神聖国 ―竜の名を冠する者―

あらかわ

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37.  対峙 2

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 追うこと十数分、二人は遂に街を出た。
 それでも尚歩みは止まらず、更に進んで小高い丘の上に到達すると、その先にようやくシンの姿も確認できた。
 シンは二人を追ってついてきたテイト達の姿を見留めると、ゆっくりと近付いてきた。

「これだけ離れれば満足か?」
「あ、あぁ」

 ラキドは目を丸くしながら返事をした。
 テイト達の後ろから、更に距離をあけてついてきたリゲルやルゴーも合流を果たした。
 こちらも全員が揃って、いつでも立ち向かえる状態であった。

「……俺があの二人に訊こう」

 ラキドは真剣な表情で告げた。
 それに異を唱える者はいなかった。
 最悪の場合を想定して、いつでも戦えるようにと全員が構える中、シンはちらりとテイト達の後ろに目を遣った。
 一番後ろ、戦場で一番安全とも言える場所にいるレンリとナナの姿を確認した後、シンは前に向き直った。

「――じゃあ、解くぞ」
「頼む」

 ラキドが神妙に頷くのを見遣って、シンはその場で指を鳴らした。
 その音を合図に、視線の先の男達が挙動不審な様子でキョロキョロと辺りを見回しているのが見えた。
 ラキドはその男達にゆっくりと歩み寄り、少し離れた所で立ち止まった。

「――すまないが、ちょっと確認したいことがある」

 背後から聞こえた声に二人はバッと振り返った。

「貴方たちは、アノニマス、だろうか?」

 その質問に返ってきたのは、火の魔法だった。
 一番近い位置にいるラキドが巻き込まれそうになったが、魔法は彼に届く前に綺麗さっぱり消え去った。
 ラキドは初め驚いたように目を瞬かせたが、事前に聞いていたレンリの防御魔法の存在を思い出したのか、口の端を吊り上げた。

「それが、答えだと受け取ろう」

 魔法を打ち消された二人が、事態を把握しきれず一歩後退るのが見えた。
 しかし、そこに素早く飛び込む人影があった。
 ルゴーだ。
 ルゴーは一人に飛びかかると、その体を拘束して喉元にナイフを寄せた。

「――動くな」

 ルゴーは牽制するようにもう一人を睨み、人質を取られているせいか、もう一人は反撃する様子もなくその場で立ち尽くしていた。
 《アノニマス》を捕らえて余裕ができたのか、仲間達の空気が少し緩んだのが分かった。

「ヴィオレイが次の標的だったのか? お前達以外に他にどれだけの仲間がいるんだ? 言えっ!」
「ひっ」

 声を荒げるルゴーに、彼の腕の中にいる男が怯えたのが分かった。
 テイトは既視感を覚えた。
 この状況は、あの時、テイトが尋問した時に酷似している。

「っ、ルゴー離れて!」
「何を?」

 テイトの言葉に訳が分からないと言った表情を見せたルゴーは、腕の中で震える男を注視した。

「っやめてくれ」
「お前、何言って――」

 言葉は続かなかった。
 ルゴーの腕の中で、男の胸が爆発したかのように弾け飛んだ。

 幸い、ルゴーはレンリの魔法で守られたのか、爆発に巻き込まれた様子はなかったが、腕の中で力なく倒れ込む男を見たまま言葉を失っていた。
 ずるり、とルゴーの腕の中から男の体が崩れ落ち、そのまま地面に倒れ伏して動かなくなった。
 その惨たらしい姿に、全員が信じられないものを見る目で口を噤んだ。

「――レンリ様っ」

 悲鳴に似たナナの声が聞こえ、全員がはっとしてそちらを振り返った。
 レンリがその場で蹲って頭を抑える姿に、誰よりも早くシンが近付いた。
 シンは視界を遮るようにレンリの前に立ち、同じようにしゃがみこんだ。

「レンリ、大丈夫か?」
「っごめんなさい、大丈夫です」

 声が震えていた。
 当然だ。
 あんな風に人が死ぬところを見て平気なわけがない。
 以前から戦場に立つ自分だってすぐに目を背けたのだ、慣れない彼女が平常心でいられるはずがない。

 テイトもレンリの方へと駆け寄った。

「立てるか?」
「……はい」

 シンはレンリを立ち上がらせるために手を貸した。
 その手を取ったレンリの手は小刻みに震えていた。
 レンリもすぐにそのことに気付いたようで、立ち上がるとすぐにシンから離れ、自身の胸の前で両手を固く握り込んだ。
 俯いていてその表情は分からないが、布の隙間から覗くその肌は青白くなっているように見える。

「レンリさん、先に宿に戻って休んでいてください」
「テイト……」

 シンは何か言いたげにテイトに視線を向けたが、結局何も言わないまま口を閉ざした。
 それから小さく息を吐いた。

「……ナナ、お前もレンリと戻れ」
「……分かりましたわ」

 ナナは素直に頷くと、レンリの手を取ってそのまま街の方へと引き返した。
 レンリは申し訳なさそうな様子で、大人しくナナに手を引かれて行った。

 見送ってからテイトが視線を戻すと、まだショックから抜け出せていないのか、皆はどこか呆然としたような微妙な顔で立ち竦んでいた。
 もう一人いたはずの男はこの混乱に乗じて逃げたようで、いつの間にか姿は見えなくなっていた。

「流石に二人だけで街を襲おうとしていたわけじゃないだろう。他にもいるはずだから街に戻って炙り出すぞ。それから、レンリを帰した以上防御魔法はないものと思え」

 シンは先程の光景などなかったかのように語り、最後に恨みがましくテイトを見遣った。
 その視線の要因を理解はしているが、それでも、レンリを戦場から引き離す自分の選択が間違っているとは思わなかった。

「……テイト、お前、知ってたのか?」

 返り血に染まったルゴーが呆然としたまま呟いた。
 テイトは顔を顰めた。

「以前捕らえたアノニマスが同じ死に方をしました。全員がそうなるとは、予想していませんでしたが……でも、今ので確証を得ました」
「そう、か」

 ルゴーは虚ろな瞳で足下の死体に視線を落とした。
 つられるようにもう一度そこに目を遣った仲間が口を押さえて吐き気を我慢するほど、その死体は酷い有様だった。

「……俺たちでも目を背けたくなる程の光景なんだから、年頃の女性が耐えられないのは当然だ。魔道士が減ったのは少し痛いが、テイトの判断は支持できる」

 ラキドが眉を顰めながらそう言ってくれたため、テイトは安堵の息を吐いた。

「その年頃の女性に私は含まれないってこと?」
「耐えられてるだろ?」
「無理してんの!」

 カノンは努めて明るく振る舞っていたが、空元気なのは明白だった。

「取り敢えず、シンさんの言う通り二人だけってことはないと思います。他にも街に潜んでないか、手分けして探しましょう」
「そうだな」
「なぁ、テイト」

 ルゴーに名前を呼ばれ、テイトはルゴーを見遣った。

「……敵とは言え、墓は作ってやりたい。遅れて街に行くがいいだろうか」
「……勿論です」
「すまんな」

 のろりと動き出したルゴーを支持するように、ルゴー隊の者が彼に駆け寄った。
 それをぼんやり眺めていると、シンがルゴーに近付いてまたあの青い鳥を手渡し、同様にラキドにも手渡した。
 最後にテイトにも手渡すと、シンは目を細めた。

「外に誘い出すのは俺がするから敵を見つけ次第連絡をくれ。――追い払うか殺すのかの判断は、あんた達に任せるが」

 その言葉に、皆に動揺が走った。
 これから《アノニマス》と対峙した場合、話し合いの余地などなく、その二択が迫られることを改めて実感したからだ。
 先程とは違う緊張感を含んだ瞳で、テイトはゆっくりと頷いた。


 その後更に六人の《アノニマス》を見つけ、その全員を街から追い出した。
 《アノニマス》は大体十人前後で街を襲うため、もしかしたらまだ街に潜んでいる可能性は勿論あったが、流石に八人の仲間が街からいなくなれば無理矢理事は起こさないだろう、と宿に戻った。
 宿に着く頃には、既に日が暮れて辺りは薄暗くなっていた。

 《アノニマス》の襲撃を未然に防ぐことができた快挙の日であるにも関わらず、皆の顔に喜びなどは一切なかった。
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