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SIDE. ヨン 想望 7
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あれから、都合のつく日はレンリと食事をするようになった。
その時間は存外心地よく、彼女といるとささくれだった気持ちも凪いでいくようであった。
僕を見る度に怯えていた信者の女も、食事の回数を重ねるごとにそういう様子をあからさまに見せることが少なくなっていった。
研究者の男は今でもずっとうざったいし、他の奴らが視線を合わせないようにするのも未だに気に入らないが、それでも、生まれて初めて心穏やかに過ごせているような気がした。
そんな中、一つの報告が僕に焦燥感をもたらした。
「……もう一回、言ってくれる?」
「は、はい! クエレブレの者がこちらに進軍しているとの報告がありました」
目の前が真っ暗になるとは、まさにこのことだった。
気もそぞろで報告に来た者を部屋から追い出した。
思うことは色々あったが、僕の心に平穏をもたらしてくれる存在が奪われるかも知れない、それが一番の恐怖だった。
よくよく考えれば変な話だった。
彼女は元々向こう側の人間で、奪ったのは僕で、それを取り返されるのが怖いなどとは。
足は隣の部屋へと向いていた。
いつものようにノックもなしに開けると、窓際に立っていたレンリが目を丸くしてこちらを見遣った。
部屋には彼女一人だけだったが、寧ろ好都合だった。
「食事の時間はまだですが、どうしましたか?」
「レンリ、僕の仲間になってよ」
傍に寄ってきたレンリの両手を掴み、懇願するように強く握りしめた。
繋いだ手からは困惑が伝わってきた。
「それは、できません」
「どうして?」
「私はテイトの考えに賛同したからこそ、クエレブレにいたのです。彼の主義主張が変わらぬ限り、それを違えることはありえません」
否定される事は、初めから分かっていた。
「じゃあ、僕とここから逃げてくれる? 君が僕と一緒にいてくれるなら、僕はもう街や人を襲わないで済むかも知れない」
卑怯な言い方をしている自覚はあった。
レンリは困ったように目を伏せ、口を噤んだ。
酷い扱いを受けた怒りの矛先はどこに向けても虚しくなる一方で、決して心が満たされることはなかった。
分かってもらえないことも孤独だった。
だけど、彼女だけは歩み寄ろうとしてくれた。
彼女といる時だけは、恨みや怒りといった激しい感情は薄れ、代わりに心が満たされた。
彼女だけが、自分を満たす唯一の手段なのだ。
「……じゃあ、僕と死んでくれる?」
返事が貰えなかったため、レンリの首にそっと手をかけた。
それでも彼女は怖がることも逃げることもなく、真っ直ぐに僕を見つめていた。
綺麗で、怖くて、好きで、嫌いなその瞳を見ていると、遠い昔、家族に大切にされていた時の記憶が蘇るようであった。
細い首に両手を回してみたものの、とてもじゃないが力は入れられそうになかった。
それが悔しくて、でもどこか安堵の気持ちもあって、グチャグチャな感情を抱えたまま彼女の首から背中へと両手を移動させた。
彼女が僕を受け入れないことも、拒絶しないことも知っていた。
抱き締めた身体は想像以上に華奢で、何故か泣きたくなった。
「僕は、もう……君を殺せない」
レンリは僕の希望だった。
どうしたら彼女が僕の傍を離れないでいてくれるのだろうと何度も思考を繰り返した。
「……クエレブレの奴を全員殺せば、君は僕の所に来てくれる?」
僕の腕の中で、彼女が息を呑んだのが分かった。
「戻るところがなくなれば、ここにいるしかないもんね」
「そんなことをしても、貴方が考えを改めない限りは、寄り添うことはありません」
レンリは優しく僕を突き放し、困ったように微笑んだ。
本当に泣いてしまいそうだった。
他に取られてしまうぐらいなら殺してしまいたいけれど、僕にはもう彼女を殺すこともできない。
加えて代替案まで却下されては、最早どうしたらいいのか分からなかった。
大切な物の守り方が、僕には分からない。
泣きそうに歪んだ僕の顔に気付いたのか、レンリがそっと僕の手を取った。
「ヨン、よく聞いて――」
刹那、扉の叩かれる音が耳に入った。
振り返って音の出所を確認すると、あの男が気味の悪い笑顔を浮かべてこちらの様子を窺っていた。
「ヨン様、やはりこちらにいらした! 最近彼女のところを頻繁に訪れていると聞きましてね。正直羨ましい限りです」
「……何、なんか用?」
睨め付けると、男はヘラヘラと笑った。
「ああ、すみません、無駄話が過ぎました。――お話の途中かと思いますが、そろそろ進軍してはいかがですか? 皆貴方の指示を待っていますよ」
「……分かった」
名残惜しい気持ちはあったが、レンリの手を離して踵を返した。
「っヨン、待って!」
呼び止められたため、僕は一度だけ振り返った。
「僕の名前は――アルマ。覚えておいて」
そう告げて、扉を閉めた。
彼女はこの扉の先には来られない。
だから、これでもう彼女の否定の言葉を聞くこともない。
「なんですか? もしかして、青い春ですか?」
ニヤニヤと薄気味悪く男を一睨みして、後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。
その時間は存外心地よく、彼女といるとささくれだった気持ちも凪いでいくようであった。
僕を見る度に怯えていた信者の女も、食事の回数を重ねるごとにそういう様子をあからさまに見せることが少なくなっていった。
研究者の男は今でもずっとうざったいし、他の奴らが視線を合わせないようにするのも未だに気に入らないが、それでも、生まれて初めて心穏やかに過ごせているような気がした。
そんな中、一つの報告が僕に焦燥感をもたらした。
「……もう一回、言ってくれる?」
「は、はい! クエレブレの者がこちらに進軍しているとの報告がありました」
目の前が真っ暗になるとは、まさにこのことだった。
気もそぞろで報告に来た者を部屋から追い出した。
思うことは色々あったが、僕の心に平穏をもたらしてくれる存在が奪われるかも知れない、それが一番の恐怖だった。
よくよく考えれば変な話だった。
彼女は元々向こう側の人間で、奪ったのは僕で、それを取り返されるのが怖いなどとは。
足は隣の部屋へと向いていた。
いつものようにノックもなしに開けると、窓際に立っていたレンリが目を丸くしてこちらを見遣った。
部屋には彼女一人だけだったが、寧ろ好都合だった。
「食事の時間はまだですが、どうしましたか?」
「レンリ、僕の仲間になってよ」
傍に寄ってきたレンリの両手を掴み、懇願するように強く握りしめた。
繋いだ手からは困惑が伝わってきた。
「それは、できません」
「どうして?」
「私はテイトの考えに賛同したからこそ、クエレブレにいたのです。彼の主義主張が変わらぬ限り、それを違えることはありえません」
否定される事は、初めから分かっていた。
「じゃあ、僕とここから逃げてくれる? 君が僕と一緒にいてくれるなら、僕はもう街や人を襲わないで済むかも知れない」
卑怯な言い方をしている自覚はあった。
レンリは困ったように目を伏せ、口を噤んだ。
酷い扱いを受けた怒りの矛先はどこに向けても虚しくなる一方で、決して心が満たされることはなかった。
分かってもらえないことも孤独だった。
だけど、彼女だけは歩み寄ろうとしてくれた。
彼女といる時だけは、恨みや怒りといった激しい感情は薄れ、代わりに心が満たされた。
彼女だけが、自分を満たす唯一の手段なのだ。
「……じゃあ、僕と死んでくれる?」
返事が貰えなかったため、レンリの首にそっと手をかけた。
それでも彼女は怖がることも逃げることもなく、真っ直ぐに僕を見つめていた。
綺麗で、怖くて、好きで、嫌いなその瞳を見ていると、遠い昔、家族に大切にされていた時の記憶が蘇るようであった。
細い首に両手を回してみたものの、とてもじゃないが力は入れられそうになかった。
それが悔しくて、でもどこか安堵の気持ちもあって、グチャグチャな感情を抱えたまま彼女の首から背中へと両手を移動させた。
彼女が僕を受け入れないことも、拒絶しないことも知っていた。
抱き締めた身体は想像以上に華奢で、何故か泣きたくなった。
「僕は、もう……君を殺せない」
レンリは僕の希望だった。
どうしたら彼女が僕の傍を離れないでいてくれるのだろうと何度も思考を繰り返した。
「……クエレブレの奴を全員殺せば、君は僕の所に来てくれる?」
僕の腕の中で、彼女が息を呑んだのが分かった。
「戻るところがなくなれば、ここにいるしかないもんね」
「そんなことをしても、貴方が考えを改めない限りは、寄り添うことはありません」
レンリは優しく僕を突き放し、困ったように微笑んだ。
本当に泣いてしまいそうだった。
他に取られてしまうぐらいなら殺してしまいたいけれど、僕にはもう彼女を殺すこともできない。
加えて代替案まで却下されては、最早どうしたらいいのか分からなかった。
大切な物の守り方が、僕には分からない。
泣きそうに歪んだ僕の顔に気付いたのか、レンリがそっと僕の手を取った。
「ヨン、よく聞いて――」
刹那、扉の叩かれる音が耳に入った。
振り返って音の出所を確認すると、あの男が気味の悪い笑顔を浮かべてこちらの様子を窺っていた。
「ヨン様、やはりこちらにいらした! 最近彼女のところを頻繁に訪れていると聞きましてね。正直羨ましい限りです」
「……何、なんか用?」
睨め付けると、男はヘラヘラと笑った。
「ああ、すみません、無駄話が過ぎました。――お話の途中かと思いますが、そろそろ進軍してはいかがですか? 皆貴方の指示を待っていますよ」
「……分かった」
名残惜しい気持ちはあったが、レンリの手を離して踵を返した。
「っヨン、待って!」
呼び止められたため、僕は一度だけ振り返った。
「僕の名前は――アルマ。覚えておいて」
そう告げて、扉を閉めた。
彼女はこの扉の先には来られない。
だから、これでもう彼女の否定の言葉を聞くこともない。
「なんですか? もしかして、青い春ですか?」
ニヤニヤと薄気味悪く男を一睨みして、後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。
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