開けられるか?」

 目蓋を押し上げようとしてみたが、その些細な動きだけでも左顔面の痛みが強くなったため、苦痛に唇を噛みながら首を横に振った。

「そうか。すぐに手当てしてやりたいが、敵がまだどれだけいるかわからねぇ。取り敢えず隠れてろ。立てるか?」

 うん、と微かに頷くと、左脇の下にぐいっと手を差し込まれ、半ば強引に僕を立ち上がらせた。
 そして、そのまま僕の肩を押してどこかへと誘導する。

「あっ、あのっ、妹がっ!」
「妹も近くにいるのか?」
「赤い、リボンで、っ髪を結んで」
「見つけたら助ける、心配するな」
「両親もっ、この先の家にいるはずで、妹も、そこに向かってっ」

 話す度に顔には激痛が走り、口の中には血が流れ込んだ。
 その錆びた味に吐き気がせり上がった。
 顔の痛み、口の中の気持ち悪さ、安堵、恐怖、色々な感情にぐちゃぐちゃにかき乱されながら、建物の中に入ったのか、堅い床の上に座らされた。

「お前の両親も、生きていたら絶対助ける。敵がいなくなったら治療できるやつを向かわすから、ここで静かに待ってろ」

 男の手が左顔面に触れ、思わずびくりと体を揺らした。
 触れた瞬間はずきりとした感覚があったが、不思議なことにその後は少しだけ痛みが和らいだ気がした。

「っち、医療魔法はやっぱわかんねぇ」

 男が遠離る気配を感じ、その場で丸くなる。

 助かった、のか。

 一瞬そう考えたが、未だ耳を刺す悲鳴がまだここが安全ではないことを無慈悲に突きつけた。
 思わず両耳を塞いだが、それでも音は少し小さくなるだけで、消えることはなかった。
 一人でそうしていると、また不安が押し寄せた。
 目の見えない今の状態がより気持ちを煽った。

 男は敵がいると言っていたが、正直自分には誰が敵で誰が味方かも分からない。
 助けてくれた人は味方なのか。
 ならば敵は何を狙ってこの村を襲ったのか。
 妹は無事なのだろうか。
 完全に見失ってしまったが、自分のように襲われたりしていないだろうか。
 両親は無事でいるのだろうか。
 
 殺されたりなんか、していないだろうか。

 負の感情があふれ出し、先程の恐怖も蘇る。
 あの男性が来てくれなければ、自分はどうなっていたのだろう。

 すーっと体から血の気が引いていく。
 村の者は皆、簡単に命を奪われていた。

 自分も、もしかしたら、あの時。
 
 考えると気持ちが悪くなり、耐えきれずその場で嘔吐した。
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