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【テイトの覚悟 6】
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次の日僕は一人で病院に行って、経過良好、運動可の言葉を貰ったが、気分は晴れなかった。
ユーリさんは僕に期待をしてくれているのに、それに応えられないのだという後ろ暗い気持ちばかりが募った。
病院からの帰り道、そんな沈んだ気持ちで歩いていると、路地裏から掠れた声が聞こえてきた。
「――そこの君、浮かない顔してどうしたんだい?」
「え? ……僕?」
「そう、君だよ」
こっちへおいでと手招きする姿は浮浪者のようで、ぼろぼろとした布で体を覆っていた。
不審に思いながらも、彼が老齢の男性だったため心配さも勝って近付いた。
広い道から外れて一歩細い路地に入るだけで、そこはなんだか鬱蒼とした暗さがあった。
「いい子だね、何があったのか話してごらんよ、力になれるかもしれない」
「……大したことじゃないです。それより、おじいさんはこんな所に一人で大丈夫ですか?」
「優しい子だね。私は大丈夫さ、寧ろ明るい道に出て堂々と暮らす方が危険さ」
「どうして?」
「秘密なんだが、これでも有名な研究者でね、反逆者から逃げるためにはこれが一番なんだ」
「……秘密を見ず知らずの僕に言ってもいいんですか?」
「見ず知らずだからいいのさ。私にはもう少しで寿命が来る、誰かとこうして話すのもきっとあと僅かだからね」
だから、ちょっとお話ししよう、と老人は近くにあった器に手を翳した。
すると、器の中に綺麗な水が注がれ、驚く僕を気に留めた様子もなく、老人は水で満たされた器を僕の方へと手渡した。
一瞬で、これだけ透明な水をいとも簡単に出した老人を僕は思わず凝視した。
僕の魔法では濁った水が出るし、そもそもこんなにすぐに器をいっぱいにはできない。
「す、ごい」
「言ったろう、有名な研究者だって。研究者は頭が良くなきゃできないのさ。……まぁ、ちょっとだけズルしてるがね」
「ズル? それをしたら僕でも魔法の威力が上がりますか?」
興奮気味に前のめりになって尋ねると、おじいさんは苦笑した様子で自分の隣をポンポンと叩いた。
「なるほど、君は魔法のことで悩んでいたんだね。まぁ座りなさい」
僕は大人しくおじいさんの横に座った。
「ズルをすれば、君の魔法の威力は上がるとも。ただ代償がある」
「代償?」
おじいさんはうんと頷くと僕と目を合わした。
「君には私が何歳に見える?」
「え?」
問われ、繁々とおじいさんを眺める。
髪も髭もぼさぼさと伸びきって白髪になっていた。
口元や目元には深い皺が見られ、隣に住んでいたおじいさんよりも長く生きているように見える。
隣のおじいさんは七十過ぎだと言っていたから、と考える。
「えーと、八十位ですか?」
「そう、か。……実は四十代と言ったら君は信じるか?」
その言葉は到底信じられなかった。
僕が肯定も否定もしないでいると、おじいさんは笑った。
「これがズルの代償さ。魔法の威力を上げる代わりに、私は人より早く歳をとるようになってしまった。――それでも君は、力を望むのかい?」
真剣な眼差しで見つめられ、僕も真っ直ぐに見つめ返した。
「僕は……強くなりたい」
なるほどなるほどとおじいさんは笑った。
「君を脅すようなことを言ったが、実は寿命が延びる者もいる。どちらになるかは完全に運だが。ただ……私はズルをして後悔しているよ、安易に決めない方がいい」
「僕は後悔しない。強くなれるなら、その方がいい」
強くなって、役に立つと証明しなければならないのだ。
そうでなければ、仲間にすらしてもらえない。
何も守れないままの方が、きっと後悔する。
「わかった、君の覚悟を受け取ろう。左手を出しなさい」
言われるまま、僕は左手を差し出した。
おじいさんは僕の左手を掴むと、自身の右手を僕の左腕の上に翳した。
「数分だが、痛みがある。ものすごい激痛だ、耐えられるか?」
「大丈夫です」
言った直後、強烈な痛みが左腕を襲った。
内面から抉り取られるようなそんな痛みに思わず声を上げそうになって、唇を噛んで耐えた。
こんなの、あの時の痛みに比べればたいしたことない。
顔を切られた痛み、家族を失った痛み、その痛みに比べれば。
どのぐらい耐えていたのか、痛みはいつの間にかなくなっており、肩で大きく息をする自分の息遣いだけが嫌に大きく聞こえた。
「終わったよ、見てごらん」
おじいさんに左腕を指さされ半ば呆然としながら眺める。
自分の左腕には赤い模様が刻まれていた。
「……これは?」
「君の魔力が強くなった証だ」
ほら、とおじいさんは自分の左腕を見せた。
細く骨張ったそこには、自分と同じような黒い模様が浮かび上がっていた。
「君の色は赤か、思い入れでもある色なのかな?」
「え? そう、なのかな」
赤と言われて、真っ先に妹の赤いリボンが思い浮かんだ。
その返事におじいさんは嬉しそうに笑った。
「君の寿命がどうなったかは調べておいてあげよう、また三日後に来なさい」
そう言われその場を離れて帰路についたが、正直何の実感もなかった。
あの時感じた確かな痛みは今は嘘のように治まっており、白昼夢でも見たような気分だった。
滞在する場所に着いて、なんとなく魔法を発動してコップに水を出してみると、今まで通り濁った水ではあったが、いつもよりも早く、そしていつもより多い水が出現し、すぐにコップに入りきらず溢れてしまった。
他の魔法を使ってみても明らかに威力が上がっていた。
父が普段使っていたぐらいのレベルになっている。
その日僕は興奮して眠れず、徹夜で魔法の練習を続けた。
三日経って、僕はおじいさんの元へと向かった。
お礼に何かできないだろうか、と途中市場でフルーツを買った。
それを手土産にあの路地裏に行くと、三日前と全く同じ姿で座り込む老人が、待っていたよと僕を笑顔で迎えた。
「やぁ、悩みは解消されたようだね」
「おじいさん! 本当にありがとうございます!」
お礼にと先程買ったフルーツを渡すと、おじいさんは朗らかに笑った。
「子供が気を遣わなくていいのに」
「こんなんじゃ足りないぐらいです。お礼に何か僕にできることってありますか?」
「私は研究者だ。君から新たなデータを得られて既に満足しているよ」
「でも……」
「生涯研究できることほどありがたいことはないよ」
フルーツを貰って申し訳ないぐらいだと無欲に語る老人に、僕は腑に落ちない気持ちになりながらも隣に座った。
「さて、君の寿命だが……そうだ、君はいくつだったかな?」
「十歳になったばかりです」
「そうか、これはまた幼い。……君の残された時間は後二十年もないだろう」
二十年と口の中で呟いてみたが、あまりピンとこなかった。
「……三十歳まで生きられないということですか?」
「少し違うな。君はこれから一年で五歳年をとる。三十歳もあっという間に過ぎていくということだ」
それでもいまいち想像がつかなかった。
おじいさんは悲しげな目で微笑んだ。
「時間が過ぎれば嫌でも分かる。一分一秒を大切にしなさい」
それに頷き、簡単に会話をしてから僕はその場を離れた。
二十年。
その数字は想像できないが、それでも誰かを守るには十分な時間だと思った。
次の日の晩、ユーリさんとステラさんが戻ってきた。
他の仲間も戻ってきたが、少し人数が少なくなった気がした。
ステラさんに目の経過はどうだったかと訊かれ、運動してもいいと許可を貰ったと答えれば、じゃあまたユーリにしごかれるねとお互いに笑った。
突如、左手が掴まれ持ち上げられた。
痛みに顔を歪めながら腕を掴む人物を確認すると、ユーリさんが険しい表情で僕の左腕を見つめていた。
「――お前、これをどこで?」
「い、たいよ、ユーリさん」
「ユーリ、あんた何してんのよ!」
ステラさんに言われてもユーリさんが僕の手を離す様子はなく、寧ろ掴む力が強くなっている気がした。
「これがどういうものか分かってんのか」
ステラさんが僕の左腕を見て目を丸くしながら口を押さえた。
「答えろ」
苦痛に歪む僕の顔を見て、一瞬力が弱まった。
その隙に手を引き抜きそのまま後ろに隠した。
「これがどういうものか分かってます、説明を受けて、納得して、やってもらいました」
「お前、なんで……」
「僕の魔法は弱い。父も大きな力を持ってなかったし、母は魔法を使えなかった。少しでも強くなって、役に立ちたかった」
「……俺の所為か?」
初めて聞くユーリさんの弱ったような細い声に、弾かれるように顔を上げた。
その僕の視線から逃げるように、ユーリさんは顔を背けた。
「……違います。僕が望んだんです。守るために強くなりたくて」
「……魔法の弱い奴が刺青をしたって、強い奴には勝てねぇぞ」
「勝ちたいんじゃない、守りたいんです」
ユーリさんはしばらく沈黙していたが不意にわりぃと呟いて、自分の部屋へと踵を返してしまった。
それを見送ると、ステラさんからねぇと遠慮がちに声をかけられた。
「……それの副作用も、ちゃんと知ってるんだよね」
「ちゃんと聞きました。僕は後二十年も生きられないと。一年で五歳年をとるんだって」
「っそか」
ステラさんは泣きそうな顔で僕を抱きしめた。
「命は、大事にしなくちゃダメだよ」
「……僕の寿命が延びてたら、ステラさんは悲しくなかった?」
「どっちも悲しいことだよ」
置いて行くのも置いて行かれるのも、と呟いてステラさんは更に僕を抱きしめる手に力を込めた。
僕はその時、おじいさんが悲しそうにしていた理由が少し分かった気がした。
翌朝、気まずい気持ちで朝食を食べていたが、一足先に食べ終わったユーリさんが僕の元へとやってきた。
「おい、お前に刺青を入れた奴のとこに案内しろ」
不機嫌そうな声に目をぱちくりさせていると、隣に座っていたステラさんが訝しげにユーリさんを見遣った。
「まさか、喧嘩しに行くつもりじゃないわよね」
「それは相手の出方による」
「絶対ダメだからね!」
ユーリさんは僕の前の席に座った。
「まぁ、それは半分冗談だが、俺も刺青を入れようと思って」
無料だったのか?と昨日のことがなかったかのように話しかけられ一瞬唖然としたが、その言葉にはうんと頷いた。
「研究できるのが嬉しいって」
「なんだ、マッドサイエンティストか? やっぱ殴っとくか」
「ちょっと、ユーリどういうことよ? 刺青を入れるって……」
ステラさんが呆然と呟いた。
「そのままの意味だ。テイトがここまでの覚悟を決めてんだ、俺も覚悟を決めなきゃ」
「……私は反対だからね」
「お前の許可なんていらねぇんだよ」
横目でステラさんを見ると、今にも泣きそうに顔を歪めていた。
いつも僕を慰めてくれるステラさんに僕も同じように返したかったが、かける言葉は何も浮かんでこなかった。
そんなステラさんを故意に無視しているのか、ユーリさんは早く食べろと僕を急かすだけだった。
食べ終わった僕を強引に立たせ、ユーリさんは早く連れてけと更に僕を急かした。
ステラさんは無言で僕たちの後をついてきた。
広い通りから外れたあの暗い路地裏に行くと、おじいさんは変わらずそこに座っていた。
だが、様子がおかしかった。
「……おじいさん?」
返事がなく、ユーリさんは素早く近付いておじいさんを確認した。
「――もう、亡くなってるみたいだ。こいつで間違いないのか?」
「はい。……一昨日にも会いました」
「そうか」
おじいさんのそばにいるユーリさんを見ながら、隣に立っていたステラさんがどこか安心したように小さく息を吐き出した。
ユーリさんは僕に期待をしてくれているのに、それに応えられないのだという後ろ暗い気持ちばかりが募った。
病院からの帰り道、そんな沈んだ気持ちで歩いていると、路地裏から掠れた声が聞こえてきた。
「――そこの君、浮かない顔してどうしたんだい?」
「え? ……僕?」
「そう、君だよ」
こっちへおいでと手招きする姿は浮浪者のようで、ぼろぼろとした布で体を覆っていた。
不審に思いながらも、彼が老齢の男性だったため心配さも勝って近付いた。
広い道から外れて一歩細い路地に入るだけで、そこはなんだか鬱蒼とした暗さがあった。
「いい子だね、何があったのか話してごらんよ、力になれるかもしれない」
「……大したことじゃないです。それより、おじいさんはこんな所に一人で大丈夫ですか?」
「優しい子だね。私は大丈夫さ、寧ろ明るい道に出て堂々と暮らす方が危険さ」
「どうして?」
「秘密なんだが、これでも有名な研究者でね、反逆者から逃げるためにはこれが一番なんだ」
「……秘密を見ず知らずの僕に言ってもいいんですか?」
「見ず知らずだからいいのさ。私にはもう少しで寿命が来る、誰かとこうして話すのもきっとあと僅かだからね」
だから、ちょっとお話ししよう、と老人は近くにあった器に手を翳した。
すると、器の中に綺麗な水が注がれ、驚く僕を気に留めた様子もなく、老人は水で満たされた器を僕の方へと手渡した。
一瞬で、これだけ透明な水をいとも簡単に出した老人を僕は思わず凝視した。
僕の魔法では濁った水が出るし、そもそもこんなにすぐに器をいっぱいにはできない。
「す、ごい」
「言ったろう、有名な研究者だって。研究者は頭が良くなきゃできないのさ。……まぁ、ちょっとだけズルしてるがね」
「ズル? それをしたら僕でも魔法の威力が上がりますか?」
興奮気味に前のめりになって尋ねると、おじいさんは苦笑した様子で自分の隣をポンポンと叩いた。
「なるほど、君は魔法のことで悩んでいたんだね。まぁ座りなさい」
僕は大人しくおじいさんの横に座った。
「ズルをすれば、君の魔法の威力は上がるとも。ただ代償がある」
「代償?」
おじいさんはうんと頷くと僕と目を合わした。
「君には私が何歳に見える?」
「え?」
問われ、繁々とおじいさんを眺める。
髪も髭もぼさぼさと伸びきって白髪になっていた。
口元や目元には深い皺が見られ、隣に住んでいたおじいさんよりも長く生きているように見える。
隣のおじいさんは七十過ぎだと言っていたから、と考える。
「えーと、八十位ですか?」
「そう、か。……実は四十代と言ったら君は信じるか?」
その言葉は到底信じられなかった。
僕が肯定も否定もしないでいると、おじいさんは笑った。
「これがズルの代償さ。魔法の威力を上げる代わりに、私は人より早く歳をとるようになってしまった。――それでも君は、力を望むのかい?」
真剣な眼差しで見つめられ、僕も真っ直ぐに見つめ返した。
「僕は……強くなりたい」
なるほどなるほどとおじいさんは笑った。
「君を脅すようなことを言ったが、実は寿命が延びる者もいる。どちらになるかは完全に運だが。ただ……私はズルをして後悔しているよ、安易に決めない方がいい」
「僕は後悔しない。強くなれるなら、その方がいい」
強くなって、役に立つと証明しなければならないのだ。
そうでなければ、仲間にすらしてもらえない。
何も守れないままの方が、きっと後悔する。
「わかった、君の覚悟を受け取ろう。左手を出しなさい」
言われるまま、僕は左手を差し出した。
おじいさんは僕の左手を掴むと、自身の右手を僕の左腕の上に翳した。
「数分だが、痛みがある。ものすごい激痛だ、耐えられるか?」
「大丈夫です」
言った直後、強烈な痛みが左腕を襲った。
内面から抉り取られるようなそんな痛みに思わず声を上げそうになって、唇を噛んで耐えた。
こんなの、あの時の痛みに比べればたいしたことない。
顔を切られた痛み、家族を失った痛み、その痛みに比べれば。
どのぐらい耐えていたのか、痛みはいつの間にかなくなっており、肩で大きく息をする自分の息遣いだけが嫌に大きく聞こえた。
「終わったよ、見てごらん」
おじいさんに左腕を指さされ半ば呆然としながら眺める。
自分の左腕には赤い模様が刻まれていた。
「……これは?」
「君の魔力が強くなった証だ」
ほら、とおじいさんは自分の左腕を見せた。
細く骨張ったそこには、自分と同じような黒い模様が浮かび上がっていた。
「君の色は赤か、思い入れでもある色なのかな?」
「え? そう、なのかな」
赤と言われて、真っ先に妹の赤いリボンが思い浮かんだ。
その返事におじいさんは嬉しそうに笑った。
「君の寿命がどうなったかは調べておいてあげよう、また三日後に来なさい」
そう言われその場を離れて帰路についたが、正直何の実感もなかった。
あの時感じた確かな痛みは今は嘘のように治まっており、白昼夢でも見たような気分だった。
滞在する場所に着いて、なんとなく魔法を発動してコップに水を出してみると、今まで通り濁った水ではあったが、いつもよりも早く、そしていつもより多い水が出現し、すぐにコップに入りきらず溢れてしまった。
他の魔法を使ってみても明らかに威力が上がっていた。
父が普段使っていたぐらいのレベルになっている。
その日僕は興奮して眠れず、徹夜で魔法の練習を続けた。
三日経って、僕はおじいさんの元へと向かった。
お礼に何かできないだろうか、と途中市場でフルーツを買った。
それを手土産にあの路地裏に行くと、三日前と全く同じ姿で座り込む老人が、待っていたよと僕を笑顔で迎えた。
「やぁ、悩みは解消されたようだね」
「おじいさん! 本当にありがとうございます!」
お礼にと先程買ったフルーツを渡すと、おじいさんは朗らかに笑った。
「子供が気を遣わなくていいのに」
「こんなんじゃ足りないぐらいです。お礼に何か僕にできることってありますか?」
「私は研究者だ。君から新たなデータを得られて既に満足しているよ」
「でも……」
「生涯研究できることほどありがたいことはないよ」
フルーツを貰って申し訳ないぐらいだと無欲に語る老人に、僕は腑に落ちない気持ちになりながらも隣に座った。
「さて、君の寿命だが……そうだ、君はいくつだったかな?」
「十歳になったばかりです」
「そうか、これはまた幼い。……君の残された時間は後二十年もないだろう」
二十年と口の中で呟いてみたが、あまりピンとこなかった。
「……三十歳まで生きられないということですか?」
「少し違うな。君はこれから一年で五歳年をとる。三十歳もあっという間に過ぎていくということだ」
それでもいまいち想像がつかなかった。
おじいさんは悲しげな目で微笑んだ。
「時間が過ぎれば嫌でも分かる。一分一秒を大切にしなさい」
それに頷き、簡単に会話をしてから僕はその場を離れた。
二十年。
その数字は想像できないが、それでも誰かを守るには十分な時間だと思った。
次の日の晩、ユーリさんとステラさんが戻ってきた。
他の仲間も戻ってきたが、少し人数が少なくなった気がした。
ステラさんに目の経過はどうだったかと訊かれ、運動してもいいと許可を貰ったと答えれば、じゃあまたユーリにしごかれるねとお互いに笑った。
突如、左手が掴まれ持ち上げられた。
痛みに顔を歪めながら腕を掴む人物を確認すると、ユーリさんが険しい表情で僕の左腕を見つめていた。
「――お前、これをどこで?」
「い、たいよ、ユーリさん」
「ユーリ、あんた何してんのよ!」
ステラさんに言われてもユーリさんが僕の手を離す様子はなく、寧ろ掴む力が強くなっている気がした。
「これがどういうものか分かってんのか」
ステラさんが僕の左腕を見て目を丸くしながら口を押さえた。
「答えろ」
苦痛に歪む僕の顔を見て、一瞬力が弱まった。
その隙に手を引き抜きそのまま後ろに隠した。
「これがどういうものか分かってます、説明を受けて、納得して、やってもらいました」
「お前、なんで……」
「僕の魔法は弱い。父も大きな力を持ってなかったし、母は魔法を使えなかった。少しでも強くなって、役に立ちたかった」
「……俺の所為か?」
初めて聞くユーリさんの弱ったような細い声に、弾かれるように顔を上げた。
その僕の視線から逃げるように、ユーリさんは顔を背けた。
「……違います。僕が望んだんです。守るために強くなりたくて」
「……魔法の弱い奴が刺青をしたって、強い奴には勝てねぇぞ」
「勝ちたいんじゃない、守りたいんです」
ユーリさんはしばらく沈黙していたが不意にわりぃと呟いて、自分の部屋へと踵を返してしまった。
それを見送ると、ステラさんからねぇと遠慮がちに声をかけられた。
「……それの副作用も、ちゃんと知ってるんだよね」
「ちゃんと聞きました。僕は後二十年も生きられないと。一年で五歳年をとるんだって」
「っそか」
ステラさんは泣きそうな顔で僕を抱きしめた。
「命は、大事にしなくちゃダメだよ」
「……僕の寿命が延びてたら、ステラさんは悲しくなかった?」
「どっちも悲しいことだよ」
置いて行くのも置いて行かれるのも、と呟いてステラさんは更に僕を抱きしめる手に力を込めた。
僕はその時、おじいさんが悲しそうにしていた理由が少し分かった気がした。
翌朝、気まずい気持ちで朝食を食べていたが、一足先に食べ終わったユーリさんが僕の元へとやってきた。
「おい、お前に刺青を入れた奴のとこに案内しろ」
不機嫌そうな声に目をぱちくりさせていると、隣に座っていたステラさんが訝しげにユーリさんを見遣った。
「まさか、喧嘩しに行くつもりじゃないわよね」
「それは相手の出方による」
「絶対ダメだからね!」
ユーリさんは僕の前の席に座った。
「まぁ、それは半分冗談だが、俺も刺青を入れようと思って」
無料だったのか?と昨日のことがなかったかのように話しかけられ一瞬唖然としたが、その言葉にはうんと頷いた。
「研究できるのが嬉しいって」
「なんだ、マッドサイエンティストか? やっぱ殴っとくか」
「ちょっと、ユーリどういうことよ? 刺青を入れるって……」
ステラさんが呆然と呟いた。
「そのままの意味だ。テイトがここまでの覚悟を決めてんだ、俺も覚悟を決めなきゃ」
「……私は反対だからね」
「お前の許可なんていらねぇんだよ」
横目でステラさんを見ると、今にも泣きそうに顔を歪めていた。
いつも僕を慰めてくれるステラさんに僕も同じように返したかったが、かける言葉は何も浮かんでこなかった。
そんなステラさんを故意に無視しているのか、ユーリさんは早く食べろと僕を急かすだけだった。
食べ終わった僕を強引に立たせ、ユーリさんは早く連れてけと更に僕を急かした。
ステラさんは無言で僕たちの後をついてきた。
広い通りから外れたあの暗い路地裏に行くと、おじいさんは変わらずそこに座っていた。
だが、様子がおかしかった。
「……おじいさん?」
返事がなく、ユーリさんは素早く近付いておじいさんを確認した。
「――もう、亡くなってるみたいだ。こいつで間違いないのか?」
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