神聖国 ―竜の名を冠する者―

あらかわ

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SIDE. ミア 想望 8

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 ルクスリアにいる者の大半を伴う形で、ヨンが居城を後にした。
 残された側であるミアは、大軍で進攻するその理由を耳にして震え上がった。

 《クエレブレ》。
 ヨンにとっては野望を邪魔する因縁の相手であり、自分たちにとっても生死を左右する無視の出来ない存在である。
 彼らの行動は間違いなく正義に基づいているのだろうが、彼らと相対した結果目的不達成で見せしめのように殺されてきた者達を見てきたために、ミアにとっては恐怖の対象でしかなかった。
 そこと真っ向からぶつかると言うことは、進軍した殆どの者はもう生きては戻っては来られないのかも知れない。
 それが、多くの者が望む結末であろうと、とてつもなく恐ろしかった。

 いつかはこうなるだろうとは思っていた、けれど覚悟なんて誰にもできていなかった。

 ミアは震える足を叱咤し、救いを求めて《竜の子》の部屋へと走った。
 囚われている彼女に頼るなんて、本来ならば馬鹿げた話である。
 しかし、ミアには彼女しかいないのだ。

 彼女が来てから、ヨンの雰囲気がほんの少し柔らかくなったような気がした。
 それはもしかしたらミアの気の所為なのかも知れないが、不愉快だという理由で彼が人を殺さなくなったのは判然たる事実であった。

 《竜の子》を通して、竜神がミアの行いを見てくれていたのだと思った。
 だからこそ、今回もどうか助けて欲しかった。

 走る勢いそのままに、部屋の扉を開け放った。
 呼吸を整えながら部屋の中を見回すと、レンリがバルコニーから身を乗り出しているのが見えたため、ミアは思わず悲鳴を上げて駆け寄った。

「は、早まらないでください!」
「え?」

 レンリの腰に抱きつき力一杯引っ張ると、力余って二人してその場に倒れ込んでしまった。
 衝撃に息を呑んだのも束の間、ミアはハッと我に返った。
 まさか怪我をさせてはいないだろうかと焦って視線を走らせると、きょとんとした様子のレンリと目が合い、無事を確認できたことにミアの涙腺は緩んだ。

「ご、ごめんなさい。で、でも、御使い様がいなくなってしまったら、私、」

 上手く言葉に出来ないなりに懸命に紡ぐと、レンリが上体を起こしてミアの目元にそっと人差し指を沿わせた。

「ミア、どうしたの?」
「どうしたのって……御使い様が今、身投げをしようとしていたのではありませんか!」

 その言葉にレンリは目を丸くした。

「ごめんなさい、誤解させてしまったみたい」
「ご、誤解?」
「どうにかして下に降りられないか見ていたの。あ、逃げようとしていたわけではないのだけれど」

 扉からは出られなかったからと困ったように微笑む様子を見て、ミアはようやく肩の力を抜いた。

「そう、だったんですね。……ですが、何故下に?」
「誰も戦うことを望んでいないのならば、無理して戦う必要はないでしょう」

 それが、今から行われるだろう戦闘を示唆していることに気付き、ミアはゴクリと生唾を飲んだ。

「……実は、私もその話がしたくて、」

 拳を握りながら、ミアはゆっくりと言葉を探した。
 最初に考えていた助けを求める言葉は、いつの間にか頭から抜け去っていた。

「ずっと、誰かに助けて欲しかったんです。望まないまま戦わされて、拒めば殺されて、上手くいかなくても殺されて。こんな地獄のような場所じゃ、優しい人ほど耐えきれなくて、皆、心が壊れてしまって……」

 声は震えた。
 懺悔のような気持ちだった。

「自分が生き残るために誰かを殺すこと、それがどういうことか分かってたんです。でもっ、死にたくなかった。だから、襲撃チームから外された時は安心もしました。私以外の誰かが人を殺すことになるのに、それがどれだけ辛いことかも知っていたのに、安心しちゃったんです」

 涙が零れた。
 泣きたいのは自分ではなく、自分に命を奪われた被害者の方だろうに。

「人を殺した時のことは、今でも覚えてます。忘れたくても決して忘れられない。ずっと、これを背負っていかなくちゃいけないんだと思います」

 縋るように美しい《竜の子》を見つめた。
 竜神が自分の行いをずっと見ていたのだとしたら、自分はもう許されることはない。
 それでも。

「この地獄をどうか終わらせて欲しい。私が許されないことは分かってるから、だからせめて、御使い様だけでも逃げてほしい」

 祈るように伝えた瞬間、温かさに包まれた。
 一拍遅れて、抱き締められていることを理解した。

「許されないなどと全てを諦める必要はどこにもありません。生きたいのであれば生きることを望めばいい。私は貴女が思うような大層な存在ではないけれど、望んでくれるなら出来る限り力を貸します」
「っでも、私、人を、」
「償えばいい。周囲と貴女が許せるようになるまで」

 大層な存在ではないと言いながら、やはり御使い様は御使い様だと思った。
 彼女にこのように言われては、竜神からも赦しを得たような気持ちとなった。
 ミアは一度ギュッと力強く抱き締め返すと、涙を拭ってすっと立ち上がった。

「御使い様、ここで待っていてください。助っ人を呼んできます」

 ミアはレンリの返事も聞かずに部屋を飛び出すと、まばらに見える人影を注視しながら走った。
 彼らは皆幸か不幸か今日の戦いに従軍できなかった者達である。

 そこに、自分と同郷の顔馴染みの姿を見つけたため、ミアは訳も語らず彼の左腕を引っ張った。
 彼が従軍しなかったのは、先の戦いで利き腕を失くしたからだ。
 心を鬼に仕切れなかったのだろうとは簡単に想像がついていた。

「っ、ミア? 一体どうしたんだ?」
「いいから来て。手伝って欲しいことがあるの」

 キースはいつも通り暗い顔をしていた。
 彼の目元の隈がない姿はミアも久しく見ていないほどである。

 彼は言われるがまま大人しく付いてきてくれたが、三階まで上がると僅かに顔を強張らせた。
 しかし、ミアの真剣な表情を見て覚悟を決めてくれたようである。

「おまたせしました! 彼に地上までの道を創ってもらいましょう!」

 扉を開けると同時に伝えると、レンリは戸惑ったようにミアと、ミアに引っ張られているキースを交互に見つめた。

「……そちらの方は?」
「私の知り合いで、キースと言います。魔法の腕が立つので、役立つかと思って連れてきました」

 ミアがキースを前に押し出すと、キースはレンリに視線を向けた後に目を瞠った。
 見とれているのだと思い、ミアは肘で彼を小突いた。

「キース、一生のお願い。私と一緒に危険を冒してほしい」
「何、言って……」
「どうにかして御使い様をここから出したいの。この扉はヨン様が魔法をかけていて、御使い様だけ出入りできないようになっているから」

 ヨンの名前を出すと、キースの顔はみるみる青ざめた。
 彼女だけ出入りできないという意味を察し、ヨンがわざわざ閉じ込めている存在だと思い当たったようである。

「……ミア、本気か?」
「勿論よ」
「ミア、無理強いをするわけには、」
「いいえ、御使い様。これは、私達がしなければいけないことなのです」

 ミアは真っ直ぐにキースを見つめた。

「バルコニーから地上までの足場を創れば、御使い様を外に出せると思うの。私は馬を連れて下で待ってるから、その後は御使い様を乗せて安全なところまで連れて行ってほしい」

 キースは難しい顔をした。
 当然だ。
 ヨンの逆鱗に触れる可能性が高いことをするのは、自殺行為と言っても過言ではない。

「……分かった」
「本当!?」
「どうせ死ぬなら、せめて誰かの助けになりたいもんな」

 どこか諦めたような声音にミアは何も言えなくなったが、不意にキースが微笑んだような気がした。

「それに、彼女がミアに笑顔をくれた人なんだろう。すぐ分かった」
「キース……」
「……あの、一つだけ我儘を言ってもいいですか?」

 レンリが控えめに片手を挙げて窺うように二人を見遣った。

「行き先は、戦場をお願いしてもいいですか?」

 予想だにしない言葉に、ミアもキースも絶句してしまった。

「戦場の近くで下ろしていただければそれでいいのですが……やはり、難しいですか?」
「いいえ! でも……」

 ミアは戸惑った。
 そんな安全とはほど遠い場所に彼女を置いていくことは、それが彼女の願いだからと言って、果たして正しいことなのだろうか。

「……乗りかかった船だし、俺は従うよ」

 キースまで乗り気なため、ミアは更に戸惑った。

「彼のことは、怪我一つ無く帰すと誓います」
「キースのことはどうでもいいのです! 私は、御使い様のことが心配で」
「……おい」

 何かを決意したようなレンリの表情を見て、ミアも覚悟を決めた。

「……キース、御使い様のことをよろしくね」

 キースがしっかりと頷いたのを確認し、ミアは一足先に下りて馬舎へと向かった。
 馬を一頭拝借してから集合場所へと急ぐと、無事地上に降り立った二人の姿が見えたため、ミアはキースに馬を預けた。
 キースは片手だけで器用に馬に跨がると、さっとレンリに左手を差し出した。

「片手だから上手く引っ張り上げられないが、どうか支えとして使ってくれ」
「ありがとうございます」

 レンリがキースの前に腰を下ろすのを見て、ミアはいよいよ涙を流した。

「あのっ、少しの間でしたが、御使い様とお話しができてよかったです。どうか、ご無事でっ」
「こちらこそ色々ありがとう。また、お話ししましょう」
「っはい」

 最後まで優しく微笑むレンリを見送りながら、ミアは走る馬の背に向かって声を張り上げた。

「キース! どうでもいいなんて嘘だから! 生きて帰ってきてねっ!」

 キースが左腕を軽く挙げたのが見えた。
 ミアは二人の無事を祈るように両手を握った。
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